87.落雪注意
今年も残すところあと数日。
博麗神社では大晦日に開かれる宴会へ向けての準備が着々と進められていた。
なんでも例年そのまま年明けの瞬間を迎え、夜が明けるまでどんちゃん騒ぎをするくらいに大きな規模の宴会になるそうで、数日がかりで準備を行うらしい。
師走とはまさにこの事。
人里へお使いに行ったり、神社で準備を手伝ったり、森や山でキノコや山菜を採って来たり。
レンは霊夢に使いっぱしられて幻想郷を東奔西走。
今日も今日とて宴会で飲むのに十分な量のお酒を手に入れる為に朝早くから人間の里やら天狗の里やら紅魔館やらを訪ね回った。
皆快く発注を引き受けてくれたのでスムーズに事が進んだものの、全て尋ね終わった頃にはもう昼を過ぎていた。
「うぅ......疲れた。」
レンは休憩のために川縁にへたりと座り込んだ。
霊夢は人使いが荒すぎる。
俺に知らないうちに疲れが溜まっているのを心配してくれていたんじゃなかったのか。
この調子じゃあ身体がもたない。
また神社に帰ったら新しいお使いを頼まれるんだろうなぁ。
昼ご飯の握り飯を頬張りながらレンは溜め息を吐いた。
......こんだけ頑張っているんだし少しくらいサボったっていいよね?
そうだ、神社に帰らなければ新しくお使いを頼まれることもない。
休憩がてら何処かで少し暇を潰してから神社に戻ることにしよう。
実は......最近ちょっと行ってみたいところがあったのだ。
レンは急いで握り飯を口の中に突っ込むと、空へと飛び立った。
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魔法の森の入り口に佇む古道具屋の前に、レンは降り立った。
......実は前々からちょっぴり香霖堂が気になっていたのだ。
以前霊夢の身体が縮んでしまった時に彼女の巫女服を仕立て直してもらうためにここへ訪れた。
その際に店内に置いてあった得体の知れない道具やその他諸々の小道具に大いに興味を惹かれたのである。
いつか来よう来ようと思っていたが色々と忙しくて結局来ることはなかった。
今日はどうせ暇潰しをしたいのだから訪れるのに丁度良い機会だろう。
レンは少しうきうきとした心持ちで戸を開いた。
ーーからんからん。
「魔理沙かい?悪いけどもうお茶はやれない......って、おっと失敬、レンだったか。いらっしゃい。」
本を片手にこの香霖堂の主人ーー“森近霖之助”が出迎えてくれた。
「やあ霖之助、久しぶり。香霖堂は確か外の世界の物も扱ってるんだったよね?」
「ああ、そうだとも。......非売品のものもあるが。」
「俺、結構そういうの興味があってさ。良かったら少しおすすめの商品とか見せてくれないか?」
レンの言葉を聞いて、霖之助は目を丸くした。
「......ん、どうしたんだ?」
「い、いや......。君ほどまともな客はひさしぶりに来たからさ。ほら、霊夢や魔理沙は普段勝手にうちに上がってはお茶を飲むだけ飲んで帰って行くし、紫なんかは毎月のように何も言わず店の物を掻っ攫って行くんだ。」
「あ、あはは......。確かにそりゃ災難だな。」
「もう慣れっこさ......。君が骨董品に興味があるとは感心した。なんだかレンとは気が合いそうだ。あっ、ちょっと待っててくれ。」
霖之助は椅子から立ち上がり、店の奥の方へと入っていく。
その後なにやら黒い粉末の入った小瓶を持って霖之助は戻ってきた。
「これは......?」
「どんぐりから作ったコーヒーだよ。この間魔理沙からもらったんだ。」
「へぇ......どんぐりってあの森に落ちてる小さな木の実だよね?あれがコーヒーになるのか。」
「まあ、座ってこれでも飲みながら骨董品について語ろうじゃないか。」
霖之助は二つのカップにコーヒーを淹れ、そのうちの一つをレンに手渡した。
そして眼鏡の位置を直すと、手始めに側に置いてあった骨董品を手に取って語り始めた。
※※※
「......というわけで、この箱は使い手の意思によっては世界を滅ぼしかねない力を持つと僕は睨んでいるんだ。」
「へぇ......なかなか興味深いな。」
使い方はよく分からないが、情報を集めることができる箱や太陽の力を集めることができる板などなど、知的好奇心をそそられるようなものがいっぱいだ。
霖之助が紹介してくれたものは全て非売品みたいだが。
たくさん喋って乾いた喉を潤すべくレンがどんぐりコーヒーを口に含んだその時。
「たのもーっ!!」
二人の耳に入ってきたのは聞き覚えのある声。
ドンドンドン、と誰かが入り口の扉を叩いているようだった。
......表には営業中の看板が出ているはずだし、扉にも鍵はかかっていないはずなのにどうして扉を開けて中に入って来ずに扉を叩いているのだろうか。
「すみませーん!もしもーし!!」
そんなに強く叩いたら......。
「......みょん!?」
ーードドドド......ドサッ。
ああ、言わんこっちゃない。
香霖堂の屋根に大量に積もっていた雪が訪問者の頭上へと降り注いだようだ。
訪問者の声はぱったりとやんでしまった。
「今の声......もしかして妖夢?」
「はぁ......なんか嫌な予感がするなぁ。」
レンは椅子から立ち上がると、すぐさま店の入り口の扉へと向かった。
霖之助も面倒くさそうに溜め息を吐き、後に続く。
レンが扉を開けると......こんもりと小さな雪塊がそこにはあった。
「みょん......。」
「妖夢?」
「ん?その声は......お師さまですか!?」
小さな妖夢の身体は完全に丸々雪の下に埋もれてしまったようで、姿は見えないが雪塊の中から妖夢の声が聞こえてくる。
......雪塊が喋ってるみたいだ。
雪を手で払ってやると、妖夢はようやく顔を出した。
「ああっ、やっぱりお師さまでしたか!あ、あの.......お二人とも、本当に申し訳ないんですが、助けてもらえませんか?」
「なんかデジャヴなんだけど......前にもこんなことなかったかい?」
霖之助はやれやれ、とばかりに手をあげた。
妖夢は少し顔を赤くして恥ずかしそうに笑った。
「え、えへへ......お恥ずかしながら。」
「えぇ......前にも同じようなことがあったのか?」
「ああ。あの時もこんな風に大雪が降った日の翌朝だったかな。同じように妖夢が戸を叩いて雪の下敷きになって動けなくなったことがあったんだ。それにほら、もうこういうことが起きないようにここに看板まで立てておいたのに。」
霖之助の指差す方を見れば......成る程、確かに。
扉の横には、
“落雪注意。戸を強く叩くべからず。”
と書いてある看板が立てられていた。
「......あのさ、レン?」
「ん?」
「妖夢はちっとも懲りていないみたいだし、反省させるために少し放置しておくっていうのも一つありだと思うんだけど......」
「あ、あはは......霖之助は結構辛辣だなぁ。」
まあ確かに妖夢の自業自得ではあるし、この寒い中雪どかしなんてしたくない気持ちは分かるけど......。
霖之助の言葉を聞くや否や
「えぇっ、そんな〜!?」
と、声高に声を上げる妖夢。
「お、お師さまは助けてくれますよね?」
彼女は目をうるうるさせてすがるようにレンの方を見た。
「しくしく......こんな寒い中この状態で放置されたら私、風邪ひいちゃいますよぉ......。」
「わ、わかってるわかってる!勿論助けてあげるから泣くなって!!霖之助、俺からも頼むよ。雪をどかすの手伝ってあげてくれないか?」
レンの頼みに、霖之助はさも可笑しそうに小さく笑った。
「流石に冗談だよ。さあ、早く雪をどかしてさっきの話の続きをしよう。」
妖夢の上に重くのしかかった雪を、二人はせっせとどかし始めた。
※※※
「うぅ......冷たいです。」
妖夢はストーブの前でカタカタ震えている。
見れば半霊の方も寒そうにストーブにひっついているではないか。
......霊体も寒さを感じるんだなぁ。
「ほら、濡れたままだと風邪引くぞ?タオルは無いけど......これ使いなよ。」
妖夢はこくりと頷き、レンの差し出したハンカチを受け取って雪で濡れてしまったその白銀の髪をくしくし拭く。
と、そこに店の奥から霖之助がやって来て妖夢に盛んに湯気を上げるマグカップを差し出した。
「あれ......霖之助さん、今日は随分と優しいですね?」
「優しいも何も、僕は常に人には優しくするように努めているつもりだが。」
「嘘は吐いちゃダメですよ?」
「嘘......?」
「聞いてくださいよ、お師さま。霖之助さんはほんと酷い人なんです。以前妖夢の大事なものを奪った上に、無料では返してやれないとか言って妖夢に身体で対価を払わせたんです。」
「えぇ......?」
「ちょっ、違う違う!そんな誤解を招く言い方はよしてくれ。君は代金の代わりに雪かきをしただけだろう!?」
以前ーー。
妖夢は幽々子から貰った“人魂灯”という大事な物をうっかり顕界で落っことしてしまった。
そして霖之助は偶然にも落ちていたその人魂灯を拾い、香霖堂へ持って帰って商品として棚に陳列した。
散々幽々子から説教を食らった挙句妖夢は自分で人魂灯を探して来ることを命じられて幻想郷中を探し回り、やっとのこと香霖堂で売られているのを見つけたわけだ。
妖夢は人魂灯の返却を霖之助にせがんだが、流石に霖之助も珍しいものを拾った身としては商品を無料では譲りたくない。
そこで妖夢には代金の代わりにと雪かきをさせたーー
ーーみたいなことがあったらしい。
「僕は言わば妖夢の社会教育に利用された被害者じゃないか。それなのに酷い言い草だよ、まったく。」
「えへへ、まああれは確かに私の自業自得でしたよね。」
妖夢は悪戯っぽく舌をちろりと出すと、マグカップを受け取った。
......あざと可愛い。
「わぁ、ホットミルクですね?ありがとうございます!」
「あれ?妖夢はコーヒーじゃないのか?」
「ああ、前に妖夢にコーヒーを出したらほんのちょびっとしか飲まなかったから。妖夢はコーヒー嫌いなんだろうなって思って。」
「べ、別に嫌いじゃないです!飲めないわけじゃないんですよ、決して!妖夢は子供舌なんかじゃありません!!牛乳とお砂糖いっぱい入れれば飲めますもん。」
あっ......あんまり好きじゃないのね。
そりゃそうだよね。そういえば妖夢は甘党だもの。
「妖夢、魚は好き?」
「幻想郷には海が無いので川魚しか食べたことないですけど......あんま好きではないです。」
「肉は?」
「お肉大好きです!お肉お肉!!」
「野菜とかキノコは?」
「超苦手です。はっきり言って嫌いです。頑張ってちょびっとだけ食べてますけど。」
「甘い物は好きなんだよね?」
「はい!甘いものこそ至高、甘いものこそ正義です!!」
予想以上に子供舌というか、好き嫌い多いな。
この娘いつか食生活で起こる病気になりそうで怖い......。
妖夢はマグカップの中身を啜ると、至極幸せそうにほっと小さな息を吐いた。
「......して妖夢、君は何用で香霖堂に来たんだい?」
「ああ、本題の方をすっかり忘れてしまっていました。えっと......今日はお星さまを見るためにここへやって来たんです。」
「星?」
「はい。以前霊夢と魔理沙から聞いたんですが、この香霖堂で”流星祈願会“なるものを定期的にやっているとか。丁度今日の夜は晴れるようですし、幽々子様が今日の夜は流星群が見られるわね、って仰ってましたので今夜お星さまを見るための場所としてここをお借りしたいなと思いまして。」
「......何故ここじゃないと駄目なんだい?」
「前々から、香霖堂から見える星は綺麗だからここでお星さまを見ようって魔理沙と約束してたんです。丁度さっき人里で買い物をしていた時に今日にしないかと魔理沙に誘われまして。」
「またあの娘は人の了解も得ずに......。」
霖之助は頭を抱えると、深い溜め息をついた。
と、その時。
からんからん、と再び戸のベルが鳴った。
「ちーっす、霖之助。妖夢来なかったか?」
「霖之助さん、お邪魔するわね。」
紅白の巫女と白黒の魔法使いの三色コンビがやって来た。
「あっ、レン。お使いに行ったきり帰ってこないと思ったらこんなところで油を売っていたのね?」
「げっ......。」
「何よ、その反応は。失礼しちゃうわね。」
霊夢は腰に手を当て、ぷっと頬を膨らませる。
「いやぁ、あはは......」
......またおつかい押し付けられると思ったら誰でもこんな反応しちゃうだろ。
一方机の向こう側では霖之助と魔理沙が何やら口論している。
口論、と言っても霖之助の問いに対して魔理沙がのらりくらりといなしているだけだが。
「魔理沙、どうしてうちを勝手に会場にしてるんだ。」
「だっていっつも流星祈願会は香霖堂でやってるだろ。別に滅多に他に客が来るわけじゃないんだし、ここで星を見ても誰にも迷惑はかからないぜ?」
「......僕の迷惑は考えてくれているのかい?」
「香霖は別に一人で本読んでりゃ良いんだから私達が横で星を見てたって関係無いだろ?」
「君ってやつは......。」
妖夢は椅子にちょこんと座ったまま霊夢とレン、そして魔理沙と霖之助のやりとりを交互に見る。
そしてくすっ、と小さく笑った。
なんだかどちらも見慣れた光景というか......。
その儚い露のような微笑みはすぐにどこか寂しげな笑みへと変わる。
......いいなぁ、霊夢も魔理沙も。
彼女はちらりと己の敬愛する師の顔を見た。
やっぱりお師さまは妖夢じゃなくて霊夢のことが好きなのかな。
まだ、私にもチャンスはあるのかな。
なんだか急に独りぼっちになってしまった気がして、心の奥がちくりと痛む。
妖夢は初めて感じたこの感覚に戸惑った。
ただただ、胸がきゅっと締め付けられたように痛いような、悲しいような。
彼女は今自分の胸の中にあるその感情の名前をまだ知らなかった。
「......妖夢?どうしたの?」
「......。」
「おーい?熱でもあるのかしら。」
ぼーっとしたままの妖夢の額に、霊夢は自らのおでこをくっつけた。
「わっ、わっ!?だ、大丈夫大丈夫!全然元気だよ!!」
「......ほんとに大丈夫?」
「ほんとほんと!あ、あのさ......霊夢も一緒にお星さま見ない?」
「お星さま?」
「うん。香霖堂で流星群見ようって魔理沙と約束しててさ。よかったら霊夢もどうかなって。良いよね、魔理沙?」
「ああ。元より流星祈願会に誘うために霊夢をここに連れてきたんだぜ。レンまでここにいるのは予想外だったけどな。」
レンが露骨に目を逸らしたので、魔理沙はにししと笑った。
「へぇ......良いじゃないの。年越しの宴会の準備もあらかた終わったところだし、私もご一緒させてもらおうかしら。......レンは?どうするの?」
「俺は......うーん、どうしようかなぁ。」
連日のお使いのために東奔西走したせいでだいぶ疲れてるし今日はもう神社へ帰ってゆっくりしたい気もする。
「お師さまも一緒に見ましょうよ!流れ星はお願いを叶えてくれるんですよ?」
妖夢は目をきらきら輝かせてレンの方を見た。
うぐっ......視線が眩しい。
「なぁレン、お前の可愛い可愛い弟子からのお誘いだぞ?これはもう断るのも失礼ってやつじゃないか?」
けけけ、と魔理沙は揶揄うように笑う。
「あんた空好きじゃないの。いっつも空の話ばっかしてるし。一緒に見ていきなさい。これは命令よ、命令。」
なんで命令口調!?
「いやぁ......ほら、あんまり遅くまで起きてるとお腹空いちゃうじゃん?」
「あっ、私おにぎり握って持ってきますよ?」
妖夢がはーい、と手を挙げてにっこり微笑む。
「えっと......ほら、あんまり遅くまでここに俺たちがいると、霖之助にも迷惑だろう?」
「いや、僕は別に構わないよ。どうしてもというなら、君達にこの場所を貸してあげても良い。」
霖之助は眼鏡の位置をくいっと直しながらそう言った。
霖之助お前......さては満更でも無いんだな。
「じゃあ......ほら、あんまり遅くまで起きてると眠くなっちゃうし。」
「私が叩き起こしてあげるから安心なさい?」
ちぇすと、と手刀で素振りをして見せる霊夢。
怖いよお前。
......あぁ、これどう転んでも逃してもらえないやつだ。
「わ、分かったよ。俺も見ていくことにする。」
「やった!」
妖夢が嬉しそうに笑うので思わずレンも小さく笑ってしまった。
「霖之助......なんだか悪いな、勝手に話を進めちゃって。」
「いや、言い出しっぺは魔理沙だし君はどちらかと言うと巻き込まれた側なんだから気に病む必要はないよ。それに前にも言ったけど、こう言うのにはもう慣れっこさ。」
そう言って霖之助はやはり満更でもなさそうに、少し嬉しそうな表情で笑った。




