72.〈幕間①〉疫癘異変解決の宴
山々は美しく色付き、鈴虫の鳴く秋の夜。
博麗神社には人妖問わず多くの者が集まって騒いでいた。
......異変解決の宴会である。
異変を解決した者も、傍観していた者も、はたまた異変に全く関わっていなかった者も、皆一緒になって祝宴を楽しんでいた。
「妖夢、お酒ならいくらでもあるわよ!!」
「うんっ!今日はとことん呑むよ〜!!」
妖夢も霊夢と一緒になって珍しくお酒をがぶ飲みしている。
「お、おい霊夢。妖夢はまだ病み上がりなんだしそんなガブガブ飲ませないほうが......」
「何言ってんだ、レン!お酒を飲んで治すんだぜ!!」
「そうですよ!飲まなきゃやってらんねぇ、ですよ!お師さまもいっぱい飲みましょうよ!!」
「えぇ......?」
なんか妖夢口調変わってるよね!?
魔理沙まであんなこと言ってるよ。
なんつー荒療治だ......。
しーらない。俺は知らんぞ。
はしゃぐ霊夢達を横目に見つつ、レンは煮物の皿へと箸を伸ばし、椎茸を口へ運ぶ。
「む......」
ーー美味しい煮物だ。
中までよく味が染みている。
酒の肴に相応しい、と思わず唸らされる美味しさ。
いや、まあ俺はそんなにいっぱいはお酒飲めないんだけど。
楽しそうにお酒を酌み交わしている霊夢達から少し離れたところで一人で黙々と煮物を頬張っていると、不意に何者かに裾をくいくいと引っ張られた。
引っ張られた方を振り向くと、そこには艶やかな黒髪の少女。
「ねぇねぇ、少し私とお話しましょうよ。」
「君は永遠亭にいた......輝夜、だったよね?」
「嬉しい、覚えてくれていたのね。」
輝夜は嬉しそうに両手を合わせてにこっと微笑んだ。
ーーやっぱり綺麗だよな。
思わずその透き通るような笑顔に心臓が跳ねる。
「貴方、“月”に興味はない?」
「月?空に浮かんでいるあの“月”のこと?」
「ええ、そうよ。実はね......私と永琳、それに鈴仙は元は月の民なの。色々あってこの地上に降りてきたわけなんだけども。」
「興味深い話だな。詳しく聞かせてくれないか?」
「喜んで。その代わり、私のお話が終わったら貴方が元いた世界のことを聞かせて頂戴?前々から気になっていたの。」
「心得た。ささ、続きを頼む。」
「いいわよ。聞かせてあげる......地上の民からすれば永劫に近い時を過ごした私の“記憶”ーーそして“お伽話”をね。」
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「へぇ......ランセルグレア、ねぇ。貴方は随分面白い世界からやって来たのね。」
「ああ。とても良いところだったよ。......今はもう偽りの神の支配下にあるみたいだけどね。」
レンはそこまで言ったところで肩を落とし、寂しそうに笑う。
その様子を見て輝夜は着物の裾で口元を隠し、少し気の毒そうな表情を浮かべた。
「過去は取り戻せないのよ。」
「......え?」
「どんなに大きな過ちを犯したり、憂いて昔に戻りたいと願ったりしても過去に戻ることはできない。どうせもう動かせない過去を見て後悔するんだったら、これから自分次第でいくらでも変えることができる未来の方を向いて生きた方が良いでしょう?」
「それは......そうだけれども。」
「ランセルグレアでのレンは過去のレン。今のレンは幻想郷のレン。もっと気楽に、楽しく生きた方がいいわよ。ほら見なさいな、霊夢達のあの表情を。」
輝夜に目線で促され、レンは杯を片手に楽しそうに魔理沙や妖夢と談笑している霊夢の方を見た。
「......楽しそうだな。」
「一抹の不安も感じさせないでしょう?もしかしたら自分のこれからの将来についてなにも考えていないかもしれない。」
輝夜の少し悪態めいた発言に、レンは思わず笑ってしまった。
「あれでいいのよ。貴方も今いる幻想郷で目一杯楽しんで生きていけばいいじゃない。過去なんて考えても辛いだけ。」
「確かにそうだね。過ぎ去ってしまった過去を悔やむより、これからのことを考える方がずっと楽しいに違いない。」
「それに、貴方が取り戻すのは過去じゃない......未来でしょう?」
そう言って輝夜は何やら意味ありげに笑う。
「え?それは一体......」
どういう意味だ、と聞き返そうとしたその時。
急に後ろから何者かに抱き付かれた。
「えへへ〜、お師さま〜。みょんみょん♪」
「うわっ、妖夢!?」
えらい泥酔してるな。
「ちょっと酔っ払いすぎじゃないか。病み上がりの身体に障るぞ?」
「んえ〜、別に酔っ払ってなんかいませんよ〜。まだそんなにいっぱい飲んでませんも〜ん。」
「嘘つけ!?」
とろんとした目つき。
普段真っ白なその頬は酒気にあてられたのか、火照ったように紅潮している。
半霊まで赤くなっているものだからちょっと面白い。
「お師さま、妖夢とお酒呑みましょー?」
妖夢が嬉しそうに一升瓶と升を抱えて持ってくるので、なんだか断るのも悪い気がしてレンは渋々差し出された枡を受け取った。
「はい、どうぞー。」
「あ、ありがとう。」
お酌してもらったお酒をレンは一気に呷った。
酒が喉を通り、かっと熱くなる。
「どうですか、美味しいですか?」
「う......うん、美味しいよ。」
「えへへ、もう一杯どうぞ。」
「うぐっ.....ありがとう。」
妖夢の善意でやってくれているのだろうから何だか断りづらい。
「お師さまー♪」
ぴとっとくっついたり、しな垂れかかってきたり、妙に甘えてくる。
「あ、あの......妖夢?」
「ふぁい、なんでしょうか?」
「その、ちょっと恥ずかしいっていうか......」
「私に甘えられるのは嫌ですか......?」
ちょっと寂しそうな表情になる妖夢を見て何も言えなくなってしまった。
「べ、別に決してそういうわけではないけど......。」
「私だってお師さまの弟子である以前に一人の女の子なんですよ?たまには男の子に甘えたい時だってあるんです。」
「あ、あはは......そうだよね。」
なんか......俺の知ってる妖夢じゃない。
お酒を飲んで気が大きくなっているのだろうか。
......前に”自制が効かなくなる“から普段は泥酔する程まではお酒を飲まない、って言ってたっけ。
自制が効かなくなるってそういうことか。
完全に人との間の距離感がバグっている。
どれだけ呑ませたんだよ、とか思いながら先程まで妖夢達がお酒を飲んでいた方をちらりと見てみると案の定そこには大量の瓶が転がっていた。
うわっ......あれどう見ても人間だったら致死量じゃないか?
「んぅ......」
手前に視線を戻せば、いつのまにか妖夢は頭をレンの肩にもたげたまま静かに寝息を立てていた。
寝付き早っ!?
あーあ、こんなところで寝ちゃって。もう秋だしだいぶ寒くなってきたから風邪ひくぞ。
「はは、しょうがないな......。」
そっと妖夢を敷物の上に横たえて立ち上がり、レンは母屋へ向かった。
そして毛布を抱えて戻って来て、半霊を抱きかかえたまま小さく背中を丸めて寝ている妖夢に掛けてやる。
その心地良さそうな寝顔を見てレンは思わず微笑んだ。
本当、妖夢は無邪気で素直というか、無垢で純真というか......こんな感じの子を天真爛漫というのだろうか。
......いや、どちらかというと天真爛漫という言葉がぴったりなのは彼女の主人である幽々子の方か。
再び敷物の上に座り直して、寝ている妖夢の横でお酒を飲んでいると......。
ちょいちょい、と今度は背中を突っつかれた。
振り向くと、そこには何故かちょっと嬉しそうな笑いを浮かべた幽々子。
「悪いわねぇ、うちの妖夢ちゃんが。この子、酔っ払うと甘えん坊さんになるのよ。きっと普段から人に甘えたいのを自分で抑えてるからお酒が入るとそれが出ちゃうのね。」
「気にしなくて良いよ。このくらいだったらまだ可愛げがあるというか......人にお酒を強引に飲ませようとしたりするよりはよっぽどマシだよ。」
そう言ってレンは境内の真ん中の方でお酒をガンガン呑んでいる霊夢の方を一瞥した。
......今日は絡まれないように少し距離を置いておこう、うん。
「妖夢ちゃんだって鬱憤が溜まってやけ酒したくなる時もあるのよ。」
そう言ってくすくす、と笑う幽々子。
「ん......?鬱憤がたまる要因というと......幽々子の食費がえらいかさばってやりくりが大変なこととか?」
言ってしまってからあっ、とレンは自分の失言に気が付く。
それを聞いた幽々子は頬をぷくっと膨らませてそっぽをむいてしまった。
「失礼しちゃうわねぇ〜。......まぁそれも全くなくは無いかもしれないけど。」
全くなくは無いのね......。
と突っ込みたくなったが堪えて、悪い悪い、と謝っておく。
「妖夢ちゃん、前回人里で起こった異変の解決に関われなかったでしょう?」
「うん。」
「でね、レンが酷い傷を負って数日間寝たきりだったっていう話を後で聞いて、妖夢ちゃん凄くショックを受けたみたいでね。次に異変が起きた時は自分もレンの力になりたい、って凄く張り切ってたの。」
「ほうほう。」
「で、迎えた今回の異変では妖夢ちゃん、病にかかって寝たきりだったでしょ?結局レンの力になるどころか助けてもらっちゃって、自分はまだまだ未熟者だ〜とか言ってあの日からずっとしょんぼりしてるのよ。」
「へぇ......それでやけ酒に興じたと?」
「多分ね。妖夢ちゃん、荒れてて落ち着かせるの大変だったのよ。私のごはん作るのも忘れて四六時中刀をぶんぶん振ってたの。毎晩毎晩一人枕を濡らしたりして、終いには祖父の後を追って一人で修行の旅に出るとか言い出したから慌てて引き留めたんだけど......。」
「はは......妖夢は本当にストイックだな。気持ちは嬉しいけど。」
「妖夢ちゃんはなんでも一生懸命取り組む子だから......時たま周りが見えなくなっちゃったりするのよね。まあそこも含めて可愛いのだけれど。」
そう言って幽々子はすやすや寝ている妖夢の頬を撫でた。
「......レン。」
「ん?」
「今回の異変の件、妖夢ちゃんを助けてくれてありがとうね。」
「弟子を守るのも師のつとめだからな。当たり前のことをしたまでだよ。......まあ妖夢が病にかかった時はだいぶ動揺したけどね。妖夢を抱えて靴も脱がずに部屋の中へ駆け込んじゃったしさ。」
それを聞いて幽々子はさも愉快そうに扇子で口元を隠して笑った。
「ふふ......また今度暇な時にでもお稽古つけてあげて頂戴ね。妖夢ちゃん、とても貴方に懐いているみたいだしきっと喜ぶわ。本当、最近口を開けばレンの話ばかりなんだから。」
「ははは、そうなのか。それは嬉しい話だな。」
「これからも妖夢ちゃんをよろしくね、お師匠さま?」
「ああ、任せとけ。と言っても“師”とは名ばかりで俺が妖夢に教えてあげられるものなんて何も無いけどね。寧ろ俺が妖夢から剣を教わりたいぐらいだよ。」
レンの言葉を聞き、幽々子はただただ意味深な笑いを浮かべていた。
※※※
皆で異変解決のあらましを語ったり一発芸をしたりして大騒ぎしているうちに気が付けば夜も更けていた。
皆名残惜しげにそれぞれの帰路へと着き、やがて境内は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
酔い潰れて寝ている妖夢を背負ってふよふよと飛んでいく幽々子を見送り、酔いにふらつく脚でレンは境内へ戻ってきた。
見れば霊夢はまだ石段に座って一人でお酒を飲んでいる。
本当......あんだけ呑んでるのによく酔い潰れないよな。
「あんま呑みすぎると身体に良くないぞ?」
「......別に今日はまだそこまで呑んでないし。まだまだ飲み足りないわ。あんたも付き合いなさいよ。」
「いや、実は俺ももう呑みすぎてふらふらだから遠慮しとくよ。」
「なんだ、あんたも沢山呑んでるじゃないの。人のこと言えないでしょ。」
「はは......違いない。」
そう言って口を尖らせる霊夢の隣にレンは腰を下ろした。
特に何を喋ることもなく、黙って霊夢は酒を飲み、レンはぼーっと夜空を眺める。
静寂に、夜の帳、そして心地よい夜風。
鈴虫達は涼しげな音を奏でる。
どれくらいの時間が経っただろうか。
霊夢は出し抜けに“今回も無事に異変が終わったわね”、と呟いた。
「うん。」
レンは一言そう答え、
今回もかなり手強い相手だったけどね、と付け加えた。
そして再び静寂が訪れる。
「......霊夢。」
今度はレンが静寂を破った。
「......なぁに?」
「その......ありがとな。」
「はぁ?」
「ほら、何日か前にさ。俺が落ち込んで帰ってきたら色々世話焼いてくれたじゃん。普段ものぐさな霊夢が色々と世話焼いてくれるのは意外だったけど、俺を心配して気遣ってくれたんでしょ?それがなんか嬉しかったから。」
「べっ、別に心配してたわけじゃないし。普段飄々としてるあんたがあんな様子だったからちょっと気になっただけよ。っていうかものぐさって失礼ね!」
「あと......ヴィネと戦ってた時もさ。多分霊夢達が来てくれてなかったら俺、死んでただろうし。」
「それは......」
「それは?」
「その、前の異変であんたが守ってくれたから......そのお返し。あんたは見てて危なっかしいから、だから......」
霊夢はちょっともじもじしてからぷいっとそっぽを向いてしまった。
なんだコイツ、可愛いな。
「......そうだ、あんたお仕置き忘れてないでしょうね?」
「えっ!?それは......異変を解決した、ということでチャラにしてくれても......」
「だ〜め。ちょっと目離した隙に勝手に抜け出して無茶して傷付いて。本当私達が駆け付けてなかったらどうするつもりだったのよ?」
「うぐぐ......何も言えない。」
「きっちりお仕置きは受けてもらうわよ。そうね......」
うーん、と思案顔になる霊夢。
勘弁してくれ、と縋るような表情のレンを見てくすくす笑った。
「それじゃあ、こうしましょ。今度人里に行った時に茶屋で私に何か甘味を奢ってね。」
なんだ、その程度でいいのか。
露骨にほっとしたような表情になるレンを見て、霊夢は人差し指を立てて
「ただし、私が食べたいものを私が満足するまで奢ること。」
と悪戯っぽい笑みを浮かべながら付け加えた。
「うっ......ま、まあそれくらいで済むなら。」
「やった、決まりね!」
霊夢は嬉しそうに両手を合わせた。
なんか......俺への罰じゃなくて単に霊夢が得してるだけなんじゃ......。
うまく利用されている気がしてならない。
まあとんでもないこと命令されるよかまだマシか。
「にしても......今回の敵はほんっと嫌な奴だったわね。前のヴェルなんとかって奴も鼻に付く態度だったけど......私的にはあっちの方がまだましだわ。」
「あはは......そうかもな。」
「あんたはちょっと優しすぎるのよ。あんな奴、躊躇なくぶった斬っちゃえばいいのに。余計な情けなんかかけたりするから......。」
「彼に命乞いされた時にさ。ひょっとしたら彼が死んで悲しむ者も少なからずいるのかもしれない、と思って躊躇っちゃったんだ。本当に命を奪ってしまってもいいのかなって。」
「......そんなの、お互い様じゃない。あんたが死んで悲しむ人もいるんだから。」
「そうか......。」
「べっ、別に私はあんまりなんも思わないけどね!ちょびっと!そうなったらほんのちょびっとだけ悲しいかなって思っただけだからねっ!!」
「お、おう......。」
何故かそう強い調子で念を押す霊夢に、レンは少し引き気味に返事をした。
霊夢は顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「......ねぇ。」
「ん?どうした?」
「レンは......いつか“偽りの神”って奴を倒したら、元いた世界へ帰っちゃうの?」
急に真面目な声で問いを投げかけられ、レンは動揺してしまった。
「......今はまだ分かんないや。その時に決める。」
「幻想郷に残るという選択肢も......レンの中にはあるの?」
「まあ、一応はな。今のところは幻想郷に残りたい気持ちとランセルグレアに戻りたい気持ちが半々って感じかな。」
「......そっか。」
霊夢はそう返事をしたきり、黙り込んでしまった。
ちらりとそちらへ目をやると、膝を抱え込むような姿勢で座ったまま何か考え事をしているようだった。
「もしかして俺が帰っちゃったら寂しかったり?」
茶化すつもりで冗談を言ったのだが、霊夢はこくりと頷いた。
なっ......!?
素直な霊夢に逆にこちらが動揺してしまう。
「霊夢......お前さては相当酔ってるな?」
「失礼ね、別にそこまでは酔ってないわよ。ただ......もしそうなったらほんのちょっぴり寂しいかなぁ、って思っただけ。」
「......。」
レンは思わずふふ、と笑ってしまった。
「な、何よ!悪い!?」
「いや......別に。まだまだ先の話じゃないか。大丈夫、その時が来るまではずっと側にいるからさ。」
「......うん。」
「まあでもあんまり霊夢が怖かったら俺、博麗神社を抜け出して違うとこに住むようになっちゃうかもなぁ?」
「......ばぁか。」
霊夢はレンの額にぺしっ、とデコピンした。
「いてっ。」
額を押さえて戯けてみせるレンを見て、霊夢はくすくす笑った。
つられてレンも声を上げて一緒になって笑う。
見れば夜空の彼方、地平線の辺りはもう白み始めていた。
幻想郷の夜が明けるーー




