59.疫癘
今日も今日とてよく晴れた秋の日。
今日は阿求さんからお呼ばれをいただいている。なんでも俺に何かお話があるのだそうだ。
人里の警備の仕事もあるので早めに人里へ向かわなければならない。
レンは剣の抜き納めに異常がないことを確認してから腰の剣帯に吊るした。
ついこの間妖夢に仕立て直してもらった制服のワイシャツに袖を通して鉄製のプロテクターを付け、その上からローブを羽織る。
まだ秋なのでワイシャツの上にブレザーを着るほどの寒さでは無いが、流石にもう夏ほど暑くはないのでローブを羽織らないと肌寒い。
今日の夕飯は何にしようかなぁ、などと考えつつ廊下を歩く。
玄関から境内へ出ると、珍しく霊夢が境内を箒で掃いて掃除していた。
いつもなら縁側でお茶飲んだりゴロゴロしている筈なのに。
「あれ?霊夢がだらだらしてないで午前中から掃除なんて珍しいな。」
「うっさいわね。......なんだか今日は気分が落ち着かないのよ。嫌な予感がするっていうか。おちおち昼寝も出来ないわ、まったく。」
昼寝ができない環境に置かれるとやっと働き始めるのかこの巫女は。
「嫌な予感......っていつもの“巫女の勘”ってやつか?」
「まぁね。これから人里の警備の仕事に行くんでしょ?あ、あんたも一応気を付けなさいよ......。」
「あぁ、ありがとう。気を付けて行ってくる。」
そう言って手を振り、レンは地面を飛び立った。
空の彼方へと飛んでいき、たちまち小さくなるレンの影を見送った霊夢は溜息を一つ吐いた。
「杞憂だと良いんだけど......私の勘、今までに外れたこと殆ど無いからなぁ......。」
ーーまぁ何かあっても多分アイツなら大丈夫でしょ。
霊夢はモヤモヤする思考を打ち切って箒を握る手を再び動かし始めた。
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道中妖怪に遭遇することもなくレンは人里に辿り着いた。
上空から見た限りでは特に里の周りに魔物がいるわけでもなかった。
里の中も見た感じ平和そのものだ。
いつもと変わらぬ里の風景に、レンは少し安堵の吐息をこぼしてから稗田邸の玄関戸を叩いた。
「ごめん下さーい。」
数秒の間を経た後中から足音が聞こえ、戸がガラガラと音を立てて開かれた。
出てきたのは侍女さんのようだ。
「レン様ですね、どうぞこちらへ。二階の客間で阿求様がお待ちです。」
「お邪魔します。」
軽くお辞儀をしながらそう答え、レンは靴を脱ぎ揃えて家の中へと上がった。
忙しそうに行ったり来たりしている使用人らしき人達と廊下で何度もすれ違う。
侍女さんに案内してもらって阿求のいる部屋へ。
「阿求様、御客人がお見えになりました。」
「良いですよ。お通しして下さい。」
中から阿求の返事が聞こえ、部屋の中に入るよう促されたので侍女さんにもう一度軽く会釈してからレンは部屋へと入った。
阿求は長机の前に正座して何やら筆を動かしていた。
幻想郷縁起(......だっけ?)の編纂だろうか?
長机の上に広げられた半紙には美しい楷書の文字がびっしりと並んでいた。
まるで活版印刷技術を使って印刷された文字であるかのようだ。
その美しさに見惚れてレンは思わず息を呑んだ。
阿求は机の端の筆立てに筆を置くと、レンの方に向き直った。
「お待ちしてましたよ、レンさん。ささ、お座り下さい。すぐに使用人にお茶を淹れさせますので。」
「すみません......お構い無く。」
レンは座布団の上に腰を下ろしつつペコリと頭を下げた。
「綺麗な字ですね......幻想郷縁起って一冊一冊阿求さんが全て手書きで作ってるんですか?」
阿求はレンの質問に一瞬きょとんとした顔になり、直後盛大に吹き出した。
顔を真っ赤にしながら袖で口元を隠してくすくす笑っている。
「くすくす......ふぅ、ごめんなさい。あまりにも可笑しくて......レンさんは面白いことをおっしゃいますね。流石に全て手書きで編纂しているわけではないですよ。鈴奈庵という貸本屋で私が執筆したものを印刷、製本してもらっているんです。」
「そうなんですか......。あ、あはは......流石に一冊一冊手書きで書いて出版してたらきりがないですよね。」
「ふふ......そうですね。その鈴奈庵っていう貸本屋なんですけど、私の友達がお手伝いをしていているんですよ。外の世界のものも含めて沢山の本があって、私も幻想郷縁起の製本をする時以外にもよく行くんです。レンさんも今度一度寄ってみては如何でしょうか?」
「へぇ......外の世界の本があるんですか。」
「ひょっとしたらレンさんが元いらっしゃった世界の本とかもあるかもしれませんね。」
蔵書数は流石に紅魔館の図書館の方が多いだろうが、外の世界の本の全てを網羅しているわけでは無い。ランセルグレアの書物とかがそこで見られるのならばなかなかに魅力的な話だ。
「読書の秋とも言いますし、今度一緒に行ってみませんか?」
「ぜひ!是非行ってみたいです!!」
“外の世界の本”というワードに目を輝かせるレンを見て阿求は再びふふふ、と笑ってからお茶を一口啜った。
「あ......そういえば阿求さん、今日はどういった用件で?」
「あっ、本題の方の内容をお伝えして無かったですね。こちらからお呼び立てしておいて失礼しました。今日はレンさんに一つ提案をさせていただこうと思いまして。」
「提案?」
「はい。今現在、レンさんは博麗神社の方にお住まいになられているんですよね?」
「まぁ一応は......。」
「で、その件に関してなんですけど......」
そこまで阿求が口にしたその時。
どたどたと慌ただしい足音と共に先刻の侍女さんとはまた違う女の人が部屋に入ってきた。
「あ、阿求様!」
「そんなに慌てて一体どうしたのですか?今お客様がいらしているので後にして......」
「里の者達が集団で原因不明の病にかかってしまったようで......門の方に大勢集まって来ているのです。」
「え......?」
疫癘だろうか。
先ほど里を歩いていたときにはそんなに騒いでいる様子は見なかったが......。
「餅は餅屋。病ならば医者を尋ねるのが定石では?」
「それが......この里唯一の医者も病にかかってしまったようで。皆頼れるのはもう阿求様ぐらいしか居ないと......。」
「......分りました。すぐに見にいきましょう。」
阿求はレンの方に向き直ると、頭を下げた。
「申し訳ありません......お話の途中ですがこのような事態故何卒ご容赦を。」
「い、いやいや......里の人達の健康の方が大事ですよ。お話は後日また伺いに来ます。......何か俺にも手伝えることがあれば良いんですが......。」
「本当に何とお礼を言えば良いか......一先ず里人達の病がどのようなものなのか確認しないといけませんね。」
その言葉にレンは頷き、阿求と共に稗田邸の門へと向かった。
玄関を出ると、侍女さんの言った通り大勢の里人が集まって来ているのが見えた。ざっと百人以上はいるだろう。
皆傍にぐったりとしていて元気のなさそうな人を伴っている。
「これはひどい......。」
「......これだけの大人数が一気に病に掛かるのは不自然ですね。」
二人が話していると、門の方から一人の女性が歩いて来た。
上下が一体となった青い服を着ており、腰まで届きそうなほど長い、青いメッシュの入った銀髪が印象的なその女性は二人の元まで来ると一つため息を吐いた。
彼女は慧音先生だ。
本名は上白沢慧音。
里で寺子屋を開いていて、子供達に歴史や読み書きなどを教えているらしい。半分妖怪という身ながらも非常に人間に対して友好的であり常に人間の味方だ。里の自警団の統括役も担っており、レンもよく世話になる。
「見ての有り様だ。見ているだけで何もしてやれなくて心が痛むよ......。取り敢えず症状のあるものはあらかた連れて来た。」
「ご協力感謝します、慧音先生。ともかく、病が人から人へ感染するものか否かわからない現状では病人達を里の中心地で寝かせておくわけにはいきませんね。里の東端に空き家群がありますのでそこに運んで様子を見ることにしましょう。」
「じゃあ俺も運ぶのを手伝いま......」
「いや、レンには里の外にいる医者を呼んできてもらいたい。」
「里の外......?」
「ああ。迷いの竹林の”永遠邸“という所に”八意永淋“という医者が住んでいるんだ。迷いの竹林は里の外で、道中で妖怪も出るのでレンに行ってもらえると安心なんだが......」
「分かりました。その医者を呼んでくればいいんですね。すぐに戻ります!」
「頼んだ。くれぐれも気を付けて行って来てくれ。」




