74.《幕間③》楽園の小さな巫女・1
それはいつものように魔理沙が博麗神社に遊びに来ていた時のことだった。
「ふっふっふ......霊夢、ついにやっちまったぜ!!」
「うわぁ......またパチュリーのところから魔導書盗んできたの?あんたも程々にしなさいよ。」
と溜め息を吐きながら首を振って呆れる霊夢。
「ち、違う違う!それはいつもやってることだろ。もっと凄いことを成し遂げたんだぜ!!.......それにいっつも言ってるけど、パチュリーのとこからは魔導書を“私が死ぬまで”借りてるだけで盗んでいるわけじゃ無いぜ。」
......いつもやってる自覚はあったのね。
「......で?何やらかしたのよ?」
「聞いて驚け!実は私、“若返りの魔法薬”なるものを作っちまったんだぜ!!」
何やら青色の液体の入った瓶を掲げてむふー、と自慢げに胸を張る魔理沙。
「はぁー?若返りの魔法薬?」
「おう!名前の通り、飲めばたちまち見た目が若くなるっていう魔法のような薬だぜ!!......実際魔法だけど。」
「ふーん。」
霊夢は興味なさそうに適当な返事をしてお茶を啜った。
「お、おい。もうちょい興味持てよ!若返りって世の全ての女性の憧れだろ?」
「まぁ......そうなんだろうけど、そんな薬飲まなくたってあんたも私も十分若いじゃないの。飲んでも大した効果はないんじゃない?」
「うーん......考えてみればそうか。確かに私達には需要ねーな、この薬。」
魔理沙は心底つまらなそうに手を頭の後ろで組みながら溜め息を吐いた。
「あーあ、せっかく霊夢を驚かせるものができたと思ったのに......つまらないな。」
その仕草が妙に子どもらしく見えて、霊夢はくすくすと笑った。
「まあいいや。この薬、霊夢にやるよ。いつか婆さんになって若返りたくなったときに飲んだらどうだ?その頃には人間じゃなくて完全な魔法使いになっているだろうから私には不要なものだろうしな。」
けけけ、と魔理沙は愉快そうに笑い、霊夢の方へ小瓶を投げた。
霊夢は慌ててその小瓶を両手で受け止める。
「そもそもなんで使い道もよく考えていないような薬を作ろうとしたのよ......。」
「ああ、他の薬を作ろうと思ってたら調合比率を間違えてたみたいでな。いわば調合の副産物ってとこだな。」
「素直に失敗作って言いなさいよ。」
「調合に失敗なんてないのさ。ただ単に作ろうと思ってたのと違うものが出来てしまっただけで、この経験は次回に活かせるんだから例え予想と違うものが出来てしまってもそれは失敗とは言わない。」
「あんた......妙に説得力あるけど、言ってることはめちゃくちゃよ。」
魔理沙はまた楽しそうに笑った。
※※※
その日の夜。
霊夢はふと喉の渇きを覚えて目覚めた。
まだ辺りは暗い。
真夜中のようだ。
もう蝉も鳴かぬ季節となったが、今日は割と気温が高く蒸し暑い。
布団を被ったまま寝たので身体が火照っているかのように暑さを感じる。
霊夢はもぞもぞと布団から這い出て、寝惚けておぼつかない足取りで台所へと向かった。
「うわ......。」
運が悪いことに、飲水用に汲み置きしておいた井戸水の入っていた桶は空になっていた。
喉が渇いたし、このまま布団に潜っても眠れそうに無い。
かといって井戸水を汲みに行くのも面倒くさい。......寝巻き姿だし。
ぽけーっと寝惚けた頭で、汲みに行くか泣き寝入りして寝るか暫く迷っていると。
ふいに流し台の横に小瓶が置いてあるのが目に留まった。
「......。」
レンが買ってきたのかな。
まあ何にせよ飲み物が置いてあってラッキー。
後で何か文句言われたらお金返せばいいや、程度に思いながら霊夢は小瓶の栓を開けて中身を飲み干した。
柑橘系に似たような爽やかな香りとほのかな甘みがあって結構美味しい。
喉の渇きも癒されてふう、と安らかな溜め息を吐いてから霊夢は自室へと戻った。
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そして明くる朝。
レンはいつものように朝食を作っていた。
「うん......今日も味ヨシ、と。」
味噌汁の味を確認してから火を止め、お椀によそう。
「おーい、霊夢。ご飯出来たぞー。......おーい。」
何度呼んでも返事は無い。
「仕方ないなぁ。」
前に勝手に霊夢の部屋に入った時にボコボコにされたトラウマが蘇るが、ここはぐっと堪えて襖の前で霊夢を呼び続ける。
「おーい、霊夢ー!ご・は・ん!!」
「ふぁーい......。」
やっと起きた。
襖の向こう側から霊夢の眠そうな声が聞こえて来る。
......あれ?いつもより少し声が幼いような?
ふと感じた違和感を気のせいだ、と一蹴しようとしたその時。
空いた襖から出てきた霊夢の姿を見てレンはど肝を抜かれた。
なんと。
そこには普段よりも一回り、いや二回りほど小さな霊夢そっくりの幼い女の子が立っていた。
背丈に合わないダボダボの寝巻きを引きずっている。
背丈はそこらの妖精と変わらないぐらい。
見た目も7、8歳くらいのあどけない感じ。
「......どちら様で?」
「......はぁ?朝から何ふざけてるのよ?」
小さな女の子は呆れたようにため息を吐く。
その仕草までも霊夢そっくり。
「もしかして霊夢......なのか?」
「......?もしかしなくても私は博麗霊夢よ。あんた大丈夫?頭打ったんじゃないの?朝ごはん食べたら永琳のところまで連れてってあげようか?」
霊夢(?)はいよいよ心配そうな表情でレンの方を見つめる。
ーーいやいやいや、永琳さんに診てもらった方がいいのはお前だよ。
ひょっとしてお気付きでない?
起きたら寝巻きがだぼだぼになってる時点で違和感を覚えるだろ、普通。
レンは無言で霊夢(?)の手を引いて、部屋の鏡の前へ連れて行った。
「ちょ、ちょっといきなり何なのよ!?鏡がどうしたってい......う、の...」
鏡に映った己の姿を見て硬直する霊夢。
何度も目を擦り、たっぷり一分間ほどその姿を凝視した後。
ーーはぁぁああぁあぁぁぁっ!?
霊夢は叫んだ。
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「霊夢、お前アホだろ......。」
事情を聞いた魔理沙は呆れ顔になった。
「う、うっさい!元はと言えばあんたが訳わかんない薬置いて行ったのが悪いのよ!!」
「もらっておいてそりゃねーぜ、霊夢。」
「うるさいうるさいうるさーい!!」
ロリ霊夢がギャーギャー騒ぎ立てる。
「まあでも......なぁ、レン。」
「う、うん......だよね。」
魔理沙とレンは歯切れの悪い物言い。
なにやら二人でひそひそ話し合っている。
「な、何よ......?」
「ちっちゃい霊夢も可愛くて......これはこれでありかなって。」
湧き上がる衝動を抑えることができずに、魔理沙は思わず霊夢の小さな頭をぽんぽん撫でてしまった。
「は、はぁ!?///何よ、それ!......っていうか勝手に触るな!子供扱いするなー!!」
ぷくっと頬を膨らませる小さな巫女さんの可愛らしい姿に、レンと魔理沙はにやにや。
「な、なぁ......霊夢。頼むから一回だけ抱っこさせてくれよ。」
と、頼み込む魔理沙。
「や・だ!ほっぺた触んな!そしてこっちあんまり見んな!!」
ーーやばい。可愛すぎて悶えそう。
「本心を言ってしまえばこのまま愛でていたいが......何かと不便だろうし私は元に戻す薬を調合してみるぜ。悪いが薬が完成するまでは暫くその姿のまま生活しててくれ。」
魔理沙はそう言うと、箒に跨って自分の家へと帰って行った。
「さてと......霊夢、まずは服をどうにかしなくちゃな。いつもの巫女服はサイズ的に着れないだろうし、いつまでもそのダボダボの寝巻きを着ているわけにもいかないだろう。魔理沙の魔法薬の完成までどれくらいかかるかわからないしな。」
「うっ......それもそうね。」
「巫女服ってどこの店で買ったものなんだ?」
「あれは霧之介さんの所......香霖堂っていうお店の特注品なの。魔法の森の入り口に建ってるわ。」
「よし。じゃあ早速そこへ向かうか。」
「あ、あの......レン?」
「ん?どうした?」
「その......私この姿だと飛べないみたい。」
「ま、マジか。どうしよう......。」
考え込むレン。
「ん。」
「ん?」
霊夢はレンの方を向いて両手を広げて立っていた。
「ん!」
「えっ?」
「ほら、早く!!」
「あ、あの......何を?」
首を傾げるレン。
霊夢は頬を赤くしてぷい、とそっぽを向いた。
「抱っこして連れてってよ......。」
「うーん......それしかないか。悪いがちょっと心地が悪くても我慢してくれ。」
本当に抱っこしてくれるのか、と霊夢が顔を上げたその時。
レンは霊夢をひょいと抱え上げて小脇に抱えた。
「......。」
えーっ!?
想像してたのとちょっと違う。
もうちょっと気の利いたことできないの?
その、お姫様抱っことかさ......。
「よし、落ちないようにしっかりつかまっててくれ。......霊夢?」
「......分かってるわよ。」
なんか巫女様が急にご機嫌斜めになったんだけど。
はて、何か機嫌を損ねるようなことをしたかなと首を傾げつつレンは地面を蹴って空へと飛び立った。
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魔法の森上空。
入り口の方に何やらポツンと一軒建物が立っているのが目に止まった。
「霊夢、あれか?」
「うん。あれが香霖堂よ。あそこに降りて頂戴。」
了解、と一つ返事をしてレンは地上へと降り立った。
早く下ろせ、とじたばたする霊夢を解放し、レンは目の前に佇んでいる建物を見上げた。
瓦屋根の一軒家で、蔵が隣接している。一見和風の建物だが、入口はドアになっており和と洋が入り混ざったような外観、そして建物の前に並んでいる狸を模した置物や一本足のついた赤い箱なども相まってなんとも不思議な雰囲気を醸し出している。
「ほら、そんなところにぼさっと突っ立ってないで早く入りましょ?」
「うん。」
※※※
薄暗い店内で、彼は本を読んでいた。
聞こえるのはストーブが燃料を燃やす音と、本のページを捲る音のみ。
秋も近づいて来た今日この頃。
まだ蒸し暑い日もあるが、涼しい風も吹くようになってだいぶ秋めいてきた。
こんな日には、家に篭ってストーブにあたりながら本を読むに限る。
読書日和ってやつだ。
まあ春夏秋冬いつの季節でも部屋に篭って本を読んでいるわけだが。
彼ーー森近霖之助はふと読み終わった本を閉じて窓の外の景色を眺めた。
つい先程までは魔理沙が暇つぶしに来ていたがしばらく茶を飲んだりして勝手にくつろいだ後に満足したのか帰って行った。
本当、どうして商品を買う気のない者ばかり集まってくるのだろうか。
皆買う気も無いのにやって来ては勝手にお茶を飲んで帰っていくのだ。
そのくせ彼女らは「どうせ売る気のない物ばかりだろう?」と言って人を偽商人扱い。
客では無いものに売る気がないだけなのに。
まあ確かに一部相当な価値があると見定めた非売品に関してはちゃんとした客にも売る気は無いが......。
本を読み終わった後の、ーー夢から覚めた直後の微睡に似たーー余韻に浸りつつ湯呑みに残っていたお茶を一口含んだその時。
カランカラン、と戸のベルが鳴り響いた。
入口の方を見やれば、そこには黒いローブを羽織り、紺色の鉢巻のようなバンダナを頭に巻いている黒髪の少年。
その腰には一振りの長剣を携えている。
そしてその隣にちょこんと立っていたのは......彼のよく知る紅白の巫女にそっくりな女の子、だが妙に小さい。
こんなに小さかったっけ?
霖之助は珍しく目を丸くした。
「いらっしゃい。おや、......珍しいお客さんだね。それと隣にいるのは霊夢......の妹?」
「違うわよ!私は正真正銘博麗霊夢!魔理沙の魔法薬のせいで身体が縮んじゃったの。」
「へ、へぇ......そりゃ災難だね。そちらの方は?」
「あっ......俺はレン。外の世界から来たんだ。なんだかんだあって今は博麗神社に住まわせてもらっている。」
「ああ、君がレンか。話はいつも霊夢から聞いているよ。僕は森近霖之助。改めてよろしく、レン。」
「ああ、よろしく。」
「して......二人とも、今日は何用で?」
「身体が縮んじゃったからいつもの巫女服を仕立て直してもらいに来たの。頼めるかしら、霖之助さん?」
「材料もあるし仕立てるのは構わない。けどお代......」
「いつもの通りツケておいて頂戴?」
「......はぁ、了解。」
最早諦めている、とでも言いたげに霖之助は溜め息を吐いた。
「少し時間が掛かるから椅子に座って待っていてくれ。」
「ええ。好きなようにさせてもらうわ。」
そう言うと霊夢は商品の山の中にあったソファーに腰掛けてどこからかいつの間に持って来たのか、煎餅をぼりぼり齧り始めた。
まるで自分の家にでもいるかのような振る舞いである。
「霖之助さん、お茶ー。」
終いには足をばたばたさせてお茶を要求する始末。
「お、おい......霊夢お前少しは遠慮というものをだな......」
流石に目に余る霊夢の振る舞いを咎めようとするレン。
「いや......良いんだ、レン。こういうのはもう慣れっこさ。霊夢も魔理沙もいっつも買う気もないのにうちに上がって来てはお茶やお菓子を要求するのさ。」
「ま、魔理沙もか......」
またもや深い溜め息を吐く霖之助に、レンは苦笑い。
霖之助も苦労しているんだな。
なんだか彼とは仲良くなれそうな気がする。
「霊夢、お茶は飲んでも良いが自分で淹れてくれ。お茶っ葉の場所は分かるだろう?僕は君の服を仕立て直してくるから。」
「あれ?霖之助、採寸とかはしなくても良いのか?」
「ああ、大丈夫だ。こう見えて僕は歴代の博麗の巫女の服を全て仕立てて来ているからね。サイズを直すぐらいだったら大体目測でも問題ない。」
「へぇ......凄いな。」
霖之助はレンの反応に小さく微笑み、店の奥の部屋へと消えて行った。
「お茶淹れんの面倒くさいわね。......レン、淹れて来てくれない?」
「何で俺が......」
「私今身体が小さいからお茶を入れるのも一苦労なの。お願い......ね?ほら、お茶っ葉は台所入ってすぐ右の棚にあるから。」
......お茶淹れに身体の大小関係なく無い?
まあいいや。
レンは一つ溜め息を吐くと、台所があると思しき方へと向かった。




