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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio tre 冥界の城
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Castello degli inferi. 冥界の城

 連れられて来たのは、暗い森に似た場所だった。

 月も星もない薄暗い空は、長い雲がゆっくりと渦巻き、空に薄墨色のマーブル模様を作っていた。

 辺りは静かで、音というものが存在しないのかと錯覚するほどであった。

 木々や葉の香りはなく、土の匂いもない。

 何かゆるりとした違和感をアルフレードは覚えた。

 音と匂いが無いというだけで、ここまでそう感じるものかと驚いた。

 屋敷の中庭から、一瞬にしてこの世界に来た。

 巨大な手品の仕掛けでも見せられているような気分であった。

「……どんな理屈でここに一瞬で入れるんだ」

 ベルガモットの後に付いて歩きながら、アルフレードは周囲を見回した。

 声を発して始めて、音がきちんとある世界なのだと認識してホッとする。

「お前に、(いにしえ)の世界の成り立ちを言っても納得は出来んだろうし、粒子だの帯びた電子がどうだの言ってもどうせ分からんだろう」

「は?」

「いい。魔法か何かだと思っておけ」

 ベルガモットは振り向きもせず言った。

「ここはどこだ」

 アルフレードは言った。

「あの世とこの世の狭間だ」

「煉獄か?」

「好きなように呼んだらいい」

 時おり木々が揺れるが風はない。

 地上の自然現象を、何者かが上っ面だけ真似ているような妙な感じだ。

 暖かくもなく寒くもない。

 空が暗い割に、辺りを見渡すには支障のない明るさであったが、光源がどこなのかよく分からない。 

 前方にかかっていた霞が晴れ、巨大な城のシルエットが現れた。

 近付くと前時代的な城だと分かる。

 城が住居というよりも要塞の役割をしていた時代の厳つい古城という感じだ。

「入れ。許す」

 城門に続く跳ね橋の前で、ベルガモットは言った。

 アルフレードは城を見上げた。

 城の壁面は植物の(つる)で覆われていた。蔓の所々に大きな赤い蕾が見える。

「きみの居城か? 何とまあ、イメージにぴったりだな」

「お前のイメージなど知らん」

 跳ね橋の上でコツリとハイヒールの音を立て、ベルガモットは先に渡った。

 城門の入り口奥を遠目に覗くと、全くの暗闇だった。懸命に目を凝らすが、中の様子が一切見えない。

 アルフレードは戸惑ったが、こんな場所で置いて行かれても困る。

 早足でベルガモットの後に付いて行った。

 跳ね橋を渡り城門から続く通路に入ると、僅かな光すらない纏い付くような暗闇だった。思わずベルガモットを手探りで探そうとする。

 その手を、白く光る優美な手が取った。

 いつの間にか横に非常に細身の女性がいた。

 作りものかと思うほどに造形の整った顔立ち。ビロードの布を被っているかのように、僅かの乱れもない長い白銀の髪。

 ベルガモットも凄絶な美しさではあるが、彼女に比べると、無機質で感情の読めない、いかにも人外の者という雰囲気を感じた。

 こちらへという風に、女性は柔らかい仕草で誘導した。

「ありがとう」

 アルフレードは笑みを浮かべそう言った。

 ベルガモットがチラリとこちらを見たのが、女性の放つ柔らかな光で分かった。

「礼などいちいち言わなくてよろしい」

 ベルガモットは先を歩きながら、少々刺々しい口調で言った。

「彼女は君の配下か何かか?」

「そうだ」

「下の者への気遣いは必要だろう」

 アルフレードは言った。

「お前も仕えている者に傲慢に接しているではないか」

 ベルガモットは振り向きもせず言った。

「そんなつもりはない」

 そう言ってから、アルフレードは眉を(ひそ)めた。

「というか、見ていたのか君は」

 うっすらとした光が前方から射し込んだ。

 暗闇の通路を抜け、広々とした庭に出た。

 冥界、煉獄、あの世とこの世の狭間と聞いて、想像したような陰湿な景色ではなかった。

 冷たいが、薄く柔らかな光が射していた。

 濃い深緑色の木々に囲まれ、淡い小さな花が一面に地を覆っている。

 ベルガモットの歩いて行く方向に沿って、何人もの女性が空間から現れた。

 両脇に並び、一斉に白いシンプルなドレスをからげて恭しく礼をする。 

 先ほど手を引いてくれた女性とよく似た、背が高く細身の無機質な女性たちだった。

 手を引いてくれた女性が、いつの間にか消えていたことにアルフレードは気付いた。

 並んで礼をしている女性の中に混じったのかもしれないが、みな非常によく似ていて、区別が付かない。

「配下の精霊どもだ」

 ベルガモットは言った。

「そうか」

 アルフレードは、よく似た顔を見回しながら返事をした。

「美しい者ばかりであろう」

「そうだな」

「手を出したら殺すぞ」

 唐突にベルガモットは、恐ろしく低音の声で言った。

 綺麗なソプラノの声だと思っていたがそんな声も出るのか。

 アルフレードは困惑して美しい横顔を眺めた。





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