97.物足りぬ日常
レンが紅魔館でフランに振り回されている頃と同時刻、博麗神社にてーー。
「うーっす、霊夢。遊びに来てやったぜ。」
「だから遊びに来て欲しいなんてこっちは一言も言ってないっつーの。」
「そんなに冷たくあしらわなくても良いだろー。ほら、水羊羹買って来てやったぜ。」
「ほんと!?こほん......褒めて遣わす。まあお茶でも飲んでいきなさいな。」
「このヤロー、コロっと態度変えやがって。この、このぉ!」
魔理沙は霊夢の腋を突っついてちょっかいを出した。
「ひゃん!?ちょっとあんた、何処触ってんのよ!?」
「痛っ!?」
顔を真っ赤にした霊夢は容赦無くポコっと一発魔理沙の頭を殴る。
「も、もうちょい加減しろよ!」
「......もう一発欲しいの?」
「いや、ほんとすんませんでした。」
「次また変なとこ触ったら殺す。」
満面の可愛らしい笑みを浮かべながら握り拳を上げて見せる霊夢。
こえーよ、お前。
「わ、悪かったよ。ほら水羊羹食べようぜ。」
「食べるー!お茶沸かしてくるわね。」
「......ふっふっふ、霊夢は怖いけどチョロいな。」
霊夢が新しくお茶を持ってくる間に、魔理沙は竹筒から羊羹を出してナイフで切り分ける。
皿に盛り付けたところで丁度霊夢が急須と湯呑みを二つ持って戻って来た。
「わぁ、綺麗な水羊羹ね。」
「だろ?三島庵の向かい側に新しく和菓子屋が出来たみたいでさ。偶々前を通りかかったら行列が出来てたからちょっと並んで買ってみたんだ。あっ、残った分は後でレンに食べさせてやってくれ。」
「はいはい、それじゃいただきます......」
霊夢は菓子楊枝で器用に一口サイズに切り分けると、口に含んだ。
「むぐむぐ......美味しい。お上品な味ね。」
「うんうん、こりゃなかなか。」
二人ともお茶で流し込むと、ほぼ同時に溜め息を吐いた。
「そういえばレンは何処へ行っているんだ?今日は警護の仕事も休みだとか言ってなかったっけ?」
「あら、会わなかったの?今朝魔理沙の家を訪ねるって言って出て行ったわよ。」
「私の家?」
「ええ。あんた前に、“見せたいものがあるからレンに来て欲しい”って言ってたじゃない。」
「あぁ......そんなこと確かに言った気がする。悪いことしちまった。戻ったほうがいいかな?」
「もうここを出てから随分時間が経ってるわ。まだ帰って来ないってことは何処か違う所で油売ってるんでしょ。どうせ今家に帰った所でレンとは会えないわよ。」
「おっ......もしかして霊夢、それは引き留めてくれてる?遠回しに“寂しいから帰らないでー”、って言ってくれてるのか?」
「そ、そんなわけないじゃん。」
「ええい、素直じゃないなぁ。この可愛いやつめ!」
「......しばき回すよ?」
「すんませんでした。」
ーーやっぱり巫女様高圧的過ぎて怖い。
魔理沙は皿の上に残った羊羹を口に一気に頬張ると、そのまま畳の上にごろんと寝っ転がった。
ふっと息を吐き、天井を見つめる。
「......なぁ、霊夢。」
「ん?」
「最近さ、妖夢の奴元気無いじゃん?」
「うん......なんだか見ていて気の毒よね。あんまり誘っても遊びに来なくなっちゃったし。何が原因なのかは分からないけど、少しくらい友達である私達に相談してくれてもいいのに。」
「ああ。何で元気がないのかはなんとなく察しが付いたけどな。」
「......どうしてなの?」
「恐らくレンと喧嘩でもしてるからじゃないかなぁと私は思ってる。」
「根拠は?」
「この前里でそんな感じの場面を見たんだよ。レンが妖夢に声をかけるんだけどさ、妖夢は寂しそうな顔でレンから逃げるようにその場を去るんだ。なんかあいつ、自分からレンのことを避けているみたいだったぜ。」
「ふーん......取り敢えずレンが帰って来たら、ボコボコにしてから問い質しましょ。」
「お、おい。何もそこまでしなくても......」
「ふふっ、流石に冗談に決まってるでしょ。最近妖夢に冷たくされるってレンは私に対してもぼやいてたわ。本人も避けられてることを自覚しているけど、これと言って妖夢に対して嫌われるようなことをした覚えは無いみたい。」
......霊夢が言うと冗談に聞こえないんだよな。
「そうか......。どうしちゃったのかなぁ、アイツ。」
「何か悩み事があるんだったら相談相手にでもなってあげたいけど、無理にこっちから近づこうとしても逆に妖夢の精神的な負担になっちゃうかもしれないし。今はそっとしておいてあげましょ。」
「ああ、そうだな。アイツのことだしそのうちしれっと元気になって遊びに来てくれるかもしれないしな。」
「......うん。」
「.......。」
そうは言ってもやっぱり妖夢がいないとなんだかちょっぴり寂しい二人。
そりゃそうだ。
今までは三人で一緒に過ごす時間が殆どを占めていたんだから。
「......ねえ魔理沙。」
「何だぜ?」
「妖夢、本当にそのうち元気になってくれるよね?」
「どうしてそんなこと聞くんだよ。霊夢がそんなこと言うと私も心配になってくるだろ?」
「......ごめん。」
霊夢は俯いたまま何か考え事をしている。
どうやら本気で妖夢のことが心配であるようだ。
......なんだよ、霊夢。
お前がそんなこと言うから私まで余計心配になっちゃうじゃんかよ。
普段は淡々としていて滅多に動じない霊夢がこんな感じだと魔理沙も調子が狂ってしまう。
吐くのも忘れて肺に溜めたままだった息をふっと吐き出して魔理沙は一口茶を口に含んだ。
と、その時。
突然部屋の端っこの空間がにゅっと裂けたかとおもうと、その裂け目の間から紫が現れた。
「貴方達、ほんと仲が良いのね〜?」
「出たなスキマ妖怪。帰れ帰れ。」
面倒くさそうにしっしっと手を振る霊夢。
「酷くない?ゆかりん悲しいわぁー、しくしく。」
小さい子供でも分かりそうなくらいにわざとらしい嘘泣きを見て霊夢は溜め息を吐き、魔理沙は苦笑する。
「......で?今日は何のお願いがあって来たの?」
「霊夢ちゃん流石の勘の良さね。」
「紫がうちに来るのは何か頼み事がある時だけでしょ?それ以外の時にはこっちから会おうと思ったって絶対に現れないんだから。」
「あらあら、霊夢ちゃんてば私に会いたい気分の時もあるのね。ゆかりん嬉し〜っ!」
「な、無いわよバーカ!あと“ちゃん付け”と自分のことゆかりんって呼ぶのやめなさい!腹立つ!!」
「酷〜い。今日の霊夢冷た〜い。」
「うっさい!寄るな引っ付くな暑苦しい!!」
紫に引っ付かれてはぎゃーぎゃー騒ぎ立てる霊夢の様子を見て、魔理沙は思わず笑ってしまった。
「で、結局要件は何なんだぜ?」
魔理沙が問うと、紫は霊夢をこねくり回すのをやめてこほんと咳払い。
「一応私からの頼みと言うよりは幽々子からの頼みなんだけど......」
紫が真面目な表情で話し始めるや否や無意識のうちに霊夢と魔理沙は居住まいを正した。
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「さてと......手筈は整ったわね。」
ーー冥界、白玉楼の裏庭。
冥界中何処からでも視界に入れることができるほどに巨大な虚桜の大樹の麓で、幽々子はそう呟く。
西行妖のその梢には、まだ疎らだがいくつか蕾が付いていた。
どこか切なく、それでいて愛おしそうな表情でごつごつとした堅い幹をそっと撫でる。
ーーと、その時。
幽々子のすぐ側に顕界から帰って来た妖夢がすたっという軽い着地音とともに降り立った。
そして背中に背負っていた風呂敷を解く。
すると風呂敷の中から淡い桃色の桜の花弁のようなものがふわっと宙へ舞った。
花弁はひらりひらりと翻りながらそのまま西行妖の梢へと吸い寄せられるように飛んで行く。
「......どう?妖夢ちゃん。花が開くまであとどれくらいかかりそうかしら?」
「もう西行妖以外の桜はほぼ満開です。西行妖の蕾もじきに開くでしょう。......幽々子様、本当に八分咲きまでですよ?絶対に満開にはしちゃダメですからね。」
「分かってる分かってる。西行妖を満開にしたりしたら私の身に何が起こるか分からないしね。私はただ、満開じゃなくても良いからもう一度あの桜の花を見てみたかっただけ。」
「......左様ですか。」
「......。」
「......。」
「......妖夢ちゃんはいいの?幻想郷の春を集めて来ているってことはあの時と同じように異変を起こしているってことなのよ?もしかしたら霊夢とかレン達が異変解決のためにやって来るかも。」
「っ......覚悟はできてます。何があっても私のご主人様は幽々子様なのですから、幽々子様がお望みならば妖夢はなんだってしますし、誰が相手であっても斬る覚悟です。」
「ふふっ、そう......。」
幽々子は少し嬉しそうに笑うと、妖夢をぎゅっと抱き締めた。
「そういう超がつく程自分の務めに真面目な所、妖忌にそっくりね。良い子良い子。」
「こ、子供扱いしないで下さい。......では、私はもう少しだけ春度を集めて参りますので。」
妖夢は幽々子の腕を振り払うようにして離れた。
そして刀鞘の石突で軽く石畳を打ってから剣帯に提げると、階段を降りていく。
「ふふふ......幽々子、随分ウザがられてるわね?」
振り向けば、いつの間にかそこには紫が立っていた。
「いつもだったら恥ずかしそうにしつつもじっとしててくれるんだけど、やっぱり流石の妖夢ちゃんも今はあんまり心に余裕がないのかしらねぇ。」
「......それは当たり前でしょ。あの子も色々と多感なお年頃なんでしょうし。」
「寂しいわ......。妖夢ちゃん最近口数も少ないし、あんまり元気もないの。それに自分のお部屋に篭り気味でなかなか外に出て来てくれないし......これじゃあ全然妖夢ちゃんを愛でられないじゃないの!」
「愛でる?」
「ええ。あの子がちょこちょこ忙しそうに動き回ってお仕事をする可愛い姿をそばで見てるだけで心が和むの。夢中になって追っかけてるとたまに“邪魔です!”とか言って怒られちゃうけど。」
「......さては落ち込んでいる時じゃなくても普段からウザがられてるわね。」
「まさか。普段はどれだけ抱き締めようが頭なでなでしようが怒られないもの。」
「それは単純に妖夢が良い子だから我慢してるだけでしょ。」
「そんなことないわよー。私と妖夢ちゃんは相思相愛だもの。」
「それを自分で言うのね......。」
紫は幽々子の妖夢への溺愛っぷりに対してやれやれとばかりに溜息を吐いた。
対する幽々子はそんな反応もお構いなし、と言った様子で両手を組んで大きく伸びをした。
「ふふ、私も久し振りに弾幕ごっこ......腕が鳴るわね。」
「えっ?幽々子も出るの?」
「当たり前じゃない。あくまでも異変を起こす目的は妖夢ちゃんとレンの仲直りだけど、一応異変の黒幕は私なんだから。それに妖夢ちゃんを泣かせたレンには少しお灸を据えてあげないと。」
そう言って幽々子は不敵な笑いを浮かべる。
「......幽々子、もしかしてちょっと怒ってる?」
「ゼンゼンオコッテナイワヨー。」
「ほんとに?」
「ホントヨー。」
絶対怒ってるよね......?
「別にレンには罪がないことは分かってるわよ。でも妖夢ちゃんを泣かせたことは事実なのー!私がボコボコにするのー!」
「大人気ない......。」
「あら、私達は少女でしょう?大人も何も無いわ。」
「それはそうだけど......あんまりやりすぎないように。」
「大丈夫大丈夫。流石に紫の切り札を潰したりはしないわよ。......殺さなきゃ良いんでしょ?」
「半殺しもダメよ?」
「はいはーい。」
「まったくもう......安心出来ないわね。」
紫は左手でスキマを開くと、その中へと消えていった。




