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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio tre 冥界の城
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Misterioso duello. 謎だらけの決闘 I

「こちらだ。来い」

 ベルガモットは、更に庭の奥に進んだ。

 鋸壁(のこかべ)を見上げながらアーチ型の入り口を入る。

 暗く長い窓のない廊下を連れられ、やや明るい回廊に出た。

 身長の二倍はありそうな巨大な扉の前に来ると、先ほどの精霊の女性のひとりが現れ、扉を開けた。

「入れ。許す」

 ベルガモットは中に促した。

 女性の部屋のようだった。

 廊下と扉の重厚で幽々とした印象とは打って変わって、華やかな雰囲気だった。

 艶やかな赤色系の敷物やタペストリーで飾られ、中央の小さな丸テーブルには白い花が飾られている。

「誰の部屋だ」

 アルフレードは室内を見回しながら言った。

「この城には、わたしの部屋しかないぞ」 

 ベルガモットは言った。

「……許嫁(いいなずけ)がいる身なのだが」

「知っている」

 ベルガモットは、長い黒髪を手で軽くまとめて胸元に垂らした。

 背中を向けて首だけこちらに向ける。

「紐を(ほど)いてくれるか」

「は?」

 アルフレードは周囲を見回した。

「何の紐だ」

「服の紐に決まっておるだろう」

 アルフレードは視線だけを動かし、死の精霊のドレスを見た。

 背中に、ドレスと同じ生地のリボンが結わえられていた。背骨に沿うように縦にいくつか並んでいる。

「脱がせろというのか」

「脱がせろとは言っていない。紐を解くだけだ。許可なく余計なことをしたら殺すぞ」

「その “殺すぞ” は君の口癖なのか」

 アルフレードは眉をよせた。

 死を司る精霊にしてみれば、ほのぼの日常語なのかもしれんが。

「ともかく、そういうのは断る」

 アルフレードはそう告げた。

「紐も解けんのか」

「道徳の問題だ」

「使えんのう」

 ベルガモットは息を吐いた。

 少し間を置いてから、彼女の背後に先程の精霊の女性が現れた。白魚のような細い手で紐をするすると解く。

「始めから彼女に指示すればいいだろう」

 アルフレードは顔をしかめた。

「新しい下僕を使ってみたいではないか」

 黒い紐が一つずつ解け、背中の生地が少し緩んだ。アルフレードは目を逸らそうかとしたが、幸い服の中が露になる訳ではなかった。

「では女性を下僕にしろ」

「女は滅多に決闘をしないからのう」

 ベルガモットは、黒いドレスをするりと脱いだ。

 アルフレードは一瞬戸惑ったが、中に着ていた簡易的なドレスのみになっただけのようだった。

 この程度の格好なら、身内の女性なら普段から見ている。ホッとした。

「決闘をした者でなくては、下僕に出来ない決まりでもあるのか」

「決まりはない。単なるわたしの好みだ」

 ベルガモットは、部屋の奥にある豪華な赤い椅子に座ると、足を組んだ。

 背もたれが大人の頭三つ分ほど高いだろうか。銀の細かい細工が縁を飾っている。

 くつろぐための椅子というよりも玉座という感じだ。

「決闘で死んだ者というロマンが好きなのだ」

 ベルガモットは(ひじ)かけにもたれかかり、うっとりとした表情をした。

「私は決闘などしていないが」

 アルフレードは答えた。何かの例外ということか。心当たりはない。

「ああ、お前のは実際には決闘とは言い難かったが、お前の顔が気に入ったので良しとする」

 黒いレースの手袋を着けた手を組み、ベルガモットは真顔で言った。

 何だそれはとアルフレードは顔をしかめた。一体何から指摘したら良いのか。

「美しい顔の者など、他にいくらでもいるだろう」

「整い過ぎた顔は好きではない。そこそこが好きなのだ」

 ベルガモットは、絹糸のような黒髪を指に巻きもてあそんだ。

「おお、そうだ」

 何を思いついたのか、不意に顔を上げる。

 アルフレードの横に白い精霊の女性が現れ、(くし)を手渡した。

「髪を()いてくれぬか」

「は?」

「髪だ」

 ベルガモットは、自身の黒髪をひと束持ち上げた。黒い目を艶っぽく細めて笑む。

「女性の髪など鋤いたことはない」

「何なら出来るのだ、お前は」

 ベルガモットは紅い唇を尖らせた。

「わざわざ男に出来にくいことを並べて、からかうのが君の趣味なのか」

 アルフレードは手渡された櫛を丸テーブルに置いた。

「ひねくれておるのう」

「君が母の死に関わったことは、今のところは追及する気はない」

 アルフレードは言った。

「ひとつ疑問なのは、決闘とやらのことだ。した覚えもないのに、なぜ折々に会話に出て来る」

 ベルガモットは肘かけに肘を付き、上目遣いでアルフレードの顔を見上げた。

 猫が人の顔をじっと見るときのような、感情の読みにくい凝視だとアルフレードは感じた。

「どこから説明させたい」

 ベルガモットは尋ねる。

「どこからとは……全くそんなことをした覚えがないのだが」

「全くか」

 ああ、とアルフレードは答えた。

 ベルガモットが、宙を眺める。

 完全な黒目ではなく、瑠璃(るり)色の光彩が混じっているのだと気づいた。この際どうでも良いことだが。





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