57《幕間①》魂魄妖夢はお礼がしたい
「ふんふふ〜ん♪」
妖夢はご機嫌に鼻歌を歌いながら白玉楼門前の石段を箒で掃いていた。
今日はレンが白玉楼にお泊まりに来る約束の日だ。
結局レンが就いている里の傭兵の仕事の都合上、一日しか泊まりに来れないことになってしまったが妖夢としては遊びに来てもらえるだけで嬉しい限りだ。
久しぶりに剣の稽古に付き合ってもらえる。
それに今日一日はずっとレンのそばに一緒にいられるのだ。
祭りや人里への買い出しの時などにちょくちょく会うことはあるが、なかなか二人きりで長い間話したりと言った機会は取れない。
つまり今日だけはレンを独り占めできる。
えへへ......二人きり、か。
あれこれ妄想していると、遙か階下の方に一段一段階段を上ってくる小さな人影が見えた。
ーーお師さまだ!!
妖夢は手鏡を取り出して、手早く自分の髪型を整えてからレンを迎えに行った。
「お邪魔しまーす。」
「どうぞどうぞ、お上がりください。」
脱いだ靴を揃えて、レンは妖夢に促されるまま室内へ上がった。
そのまま中庭の横を伸びる縁側を進む。
春に通った時は中庭の満開の桜の木々が印象的だったが、今は青々とした緑に変わっていた。
全体的に落ち着いた雰囲気を感じさせる。
もうじきこの緑も色付いて真っ赤に紅葉するのだろう。
紅葉が池の水面に落ちて水の上にも織る錦となるのもまた美しいに違いない。
「相変わらず綺麗な庭だなぁ......。見てて感心するよ。」
「ふふ......ありがとうございます。一応私は白玉楼の庭師でもありますからね。庭を綺麗に保つのも私の役目です。」
妖夢は嬉しそうにそう答えた。
それにしても白玉楼やっぱり広いな。玄関から居間まで結構な距離がある。
一体全部で幾つの部屋があるのだろうか。
そうこう考えているうちに居間に着く。
居間では幽々子が座ってお茶を飲んでいた。
「あら、いらっしゃい。ゆっくりしていくといいわ。」
「あぁ。お邪魔します。」
「お師さまにもお茶をお持ちしますね!」
妖夢はそう一言言って居間を出て行った。
「ふふふ......妖夢ちゃん嬉しそうね。」
「ん?何かいいことでもあったのか?」
「貴方流石に鈍すぎよ......。」
「え、えぇ......?」
本当に分からないというような表情をするレンを見て幽々子はやれやれ、と呆れたように溜め息を一つ吐いてからお茶を啜った。
「貴方、里で自警団の仕事をしているんでしょう?」
「一応はね。」
「どう?最近の人里は平和かしら?」
「うん。最近は特にこれといって大きな事件は無かったかな。ただ......」
「ただ?」
「最近里の“外”では結構強い魔物が出没することが多くなった気がする。と言ってもその辺を歩いていて魔物に出くわすっていう程数が多いわけじゃ無いけど。」
「ふーん......まぁでもちょっとずつ幻想郷が物騒になって来てるのは事実なのねぇ。」
「そうかもしれない。......俺もいつ死ぬか分かんないな。」
「大丈夫よぉ。レンが死んでも私と妖夢ちゃんが白玉楼でちゃんと面倒見てあげるから。」
「怖いよ!?じょ、冗談で言ったつもりだったんだけど......。」
「あら、私は一向に構わないわよ?妖夢ちゃんも喜ぶだろうし。案外幽霊って快適なのよ〜。何なら今すぐにでも私の能力で能動的にレンを死に誘うことだって......って冗談よ冗談。ふふふ、そんなに顔青くしなくても......。」
幽々子は扇子で口元を隠してさも愉快そうに笑った。
いや怖い怖い怖い。
幽々子が言ってると冗談に聞こえないよ!?
幽々子は実際に今言った内容を行動に移す力も持っているわけだし。
「......本当に冗談よ?そもそもレンはこっちの世界で生まれたわけじゃないから、恐らく今度命を落としたら魂は冥界じゃなくて違うところへ送られるんでしょうね。まず間違いなくこっちには戻って来られないわよ。」
......さっきから言ってることが物騒すぎない?
もしかして遠回しに脅されてる?
レンが幽々子の発言に戦慄していると、妖夢がお盆に湯呑みと急須を載せて運んできた。
「お待たせしました〜、ってあれ?お師さま、何でそんなに青い顔なされてるんですか?気分が悪いんですか?それとも何か怖い話でもしていたんですか?」
「そうよ〜妖夢ちゃん。妖夢ちゃんも怪談聞く?夜厠に一人でいけなくなっちゃうわよ〜?」
「あば、あばばばば......妖夢怖いのは嫌です!......っていうか幽々子様、妖夢を馬鹿にしすぎですよ!いくら妖夢でも夜の厠くらい一人で行けますもん!」
嘘付けぃ!!
半年くらい前に空腹の余り暴走した幽々子をお化けと見間違えて俺を厠までついて来させたのは妖夢だろ!?
「足がない半透明の幽霊がひゅーどろどろ〜、ってね......。」
「うぅ......妖夢は幽霊なんて信じてませんからね!」
今怯えた妖夢が半べそかきながら抱きかかえている半霊も幽霊と大差ないよね!?
っていうか妖夢の存在自体半分幽霊じゃないか......。
「お化けなんて無いんです!お化けなんて嘘なんです!どこかで酔っ払った人が見間違えたんです!そういう歌があるんです!!」
何だか......妖夢見ていると和むな。
昼食を食べた後、レンは妖夢の稽古に付き合った。
袈裟掛け、胴薙の二連斬を辛うじて木刀で受ける。
ぴしっ、ぴしっ、と木刀同士がぶつかり合う小気味良い音が響き、手には鋭い痺れが残った。
なかなかの疾さだ。
最早目で追えるレベルの疾さでは無いので、こちらも妖夢の挙動や視線からあらかじめ軌道を予測して受けなければならない。
妖夢が次々と叩き込んでくる斬撃は圧巻の一言。
この斬撃を剣で受けずに躱し続けるのはほぼ不可能に近いだろう。これが真剣だったらと考えるだけでも鳥肌が立ちそうだ。
もう既にレンは肩で息をするようになっていた。
「......少し休憩しない?」
「そうですね!妖夢も少し休憩したいと思っていたところです。」
妖夢は木刀を小脇に抱えて礼をした。
慌ててレンもそれを真似て妖夢の方へ頭を下げる。
「はは......この剣を合わせた後に相手へ向かって礼をする作法、なかなか慣れないな。」
「お師さまが元いた世界には剣の道における礼法は存在しなかったんですか?」
「いや、似たようなものはあったけど......こう、相手に頭を下げるんじゃ無くて胸に手を当てて“騎士礼”みたいなのを代わりにするんだよ。」
「やっぱり形は違えど剣を交えた相手に対する敬意を示す、みたいな仕草はどこの世界でも存在するんですね。」
「だね。礼儀作法と剣は密接に結びついてるのかも。」
「剣の道は礼に始まり礼に終わる、ですからね。私のおじいちゃ......御師匠様には幼い頃礼儀作法に関しては散々厳しく言われてきました。」
「へぇ......妖夢の御師匠様はさぞかし立派な人だったんだろうな。」
「はい!祖父は妖夢なんか比べ物にならないほどすごいんですよ!!」
「妖夢も相当腕を上げてきてると思うよ。今本気でやりあったら俺なんか簡単に切り伏せられちゃうんじゃないかな。きっといつか御師匠様にも追いつける日が来るよ。」
「あはは、ご冗談を。妖夢はまだまだ未熟者ですし、祖父にもお師さまにも到底敵いませんよ。」
......俺は本気で言ってるんだけどな。
実際妖夢は半年前よりも確実に強くなって来ているし、きっと今本気で剣を交えても多分俺は妖夢に勝てない。
もうとっくに妖夢は俺を超えてると思う。......いや、最初に会った時からもう既に俺よりも妖夢の方が強かったと言った方が正しいか。
「妖夢、強くなれてると思いますか?」
「もちろん。会うたびに強くなってて羨ましいよ。」
「えへへ......もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
まるで目に見えない尻尾をぶんぶん振っているようだ。
褒めて褒めて、と言わんばかりの様子の妖夢を見て少しばかり笑ってしまう。
レンは少し考えてから、頭を優しく撫ぜてあげた。
「わっ......///」
「さてと......稽古の続きをしようか。」
「はいっ!宜しくお願いします!!」
妖夢は嬉しそうにそう返事をし、にこっと微笑んだ。
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妖夢の剣の稽古に付き合ったり、庭の景観を眺めたり。
楽しい時間は過ぎ去るのが早いもので、あっという間に辺りはすっかり暗くなってしまった。
夕食を食べ終えたレンは与えられた客間で寝っ転がっていた。
障子の外からは秋の虫達の鳴き声が絶えず聞こえてくる。気候も涼しくてなかなかに快適だ。
「......。」
天井を見つめて一つ溜め息を吐く。
思考は半年前の出来事へと吸い寄せられる。
思い返せば、半年前に初めて意識が覚醒したのがこの部屋だった。
嫌〜な悪夢のせいで悲鳴を上げながら飛び起きて......そしたら隣で妖夢が俺のこと見て怯えてたんだっけ。
ーー妖夢は本当に怖がりだな。
思い出すとふふっ、と控えめな笑みが漏れてしまった。
考えてみれば幻想郷に来てからまだ半年くらいしか経っていないのか。
まるでもっと長いこと幻想郷に住んでいたかのような錯覚に浸ってしまっているようだ。
レンがちょっとした感傷に浸っていると障子の外、縁側の方から妖夢の声が聞こえてきた。
「お師様〜。入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。構わないよ。」
そう答え、レンは声が聞こえてきた方の障子を開けてやった。
「どうしたの?」
「あの......お師さま、以前私のお手伝いを申し出ていただいた時にご自身が何とおっしゃったか覚えていますか?」
「あぁ......お手伝いってあの幽々子のためにお風呂沸かすやつだったよね?......俺何か言ったっけ?」
「はい。あの時、お師さまが私のお手伝いをしてくださる代わりに私が後で何かお礼をするって約束した筈です。結局あのまま何もお礼出来ずにいたので今日こそ何かしらの形であの時のお礼をしようと思いまして。」
......確かにそんなことを言ったような気もするな。記憶が曖昧だけど。
「い、いやいやお礼なんかしなくても大丈夫だよ。そもそも見返りを求める為に手伝いしようとしたわけじゃないんだしさ。ほら、今日だって白玉楼に泊めてもらうんだしさ。これで十分だよ。」
「いいえ、きっちりお礼はさせて下さい!そうでなくても西行妖の封印が解かれた時も助けていただいたり剣の修行でもお世話になったりしてるんです。そういったことへの感謝も込めて是非お礼がしたいのです!」
「でも......。」
「何かして欲しいことはないんですか?耳かきでも膝枕でもなんだってしますよ!謹んでご奉仕します!!」
......魅力的な提案だけど、それはなんか色々とまずい気がする。
「うーん、その気持ちだけで十分なんだけどなぁ......。」
「お師さまは本当に欲があまり無いんですね......。困っている人を助けたり、人の為に損な役回りを自分から買って出たりするのにその見返りを決して自分からは求めようとしないですし。お師さまは根っからの善人かつ苦労人気質だってこと、妖夢はちゃんと分かってますよ。」
そんな風に思われてたのか。
......欲はばりばり持ってると思うけどなぁ。たった今も耳かきとか膝枕して欲しいかも、とかちょっと思ったりしたし。
「あはは......そう言ってもらえるとちょっと嬉しいかな。......でも、そういうのは俺が自分から好き好んでやってるだけなんだから特にそれに対してお礼を返そうとか思わなくたっていいんだよ?俺自身、全然自分が損しているなんて思ってないし。」
「ほらお師さま、そういうところですよ!お師さまは自分で損して無いと思っているだけで損し過ぎなんですよ!!」
「えぇ......?」
「本当に妖夢に何かして欲しいことは無いんですか?何なら妖夢に甘えてくださっても良いんですよ!ほら、今だけは立場とか忘れて甘えちゃいましょ?ぎゅーってしてあげますよ。なんなら膝枕でもどうぞ。」
「いやいや、それは流石に......」
「むぅ、お師さまもつれないですね。なかなか頑固と言いますか......。」
頑固とかそういう問題じゃなくて......師匠が弟子に甘えるのはなんかこう、色々とマズいと思うよ!?
出藍の誉れを地でいくような師弟関係だとしても一応俺は妖夢の師匠なんだもん。
そんなことしたら先代の妖夢の師匠に面目が立たないよ。
「......あっ!!」
何かを閃いた様子の妖夢。
「ん、どうしたの?」
「お師さま、その制服のほつれをお直しするというのはどうでしょうか?」
妖夢はレンの学院制服の袖をくいくい、と引っ張った。
確かに学院時代からずっと着古しているので至るところがほつれている上に度重なる戦闘を経たせいで破れそうな箇所もある。丁度服をそろそろ買い換えようかなと思っていたし、お直ししてもらえるならありがたい。
「あぁ、大分くたびれてきてるしな......じゃあ、お願いできる?」
「はい、任せて下さい!新品みたいにピカピカにして差し上げますよ!早速裁縫セットを取りに行って参りますね!!」
妖夢は嬉しそうな表情でそう言って立ち上がると、小走りに部屋を出て行った。
それと入れ違うように、妖夢が部屋を出て行った瞬間襖を開けて幽々子が部屋に入って来る。
「ゆ、幽々子......!?さてはずっと盗み聞きしてたな?」
「ふふふ......さて、何のことかしらねぇ〜?」
わざとらしく目を逸らしながら幽々子は上品に笑った。
「......妖夢ちゃん、いい子でしょう?」
「うん。妖夢は本当に優しい子だね。」
それを聞いて幽々子はまた、今度は少し満足げに笑った。
「その上掃除に洗濯に料理、家事ならなんでもお手の物よ。」
「確かに妖夢のご飯美味しいよな。」
「私ね、妖夢ちゃんは絶対いいお嫁さんになれると思うの。うちの自慢の従者よ。」
幽々子はそう言ってうむうむと満足そうに頷く。
「あのね、レンになら特別に私の大事な大事な妖夢ちゃんをあげても......もがっ!?」
そこまで言ったところで幽々子はいつの間にか部屋に戻って来ていた妖夢に口を塞がれた。
「ゆ・ゆ・こ・さ・ま♡......なぁーに話してたんですかねぇ?お師さま、幽々子様にお話があるので少々お待ち下さいね。」
「お、おう......。」
妖夢はぎゃーぎゃーいいながらもがく幽々子を引きずって部屋を出た。
「気配はするのに姿が見えないからおかしいなって思ってたんですよ!!何勝手にみょんなことをお師様に言ってくれちゃってるんですか!?」
「だって...妖夢ちゃんの為に.........。」
「だぁーっ、もう!下手に私を売り込もうとしないで下さい!!」
「......ふぁい。」
”でも“とか“だって”とかぶつぶつ言いながらとぼとぼと自室の方へ戻って行く幽々子。
その後ろ姿を見て妖夢は不覚にも少し笑ってしまったのだった。




