92.決別
大晦日のどんちゃん騒ぎの翌朝。
酔い潰れて寝ていた者たちも皆それぞれ帰路につき、昨晩の喧騒が嘘のように神社には束の間の静寂が訪れていた。
空は真っ青な快晴。
こんな晴れた日に神社の境内に妖怪やら妖精やらが遊びにやって来ないのは珍しいことだ。
......普通の人間及び参拝客は晴れていようがいなかろうが滅多に来ないわけだが。
まあ今日は元旦だし、もう少しすれば初詣に来る人達もいるだろう。
レンは布団から這い出て一つ大きな欠伸をするとそのまま下駄を履き、縁側から降りて手水舎の方へと向かった。
......酷い頭痛がする。
そりゃあんだけ飲まされたもんな。
逆に二日酔いしない方がおかしい。
顔を洗うのも忘れて暫くぼーっと水面に浮かぶ葉っぱを見つめていると、後ろから寝間着姿の霊夢がやって来た。
「ふわぁ......おはよ。清々しい朝ね。」
「おはよう。清々しい朝なんだろうけど......俺は頭痛が酷いや。」
「ふふっ、萃香に相当飲まされてたもんね。二日酔いには梅干しが良いらしいわよ。朝ご飯で出してあげようか?」
「流石は霊夢。今まで散々二日酔いしてきただけあってちゃんと対処法に詳しいんだな。」
「何よ、失礼しちゃうわね......人を呑んだくれみたいに言って。」
......実際呑んだくれじゃん。
「......まあ良いわ。今日は元旦だし、初詣に来る人達もいるはずだからここまで護衛と誘導よろしく!」
「えっ!?」
「良いじゃないの、別に。守谷神社の方は最近神社まで直通のロープウェイを作ったみたいで、どんどんうちの客が取られてるの。こっちもこっちで護衛くらい付けないとみんな来てくれないでしょ?」
「俺二日酔いなんだけど......。」
「そんなこと言われても、“今年の初詣に来られる方は博麗神社までレンが護衛します”ってもう宣伝しちゃったの。里を救った有名人のあんたが護衛に付くって言ってるんだからきっとみんな来てくれるわよ。」
「俺を勝手に神社同士の集客争いに組み込まれても困るよ!?」
「何言ってんのよ。レンはここに住んでるんだからとっくに博麗神社の勢力に入ってるの。」
うわぁ、この巫女さんすげぇ悪い顔してる。
「そもそも霊夢は何で参拝客に来て欲しいの?二人の祭神が実際にいる守谷神社はまだ分かるけど、霊夢はこの博麗神社に祀られている神が何なのかも知らないんだろう?」
「うぐっ......例えご利益がよく分かんなくってもお賽銭を人からもらうのは大事よ。」
ーー私のお小遣いになるし。
霊夢はぼそっと小さな声でそう呟いた。
オイ、それでいいのか堕巫女。
それにいつの間に俺は博麗の勢力に取り込まれたんだよ......。
「歩くのさえ千鳥足でふらふら、みたいな状態なんだよ?」
「へーきへーき。どうせあんたが付いてるだけで妖怪も襲ってきたりしない筈だから。人里からここまで参拝客達と一緒に歩いてくるだけのお仕事。簡単でしょ?」
「霊夢が行くという選択肢は......」
「私はちゃんとした巫女装束に着替えたり売るお守りやお札を準備したりするから忙しいもん。参拝客の来ない寂れた神社の巫女さんを助けてあげるつもりでやってよ。ね、お願ーい?」
「まったく、しょうがないなぁ......。」
「決まりね!流石はレン!参拝客の集合場所は里の広場ってことになってるから。朝ご飯済ませたらよろしく!!」
霊夢はるんるん鼻歌を歌いながら母屋へと戻って行った。
こういう時だけ彼女は調子いいんだから。
普段は来ないからよっぽど参拝客が来るのが嬉しいんだろうな。
まあ......あんだけ喜んでくれるならいっか。
レンは新年明けて早々美しく晴れ渡った、群青の空を仰いだ。
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一年の最初の日である元日であるにも関わらず、里は初売りで賑わっていた。
普段にも増して多くの人々が通りを練り歩き、横丁では活気良く呼び込みの青年達が声を張り上げている。
米屋の前で呼び込みをしているのは......。
「おっ、レンじゃねーか!どうした、いつもに増して顔色悪りぃぞ?」
......いつもに増しては余計だコノヤロー。
「おう、風太か。はは......ちょっと二日酔いしててさ。風太は何で米屋の呼び込みなんかしてるの?お前ん家鍛冶屋じゃなかったっけ?」
「ああほら、俺の親父が米屋のおっちゃんと仲良くてさ。呼び込み手伝わされてるんだ。」
「へぇ......お前も大変だな。」
「そんなことよりレン、お前米大量に買ってけ!」
大量に買ってけって何だよ!?
そんな無茶苦茶な宣伝の仕方があってたまるか。
「別にお米買うつもりないんだけど......」
「じゃあ少しでもいいから買ってけ!友達価格で安くしてやるからさ!」
「......分かった。買わせてもらおう。その代わりと言ってはなんだけど......俺も霊夢に初詣の呼び込み頼まれててさ。後で来てくれない?......ここだけの話、今日は霊夢の巫女装束姿見られるよ。」
「おっマジで!?行く行く!!」
「交渉成立だな。」
レンはごそごそと懐から財布を取り出し、風太にお代を渡した。
風太はそれを受け取ると、店の中から結構な大きさの袋を抱えて持ってきた。
「ほらよ、毎度あり!」
「こんなにいいのか?」
「ああ、友達価格って言ったろ?......米屋のおっちゃんには秘密な?この金額でこんなに渡したって言ったら怒られっから。」
「おいおい......。」
「俺に面倒くさい手伝いを押し付けたおっちゃんに対するアクシューだ、アクシュー。」
そう言って悪い笑みを浮かべ、親指を立てる風太。
......それをいうなら復讐な。
風太は今日も平常運転で馬鹿だ。
レンはなんだか可笑しくて笑ってしまった。
「ありがとう。......それじゃあ、また後で。里の広場で待ってるから。」
「おう!幸助も引きずってでも連れてくぜ!」
......幸助も災難だなぁ。
とか他人事のように思いつつ、風太へ手を振って米屋を後にする。
まだ霊夢が宣伝した”博麗神社への護衛ツアー“の集合時間までには大分時間がある。
レンは暇潰しに賑わう横丁を見て回ることにした。
やはり初売りとだけあって、普段は滅多に出回らない珍しいものだったりとてもお買い得なものだったりが沢山店に並んでいる。
皆こぞってそれを買うので、店の人達も大忙しだ。
そんな様子を眺めながら横丁の角を曲がったその時。
レンは見慣れた白銀髪の少女......妖夢の姿を見つけた。
小さな買い物籠を片手にちょこちょこ店々の間を行ったり来たり。
......あれ?
見れば昨日までは肩にかかるほどの長さだった髪が短く切り揃えられていた。
「おーい、妖夢!」
「あっ、お師さま......。」
「あけましておめでとう。」
「おめでとうございます。」
「妖夢、髪伸ばしてたのに切っちゃったの?」
刹那、妖夢の表情は珍しく曇った。
レンから目を逸らした彼女の表情はどこか寂しそうで、切なそうで、それでいて悲しそうな......。
「え、えぇ......まあ。」
「よ、妖夢......?」
「いえ、なんでも無いです。」
「あのさ、これから博麗神社に初詣の......」
「すみません。私、今日は忙しいので......。」
「そ、そっか。じゃあ......」
「では私はこれにて失礼します。霊夢のこと、幸せにしてあげて下さいね。......さよなら。」
「えっ......?」
ーーさよなら。
彼女は今確かにそう言った。
別に別れ際に口にするのはおかしくは無いが、今の流れで“さよなら”はなんだか不自然だ。
......っていうか霊夢を幸せにしてあげろってどういうことだ?
態度もいつもに比べて余所余所しかったし。
これじゃあもう会えないみたいな......。
「お、おい、妖夢!?ちょっと待って......」
反射的に呼び止めようとするも、妖夢はすぐに人混みに紛れて行ってしまった。
ーーさよなら。
妖夢が放ったその一言だけが脳内に何度も何度も木霊する。
考えすぎ......かな。
何か引っかかるものを感じながらも、レンには人混みを掻き分けて妖夢の元へ問い質しに行く勇気はなかった。
ーーこれで......いいんだ。
人混みに紛れて師が見えなくなったのを確認してから、妖夢は横丁の一角の軒下に入って寄りかかった。
私が霊夢とお師さまの恋を邪魔してはいけない。
勿論彼のことは今でも狂おしいほどに好きだ。
彼のことを考えるだけで胸がきゅんと締め付けられる。
でも......大好きだからこそ彼には幸せになって欲しい。
あの人の恋物語に置いては私は所詮脇役。
物語の筋に従って、脇役である私は彼と結ばれなかっただけのことだ。
不用意に近付くと私は知らず知らずのうちに彼に甘えてしまうから。
彼を無意識に求めてしまうから。
本当に彼の幸せを望むなら、私から彼に対して距離を置かなきゃ。
......私は彼の弟子である以前に幽々子様の従者だ。
西行寺家の令嬢に仕えるのが代々魂魄家の役目。
きっとこんな風に恋慕の情にうつつを抜かしている私を見たら、きっとお祖父様はお叱りになるに違いない。
こんな調子では迷いも断ち切れず、いつまで経っても私は半人前のままだ。
ちゃんと一人前になれるように修行して、生涯幽々子様に尽くすんだと昨日決めたばかりじゃないか。
失恋と、その決意を固める為に私は髪を切ったんだ。
泣かない......絶対に泣いたりするもんか。
決意とは裏腹に頬を伝っていった一筋の透明な雫を、彼女は乱雑に拭い払った。
※※※
博麗神社は珍しく参拝客で賑わっていた。
霊夢は緋袴の巫女装束に身を包み、せっせと参拝客達にお守りやお札を売っている。
レンもその横で手伝いをしながら先刻の妖夢の様子についてずっと考えていた。
「......レン、どうかしたの?」
「......。」
「ねぇ、レンってば。」
「......。」
「聞こえてないの!?」
「う、うわっ!?ごめん、ぼーっとしてた。」
「何なのよ、さっきからずーっと間の抜けたような顔して。何処か具合でも悪いの?疲れてる?」
「いやいや、全然。元気だよ。」
人使い荒い誰かさんのせいで疲れてはいるけどね。
「......なら良いけど。ちょっと気分転換のつもりでその辺を散歩でもしてきたら?大分客足も落ち着いてきたし、参拝客達の帰りは私が里まで送るから。」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。」
レンはお守りを売り続ける霊夢の横を離れて、鳥居の前の石段に腰を落ろした。
......霊夢にまで気を遣わせるって、俺は今一体どんな顔をしてるんだろう。
手伝いを押し付けられていたとはいえ、やはり少し罪悪感を覚えた。
でもそれだけ先刻の妖夢の様子が気になっているのだ。
いつも素直で誰に対しても人懐っこくて、嬉しそうに話しかけて来てくれる彼女が今日は今までにないほど素っ気なかった。
何か嫌なことがあったのだろうか?
......それとも嫌われてしまった?
自分でも気が付かないうちに何か妖夢の嫌がることをしてしまったのだろうか。
心当たりは全く持ってないが......。
今度人里で見かけたら謝っておこう。
ーー例え許してもらえなかったとしても、きちんと謝ることに意味はあるはずだ。
頬杖をつきながらそんなことを考えていると。
「よう、レン!なにしけた顔してんだよ!!」
背後からげしっと蹴り一発。
「うわっ!?」
そのまま石段を真っ逆さまに転げ落ちるーー寸前で何とか踏みとどまった。
「な、何すんだよ風太!?」
「ん?なんか落ち込んだような顔してたから元気注入してやろうと思って。」
「元気になる前に階段転げ落ちて死ぬわアホ!!」
「わ、悪かったって。別に蹴落とすつもりは無かったんだ。」
つもりがなくても未遂であることには変わらないんだよ。
怖いなコイツ。
いつかちょっかいで人を殺しかねない......。
などと思いつつジト目で風太を睨んでいると、横から眼鏡をかけた青年がやって来た。
「よ、レン。」
「ああ、幸助か。お前も風太に無理矢理連れてこられたクチ?」
「まあそれもあるし、博麗の巫女様の袴姿を見られると聞いて......な?」
オイ、お前も霊夢目当てかよ。
普段参拝客は滅多に来ないけど、やっぱり霊夢は人里の人達の中では結構人気があるみたいだ。
「やっぱり巫女様可愛いよな......。さっき多めにお賽銭入れたら満面の笑顔で“ありがとー!”って言われちゃってさ。俺、あんな笑顔が見られるんだったら毎日お賽銭入れにここに通ってもいいかも。」
「......。」
「な、なんだよレン、その目は?」
「いや......別に。」
幸助、お前まんまと惑わされてるよ。
その輝くような笑顔はあくまでお賽銭が欲しいが故に浮かべるものであることをレンはよく知っている。
確かに眩しいくらいに可憐な笑顔なのだが、その笑顔が向けられるのは決まって何かねだられる時とか面倒事を押しつけられる時で、碌なことがない。
彼女の猫撫で声もまた然りである。
まあ確かに可愛いのは認めるけど。
「なあ二人とも、この後守谷神社の方にも初詣に行かないか?守谷神社の方の巫女さんも可愛いらしいぜ?」
「お前なぁ......」
風太の提案に呆れてため息を吐くレン。
......コイツに信仰心とかを求める方が馬鹿なのかもしれない。
まあかくいう俺も博麗神社に住まわせてもらっておきながら宗教には少し堅苦しいイメージを持っているのか苦手意識がある。
でも巫女である霊夢も自分がどんな神様を祀っているのかにさえ興味がないくらいだからなぁ。
そう考えてみると本当巫女らしくない巫女だよな、あの娘。
すっごく今更だけど。
一応神社に住む者として少しくらいは俺も信仰に興味を持つべきか。
守谷神社に行って挨拶をしてくるついでに早苗に少し信仰についてご教授願うのもいいかもしれない。
......それに少しは気晴らしになるかも。
「......行くか、守矢神社。」
「おっ、やっぱレンも早苗さん目当てか!」
「ち、ちがわいっ!お前らが行きたいっていうから......」
「嘘吐かなくてもいいぞ、レン。例え巫女さん目当てで神社に通ったってそれが別に不純な動機であるとも言い切れない。それはそれで一つの信仰の形の一つとして僕はアリだと思う。」
幸助までこんなこと言ってやがる。
信仰の形の一つ、とかそれっぽく正当化しようとしてるけど不純な動機以外の何物でもないからな!?
「もうそれでいいよ......。」
「よしっ、じゃあ決まりだな!日も暮れちゃうし、早く守谷神社へ行こうぜ。」
レンは呆れたように溜め息を吐きつつもどこか嬉しそうな顔で二人の友人と無駄話をしつつ、神社の階段を降り始めた。




