54.宵の篝火・壱
人と妖の共に暮らす幻想郷。
妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する。
今では博麗の巫女が定めたスペルカードルールによって妖怪と人間が憎み合うような関係はほぼ形骸化し、人間と仲良く互いに助け合って生きている妖怪も多い。
だが未だに人間を喰らって生きる妖怪も存在する。
妖怪が人を襲うのは関係の維持だけが目的では無い。
人間が食事なしには生きていけないのと同じように人間を喰わなければ生きていけない妖怪だって沢山いる。
事実人里では、畑仕事に行ったきり旦那が帰って来ない、などと言う話はそこまで珍しくない。
幻想郷は美しくも残酷だ。
だが、そんな人喰い妖怪達も妖怪退治家も里の人間も子供から大人まで今日だけは肩を組んで一緒になって楽しく騒ぐ。
普段は互いに恐れ、恐れられる間柄であろうと関係ない。
真昼間から皆で集まり、夜通し馬鹿騒ぎして杯をかわす。
何故ならば今日はーー
「もーっ!レンったら何してるのかしら。もうとっくにお祭りは始まっているのに......出遅れちゃうじゃない!!」
ーーそう。
今日は年に一度の夏祭り。
幻想郷で最も規模の大きなお祭りが人里で催される。
夜空には盛大に花火が打ち上げられ、沢山の屋台が出て多くの人妖で賑わう。
幻想郷で最も大きなイベントのうちの一つである。
「遅ーい。何してたの?」
待たされてちょっとご機嫌ななめな霊夢。
境内の端に腰掛けたまま脚をぶらぶら揺らしている。
「悪い悪い、遅くなった。お財布を箪笥の隙間に落っことしちゃってさ。」
「まったくもう......。」
「ごめんてば。ほら......屋台で何か買ってあげるから許してくれよ。」
「許す!」
ぐっと親指を立てる霊夢。
本当、霊夢は物やお金が絡むとコロッと態度変わるよなぁ。
「ん......霊夢、浴衣よく似合ってるな。」
霊夢は淡い桃色の浴衣を着て、髪には花を模した簪を挿していた。
レンは相変わらず学院制服の上に黒いローブを羽織っている。
胸当て等の軽防具類は付けてはいないものの余りにも味気のないこの出で立ちで華やかな浴衣を着た美少女である霊夢の横に並んで歩いていると何だか“お嬢様とその付き人感“が半端ない。
学院制服のデザインも全然悪くはないっていうかむしろ結構気に入ってるんだけど、浴衣を着た霊夢を見ていると制服を着た自分なんかが彼女の横を歩くのは不釣り合いに見えるんじゃないか、と思わされてしまう。
霊夢の横にいる小汚い自分が少し恥ずかしいというか。
まあこれ以外に服がないんだけどさ。
......今度呉服屋で他の服を見てみようかな。
「そ、そう?ありがと......。」
霊夢はちょっと嬉しそうに照れ笑いしながら浴衣の裾を上げてその場でくるくる回って見せる。
「さ、行こうか。早く行かないと暗くなっちゃうし。」
待たせてたのは俺だけど。
なんかごめん。
「うん。」
二人は空を飛んで人里へと向かった。
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里は既に結構な人や妖怪でごった返し、凄まじい盛り上がりを見せていた。
「うわぁ......人里って前から結構広いとは思ってたけど、こんなに沢山の人がいたんだな。」
「そりゃそうよ。私達や魔理沙みたいに里の外に住んでいる一部を除けば幻想郷の人間は皆この里に住んでいるんだから。」
幻想郷のほぼ総人口が今ここに密集しているってわけか。
「おっ、お前らも来てたか。」
聞き慣れた元気な少女の声が後ろかかる。
「ん、魔理沙じゃないの。何か奢りなさいよ。」
霊夢がびっ、と手を突き出して見せる。
図々しいなこの巫女は......。
「会って第一声がそれかよ......。折角浴衣着てて綺麗なのに中身が残念で台無しだぜ?」
けけけ、と笑いながらからかう魔理沙に霊夢が突っ掛かる。
「あ!?何が残念だって!?......しばくわよ?」
落ち着けって。
女の子がしばくとか言っちゃいけません。
「魔理沙も浴衣着てきたんだな。」
魔理沙は紺色の生地に菫の柄が入った浴衣を着ていた。
「おう!ふっふっふ、どうだ?似合ってるか?」
「ああ。似合ってるぞ。魔理沙が和服着るなんて珍しいな。」
「そりゃお祭りだからな!」
魔理沙がふふん、と自慢げに胸を張って見せる。
「あんた誰にでもすぐ似合う似合うって言うのね......。」
ジト目で霊夢が睨んできた。
「え、えぇ......!?」
俺は純粋に似合ってると思ったからそう言っただけなんだけど......。
「おっ、なんだ霊夢。妬いてるのか?」
「るっさい!!ほら、さっさと屋台回るわよ!!」
ぷんすこぷんすこ怒りながら前を歩いて行く霊夢。
「な、なんなんだ......?」
「くくく......霊夢もそういうお年頃だってことだぜ。」
魔理沙はニヤニヤしながら人差し指を立ててそう言った。
「はぁ......?」
訳が分からず首を傾げながらレンは魔理沙とともに霊夢を追った。
「もぐもぐ......美味しいものが食べられるって、もぐもぐ幸せねぇ......。」
霊夢が幸せそうに焼きそばをもぐもぐ頬張る。
膝下に抱えた袋にはりんご飴やらお酒やら八ツ目鰻の蒲焼きやらがどっさり詰め込まれている。
確かに奢るとは言ったけどさ......。
予想の更に斜め上をいく霊夢の食欲に、寂しくなった財布の中身を見ながらとほほ、と項垂れるレン。
同情するように魔理沙がお酒を飲みながらぽんぽん、と横からレンの肩を叩いた。
まあ......霊夢も喜んでるしいっか。
「レンはお酒飲まないのか?」
「うん。一応勤務中だからな。」
今日はお仕事は無しです!思いっきりお祭りを楽しんでくださいね、と阿求から言われたので本来ならば一応今日は里守りの仕事は休みだ。
だが、酔っ払った妖怪や人間の喧嘩が始まったりする可能性も無きにしもあらず。
万が一そういった事態が起こった時に対処、鎮圧する為にも
今日は一応お酒は控えておくことにする。
あくまで自主的な見回りも兼ねてレンはお祭りに来たわけだ。
「そうか......なんか悪いな、私たちだけ飲んで。」
「いやいや、別に俺が好き勝手にやってることなんだから気にすることはないよ。」
レンはそう言ってかぶりを振った。
「レンって本当生真面目だよなぁ。もう少し霊夢みたいに気ままな心持ちで生きてみてもいいと思うぜ?」
「何よ、人を職務怠慢みたいに言って......。」
「霊夢は異変解決となるとキレッキレだけどそうじゃない時は境内の掃除もしないでお茶飲んだり昼寝したりぼーっとしてるじゃないか。」
おいおい、と手を上げて見せながらそう言う魔理沙。
......仰る通りでございます。
「ほら、次の屋台行くわよ〜!」
霊夢がレンの袖をくいくい引っ張る。
「お、おい霊夢......あんだけ食べ物買ったのにもう全部食べ終わったのか!?」
「あたぼうよッ!!」
霊夢は何故か自慢げにふんぞり返って見せた。
「さ、次はチョコバナナ食べるわよ!!あっ、ベビーカステラもいいわね。」
「お、おい霊夢ちょっと待てって!?」
魔理沙とレンも慌てて霊夢の後を追う。
屋台の角を右に曲がり、階段を登って横丁を通り過ぎ......。
辺りも暗くなってきて人通りの多くなった広場で人波にもまれるうちに見失ってしまった。
「......どこ行った?」
しまった。完全にはぐれた。
一緒に霊夢を追っていた筈の魔理沙もいつの間にかいない。
まぁいっか。
これ以上奢らされずに済んだわけだし。
帰る時までに合流すればいい話だ。
俺もちょっと屋台で食べ物を探そうかな、と思い踵を返したその時だった。
後ろから誰かに抱き付かれた。
「うわっ!?」
「お兄様〜!!」
振り返ると少女のあどけない笑顔。
「おっ、フランじゃないか。」
「お兄様もお祭り来てたんだね!」
「うん。フランは一人?レミリアや咲夜は一緒じゃないのか?」
レンが問うと、フランは悪戯っぽい笑みを浮かべながらちろっと舌を出して答えた。
「ふふふ......さっきまで一緒にいたけど抜け出して来ちゃった。」
「え、えぇ......?レミリア達が心配するぞ?」
「そんなの気にしなくていいの!」
「良くないよ!?絶対今頃フランのこと探してるよ。」
「ねえねえお兄様、そんなことよりもあれ買って!」
ぴょんぴょん跳ねながら屋台の方を指差すフラン。
わたあめを売っている屋台のようだ。
「......わたあめが食べたいの?」
「うん!初めて見たけど美味しそうだから食べてみたい!」
「買ってあげるのは別に構わないけど......わたあめ食べた後は一緒にレミリア達を探そうな?」
「分かった!!」
フランは元気よく返事をし、ニコッと微笑んだ。
レンもフランに微笑み返し、一緒に屋台へと向かう。
「おじさん、わたあめ一つ下さい!」
「はいよ〜」
おじさんはお代を受け取るなり割り箸を取り出してわたあめ機のスイッチを入れた。
クルクルと割り箸を捻りながら器用にわたあめを巻き取っていく。
フランはその様子を興味津々でじーっと見つめている。
「ほい、お嬢ちゃん。ちょっとだけサービスして大きめに作っといたよ。」
「わーい、おじさんありがと!!」
「まいどッ!!」
威勢の良い声を背に受けながらレンとフランは屋台を後にした。
フランはもらったばかりのわたあめを嬉しそうに頬張っている。
「どう?美味しい?」
「うん!お砂糖の味がする!!」
「あはは......そりゃわたあめは砂糖から出来てるからな。」
フランはわたあめの味が気に入ったのか、結構大きかったわたあめをものの数十秒で食べ切ってしまった。
口の周りにいっぱい砂糖がついている。
それらをハンカチでそっと取ってあげると、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
可愛い。
「お兄様、次はあれ食べたい!!」
クレープの屋台を指差す。
「お、おいフラン?早くレミリア達と合流しないと......」
「えぇ〜!?やだやだやだ!!あれ食べたら探すから!!」
「......約束だぞ?」
こんな調子で結局またもや色々な食べ物を奢りに奢らされ、レミリア達の所へフランを連れていくのに結構な時間がかかってしまった。
駄目だ俺......。フランが可愛くてついつい甘やかしてしまう。
予想通りレミリア達はフランを必死になって探していたようで、合流した時になんだかすごく申し訳ない気持ちになってしまった。
「良かった......レン、助かったわ。フランの面倒見てくれてありがとう。」
「お兄様、じゃーね!!」
「もう抜け出してきたりしちゃ駄目だぞ?」
帰っていくフラン達に手を振りながらレンはため息をついた。
もうすっかり辺りは暗くなってしまった。そろそろ花火が上がる頃合いだろうか。
さてと......今度こそ自分の食べたいものを買いに......と思ったその時。
おおーっ、というような大歓声が響いた。
歓声の上がった方を見ると、何やら結構な人だかりが。
何か見せ物でもやっているんだろうか。
レンはそのまま引き寄せられるように人だかりの方へとふらふら歩いていった。




