73.〈幕間②〉珍しい参拝者
ある秋の晴れた日の昼過ぎ。
レンは縁側に座ってお茶を啜りながら、境内とその上に広がる高い高い秋の空をぼーっと眺めていた。
今日は人里守の仕事は午前中にしかシフトが無かったので、仕事が終わるなり足早に神社へ帰って来たのだ。
霊夢は魔理沙や妖夢達と一緒に里へ甘味を食べに出かけた。
なんだかせっかくの女子会にお邪魔するのは気が引けるので、レンはついて行かずにたまには縁側でのんびりすることにしたのである。
博麗神社から見える、連なる山々の絵具で塗ったような紅葉は見事の一言に尽きる。
そんな景色を一望しながら茶を飲んでのんびりできるというのは非常に贅沢な体験だ。
レンは一つ欠伸をしてから湯飲みを置き、どら焼きへと手を伸ばした。
そして口を大きく開けてどら焼きに齧りついたその時。
誰かが神社前の石段を登り、鳥居をくぐって境内へと入って来る気配を感じ取った。
「ん......?」
参拝客、だろうか。
霊夢に用があるならあいにく今は不在だから無駄足、ということになってしまうが......。
と、そこまで考えたところでレンは境内に入ってきたのが人間ではないことに気が付いた。
気質が人間のものでなければ妖精のものでもない。この感じは間違いなく妖怪のものだ。
ぎょっとして顔を上げるとーー
ーーそこに立っていた天狗と目が合った。
「君は......」
白い着物に赤の模様の入った黒い袴。
白い短髪からは同じく白い、犬のような耳を覗かせている。
間違いなくこの間の異変で妖怪の山に入った時に道中で刃を交えたあの哨戒天狗だった。
「もしかして俺のことを恨んで本当に再戦に......?」
「い、いえいえ!天狗の里を救ってくださった英雄である貴方を恨むなど滅相もございません!今日は先日の失礼を詫びに来たのです。」
そう言って天狗はぺこりと頭を下げた。
「申し遅れました、私は白狼天狗の犬走椛と申します。先日は事情も聞かずに追い払おうとした上にレン様への無礼な言動など数々の非礼を働いたこと、どうかお許しください。」
「あはは、気にしなくていいよ。椛だって哨戒天狗としての任務を全うする為に必死だったんでしょ?こちらこそ気絶なんかさせたりして悪かった。」
「そんな......レン様が謝る必要はありません。先に手を出したのはこちらなのですから。」
「そう言ってくれると気が楽なんだけどな。......はるばる妖怪の山からここまで謝りに来てくれたのか。」
「はい!レン様は博麗神社にお住まいになられているとの情報を耳にしたので。あとこれをお返ししに......」
椛は傍に抱えていた黒いローブをレンに手渡した。
「ああ、忘れてた。わざわざ届けに来てくれたのか。ありがとう。」
「あ、あと......おにぎりご馳走様でした!」
「どういたしまして。......折角ここまで来たんだし、少しあがってお茶でも飲んでいかない?」
「い、いえ。お誘いいただけるのはありがたいんですが私は謝罪のためにここまで来たのですし、お邪魔するのも悪いですし......」
「いやいや、邪魔なんかじゃないよ。霊夢もいなくて暇だったし、話し相手が欲しかったんだ。もしこの後の予定とかないんだったら俺としては是非上がって話し相手になって欲しいんだけど。」
「そうですか......じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。」
少し考えるような仕草をした後、椛はこくりと頷いた。
「よし。お茶淹れてくるから椛は座って待っててくれ。」
レンはそう言うと、立ち上がって台所へと向かった。
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同時刻、場所は変わって人里。
茶屋の店先に据え付けられている席に座って霊夢、魔理沙、妖夢の三人が楽しそうに話に花を咲かせている。
「へくちっ!!」
不意に妖夢が小さなくしゃみをした。
「ん?どうしたんだ、妖夢。風邪でも引いたのか?」
「分かんない。少し風邪気味なのかなぁ。」
「ここのところ急に冷え込むようになってきたし......こういう時って体調崩しやすいのよね。」
「もうすっかり秋だもんな。」
そう言って魔理沙は遠くにそびえ立つ山々が赤く色づいているのを眺めた。
「お鍋が美味しい季節だね。」
「いやいや、キノコが美味しい季節だぜ。」
「何言ってんのよ、梨が美味しい季節でしょう?」
三人は顔を見合わせて笑う。
「そういや霊夢、今日は何でレンは来なかったんだ?」
「ああ、一応誘いはしたんだけど......なんかね、たまには三人で行ってくるといい、とか言って私達に遠慮してる様子だったわ。」
「お師さまも来ればよかったのに......。」
「な!レンが来ないと霊夢が寂しがるからな〜?」
「うん......って、はぁ!?何よそれ!別に寂しがってなんかないし!!」
霊夢が慌てて否定するのを見て魔理沙はけらけら笑う。
「妖夢は......ちょっと寂しい、かな......///」
指をつんつん合わせてもじもじする妖夢。
それを見て、霊夢は
「ま、まぁ全くそういう気持ちが無いわけでもないわ。」
と、そっぽを向きながらぼそっと呟いた。
張り合おうとする気が見え見えの霊夢の様子を見て魔理沙は吹き出す。
「ど、どうしてツボってるの?」
「くくくっ......悪い悪い。なんか色々と想像したら可笑しくてさ。」
「可笑しいって......?」
「レンが霊夢と付き合ったら絶対尻に敷かれるだろうなって。」
「あははっ、確かに!霊夢気が強いもんね!」
妖夢も腹を抱えてけらけら笑う。
「むぅ......否定は出来ないかも。」
当の霊夢本人は自分でも思うところがあるのかちょっと複雑そうな表情。
「妖夢は......そうだな、割と穏やかな性格してるし、毎朝一生懸命お弁当作ったりとか目一杯尽くしてくれそうだけどちょっと愛が重そうだよな。」
「えぇ......?」
「ぷふっ......。」
今度は霊夢が吹き出した。
「だって妖夢すぐあいつに甘えるじゃんか。異性に甘えるのが上手い奴は“やんでれ”?の素質ありがちって、香霖堂で見つけた外の世界の雑誌に書いてあったぜ。」
「まあ確かに妖夢は純粋で真っ直ぐな性格だから人を好きになったら割とどっぷり依存しちゃいそうだよね。」
「べ、別に妖夢はヤンデレじゃないもん!!」
「まあ何にせよお前ら人生楽しそうで良かったな。魔理沙お姉さんはそこんとこ安心してるぜ。」
「魔理沙だって霧之助さんがいるじゃん!妖夢、知ってるもん。」
「そうよそうよ、あんたの恋話聞かせなさいよ!!」
「ばっ、馬鹿、違う違う!そんなんじゃないぜ!!」
「最近霧之助さんのところ行ってる様子ないみたいね。」
「もしかして振られちゃったとか?」
目を爛々と輝かせてぐいぐい迫って来る霊夢と妖夢。
魔理沙はうっ......と言葉に詰まった。
「べ、別に最初っから付き合ってたとかじゃないから振られるなんて事はないぜ!!ただ......」
「「ただ?」」
ごにょごにょ聞き取れないくらいの声で何か言った後、魔理沙は顔を真っ赤にしながら白状した。
「......香霖堂に入り浸って毎日昼飯食いに行ってたら、少し前に出禁食らっちまった。」
今度は霊夢と妖夢がどっと笑い出した。
「ぐっ....そ、そんなに笑うなよ......。」
「魔理沙ドンマイだよ!妖夢は応援してるからね!!ぷっ.....くすくす.........」
妖夢がわざとらしい堪え笑いをしながら魔理沙の肩をぽんぽん叩いた。
「妖夢......このヤロー!!」
仕返し、とばかりに魔理沙は妖夢の脇をくすぐってちょっかいを出す。
「わ〜!!」
けらけら笑う妖夢。
霊夢はというと、よほどツボにハマったのかまだ壁に頭をもたげたままぷるぷる震えている始末。
その後も三人で恋話をしたりふざけあったりしているうちにどんどん日は沈んでいき、気づけばいつのまにか辺りはもう薄暗くなっていた。
「あ......もう暗くなってきちゃったな。そろそろ帰ってご飯作らないと。」
魔理沙がそう呟いたが、三人とも話が盛り上がっていたのでこのまま帰るのが名残惜しく感じて一向に席から立ち上がろうとしない。
「......ねえ、二人とも今日は晩ご飯うちで食べて行かない?」
「おっ、いいな!その話乗ったぜ!!私はいいけど、妖夢は幽々子の方の飯作らなくても大丈夫なのか?」
「実はちょうど今日幽々子様は紫様のところへ遊びに行ってるからいないんだ。妖夢もご馳走になろうかな。」
「んじゃ決まりね!さっさとお会計済ませて食材買いに行きましょ。......割り勘でね。」
「うわっ、さすが霊夢。そういうところちゃっかりしてるぜ......。」
「う、うっさいわね!場所を提供してやるだけでもありがたいと思いなさい!!」
「そうだよ魔理沙......。上がり込んどいて無料でご飯食べさせてもらうのはいくらなんでも悪いよ。」
「ちぇっ、妖夢は相変わらず良い子ちゃんだな。」
腕を組んで口を尖らせる魔理沙。
霊夢と妖夢は顔を見合わせてくすくす笑った。
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「あっ、もうこんな時間ですか。そろそろ山へ帰らないと上司に叱られちゃいますね......。」
そう呟きながら椛はぱちん、と音を立てて盤の上に将棋駒を置いた。
「最近は日が短くなって来たから日が落ちるのも早いな。もう帰っちゃうのか。」
「はい。今日は将棋の相手になってくださってありがとうございました!レン様は上達がとても早くて、相手をしていてとても楽しかったです。」
「はは......まだ全然椛には勝てないけどね。こんな暇人の遊び相手になってくれてありがとう。また暇なときにでも遊びに来てくれ。今度は木刀でも提げて......な?」
「ええ!その時は是非手合わせをお願いしますね。......では、お邪魔しました。」
ペコリと頭を下げると、椛は空へ飛び立った。
その白い装束も夜の帳に包まれ、すぐに姿が見えなくなる。
湯呑みに残っているすっかり冷めてしまったお茶を飲み干して、レンは一つため息をついた。
......最初対峙した時は凄まじい敵対心剥き出しって感じだったけど、案外話してみると素直で真面目で大人しい感じの子だったな。
なんとなく妖夢への印象と重なってレンは小さく笑みを溢した。
と、その時。
霊夢達が境内へと降り立った。
「おっ、霊夢。遅かったな......ってあれ?魔理沙に妖夢も?」
「うっす、レン。今日は一緒に晩飯食べさせてもらうぜ。」
「お師さまこんばんは!魔理沙に同じく、今日は晩ご飯お邪魔させてもらいますね。」
「ってなわけで、遅くなって悪いけどこれからご飯作るからちょっと待ってて頂戴。」
「ああ。......なんか手伝おうか?」
「いや、良いわよ別に。今日は私の当番なんだから。あんたは魔理沙達と一緒に待ってなさい。」
そう言うと、霊夢は買い物袋を手に提げたまま台所へと向かって行った。
魔理沙はよっこらせ、と畳の上に座ってミニ八卦路をいじり出した。
妖夢もレンの隣にちょこんと体育座りしてちょんちょんと人差し指でレンをつっつく。
「えへへ、お師さま......ん?」
妖夢は不思議そうに小首を傾げると、頻りにすんすんとその小さな鼻をひくつかせた。
「ん、どうした?」
「くんくん......なんかお師さまから知らない女の子の匂いがする気がするんですが......さっきまでここに誰か居ました?」
「えっ......?」
「誤魔化さなくても分かりますよ。なんとなく匂いでそういうの分かりますもん。誰かここに居ましたよね?」
珍しく語気を強める妖夢に、思わずレンは後ずさった。
するとそれに迫るように妖夢が身を乗り出す。
「う、うん。この前の異変の時に剣を交えた天狗の子がさっきわざわざ謝りに来てくれてね。暇だったから少し将棋をさしたりして遊び相手になってもらってたんだ。」
「へぇ......ちなみにその方の剣の方の腕前は?」
「なかなか腕の立つ子だったよ。身のこなしも素早かったし、何より盾と剣を使って堅実に立ち回るから崩せる隙が殆どなくて......」
「へ、へぇ〜。いつか妖夢も手合わせ願いたいものですね。」
妖夢はちょっとむすっとした表情になった。
......あれ?
俺何か怒らせるようなこと言ったかな。
「し、仕事が終わった後縁側でお茶飲んでゆっくりしてたらあっという間に一日終わっちゃったなぁ......。妖夢達は楽しかった?」
「はい!お師さまも来てくだされば良かったのに。」
「あはは、今日はちょっと疲れてたからな。」
「むぅ......お師さま、今度妖夢と一緒に何処かへお出掛けしましょうよ〜。」
「ああ、里守の仕事が休みの日ならいいよ。」
「本当ですか!?」
「何処へ行きたい?」
「よ、妖夢はお師さまと一緒ならどこだって楽しいです......お師さまの好きな所へ連れて行って下さい!」
「そうか......じゃあ妖夢が喜びそうな所考えとくよ。......あっ、ほら妖夢、蝶ネクタイ曲がってるぞ。」
レンははしゃぐ妖夢の胸元の黒い蝶ネクタイの位置をさりげなく直してあげた。
「わっ......えへへ、ありがとうございます。」
「はいはい、レンみょんレンみょん。」
「「レ、レンみょん言うなし!!」」
けらけら笑いながら茶化す魔理沙に、レンと妖夢は完全なユニゾンで否定。
あっ......、と互いに顔を見合わせて赤面する二人。
魔理沙はその様子を見てさらに笑い転げる。
秋の月明かりの下、博麗神社には魔理沙達の楽しそうな笑い声が響いていた。
ーー幻想郷は今日も平和である。




