94.持つべきものは
......幽々子様に言われて人里に来たまでは良かったものの、特にしたいこともないや。
人の行き交う通りを当てもなくぶらぶらと歩き回る妖夢。
ふと、まだ年若い法被を羽織った男性と着物を着た里娘が仲睦まじく手を繋いで歩いているのが目に止まった。
なんだかその様子が羨ましく、そしてそれをそんな風に遠くから見つめている自分が酷く惨めに思えて彼女は俯いた。
ーーいいなぁ。
ほんと何してるんだろ、私。
やっぱりもう帰ろうかな。
里の出口の方へと踵を返そうとしたその時。
「おっ、いたいた。あれ妖夢じゃないか?」
「ほんとだ。おーい、妖夢ー?」
この声は......霊夢と魔理沙、だろうか。
「ああ、二人とも。お買い物中?」
「たった今妖夢を誘って甘味処でも行こうと思ってたんだ......って、どうしたんだ?そんな暗い顔して。なんか嫌なことでもあったのか?」
......バレたか。
無理矢理口角を上げて笑顔を浮かべているつもりだったんだけど。
「いや、まぁその......色々あってさ。」
「色々って?」
「色々は色々だよ。」
「ふーん......まあ言いたくないなら無理に言わなくても良いけど。それよりも妖夢、たい焼きでも食べに行こうぜ?」
「私は......今日はやめておくよ。ちょっともう疲れてるし。」
今日の朝見た夢もあって気乗りしないのでそれとなく断って再び踵を返そうとしたその時。
霊夢が妖夢の手を両手できゅっと握った。
「疲れた時ほど甘い物食べた方がいいじゃない。なんか知らないけど随分と落ち込んでいるみたいだし、私で良ければ愚痴話でも何でも聞くよ?ほら、一緒に行こうよ。今日は私が奢ってあげる。」
「う、嘘だろおい......。霊夢の口から“奢る”なんて言葉が出るなんて。」
「うっさい。そんなこと言う魔理沙には一生奢ってあげない!」
「ごめんって。私に対してはちと冷たすぎやしないか?」
妖夢は思わず小さく笑ってしまった。
......霊夢が一番この悩みを言いにくい相手なんだよなぁ。
それでもなんだか友達としての彼女の心遣いが嬉しかった妖夢はこくりと頷いた。
「よっしゃ、そうと決まれば早速行こうぜ!」
※※※
“なぁ、霊夢。妖夢は一体どうしちゃったんだ?”
“わ、私も分からないわよ。しょんぼりしてるし、何か嫌なことでもあったんでしょ。”
茶屋の席にて。
妖夢の様子になんだか深刻そうなものを感じ取った霊夢と魔理沙はお互いにこそこそと耳打ちをする。
いつもならあんなに嬉しそうに食べる甘い物にも今日は手を付けようとしない。
「妖夢、食べないのか?要らないんだったら勿体無いから私がもら......いでっ!?」
妖夢の皿の上に載っているたい焼きに手を伸ばそうとした魔理沙の手を、霊夢はぴしゃりとはたいた。
「なっ、何すんだよぅ......。」
「私は魔理沙じゃなくて妖夢に奢ってあげたの!」
「ちぇっ、少しぐらい良いじゃんかよ。食べないで置いとくのは勿体無いぜ......いただきっ!!」
魔理沙は隙をついて霊夢の皿から団子を一つつまみ、口へ放り込んだ。
「あぁーっ!!」
途端容赦無く繰り出された霊夢の右フックを、魔理沙はひょいと躱した。
「うおっ、あっぶね!?口より先に手が出るなこの巫女はっ!?」
「私のお団子返せー!このこのぉーっ!!」
渾身の右フックを躱されて更に腹が立ったのか、今度は魔理沙の頬を引っ掴んでぐにぐにこねくり回した。
「いだだだっ、ギブギブ!ほっぺたちぎれる!!」
魔理沙も仕返しとばかりにうりゃうりゃと霊夢の脇腹を突っつき出した。
「にゃはははっ......ちょっ、タンマタンマ!それ反則!!」
......本当にこの二人は仲良いんだか悪いんだか。
じゃれる二人の様子を見て妖夢は小さく笑ってしまった。
それと同時に、今朝見た悪夢がフラッシュバックする。
脳裏にあの笑い声が残響となって木霊する。
「......ねぇ、二人とも。」
「「ん?」」
妖夢が口を開くと、二人はぴたりと動きを止めた。
「妖夢は......二人にとって友達、ってことで良いのかな?」
「「......はぁ?」」
二人揃って何故そんなことを聞くのかと言わんばかりに首を傾げる。
「当たり前でしょう?何を今更。友達っていうか......私は妖夢のこと”親友“って言える間柄だと勝手に思ってたんだけど。」
「逆にそれ以外だったら何なんだ?赤の他人だとか知り合いだとかなんて言わせないぜ?もう随分長い付き合いじゃないか。」
「......そっか。」
それだけぽつんと答えると、妖夢は急にせぐりあげてぽろぽろと涙を零し始めた。
お互いの頬を引っ掴んだまま揃ってぽかんとした表情で妖夢を見つめる霊夢と魔理沙。
「魔理沙、あんた何か妖夢を泣かせるようなことしたでしょ?」
「し、してないぜ!?そういう霊夢こそ何かしたんだろ?」
二人はまたやいのやいのと口喧嘩を始める。
「あっ、あのね!今日すごく嫌な夢を見たの。私、皆に嫌われてて......”半人半霊のくせに人間につるんでくるな“、って。それでね、夢の中でだけど霊夢と魔理沙にも悪口言われちゃって、なんだか私急に独りぼっちになっちゃった気がして......」
妖夢が今朝見た夢をぼそぼそと説明したのを聞き終えるなり、霊夢と魔理沙は腹を抱えて爆笑し始めた。
「そ、そんなに笑わなくても......」
「ごめんごめん......ふふっ。」
「くくく、妖夢も面白い夢を見るんだな!」
ひとしきり笑った後、二人はふぅとため息を吐く。
「二人は......何があってもずっと妖夢の友達でいてくれる?」
「安心しな。妖夢が嫌と言っても私は友達を自称して付き纏ってやるぜ。」
「こんなこと言うのも照れくさいけど......もちろん今までもこれからもずーっと友達よ。仲良くしてね?」
「えへへ、二人ともありがと。」
妖夢は少し恥ずかしそうに、そして心底嬉しそうに笑った。
「最近さっき言ったような類の夢をよく見るんだよね......。お陰で毎日朝から憂鬱な気分になっちゃうんだ。」
「何か悪いものに取り憑かれているんじゃないの?お祓いでもしてあげようか?」
「や、やめとけやめとけ!妖夢の半霊まで成仏しかねないだろ!?」
「ひ、ひぃっ!?」
「何よ、冗談に決まってるでしょ?」
「......霊夢が言うと冗談に聞こえないんだぜ。」
霊夢はたまに真顔で冗談を言うから怖いんだよなぁ。
「ねえねえ、霊夢も魔理沙も何かこの後予定とかある?」
「特には無いかな。」
「私も特にやらなきゃいけないことは無いけど、パチュリーのとこへ魔導書を借りに......いだだだ!?」
魔理沙は霊夢に思いっきり太ももをつねられた。
ーー空気読みなさいよ馬鹿!
霊夢にそう耳打ちされて、魔理沙も渋々
「わ、私も暇だぜ。」
と答える。
「良かったら、どこかへ遊びに行かない?その.......今日はもうちょっと二人と一緒にいたくて。」
「ええ、勿論。霧の湖の辺りとかどう?今の季節はちょうど湖の周りを囲むように樹氷の列ができていて綺麗なの。」
「香霖堂もアリだな。あそこなら好き勝手お茶も飲めるし。そうそう、この前香霖の奴が面白いもん拾ってきてさ......」
やっぱりこの二人と一緒にいると落ち着く。
他愛無い会話は嫌なことや悩みさえも一時的に忘れさせてくれる。
......きっと、彼女たちと一緒にいればレンに会えない寂しさも和らぐだろう。
気の合う友達の存在がいかに心の支えになってくれているのかに改めて気が付いた妖夢なのであった。




