96.「運命」と「未来」
「お嬢様、お申し付け通りレンを連れて参りました。」
「はいはーい。入っていいわよ。」
ドアをノックすると、すぐに部屋の中からレミリアの返事が聞こえて来た。
少し間を置いて咲夜がドアを開ける。
「いらっしゃい、レン。よく遊びに来たわね。」
レミリアは部屋の奥に備え付けてある揺り椅子に座っていた。
見ればその膝の上に頭を預けてフランがすやすやと寝息を立てている。
「咲夜、ありがとう。下がってくれて良いわよ。」
「では失礼します。」
咲夜は一礼すると、静かにドアを閉めて部屋を後にした。
「よく遊びに来たって、君が咲夜に強制的に俺をボコボコにしてから連れて来るように命令したんじゃないか......。」
「ん、何の話?」
惚けているような素振りも無く、本気で何を言っているのか分からないとでも言いたげにレミリアは小首を傾げる。
「えぇ......?レミリアは咲夜に、俺を“捕獲して来い“とか命令したんじゃないの?おかげでお宅のメイド長に殺されかけたんだよ......。」
「はぁ......?私は”レンをうちへ来るように誘って来て“って咲夜にお願いしただけよ?そんな手荒なことをしろと命令した覚えはないわ。」
......あのメイド長、さてはレミリアの命令を勝手に自分の中で都合良く書き換えて俺と弾幕ごっこをする口実を作ったな?
何故俺と弾幕ごっこをしたがったのかは分からないけど。
無性にむしゃくしゃしててストレスの捌け口として俺を利用したとか?
傍迷惑な話だな、もう......。
むむむと唸りながら複雑な表情をするレンを見て何かを察したのか、レミリアは口元を押さえながら小さく笑った。
「ふふっ、どうりで咲夜は嬉しそうな顔してたのね。」
「嬉しそうな顔?」
割と咲夜はあまり感情を表に出さないし、今日も別に特には嬉しそうな表情でも無かった気がするけど。
「ええ。貴方には分からなかったでしょうけど、すっごく嬉しそうだったわよ。」
「......何で?」
「さあ、何故かしらねぇ。」
少し意味深な笑みを浮かべるレミリア。
今度はレンが首を傾げる番だ。
「うちの咲夜と遊んでくれてありがとうね。」
「う、うん......?遊び?」
聞き返してみたが、レミリアは笑みを浮かべているだけで返事はしてくれなかった。
「さて......それじゃあ私のティータイムに付き合ってもらおうかしら。ほら、レンも座って?」
レミリアは膝の上で寝ているフランを起こさないようにそっと机の上の空のティーカップを持ち上げ、そこにポットから紅茶を注いだ。
レンはレミリアの向かい側の椅子に座ると、差し出されたカップを受け取る。
そして白い陶器に映える真紅の紅茶を一口啜ると一つ溜め息を吐いた。
「貴方に会いたいってフランにせがまれたから誘ってくるように咲夜に頼んだんだけど......当の本人が待ちくたびれて寝ちゃった。」
「はは、心地良さそうに寝てるな。」
「吸血鬼だから真っ昼間は眠いのよね。」
「夜行性ってやつか......あれ、レミリアは眠くないの?」
「私だって眠いわよ。でも夜は私達吸血鬼以外皆寝ちゃうじゃない?つまらないから、たまには昼間は起きていて夜は眠る生活に無理矢理切り替えてみたりしているの。.......でも凄まじく眠い上に結構身体に障るのよね、夜昼逆転生活。」
おいおい、昼夜ならぬ“夜昼”逆転生活なんて初めて聞いたぞ。
「で、その睡魔との戦いの中退屈凌ぎのためにお嬢様のティータイムにお呼ばれしたのが俺だった......?」
レミリアはレンのその言い回しが可笑しかったのか、クスッと笑った。
「まあそんな所ね。現にこうして貴方とお話していると割と退屈しないし。」
「はは......そう言ってもらえると嬉しいな。」
「......。」
「......レミリア?」
「......貴方、最近何か心配事を抱えているでしょう。悩み事までとはいかなくても少し心に引っかかっていることというか。」
「えっ......急にどうしたの?」
「惚けなくても良いわ。この紅魔館のカリスマ当主たる私が相談に乗ってあげる。ほら、言ってみなさい。」
「そうは言われても心配事なんていっぱいありすぎて今に始まったことじゃないし......。」
いや、最近出来た心配事が一つーー。
「強いて言うなら......妖夢のこと、かな。」
「妖夢って、あの冥界の半分幽霊の娘だっけ?詳しく聞かせてちょうだい。」
「そんな大した話じゃないんだけど......なんだか最近妖夢が俺に対してやけに素っ気なくてさ。話していても目線合わせてくれないし、昨日なんか横丁で見かけたから声を掛けようとしたらそれとない感じで逃げられちゃった。」
そう、あの日から何回か人里で妖夢を見かけたのだがことごとく避けられる始末。
お陰で元旦のあの会話を最後に彼女とはまともに話ができていない。
最初は少し機嫌が悪いのかな、くらいに思っていたのだが......。
そもそも妖夢は自分の虫の居所が悪いからといってそれを無闇に他人にぶつけるような子ではないし、心当たりは無いがきっと俺は何か彼女の嫌がることをしてしまったに違いない。
「俺、妖夢に嫌われちゃったのかなって......。」
「ふーん......。」
見ればレミリアは頬杖をついたままニヤニヤと笑っている。
「な、なんで笑ってるの?」
「別になんでも無いわよー?」
......なんかわざとらしい返事だな。
「ただ、貴方達の間の関係がだいぶ危うくなってきているなー、って思って。」
「......そんなことが分かるの?」
「ええ、当たり前じゃない。私が持っているのは“運命を操る程度の能力”。操ることも出来れば誰かの運命を見ることもできるの。妖夢と貴方との間の関係を結ぶ糸はだいぶややこしいことになっているわね。」
「そっか......。」
「何か妖夢に悪いことした自覚はないの?」
「うん......これといって思い浮かぶことはないんだ。でも何か俺が悪いことをしてしまっていたのならば彼女に謝るべきだよね?今度見かけたら謝るのだけでもしておいた方がいいかな。」
「無理に関係のヨリを戻そうと近づきすぎても余計に拗れちゃう。仮にいま貴方が一時的に彼女に嫌われていたと仮定して、貴方も自分が何故嫌われてしまったのか明確に分からないのならここは焦らず仲直りの機会を待つべきね。」
「......レミリアには俺の運命が見えているんだろう?」
「まぁね。霊夢の勘みたいに未来予知、っていうレベルではないけどざっくりとは。」
「その......俺と妖夢はちゃんと仲直り出来る?」
「その問いは答えないでおくわ。あらかじめ自分の運命がわかっていることほどつまらないことなんてないもの。」
「えぇ......?」
「それに未来は自分次第でいくらだって変えることも出来るの。......良い方向にも悪い方向にも。私達は意思や行動の選択のたびに絶えず変化していく結果を受け止めて生きていかなければならない。」
「未来?運命じゃなくて?」
「運命はその文字の通り運められているものなんだから変えることはできないわ。あれは私たちの意思に関わらず生まれた時から決まっているものだもの。」
「未来も運命も同じような意味に思えるんだけど......。」
「だからいったでしょう?“運命”は変えられないけれど”未来“は変えることができる。だから私には”運命“しか見通すことができないってわけ。まだ貴方達のすれ違いは“運命”ではなく不確定な”未来“なのだから変えようはあるの。」
「なんか......難しいな。なんで運命じゃ無くて未来だって分かるんだ?」
「今、私の目を通してこの先ずっと貴方達が仲違いする様子がぼんやりと見えている。私の能力を以ってしてくっきりと見えないということはまだ運命ではないってこと。まぁぼんやりとは見えているのだから運命になりつつはあるんだろうけど。」
「それってつまり......」
「ええ。貴方達の間の関係の糸が切れかかっているってこと。」
「そんな......。」
「さっきも言ったけど、今は機会を伺いなさい。そのうちきっと関係を回復する機会がやって来るわ。これだけは断言してあげる。どうしてここまで急に関係が悪化したのかは知らないけど、ちゃんと誤解を解くなり謝るなりしなさいな。」
「う、うん......ってうわっ!?」
レミリアのその言葉にこくりと頷いたその時。
レンは急に腕を横から何者かにぐいっと引っ張られた。
椅子からガタッと転げ落ちるように離れ、そのまま地面に叩き付けられる。
「ぐっふぇ!?」
「お兄様ーーっ!!」
馬乗りになるようにして腹の辺りにちょこんと乗っかっている少女のまん丸で大きな真紅の瞳と目が合った。
「あはは......フランは容赦無いなぁ。しばらく会ってなかったけど、元気だった?」
いつの間にか目を覚ましていたようだ。
「うん!フラン、ずっとお兄様が来るの待ってたの!全っ然遊びに来てくれないんだもん!ねぇねぇねぇ、早く遊ぼ遊ぼ遊ぼ!」
フランはぴょんぴょん跳ねながらレンの腕をぐいんぐいん引っ張る。
一応加減はしてくれているつもりのようで、えげつない力で引っ張られているわけでは無いがそれでも結構痛い。
「ごっ、ごめんフラン。もう少しレミリアに聞きたいことが......」
「ダメ!今すぐ遊ぶの!お兄様、しばらく帰っちゃダメだからね!」
「ちょっ、痛だだだっ!?レミリア、笑ってないで助けてくれ!!」
必死に助けを乞うも、そのままフランに引き摺られるようにして部屋を出て行くレンをレミリアはクスクス笑いながら見送った。
「......咲夜ぁー、そこにいるんでしょ?ほら隠れてないで出てきなさい。」
「バレてましたか。」
観念したかのように今度は咲夜が扉から部屋へと入って来た。
「ふふ......廊下で盗み聞きとはいただけないわね?」
「申し訳ありません......。」
「そんなにレンと妖夢の仲違いが気になる?」
「いえ、まぁ。人里で買い物をしている時にちらりと見かけたので声をかけたのですが、あんなに落ち込んでいる妖夢を見たのは初めてだったもので。」
「何故あの子達が気まずい感じになっちゃったのか教えてあげようか?」
「は、はい。僭越ながらお聞かせ願いたいです。」
「それはね......」
レミリアはあの日の夜中に起きたことの一部始終を咲夜に言って聞かせた。
「はぁ......つまりは妖夢の勘違い、ということですか?」
「そそ。大方、自分が霊夢とレンの間柄を邪魔してはいけないとか思っているんでしょうね。」
「それで無理をして自分からレンとの間に距離を置こうとしてテンション下がり気味なんですね。合点が行きました。......でも、お嬢様は何故そのような事情をご存知だったのですか?」
「この前珍しく八雲紫が遊びに来たことがあったでしょう?その時に彼女から聞かせてもらったの。」
「左様ですか......。しかし、傍から聞いたら滑稽な話ですが妖夢本人の気持ちを考えると少々気の毒ですね。彼女も大分レンに懐いていたみたいですし。」
「まあ、そうよね。でもレンと妖夢を仲直りさせる為に冥界のお嬢様が異変を起こそうとしているらしいわよ。」
「異変......?彼らを対峙させてはむしろ逆効果では?」
「どうかしらね。まあ、幽々子が異変を起こせば妖夢も解決に動くであろうレンとの対峙を避けることはできないし。現状無理矢理二人を会話させるんだったらそれくらいしか手は無いんだから愚策ではないと思うけど。」
「大丈夫でしょうか......?」
「まあ、何にせよ彼らの対峙に水を差さないように咲夜は異変解決に動いちゃダメよ?......っていうか紫経由で幽々子にそう頼まれた。」
「了解しました。彼らの関係がちゃんと元通りになると良いのですが。」
「......咲夜も随分とお人好しになったわね。昔とはちょっと変わったというか。」
「そ、そうでしょうか?」
「良いのよ別に。そっちの方が人間らしくて面白いから。」
「お嬢様の方は昔からお変わり無いですね。」
「当たり前じゃない。私は貧弱で弱っちい人間じゃなくて吸血鬼なんだからいくら時を経ようとも永久不変なの。」
二人はお互いに顔を見合わせて上品に笑った。




