71.我想やまむ
ヴィネを倒した後、レンは天狗達に事情を説明した。
本物の天魔は楼の地下室に監禁されているのが発見された。
毒によるひどい衰弱状態だったが、流石は天狗というべきか、命に別条は無いようだ。
天狗達からは何度も何度も謝罪され、是非異変解決の祝宴に参加して欲しいと頼まれたが里の人々がどうなったのか心配だったのでレン達はそれを断り、怪我の応急処置だけ済ませて人里へ帰ることにした。
妖怪の山を下り、里の門に着く頃にはもう空は白んで夜が明け始めていた。
そんな幻想的な景色には目もくれず、レンは脇目も振らずに東の空き家群へと走る。
空き家に入るなり靴を脱ぎ捨てて妖夢の寝かされていた部屋へーー。
襖を開けると、布団に入ったまま上体だけ起こして障子の外を眺めている妖夢の姿。
白銀の髪の少女はすぐにこちらへ気がつくと、ふにゃっと笑った。
「妖夢......もう大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。だいぶ苦しかったですが......。」
「本当に?全部死んじゃったりとかしてないよね?」
「大丈夫です。ちゃんと半分だけ生きてますよ。」
「後遺症とかは......。」
「今んとこ大丈夫です。この通りピンピンしてます。」
「......良かっ、た。」
レンは妖夢の手を握ったまま俯いた。
みっともない、と思う頭の中とは裏腹に涙が止めどなく溢れてくる。
その涙は安堵故か、それとも己の無力さの痛感故か。
「辛かっただろう?苦しかっただろう......?ごめんな。」
「......お師さま?何でお師さまが謝るんですか?」
「今回の疫病の原因は川ないし井戸に放り込まれた毒だったんだ。よくよく考えれば井戸水が感染源である危険性にも気付くこともできただろうに、俺はあの時特に考えもせずに妖夢に水を飲みに行かせてしまった。そのせいで妖夢が苦しむ羽目に......。」
「.....,。」
不意に妖夢は両手でレンの顔を自分の方へぐいっと引き寄せた。
そしてその頬にそっと桜色の唇をつける。
「......よ、妖夢?」
「こんなに傷だらけになって......。」
妖夢は慈しむようにレンの頬の傷を撫でた。
「またお師さまに助けてもらっちゃいましたね。」
「いや......俺一人では解決出来ない異変だった。事実霊夢達が助けに来てくれなかったら俺は多分死んでいた。実質的に異変を解決したのは霊夢達だよ。俺は......妖夢達が苦しんでいるのに最後の最後で敵に情けを掛けてしまって殺せなかったんだ。またもや自分の甘さや無力さを痛感させられた......」
「......自分が無力だとか言わないで下さいよ。」
「え?」
「前にお師さまが自ら仰った言葉じゃないですか。私に、“自分が無力だとか言うな”って。それにお師さまは私の目標であり、憧れでもあるんですよ。憧れの師に“自分は無力だ”なんて言われたら私は何を目標に修行に打ち込めば良いのか分かんなくなっちゃいます。」
「......。」
「例えお師さまが自らを無力だと思っていても、お師さまのおかげで救われた人々が大勢いるんです。無力なんかじゃないですよ。今回だって一早く原因を特定して、疫病の根元を絶とうとしたのはお師さまでしょう?そのおかげで妖夢も、人里の人々も救われたんですよ。」
「でも俺は敵に情けを掛けて......」
「お師さまの優しさにつけ込もうとするなんて許せないです!妖夢が直々に斬って成敗してやりたいくらいです!!」
そう言ってぷりぷり怒る妖夢。
その様子を見てレンは少し笑ってしまった。
「ともかく、妖夢が無事でよかった。」
「えへへ......心配してくれてたんですか?」
「当たり前だ。幽々子だってとても心配していたぞ。」
「えっ、幽々子様がここに来られたんですか!?どんな感じでした?」
「そりゃもう、表情とかいつになく真剣でな。」
「へぇ......。」
それを聞いて妖夢は嬉しそうにはにかんだ。
「なんか......妖夢って凄く幽々子に愛されてるよな。」
「そ、そうですかね///」
「うん。なにかと妖夢のことを気にかけているっぽいし、なんだか見ていて姉妹みたいだなって思った。」
「ふふ......普段はふわふわしてるけど、いざとなった時は頼りになるお姉さん、って感じですかね。」
「普段はふわふわしてるのか......。」
顔を見合わせてくくく、と笑う二人。
「それと......気にかけて下さっているのならもう少し食べる量を減らしてくれると嬉しいんですけどね。食材とか運ぶの大変ですし。」
「あはは、違いない。」
多分幽々子は妖夢のことを気にかけているし、妖夢もなんだかんだ言って幽々子のことが好きなのだろう。
非常に円満な主従関係で、レンは微笑ましく思った。
「......さて。何か欲しいものとかある?まだ朝早いから里の店は全部閉まっているし、あれば神社から取ってくるけど。」
「いえ、大丈夫です。欲しいものは特にないですけど.........その、暫く一緒にここにいてくれませんか?」
「構わないよ。だいぶ疲れたし、俺も少しこの部屋で休もうかな。」
「じゃ、じゃあ......」
「?」
頻りに顔を赤らめてもじもじする妖夢。
「そ、そ、添い寝とか......してもらえませんか?」
「えっ......!?その......ほら、俺服もぼろぼろで汚いよ?」
「別に私は構いません!」
「そ、それに添い寝はちょっと恥ずかしいし......その、根性無しでごめん!!.........勘弁してくれ。」
「あ、あはは......そうですよね。すみません。冗談ですよ!?冗談!!」
作り笑いをして平静を装って見るが、間がもたなくてお互いに顔を赤くしたまま俯いてしまう。
ーー冗談のつもりじゃなかったんだけどなぁ......。しょんぼりみょん。
「ほ......ほら、妖夢。まだ病み上がりなんだからもう少し寝ていたほうがいいよ。妖夢が起きるまで傍にいるからさ。」
「はい......。」
妖夢を横に寝かせて布団を掛けてあげる。
「あの......お師さま、手を握ってもらってもいいですか?」
「うん、いいよ。」
ーーあっ、手を繋ぐくらいだったらいいんだ。
レンは妖夢が布団から出した手をそっと握った。
「えへへ......あったかいです。」
「......だね。」
直後、レンは口に手を当てて大きな欠伸をした。
「やっぱり疲れたな。俺も少し横になろうかな。」
そう言ってレンは手を繋いだまま、少し距離を取って畳の上に寝っ転がった。
一応治療魔法で応急処置はしたものの、あまり高度な治療魔法は扱えないのでまだ肋骨の痛みは残っている。
天井を見上げながら、レンは一つため息をつく。
今回は本当に自分の弱さや甘さを痛感させられた。
敵は偽りの神の軍勢だけだろうか?
否、弱すぎる自分自身でもある。
ーー他の奴らを助けて何になるんだよ?君はそれで得をするのか!?
不意にヴィネの言葉が脳裏をよぎる。
......損をするか得をするかとか、そういう問題じゃないんだよ。
目の前に困っている人や苦しんでいる人がいて、彼らをまだ救える可能性がほんの僅かにでも存在するのなら、助けようとするのは当然だろう?
彼から言わせれば馬鹿げているのかもしれない。
別に馬鹿でもいいじゃないか。
俺一人が馬鹿に成り下がるだけで多くの人々を救えるのなら。
「......お師さま。」
「ん、どうした?」
「今回も助けて下さって有り難うございました。」
「気にしなくていい。弟子を守るのも師匠の役目だからね。」
「ふふ......私の自慢のお師さま、お慕いしていますよ。今までもこれからもずっとずーっと。」
至近距離にいるレンにも聞こえない程小さな声で、妖夢はそう呟いた。
ーーたとえ貴方が私の想いに気付いてくれなくても......。
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二人の様子を僅かに開いた襖の間から覗き見ていた霊夢と魔理沙。
レンと妖夢は部屋の中で手を繋いだまま寝息を立てていた。
「くくく......しっかしレンもヘタレだなあ。女の子の方から添い寝を頼まれることなんてそう滅多に無いことだろうに、断るとか据え膳食わぬは男の恥って奴だぜ。」
魔理沙が笑いながらそう言ったが、霊夢はぼーっとしていて反応しない。
「あ〜あ、なんか私達は蚊帳の外って感じだな。霊夢?」
「う......うん。」
「いいのか?レン、妖夢に取られちゃうぜ?」
「は、はぁっ!?取られるって何よ!べ、別にまだ妖夢のものってわけじゃ......。」
そこまで言ったところで魔理沙のニヤニヤ顔を見て霊夢は自分の失言に気が付いた。
これじゃあ好きって言っているようなものじゃないか。
「こほん、いいのよ......別に。あいつは私のものじゃないんだし、私みたいな怖いのより妖夢みたいな優しい子の方が良いに決まってる。妖夢は良い子だし、友達なんだから嫉妬心なんて湧かないわ。」
「ほう......?霊夢にしては珍しく弱気な答えだな。それに自分が怖いっていう自覚があったとは驚きだぜ。」
魔理沙はけけけ、と楽しそうに笑った。
「魔理沙......表出なさい!弾幕ごっこで捻り潰してやるわ!!」
「おっ、やんのか?いいぜ、里の外でな。異変解決の景気付けに盛大にマスパぶっ放してやるぜ!!」
初秋に人里を疫病の渦へと陥れた此度の異変。多くの犠牲者が出たが、元凶が討たれることによって無事に異変は解決、病臥に伏していた人々も徐々に回復していき、人里には日常が戻りつつあった。
ーー幻想郷に再び平和が訪れる。
〈弐ノ異変・完〉
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