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東方星剣異聞  作者: くぅすけ
5章 弐ノ異変 ~The phantasmagoria marvel ~
70/106

70.決着





「......チッ、ガキが。さっさと死ねば良いものを。」


ヴィネはそう毒突いた後何やら呪詛めいた式句を唱え、手の中に生成した紫色の発光体を口元へ持っていって飲み込んだ。


するとヴィネの腕や脚、胴体がどんどん肥大化していく。


その顔にはあの薄ら笑いが戻っていた。


「お前、一体何を......?」


「毒には生物を苦しめたり殺めたりする以外にも使い道があるって知ってる?確かに毒は生物の体には有害だけど、その代償に宿主に凄まじい力を与えるものもあるのさ。」


「っ!?」


自ら毒を呑むことによって肉体を無理矢理強化したというのか?


そこまで考えたところでレンはやっと気がついた。


ヴィネのあの屍の如く醜い肉体は度重なる毒による肉体強化の痕なのだ。毒を呑むことによって一定時間無類の膂力を誇る身体を手に入れることができるが、その代償として毒は身体を蝕み、皮膚は変色。酷いところは腐食によって肉が腐り落ちていく。


そして今、レンの前に立っていたのは先程までのヴィネとは似ても似つかない、一回りも二回りも図体が大きい巨人だった。


対するレンは息を吐きながらゆっくりと腰を落とし、剣先をヴィネの首元へ向けて構える。


「生意気なんだよ。人間なんかが殿下に楯突こうなど。」


「お前の主は罪も無い人々を大勢殺した。人里の人々だけじゃない。ランセルグレアの俺の幼馴染だって偽りの神に......」


「だぁーかーらーさぁー!!」


ヴィネは両手を上げながら面倒臭そうに首を振って見せた。


「どうして分かんないのかな。僕には君のことを到底理解できそうに無いよ。自分一人だけなら守りきれるぐらいの力を持っているのに自分から他人を救って傷付こうとする。有象無象のゴミを大切にして何の得になるんだか。殿下の望む新しい世界には力のない者なんて必要ないんだよ。」


「......構わない。」


「......は?」


「構わないさ。元より一度失い、再び拾い上げたこの命。俺一人が犠牲になって、幻想郷もランセルグレアも平和になるのならば、俺は一向に構わない。喜んで死のう。」


そう言って、レンは己の右胸を拳で軽く叩いた。


「随分と君は達者な口を聞くんだね。一度は殿下に呆気なく敗れて犬死にしたくせに。......まぁいいや。君はもう一度僕の手によって殺されるんだ。そしたら、君の弟子も、里の人間たちも、みんなまとめて殺してあげるよ。」


「......もういい。殺してやるから全力でかかって来い。」


レンは吐き捨てるようにそう答えた。


地を蹴ったのは同時だった。


だが疾走速度は毒によって肉体を魔改造しているヴィネの方が少しばかり速かった。


肉薄からの力任せの殴打。


タイミングをずらされたレンは鉄塊のようなヴィネの拳を刀身の腹で辛うじて受ける。


凄まじい膂力に耐えきれず、浮いたレンの身体にヴィネは追撃の蹴りを放った。


空中で身を翻してギリギリのところで躱す。


そのまま宙返りの要領で体を捻って地面に着地......。


二人の苛烈な攻防戦は暫く続いた。


ヴィネはレンの斬撃を硬化した腕で防ぎ、その膂力を生かして蹴りや拳撃を繰り出す。


レンはヴィネの攻撃をひらりひらりと躱し、剣や魔法で反撃。


互いに身体中に無数の傷を負い、いくら血が噴き出そうとも戦うのをやめない。


刹那、ヴィネが何やら紫色の霧状のものを口から吹き出した。


何だろう。とてつもなく嫌な予感がする。


毒霧だろうか?


霧はレンの方へ真っ直ぐに向かって来る。


レンは反射的に上空へ飛び上がり、避けようとした。


瞬間。


いつの間にか肉薄してきていたヴィネの姿が視界に入る。


その顔は薄気味の悪い笑みに歪んでいた。


ーーなっ!?


気がついた時にはもう遅い。


ヴィネの肥大化した拳が唸りを上げて迫って来る。


剣で受けようにも空中だと防御もままならない。


「がっ......!?」


ーー衝撃(インパクト)


肋骨が折れるような不快な音、ヴィネの勝ち誇ったような表情、そして胸を穿つ激痛。


あまりの痛みに視界が明滅し、世界は一瞬色を失う。


そのまま力無く落下。


受け身を取ることもできずに身体は地面へと叩き付けられた。


ヴィネは間髪入れずに連撃を繰り出す。


レンは立ち上がる暇も与えられず、蹴り飛ばされてぼろ切れのように宙を舞った。


空中で思いっきり身体を捻る。


地面に剣を突き立て、岩肌に衝突する寸前のところで静止した。


ーー肋骨をやられたか。


胸部の痛みは消えない。


呼吸する度に立ちくらみがしそうな程の痛みに襲われる。


加えて軽い脳震盪を起こしているのか、頭はクラクラして身体も動かない。


「キヒヒヒッ、死ねぇぇぇッ!!」


勝利を確信したヴィネ。


耳障りな高笑いとともに渾身の殴打。


もはや防ぐ術も無い。


「か...はっ.........」


拳が腹にめり込み、レンは盛大に血を吐く。


ーーだめだ、意識が飛ぶ。


頭は真っ白に、視界は暗転していく。


なんだよ、また死んじゃうのかよ。


幻想郷を守るとか抜かしちゃってさ。


弟子一人救えないで何が”師匠“だよ。


守れる力も無いんだったら最初から“守る”とか言うんじゃねぇよ。


消えゆく意識の中、自嘲気味に笑う。


本当無責任な奴だな。


......もういいや。みっともない自分が嫌になってきた。このまま消えてしまいたい。


殺すなら一思いに殺せ。


そう思って目を閉じたその時。


ふと脳裏に、布団に寝かされている妖夢とその顔を横に座って心配そうに見つめている幽々子の姿が浮かんだ。


ーー妖夢......。


結局大切な人達を守り通すことができない。


そうやってまた諦める。


あの時から少しも変わってないじゃんか、俺。


本当にこのまま諦めちゃっていいのかな。


あれからもう嫌と言うほど後悔したじゃないか。


どうせ死ぬんだったらせめて足掻けるだけ足掻いて、とことん苦しんでから死んだほうが良くないか?


ーーそうだ。死ねない。


まだ守るべきものがあるから。


本当に絶望して、諦めるのは守るべきものを失った時でいい。


レンはヴィネを睨み付けた。


こんな自分勝手な考え方を正しいと思っている奴に。


力無き他人を虫けら同然のように思っている奴に。


自らの目的の為に罪なき人々を平気で虐げる奴に。


ーー負けたくない。


「ゼあァッ!!」


地面に倒れ込む寸前でなんとか踏み留まり、残された気迫と共に放った横薙ぎの一閃。


剣がレンの意志に呼応するように震える。


澄んだ刃は吸い込まれるようにヴィネの腕へ。


ーー捉えた。


手応えを得て確信する。


その刀身は洞窟内の僅かな光を受けて輝き、ヴィネの左腕を斬り飛ばした。


ヴィネは一体何が起こっているのかわかっていないという表情のまま、宙を舞う斬り飛ばされた己の腕を見つめて硬直している。


対するレンはそのまま手首を返して逆手斬り。


今度は右腕を斬り飛ばした。


一拍置いて、切り口から大量の鮮血が噴き出す。


「あ“ああ“ああァァァァ!!??」


悲鳴を上げ、傷口を必死に押さえようとするがもはや両腕を失っているのでままならない。


完全にパニックに陥り、右往左往するヴィネの首元に冷たい刃があてがわれた。


「ひっ......!?」


「......死ね。」


冷たく言い放ち、剣を振りかぶる。


「まっ、待ってくれ!!死にたくない。もう人を殺したり危害を加えたりはしないから!!」


「駄目だ。死ね。」


「どうか!どうかお助け下さいィ!!僕には家族がいるんです!何卒ご慈悲を......!!」


「っ......。」


ーーどうした?


早く殺せ。


そいつは罪も無い里の人々を大勢殺した。虫けらのような取るに足らない人間たち、などと抜かした。妖夢を苦しめた。


こんな性根の腐った奴、生かす価値もない。


......そう頭では思っているのに。


剣を握る腕は固まってしまったかのように全く動かすことができない。


ヴィネは今”家族“と言った。


こんな奴でも家族はいる。ヴィネにも“守るべきもの”があるのだ。


そういったことが頭に浮かんで来て、レンにはどうしてもヴィネにとどめを刺すことができなかった。


ーー刹那。


「バカめ!死ねッ!!」


「っ!?」


ヴィネは残っている脚で蹴りを放った。


紫紺の軌跡が弧を描き、唸るような凄まじい音と共に迫る。


しまっーー


今からでは回避は間に合わない。


剣での防御体制を取る猶予すらない。


その巨躯から放たれる魔力を纏わせた一蹴。


直撃すればどのような悲惨な運命を迎えるかは考えなくても分かる。


無事では済まされない。


下手したら即死だ。


だが、レンはもうこの不意打ちを免れる方法を持ち合わせていなかった。


ーー今度こそ駄目か......。


死をも覚悟し、目を瞑ったその時だった。


「馬鹿っ!!」


不意に背後から飛び出してきたのはーー


ーー紅白の巫女。


霊夢はレンとヴィネの間に割って入ると、即座に結界を張った。


「小癪なァッ!!」


「くっ.....!」


歯軋りをしながらもなんとか結界を保ち、持ちこたえようとする霊夢。


対するヴィネは結界を破って霊夢もろとも押し潰そうと脚により一層力を込める。


徐々に結界に亀裂が入っていき、ヴィネの顔がにやりと笑った瞬間。


更に横から猛スピードで何者かが突っ込んできた。


箒に跨った魔理沙だ。


「この......屑野郎ッ!!」


ミニ八卦路から射出されたのは極大のレーザー。


ーー恋符「マスタースパーク」


最大火力の極光に焼かれ、ヴィネは擬音語では言い表せないような悲鳴を上げる。


眩い光が消える頃、もうそこにヴィネの姿は無かった。


文字通り消炭となって跡形もなく消えてしまったのだ。


その光景を目の当たりにした三人は、暫くの間呆然とその場に立ち尽くしていた。








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