62.未知の病
鈴仙の案内のおかげで無事に竹林を抜け、レンは妖夢と共に空を飛んで人里へと向かっていた。
「里でそんなことが......。」
「ああ。原因不明の病気で人から人に感染る可能性も無いとは言えないから、今のところは症状のある者は皆里の東側の空き家群で寝かせているんだ。俺も早く戻って看病の手伝いをしないと......。」
「お師さま、私もお手伝いします。今日は一日鈴仙と遊ぶ予定だったので幽々子様のご飯は白玉楼の方に作り置きしておきましたし、里の大事とあらば少しぐらい帰宅が遅くなっても幽々子様は許してくださると思います。」
「妖夢......助かる。ただ、くれぐれも妖夢も病気にかからないように気を付けてくれ。妖夢に何かあったら幽々子が悲しむし。」
「えへへ......お師さまは私のことも心配してくださるんですね。」
「当たり前だろう?可愛い弟子に苦しい思いはして欲しく無い。」
「そうですか......\\\」
妖夢はちょっとだけ頬を染めた。
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午前中は人々で賑わっていた里の通りは人通りがまばらになり、店々も殆どが閉まっていた。
「わぁ......妖夢、こんなに人里が静かなの初めて見たかもしれないです。」
「多分病気が流行するのを抑えるために阿求さんが里人達が家から出るのを控えるように命令を出したんだろうな。」
「まあ、あれだけの人数が普段密集してるわけですから感染る病気だったら大変ですもんね。......全力で飛ばしてきたので喉が渇いちゃいました。ちょっとお水飲んで来ますね。お師さまは先に東側へ向かってて下さい。すぐに追いつきます。」
「分かった。後で会おう。」
妖夢と別れ、レンは東端の空き家群へ向けて歩き出した。
空き家はひどい有様だった。
床に敷かれた布団に寝かされている人々は皆息をするのも苦しそうに喘いでいる。
慧音先生から聞いた話では病人達の症状は皆共通で、激しい熱と痙攣、そして呼吸困難を患っているらしい。もう既に死者も何人か出ているようだ。
レン達が懸命に濡らした手拭いを交換したり、次々と現れる新たな病人を空き家に運び込んで来る間にも一人、また一人と体の弱い者やお年寄りから亡くなっていく。
そんな中、頼みの永琳が到着し、一人一人診察して回った後にレン達の元へ戻ってきた。
「......一応全員の容態を診て回ってきたわ。」
「どうでした!?この疫病の原因は分かりましたか!?」
永琳が戻って来るなり食い付くように阿求がそう問い掛けた。里長代理の身としてはこの事態に非常に心を痛めているようで、その目尻には少し涙の跡が滲んでいる。
これ以上被害を拡大させたく無い、という切実な思いがその目には宿っている。
だがそんな阿求の切望も虚しく、永琳は首を横に振った。
「いいえ......今すぐには分からないわ。何せ見たこともないようなタチの悪い病気だし。」
「えっ......?」
「今回のこの里人達の症状は細菌やウイルス等による病気では無いみたい。どちらかと言うと呪いの類に近いような......それも結構特殊で薬が効かない。空気感染はしないのが不幸中の幸いと言うべきか......。原因物質は多分どこか別の世界で生み出されたものでしょうね。私の能力は“あらゆる薬を作る程度の能力”。あくまでも薬を作れるだけであって、薬の効かない特殊な病気には対処出来ない......つまり私の手に負える範疇では無いの。」
「そんな......。」
「役に立てなくてごめんなさい......。でも、薬で進行を抑えるぐらいだったらできるわ。今から調合するから、完成したらすぐに病人達に飲ませてあげて頂戴。完全には進行を止められないから死人の増加をゼロに出来るわけではないけど......それで暫く凌いでもらって、その間にどうにかして症状を無効化する方法がないか詮索してみるわ。」
「......分かりました。お願いします。」
泣き出しそうになるのをぐっと堪えて阿求はそう言った。
永琳はそれを見て頷き、調合台に向き直る。
「......貴方達も病気にかからないよう気をつけなさい。空気感染はしないだけで、何から感染るか分からないから。」
レンは永琳の方へ一礼し、妖夢と共に空き家の外へ出た。
「はぁ......相手が病気となると指を加えて見ていることしかできないんだから、本当に自分の無力さを感じざるを得ないよな......。」
とレンが呟いた時、不意に横からせぐりあげるような声が聞こえたので視線をそちらへ向けると、妖夢がすすり泣いていた。
「......妖夢?」
「ごめんなさい......。病人の方達の様子を見てちょっと衝撃を受けてしまって......。」
「......。」
「みんな苦しそうに横たわってて......涙を流して死んでいくんです。亡くなった方のご家族がそれを見て泣いてるのを見て、ちょっと心に来るものがあったっていうか......。妖夢は半人半霊なので元から半分死んでいるし、冥界に住んでいるので死に対する価値観とかが普通の人とはちょっとズレているのかも知れません。でも、人間にとっては死は本当に永遠の別れなんだって改めて実感して急に切なくなっちゃいました......。」
「そっか......。」
たった一言だけ。
縁側で妖夢の御師匠様の話を聞いた時の返事と全く同じ。
情け無いな......俺は。
あの日から何も変わっていない。
やっぱり傷ついたり落ち込んだりしている人に対してうまく気の利いた言葉をかけてあげられない。
まるで口枷を付けられたかのように上下の唇がくっついて離れない。
こんなの、師として完全に失格じゃないか。弟子の妖夢は病人達の苦しみを思って涙を流しているというのに。
交錯する思考でごちゃごちゃした頭の中、レンはなんとか言葉を紡ぎ出した。
「......半人半霊だからって価値観にズレがあるなんてことはないと思うよ。少なくとも妖夢に関してはね。苦しんでいる人を見て、心を痛めて涙が止まらなくなるのはきっと妖夢が他人の立場に立って物事を考えられる純粋で優しい心の持ち主である証拠なんだよ。」
「......そう、なのでしょうか?」
「うん、俺が保証する。それに心配しなくても必ず俺が原因を突き止めて見せる。だから......もう泣くな。」
レンはそう言って妖夢にハンカチを渡した。
妖夢はそれを受け取り、頬を伝う涙を拭う。
「えへへ......お師さまはお優しいですね。」
......優しいのは妖夢だ。
ランセルグレアで散々魔物や賊を殺して来た俺には妖夢みたいな純粋な心はもう無い。
苦しんでいる他人を見て涙が出てしまうほど感情移入してしまうのはきっと、妖夢が他人に対する思いやりの強い子だからだろう。
「お師さま、きっと原因を突き止めて病人の方達を救ってあげて......くださ...いね........?」
ーー刹那。
不意に言葉が途切れ途切れになり、妖夢の身体がレンにしなだれかかるようにふらりと傾く。
レンはその身体が倒れるすんでのところで受け止めた。
その頬は熱を帯びたように紅潮しており、全身が小刻みに震えている。
「お、おい妖夢!?」
「あれ...おかしいな......?うまく脚に力が入らない......。お師......さ...ま....」
その言葉を最後に妖夢は気を失い、全体重が妖夢の身体を支える手に委ねられる。
「嘘...だろ.....?」
返事は無い。
「妖夢!おい、しっかりしろ!!」
いくら揺さぶっても反応は無かった。
「......っ!!」
レンは妖夢の身体を抱き抱えると、急いで空き家の中へと運んだ。
※※※
いつになっても妖夢の意識が戻らない。
ずっと妖夢の側に居続けるうちに、いつの間にかもう辺りは暗くなっていた。
「......レン。夜遅いし、今日はもう神社へ帰りなさい。」
慧音が火を灯した蝋燭を持ってやってきた。
「慧音先生......妖夢が...妖夢が......っ!!」
「しっかりしろ!動揺しているのはお前だけじゃない。皆未知の病気に怯えているし、今日の朝まで一緒に食事をしていた家族を突然亡くした人たちだって大勢いるんだぞ。」
「っ......。」
「力無き人々を守る立場のお前がそんな心持ちでどうするんだ。焦るし辛い気持ちはよく分かるが、今日は休め。私達がこの病気の原因を見つければ、妖夢も助かるんだ。しっかり休まなければ原因を調査する活力も湧かないぞ?」
「......分かりました。今日は帰ります。俺が居ない間、妖夢をよろしくお願いします。」
「ああ。妖夢のことは安心して私に任せて今日はゆっくり休め。」
レンは妖夢の頭をひと撫でして立ち上がると、慧音に頭を下げてから空き家を出て行った。




