52.川遊び
「レンー?早く起きて!!」
ガラガラと戸を開けて部屋に入って来た霊夢に額をぺちぺち叩かれて目が覚めた。
「ふわぁ......おはよう、霊夢。」
「おはよう、じゃないわよ。今日は魔理沙達と一緒に川に遊びにいく約束じゃないの。ほら早く支度しなさいよ。」
「へいへい。」
まだ半分夢心地のまま顔を洗うために井戸へと向かう。
ふと廊下の途中の壁にかけられている鏡を見ると、自分の髪にひどい寝癖がついているのが目に入った。
そこかしこからぴょこぴょこと枝毛が元気に跳ねている。
「うわっ、ひどい寝癖......」
ここまで酷いと何だか凄くだらしなく見える。
「どんな寝方したらそんな寝癖付くのよ......?」
「元々ちょっとした癖っ毛だから寝癖が付きやすいんだよ。......霊夢はいいよなぁ、髪真っ直ぐでツヤツヤだから寝癖あんま付かないだろ?」
時々、霊夢のさらさらの髪を見ているとちょっと触ってみたいと思うことがある。
が、下手にそんなことをしたら十中八九膝蹴りを喰らうことになるのでぐっと堪える。
「ふふん、まぁね。」
レンの言葉に霊夢はちょっと嬉しそうに笑った。
だって毎日時間かけてちゃんとお手入れしてるもん。髪は女の子の命だからね。
「でも......寝癖じゃないけど頭のてっぺんのコレ、何をしても絶対に治ってくれないのよね。」
そう言いながら霊夢は頭のてっぺんからぴょこっと一本だけ跳ねているあほ毛をぴんぴん引っ張った。
「空を飛ぼうが頭から水を被ろうが絶対に崩れないの。切っても寝て翌朝起きるともう元の状態に戻ってるのよ。」
「......確かに言われてみれば初めて会った時から今の今まで霊夢の頭にはあほ毛が生えてたような気もする、かな?」
「でしょ?」
水を被っても崩れないし切っても再生するって......最早ただの髪の癖とかじゃないよな、それ。
なんかたまに霊夢の喜怒哀楽に連動してぴょこぴょこ動くし生きてるんじゃない?
不思議なあほ毛もあったものだ。
「まあ別にそこまで気になるものでもないし、どうせ櫛でいくらとかしても崩れないからもう良いかな、って。」
......なんだか霊夢らしいな。見る側としては凄く気になるんだけど。
「......ってほら、早くしないと遅れちゃうわよ。」
「う、うん。」
レンは洗顔用のタオルを引っ掴むと、急いで部屋を出て行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うぇーい、霊夢もレンも遅いぞー。」
「レンが寝坊したのよ。私のせいじゃないわ。」
「あはは......悪い悪い。今日朝飯の当番じゃなかったから寝過ごしちゃった。」
神社の裏の山の川のほとり。
苔むした岩々の間を縫って上流から流れてくる水は驚くほど透明で綺麗だ。
鳥達の囀りとせせらぎの音に耳を傾けるだけでもすごく癒される。
レン達がついた頃には既にもう川遊びに誘われた面々は川に足をつけたり水を掛け合ったりして遊んでいた。
「ひゃっ、冷たーい!」
スカートの裾をたくし上げながら川の水に足を付けた霊夢がテンション高めな悲鳴を上げた。
「ほら、レンも早く入りなさいよ〜!」
「う、うん。」
手招きされるがままレンも恐る恐る川に片足を突っ込んだその時。
「えいっ!!」
「ぬわっ!?」
不意に霊夢にぐいっと手を引かれてバランスを失い、そのまま前のめりに倒れ込む。
そのまま顔から水面にドボン。一瞬で全身ずぶ濡れになる。
「ぷぷっ......」
恨めしそうな表情で起き上がるレンを見て吹き出す霊夢。腹を抱えてけらけら笑い始めた。
「げふっげふっ、霊夢お前......やったなぁ!?」
レンもお返し、とばかりに振り向きざまに右手を一閃。
大量の水飛沫が霊夢に降りかかる。
「ちょ、あははwやめてってばww」
「おいお前ら、何二人だけで盛り上がってんだ?私も混ぜろよな!?」
「ふっふっふ......私も忘れないで下さいよ!!」
魔理沙と早苗も乱入。
「さいきょーなあたいの攻撃、食らうが良いわ!!」
「ち、チルノちゃん!氷を投げるのは危ないよ!?」
途端皆次々と集まってきて水の掛け合いが始まった。
......別に仲良く遊ぶのは良いんだけどさ。
「何で皆俺に集中砲火するんだよ!?」
何故か皆こぞってレンばっかり狙う。
どさくさに紛れてたまに氷の塊飛んでくるし。
おい誰だ、結構痛いぞコレ。
「そりゃ霊夢を敵に回すと後が怖いからね。それに......」
「レンはイジりやすいからな!!」
と魔理沙が付け加えた。
色々とひでーな、おい。
「お前ら、一人狙いは反則だr......ぶべっ!?」
「ふふん......レン。これが権力の差というやつよ!!」
霊夢がなんか言ってる......けどそれどころじゃないや。ばしゃばしゃ水が四方八方から飛んできて前が見えない。
「助太刀しますお師さま!妖夢は何があってもお師さまの味方でs......み“ょっ!?」
......み”ょっ?
なんだその悲鳴。
レンを守るようにして割って入った妖夢の顔に魔理沙がぴゅっと放った手水鉄砲が命中。
びっくりした妖夢は体制を崩して......
ばっしゃーん。
盛大な水飛沫を上げてひっくり返り、川に撃沈した。
水面に浮かんでくるのはぶくぶくと音を立てる泡だけで妖夢は一向に浮かんでくる様子はない。
嘘!?もしかして本当に溺れてる?
......この川腰下ぐらいまでしか水位無いのに。
「よ、妖夢ーっ!?......うわっぷ!?」
間髪入れず凄まじい量の水飛沫が四方八方から飛んでくる。
ーーちょっとは加減しろよ!?
......多勢に無勢なんだし、ちょっとくらいズルしても良いよね?
「アニマッ!!」
最下級の微風魔法を水面に向けて唱える。
超が付くほどの初級魔法であり、ランセルグレアではある程度賢ければ小さな子でも唱えることができるようなレベルの魔法だがその威力は馬鹿にはできない。
レンの手から放たれた旋風......と言うのには少し強すぎる風が水面に衝突。
次いで凄まじい高さの水柱が上がった。
大量の水が辺り一面に滝のように降り注ぐ。
「きゃーっww」
「なっはっは!!どうだ見たか!?」
うん、我ながら大人げない。
でも楽しいからよし。
......あれ?何か忘れてるような気が......?
あっ、妖夢!!
辺りを見回すがどこにもいない。
と思ったその時。
水面にぷかぷか浮いたまま川下の方に流されていく妖夢......の背中を発見。
「妖夢ーっ!?」
レンは急いで妖夢を回収しに行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いやぁ......危うく半分じゃなくて全部死にかけるところでした。」
「洒落にならないよ!?......でもまあ無事でよかった。」
「妖夢ってかなづちだったんだな。」
そう言ってけけけ、と笑う魔理沙。
妖夢は恥ずかしそうに頬を赤らめて俯いた。
危うく水死体になりかけていたが、少し休ませた結果ピンピンしているので少し安心した。
「あっ、そうだ!私、スイカ持って来たんですけど食べますか?」
早苗はそう提案すると立ち上がって茂みの方へと入って行った。
暫くして、直径半尺程もありそうな丸々とした大きなスイカをかかえて戻って来た。
「うわぁ......西瓜なんて高価なもの久しぶりに見たわ!!」
「ふふふ......この前里の八百屋のおじさんから何玉か頂いたんですよ。もらったは良いんですけど私と神奈子様と諏訪子様の三人ではとても食べ切れなくて。」
「えぇっ!?いいなー、余ってるんだったら私にも一つちょーだい?」
「いいですよ。消費を手伝ってもらえて助かります。今度博麗神社に遊びにいく時に持っていきますね!」
「やった!」
早苗いい子すぎるだろ......。そして霊夢。お前少しは遠慮しろ。
「なぁ......ところでさ。」
魔理沙が不意に手を上げた。
「誰か、包丁持ってきてる奴いる?」
「......。」
しーん、と静まり返る。
「早苗、包丁持ってきてないの?」
「すみません!そこまで気が回りませんでした!」
「ぐぬぬ、スイカの皮がなんぼのもんじゃいッ!!」
「ちょっ、......やめろ霊夢!死ぬぞ!!」
何をとち狂ったか、そのままスイカにかぶりつこうとする霊夢を魔理沙が後ろから羽交い締めにして取り押さえる。
いや、死にはしないと思うけど......。
「むむむ......その辺から木の棒持ってきて西瓜割りでもするか......?」
腕を組んでうーん、と唸っていると。
「お師さま、私にお任せください!!」
ちゃき、と刀の鯉口の横を押さえて抜刀の構えを取りながら妖夢がそう言った。
「おい待て待て待て!!その刀でスイカをぶった斬るつもりか!?」
「この楼観剣に、斬れぬものなどあんまりありません!!」
妖夢の自信満々な輝きに満ちた目を見てレンは何も言えなくなった。
「......弟子を信じてやるのも師匠の役目だぜ。なぁ、お師匠様?」
横から魔理沙が茶々を入れてくる。
いや、妖夢なら斬れることは斬れるだろうけど。
問題は妖夢の由緒ある霊刀をこんなことに使わせていいのかってところじゃない!?
まあ本人も気にしてないみたいだし......斬らせてみるか。
「じゃあ妖夢、頼めるか?」
「......承りました。」
妖夢の目つきがキッ、と鋭くなる。
「ほいっ。」
手に持っていたスイカを妖夢へ向かってトス。
「せあぁぁぁッ!!」
刹那、幾重もの青白い閃光が弧を描く。
妖夢が刀をちん、とおさめると同時にスイカが人数分の綺麗な三日月型に分離した。
「「「「おぉおお〜ッ!!」」」」
途端歓声が上がる。
歓声を一身に浴びて妖夢はみょふ〜、と満足そうに鼻から息を吐いた。
すげえな妖夢。
剣の軌跡が早すぎて目で追えなかった。
数月前よりもさらに剣戟のキレが増している。
やっぱり......っていうか絶対俺なんかよりも妖夢の方が剣の扱いに秀でてるよな。
俺なんかが妖夢に師匠って呼ばれるのはなんか恥ずかしいんだけど。
免許皆伝、とか言ったら師の座から退かせてくれるかな?
妖夢はひとしきりちやほやされた後満足したのか、たたたっとレンの元へ走って来た。
「どうでしょう、お師さま?妖夢、精進できてると思いますか?」
「いやぁ、やっぱり妖夢は凄いよ。数月前より更にキレが増してると思う。頑張り屋な妖夢の努力の賜物だな!」
精進ってレベルじゃないです。もう俺を超えてます。
いや、元からだけど。
「えへへ......ありがとうございます!」
妖夢は心底嬉しそうににぱっと微笑んだ。
日が地平線に半分ほど沈む頃までひとしきり遊び、やがて満足したレン達は解散して各々の帰路についたのだった。




