58.天高く馬肥ゆる秋
今年も盛大な盛り上がりを見せた里の夏祭りも終わり。
日毎に蝉の声がカナカナカナ、というようなひぐらしの少し寂しげな音に変わっていき、やがて聞こえなくなった。
霊夢の話によると漢字で寒い蝉、と書いて寒蝉と読むらしい。
だいぶ早い初夏の段階で鳴き始めるが活動期間が長く、夏の終わりを告げる種でもあるようだ。
寒を呼ぶ蝉もいなくなり、いよいよ幻想郷に秋がやって来たのだ。
そんな今日この頃、眼上に広がっているのは心なしかいつもよりも高く感じる秋の晴れた空。
”天高く馬肥ゆる秋“とはまさにこのこと。
少し涼しいくらいの気温でとても快適だ。
里の中も平和で何より。
元々治安が悪いわけではないし、むしろ皆温かい心を持った人ばかりなので滅多に盗みや殺人は起きない。
たまに酔っ払いが喧嘩始めたりはするけど。
警戒すべきは妖怪達だ。
人間の里では妖怪は人間を襲わないという掟があるため大々的に里の中で人間に危害を加える妖怪はまずいない。
だがそれはあくまでも表向きの話であって、妖術や憑依などあの手この手使って人間を里の外に連れ出して喰おうとしたり魂を乗っ取ろうとしたり、というように暗躍する悪い妖怪も中には存在する。
そういった事態を防ぎ、人々の命を脅かす危険を排除するために自警団は見回りを行うわけだ。
が、今日は特に怪しい者がいるわけでもなく超がつくほど平和。
自分のシフト時間の見回りを終わらせたレンは道傍の椅子に座ってぼーっと空を眺めていたのだった。
見回りを終えたので今日はもう特に予定は無い。
このまますぐに神社に帰っても良いのだが折角暇なのでこの時間を何かに有効活用できないかと思い、頭を巡らせる。
風太や幸助ももう今日の見回りのシフト時間は終わっているはずなので二人を誘ってどこかへ遊びに行こうか。
”読書の秋“ともいうし、紅魔館にお邪魔して魔法図書館で魔導書を読ませてもらうのもいい。
あれこれやりたいことを考えてみるが、多すぎてなかなか一つに絞れない。
そこで不意に視界の端のボロボロになった籠手が目に止まった。
確か黒妖夢と戦った時に亀裂が入ってしまったものだ。
半年前に冥界から博麗神社に向かう途中で初めて人里を通った時に買い替えようかと思っていたのだが道具屋を覗いたところ、結構高価だったので結局購入を断念したのだ。
今なら所持金に余裕があるし傭兵の仕事を続けていく上ではどの道必要なものだろう。
よし、決めた。今日は籠手を買いに行くことにしよう。
善は急げ。
レンは考えがまとまるや否や傍に立て掛けて置いた愛剣を取って立ち上がった。
里の中心部の大通りに並ぶ商店。
レンはそのうちの一角の道具屋の中へ入った。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
暖簾をくぐると立派な髭を蓄えた主人が出迎えた。
「えっと......籠手を買い換えようかなと思いまして。」
レンはボロボロになった籠手を主人に見せた。
「ほぉ......これはこれは。随分酷使したな。......少し待っていてくれ。」
そう答えると主人は店の奥の方へと消えていった。
ーー数分後。
主人は厳重に紐で縛られた黒い箱を抱えて戻って来た。
「これはどうだ?」
主人が紐を解いて箱の蓋を開けると、そこには左右一対の黒い籠手が納められていた。
表面は磨き抜かれたような光沢を持っている。
なかなかにしっかりした作りになっているので頑丈そうだ。これなら腕をしっかりと守ってくれるだろう。
レンが籠手をまじまじと見つめていると、主人が少し寂しそうな目でこちらを見ているのに気がついた。
「......何か?」
「いや......悪い。君を見ていたら、昔家を出ていってしまった娘のことを思い出してねぇ。」
「娘さん......ですか。何故出ていってしまったんですか?」
「私が勘当したんだ。」
「......え?」
主人の話によると彼の妻は魔法使いだったらしい。
魔法の研究を進めるうちに短命になってしまい、娘がまだ幼い頃にこの世を去った。
残された娘を男手一つで大事に育てて来たつもりだったが、ある日娘は突然魔法を極めると言い出した。
母と同じ道を歩まんとする我が子を彼は引き止めようとした。
結果、娘と激しい口論をすることになる。
口論の末に気が立った彼はつい
“出て行け”
と一言、娘に向けて発してしまったわけだ。
娘は本当に家を出ていってしまい、それっきり会うことは無いまま現在に至るという。
「......娘が今も生きていれば今頃ちょうど君ぐらいの歳だっただろうな。」
「娘さんは亡くなってしまったんですか?」
「いや、出ていったきり会っていないからね。もう生きているかすらも分からないよ。......今思えば何故あんなことを言ってしまったんだか。妻のみならず娘までいなくなってしまうのを私は一番恐れていたから魔法の研究に反対したのに。」
店主はそう言って寂しそうに笑いながら俯いた。
「今も里の何処かに住んでいる可能性は......?」
「いくらこの人里が広いと言えど同じ里に住んでいればすぐに分かるさ。多分里の外へ出たんだろう。」
「......。」
里の外には人を喰うような妖怪が五万といる。
確かに今も主人の娘さんが生きている可能性は限りなく低いかもしれない。
......何か言ってあげなきゃ。
目の前で落ち込んでいる主人に気の利いた言葉の一つでもかけてあげたいのに良い言葉が全く頭に浮かんでこない。
白玉楼で妖夢の師匠についての話を聞いた時もこうだった。
何なんだろうな、俺。
「......こんな老耄の無駄話を真剣に聞いてくれてありがとう。少し心が楽になったよ。」
主人はそう言って顔を上げた。
「この籠手、君に無料で譲るよ。」
「えっ!?良いんですか?」
「あぁ。君、この前外来人が里を侵略しにきた時に里を守ってくれた英雄だろう?皆の間で噂になってるんだ。」
「べ、別にそんな大層なことしたわけじゃ......とどめを刺したのは霊夢ですし。」
「英雄くんに先行投資としてこの籠手を、と思ってな。それに......」
「それに?」
「......いや、何でもない。とにかく受け取ってくれ。」
何だろう?
なんだか引っかかるが......まあいっか。
「じゃあ......お言葉に甘えて有り難く受け取らせていただきます。」
レンは店主から差し出された黒い箱を受け取った。
何度も何度もお礼を言った後、暖簾をくぐって店の外へ出ようとした時。
「今後とも“霧雨店”をご贔屓に。」
そう言って主人は手を振ってくれた。
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今日の夕食当番はレンだ。
店を出た後、レンは商店で夕飯の食材を買ってから神社へ戻った。
「ただいまー。っと、ん?」
玄関に見慣れない靴が置いてある。
誰か来てるのかな?
玄関から入るなんて珍しい。博麗神社には皆何故か縁側から上がるから玄関にレンと霊夢以外の誰かの靴が置かれることは滅多にない。
多分来ているのは魔理沙だろうけど。
靴を脱いで上がり、居間へ向かう。
客はやっぱり魔理沙だった。
「おっ、魔理沙か。」
「ちーっす、レン。お邪魔してるぜ。」
「レン、ごはんごはんっ!!」
霊夢が机に突っ伏したまま机をぺしぺし叩いて晩ご飯を催促する。
僕はごはんじゃありません。
「はいはい、今から作るから待っててくれ。......せっかくだから魔理沙も夕飯食べて行くか?」
「いいのか?今から帰って飯作るのも面倒くさいからお言葉に甘えようかな。ただ食べさせてもらうだけじゃ悪いから準備手伝うぜ。」
そう言ってよっこいしょ、と立ち上がる魔理沙。
「ありがとう。助かるよ。」
魔理沙のこういうとこ霊夢にも見習って欲しいな。
床で猫みたいにゴロゴロしている霊夢を“お前も手伝ってくれよ“、と言わんばかりにじーっと見つめてみる。
「ほえ?な、何よそんな見つめて......。」
霊夢はぽっ、と顔を赤くしてそっぽを向いた。
あっ、絶対コイツ手伝ってくれないな。
まぁ今日はどっちにしろ俺が夕飯当番の日だし、しょうがないか。
諦めて台所へと向かう。
「さて、レン。私は何をすればいい?」
「あぁ......じゃあそこにおいてある野菜を切って置いてくれ。俺は鍋の方を見るから。」
「了解だぜ。」
魔理沙はそう一言返し、包丁を取って鼻歌を歌いながら野菜を手際よく切り始めた。なんだか可愛らしい。
......そう言えば。
さっきの道具屋の主人の話では、家から出ていったのって魔法使いの女の子だったよな。
もしかして魔理沙のことだったりして。
「なぁ、魔理沙。」
「ん、何だぜ?」
「......いや、やっぱり何でもないや。」
「そんなこと言われると逆に気になるぜ......。」
ーーいや、まさか......ね。
レンが“霧雨店”という道具屋の名前を思い出したのはこの日からだいぶ後のことであった。




