55.宵の篝火・弐
すみません、すみません、と手を立てて謝りながら人混みの中を進んでいく。
皆人だかりの中心に目を奪われているようだ。
“す、すげえ......”と感嘆の言葉を口々に呟く者もいれば、”いえーい、イッキ、イッキ!!“と囃し立てる者もいる。
一体皆何でそんなに盛り上がっているんだろうか、と首を傾げつつ人だかりの中心目指して進んでいくレン。
......と、その時。
「ふぇえぇ......幽々子様、もうやめてくださいよ〜!!お店のもの片っ端から平らげるつもりですか!?」
なんか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
どちらかと言うと弱々しい悲鳴に近い声。
呆れが半分、恥ずかしさが半分と言ったところか。
......この声はもしや。
人だかりをかき分けてやっと輪の中が見えた。
するとそこにはーー
料理を大きな机の上に所狭しと並べ、それらを凄まじい早さでかきこむ幽々子。
そしてその横でがま口のお財布片手にしょんぼりと項垂れている妖夢の姿があった。
幽々子が一口で饅頭やら握り飯やらを頬張り、皿を空にするたびに周囲から歓声が上がる。
成る程、確かにその気持ちの良いほどの食いっぷりは見ていて飽きない。
半べそをかいている妖夢を見かねたレンは声をかけた。
「えっと......一体何をしているんだ?」
「あっ、お師さま!!うぅ......見ての通り、幽々子様の食欲が止まらないんです。妖夢のお財布の中身がどんどん寂しくなっていきますぅ......。」
「あっ、レンじゃないの!美味しいわよ〜これ。貴方も一緒に食べない?」
「あ、あはは......ありがとう。でもそんなにいっぱいは食べられないや。気持ちだけ受け取っとくよ。」
“あら、そう?”、と呟くと幽々子はまた料理を食べる手をせっせと動かし始めた。
民衆からはまた歓声が上がる。
妖夢はと言うと、
「うぅっ、妖夢のお小遣いが......。」
ともう半泣きである。
なんだかその様子が見ていてあまりにも可哀想だったのでレンは妖夢の肩にそっと手を置いて、
「俺も半分出すよ。」
と慰めた。
それを聞いた妖夢は
「ほ、本当ですか!?」
と言って顔をぱっと輝かせる。
「うん、いいよ。ほら......俺からのお小遣いだと思って、余った分のお金で何か妖夢が食べたい物買うといいよ。」
「ありがとうございますっ!!」
ふにゃっと顔を綻ばせて喜ぶ妖夢。
可哀想だし、別にそのくらいしてあげていいよね。
まあのちに店から請求された額を見てものすごく後悔することになったわけだが。
だいぶ人だかりがおさまってきた頃。
まだ幽々子は買ってきた食べ物を次から次へと口に放り込んでいる。
......白玉楼にいた時も思ったけど幽々子の胃袋ってどうなっているんだろう?
「お師さま、本当助かりました!」
ペコペコと頭を下げる妖夢。
「別に気にしなくていいよ。俺もよく白玉楼に泊めてもらったりしてるんだしさ。」
「すみません......お師さまもご存知の通り幽々子様の食欲は止まるところを知りませんので......。」
妖夢ははぁ......、と深いため息を吐いた。
幽々子の食欲は尋常じゃない。
妖夢が人里から大きな荷車に積んで一生懸命白玉楼に運んできた食材を2、3日で全て平らげてしまうほど。
当然家計も火の車で妖夢は毎日どうにかこうにかしてなんとかやりくりしている。
そんな中、人里で夏祭りが催される日がやってきた。
白玉楼の家計の大ピンチを感じた妖夢は幽々子にある提案をすることにした。
「幽々子様、ちょっと宜しいでしょうか?」
「何かしら妖夢ちゃん?」
「今日の夏祭り......幽々子様は行くおつもりなんですよね?」
「えぇ。屋台でいっぱい美味しいもの食べるわよ〜。」
「そこで提案なんですが、より美味しく屋台の食べ物を頂く為に朝食と昼食を抜く、というのはどうでしょうか?」
「え〜!?」
断固抗議しようと口を開きかけた幽々子に妖夢は更に畳み掛ける。
「年に一度の夏祭りですよ!気合い入れて断食した末に食べるご飯は美味しいと思います!夜はいくらでも食べていいことにしますから!!」
いくらでも、というワードに幽々子の耳がぴくりと動いた。
「むむむ......成る程ね。確かに妖夢ちゃんの理屈は筋が通っているわ。よし、気合入れて断食することにしようかしら。」
ヨシッ!!
妖夢は左手で小さなガッツポーズ。
朝、昼と幽々子の食事を抜けばだいぶ食費は浮く。
......幽々子様を空腹状態に晒すのはかなり危険な博打でもある気がするが朝昼の食費が浮くのならば賭けてみる価値はあるだろう。
かくして幽々子はこの日、夜まで断食することになった。
そして迎えた夕方。
幽々子のお腹はぎゅるぎゅるぎゅる、という凄まじい音を鳴らして空腹を訴えていた。
「妖夢ちゃん......お腹空いた......。」
「わっわっ、幽々子様大丈夫ですか!?」
目の焦点も定まってない......よね?
空腹のあまり幽々子の意識は朦朧としているようだ。
これはまずい、空腹に耐えかねて暴れ出す一歩手前だ。そう思った妖夢は急いで幽々子を祭りに連れて行くことにした。
「うう......妖夢ちゃん......ご飯.......」
「幽々子様!?」
「ああ......こんなところに美味しそうなお餅が......」
「お餅じゃないですよ!幽々子様、それ私の半霊です!!」
幽々子がかぶりつこうとしたので妖夢は慌てて自分の半霊を抱き抱えた。
里に着くなり幽々子の手を引いて屋台の方へと走る。
「幽々子様、どうぞ食べたい物なんでも申しつけてください!約束通りいくらでも頼んでいいですよ。」
と妖夢が言ったが最後。
幽々子は凄まじい量の食べ物をかっ喰らい、その食いっぷりに目を引かれた人々が集まって人だかりが出来ていたのである。
「“もぐもぐ”悪いわねぇ、レン。半分も奢って“もぐもぐ”もらっちゃったり“もぐもぐ”して“もぐもぐ”。」
「悪いと思うんならもう少し食べる量を加減して遠慮してくれよ......。」
「幽々子様、食べるか謝るかどっちかにしてください!!」
びしっと妖夢がツッコミを入れる。
「実はですね......」
妖夢はツッコミを入れ終わると真剣な顔になってレンの方に向き直った。
「ん?」
「今回のは食費を少しでも浮かせる為に幽々子様に断食を提案した私に非があるんです。本当すみませんでした......。」
「幽々子に断食させたのか。妖夢もかなり危険な賭けに出たな。」
空腹状態の幽々子がいかにヤバいかはレンも前の白玉楼での滞在に起こった一件でよく知っている。
「えぇ、全くですよ。今思えば何故こうなることは目に見えていたのにあんなことを提案したのか......食費が浮くとはいえもう少し慎重に考えるべきでした。」
「妖夢も大変だな......。」
うぅ......とまたもや半べそをかく妖夢。
レンは同情するつもりでその背中をさすってやった。
「さてと......妖夢ちゃん。」
「な、何でしょうか?」
幽々子が築き上げた紙皿やら串やらの山を見て妖夢はギョッとした。
「あれだけの量をもう平らげちゃったんですか!?」
「えぇ、美味しかったわ〜。」
「もう満足だったりとかは......しないですよね。はぁ......次は何を買ってきましょうか?」
さっきので今日分の食費を全て使ってしまった。もう財布には妖夢のポケットマネーしか残っていない。
......さよなら私のお小遣い。
またもや一つ大きな溜め息をついた妖夢。
だが、次の瞬間幽々子は妖夢が予想だにしなかった答えを口にした。
「もう満足だわ。お腹一杯よ。」
そう言って幽々子は満足そうにお腹をさすって見せた。
「......えぇッ!?満足!?幽々子様がお腹一杯!?」
嘘!?いつも何十杯ご飯をお代わりしてもまだまだ足りないとか言っている幽々子様が!?
一日五食食べてもなお飽き足らずお団子やお煎餅を盗み食いする幽々子様が!?
妖夢は自分の耳を疑った。
幽々子様の口から”満足“なんて言葉を聞いたのは初めてかもしれない。
「妖夢ちゃん失礼ね......。私だっていっぱい食べたらお腹一杯になるわよ?」
「は、はぁ......?では食べ物では無く遊ぶ系統の屋台を見て回りますか?」
「いいや、私はその辺を一人でぶらぶらしているから妖夢ちゃんはレンと遊んで来なさい。帰る時には声をかけて頂戴ね?」
「えぇ......?ですが幽々子様......」
「もう......妖夢ちゃんは鈍いわねぇ。」
「へ?」
妖夢は幽々子の発言の意図が汲めず戸惑う。
その様子を見て呆れたような表情をしてから幽々子は妖夢にこしょこしょと耳打ちをした。
ーー折角私は二人のお邪魔しないように気遣ってあげてるのに。
「余計なお世話ですっ!!」
途端妖夢の顔が真っ赤になる。
「お、おい妖夢どうしたんだ?」
「それじゃあ二人で楽しんできて頂戴〜。」
幽々子はにやにやしながら逃げるように人混みの中へと消えていった。
ーー幽々子様のバカーッ!!
「行っちゃったな......幽々子。なぁ、妖夢さっき幽々子になんて耳打ちされt......」
「お師さまには関係のないことですっ!!さっさと屋台行きましょう!!」
妖夢は顔を赤くしたままレンの腕をぐいっと引っ張った。
それから妖夢とレンは色々な屋台を周った。
ヨーヨー釣りやくじに輪投げ、金魚すくい等々......遊べる屋台も沢山あってとても楽しかった。
中でも特に盛り上がったのは射的である。
レンは超が付くほど下手くそだったが、妖夢はめちゃくちゃ上手かった。
コルクの弾で片っ端から的を倒していく。
レンの方はというと.......
いくら撃っても一発も当たらない。終いには妖夢が倒した的を立て直すために中へ入っていった店主のおっちゃんの禿げ上がった後頭部に誤って弾を当ててしまい、コルァッ!!と怒鳴られてしまった。
「す、すみませんでしたぁッ!!」
おっちゃんの怒号に思わず飛び上がってしまったレンを見て妖夢はくすくす笑った。
「ぐぬぬ、飛び道具の扱いってこんなに難しいんだな......。何で妖夢はそんなに上手いんだ?昔から射的をやってたとか?」
「うーん......妖夢も鉄砲を触ったのは今日が初めてですね!昔から縁日の射的には興味はありましたが今までにやったことはなかったと思います。」
そう答えながら妖夢がコルク銃の引き金を引くと、発射された弾がまたもや見事的に命中した。
お嬢ちゃんナイスショット!!、とおっちゃんがサムズアップして見せ、いつの間にか妖夢の射的を見に屋台に集まってきていた人々も歓声を上げる。
妖夢はえへへ.......、とちょっと嬉しそうに照れ笑いした。
.......天性の才能ってやつか。
妖夢の隠れた才能にレンはただただ感嘆の声を上げることしかできなかった。




