6.森の村
「......ディア。」
皆が休憩している所から少し離れた所にある木に背中を預けて自分の後ろ腰に手を当てながら初歩的な聖魔法を唱える。
すると手の中に淡い光が生成され、たちまちその光が腰の痛みをを和らげていく。
この世界には火、水、雷、風、土、光、闇、聖の8種類の属性魔法が存在する。そのうち聖属性は主に治療及び援助、それ以外の属性は攻撃や阻害、防御などに使われる。
聖属性の魔法は少し特殊で、他の属性の攻撃魔法とは異なり対象を傷つけるのではなく癒すものなので他属性の魔法とはまず根本的に使用する魔力の性質が違う。
聖属性の魔法に使用される魔力はひときわ純粋で穢れの少ないものでなくてはならない。対して、その他の属性の魔法に使用される魔力では純粋さや穢れの少なさよりもその濃さ、あるいは密度の方が重要視される。
この二つの魔力の扱い方は全くもって異なる。その為、一人の人間がどちらとも使いこなすのは困難を極める。
故に魔法を扱う者たちの中でも主に攻撃魔法を専門として扱う魔導師と治癒魔法を専門として扱う白魔導師に分けられているのである。
聖魔法は魔導師であるレンの専門外である為、聖魔法においては初級魔法ぐらいしかレンには扱えない。(眉間の腫れを治すくらいだったらこれで十分だが)逆に白魔導士であるサラは、聖魔法なら相当上位の魔法を扱うことができるが他の属性の攻撃魔法は初級のものしか扱えないはずだ。
レンの得意属性は闇と火である。この二つの属性ならば、最上位の魔法も放つことができる。いくらレンでも伝承魔法を扱うことはまだできないが。
伝承魔法ーー。
それは大昔から存在する、古の至高にして最強の魔法のことである。なんでも、扱えるようになるにはその属性を司る竜の祝福を受けなければならないんだとか。
マクヴェリア戦役の神話にも登場したいわゆる“六竜”が属性を司っているらしい。
どうすれば竜の祝福を受けられるのかなんて見当もつかない。
古の時代には火、水、雷、風、光、闇の各属性に一つずつ、全部で六つ存在したと言われているが長い時を経て現在では大半が失われてしまった。
その上伝説級の魔導の実力をを持つ者にしか当然扱えない為、歴史的に見ても扱えた魔導師は数える程しかいない。
故に、レンが一生かけて魔導の修行に打ちこんでも扱えるようになる確率は限りなく低い。
「くそ......ぎっくり腰なんて情け無い。修行が足りないな。」
と、レンがぽつんと独り言を呟いたその時。
鬱蒼と茂る木々の中に薄桃色の花弁をたくさんつけた木が四、五本だけまばらに生えているのが目に止まった。
あれは確かーー。
「サクラ?」
確か東の国(シンム帝国)原産の植物だった筈だ。春には淡い薄桃色の美しい花を満開に咲かせる為、東の国の人々はこの植物を眺めながら家族や友人と共に食事を楽しむ“花見”というものをするらしい。
だが、何故こんな所に?本来リムール地方には自生しない植物のはずだ。それに何故数本だけ?奇妙すぎる。
そういえば。
普通の木が何かしらの理由で穢れた魔力を吸うと、桜の木になるというのを何処かで聞いたことがある気がする。
それに、どっかの国で「桜の木の下には死体が埋まっている。」っていう都市伝説があったっけ。
まさかこの桜、本当に根元に埋まっている死体から魔力を吸収して花を咲かせているんじゃないだろうな......。
そう思って改めて見てみると、少し妖しげな色合いをしているように見えるのは気のせい?
「そ、そんなことあるわけないよな?ただの偶然だよな、うんうん。きっと誰かがここにサクラの苗木を持ってきて植えたんだ。きっとそうに違いない!」
レンが大きな声で独り言を言って自分自身に言い聞かせて自己解決を図っていると。
「おーいレンどこにいるの〜?もう出発するってよ〜!」
サラの声が聞こえてきた。
「ちょっと待っててくれー!今行く!」
最後にもう一度桜をちらりと見やってから、レンは仲間達の元へと走っていった。
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......何かがおかしい。なんなんだこの森は。
森の中に入ってから数時間。もう日も傾き始めているのに、一向に遺跡につく気配はない。
というかそもそもこの森がこんなに広いはずがない。外から見た感じでもそこまで広くなかったし、地図を見ればそれは明確だ。
ただ同じような景色が延々と先へ続いている。奇妙だ。
「まだ着かねえのかぁ〜?」
「さあな。森の広さからしてもうとっくに着いていてもおかしくないんだが......」
痺れを切らして愚痴を漏らすモルトをなだめる。
疲弊してきているのはモルトだけではない。他の団員や正規騎士たちも度重なる魔物との戦闘で消耗してきている。
まずいことになった。こんな状態で日が落ちて暗いところで魔物に襲われたりしたらひとたまりもない。
だが、太陽はそんなレンの危惧をあざ笑うかのようにどんどん西の地平線へと吸い込まれていく。
ついに暗くなりかけたその時。
列の前方の方から団員たちの歓声が聞こえてきた。
「ん?何だ?何があったんだ?」
「なんか村があったみたいだよ〜。」
「え?こんな森の奥深くに村が?」
リルの言葉にレンは首を傾げた。
確か、地図にはこの森には村があるなんて表記されていなかった。腑に落ちないが、疲弊しきった団員たちが安全な場所で休めるのは助かる。
列の前方の方に目を向けると、団長が人の良さそうな老人と話をしているのが見えた。村長に村で休ませて欲しい、という交渉をしているのだろう。
しばらくした後、村長と思しきその老人が「何も無い村ですがどうぞお入りください」というテンプレっぽいことを言って調査団一行を村に入れてくれた。
村に入ってすぐのところに大きな噴水のある広場があった。そこでたくさんの村民がレン達一行を暖かく歓迎してくれる。
「はるばる帝都から来なすったか。何も無い村じゃがゆっくりしていきなされ。」
「私達の村へようこそ!」
口々にそのような歓迎の言葉を村人達が投げかけてくる。
「確かに少し建物が少なくて殺風景だけど.......村民達は親切そうだし良さげな村だね〜」
とレンの横でリルが呟く。
「まあ帝都と比べるとな........。でも、なんかおかしくないか?地図に載っていないし、こんなところに村があるなんて聞いたこともないよ。それに......見た限りでだけど、子供が一人もいない。」
「きっと子供達は皆違うところで遊んでるんだよ。」
とサラが答える。
「私は食べ物が美味しければ何処だっていいや〜。」
「お前は食べることしか考えていないのか......?」
リルの言葉に呆れつつ、レンは周囲を隈なく見回す。何せ地図に載っていない未知の村だ。それに、何処か怪しい。考えすぎかもしれないが警戒するに越したことはない。
だが、そんなレンの警戒心も村人達と接するうちに徐々に薄れていった。
理由は単純。
村人達が皆とても親切なのである。
色々なものをタダで譲ってくれるし、終いには調査団一行に村の南側にある空き家群を貸してくれた。
調査団一行は村人達の好意に甘えて空き家群に泊まることになった。
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「はぁ......村の人達、皆いい人だったな......。警戒してた俺が馬鹿みたいじゃんか......。」
ベッドの中でレンはゆっくりと息を吐きながら独りごちた。
もしかしたら長旅で精神を消耗してしまっているのかもしれない。
もうすっかり夜になり、何処か遠くから梟の鳴き声が聞こえてくる。窓から見える夜空には、大きな満月が浮かび、沢山の星たちが瞬いている。
帝都から遠く離れているこの地でも、見える夜空は同じ。長く見つめていると吸い込まれてしまいそうな星空を眺めてフッ、と短い溜め息をつく。
明日の昼頃にはもう遺跡の内部の探索を開始しているだろうか。そもそも自分たちは無事に遺跡に辿り着くことが出来るだろうか。
ちらりとベッドの横に立て掛けてある愛剣を見やる。
思い返せばこの剣を森の奥で引き抜いたあの時も、今日のように夜空にはたくさんの星が輝いていた。
あれから自分はこの魔剣に恥じぬ剣の使い手になる為にせっせと修練に励んできた。
ーーいつか本当にこの魔剣に見合うぐらい強くなれるのだろうか?
そこまで考えたところで一気に瞼が重くなり、レンの意識は夢の中へと吸い込まれていった。