51.ある夏の暑い日
鼓膜を殴り付けるような咆哮。次いでその手に握った手斧が横一文字に振るわれる。
上体を傾けてギリギリのところまで引きつけてから回避。軸足を反転させて、相手のがら空きの腹に回し蹴りを叩き込む。
小さな呻き声をあげながら竜人は後退した。
レンはすかさず剣を抜き放ち、距離を詰める。
竜人はレンを寄せ付けまいと手斧を振るう。
対するレンは手斧を剣で下から叩き上げ、軌道を逸らした。
体勢を崩されて反応が出来ない竜人に肉迫。その首元目掛けて続け様に鋭い斬撃を放つ。
しかし、剣の刃は肉を断つまでには至らず、鱗を抉る程度にとどまった。
剣を引き抜く暇もなく今度は竜人の手斧がレンの首元に迫る。
首に剣が突き刺さっているというのに、大した生命力だ。
レンは地面に手をつき、宙返りするような形で竜人の攻撃を躱す。
それと同時に竜人の首に刺さっている剣の柄を思いっきり足で蹴りつけた。
刺さったままだった剣は今度こそ竜人の首から上と胴を断ち、地面へと落ちて突き刺さる。
竜人はそのまま地面へと倒れ込み、絶命した。
すぐさま地面から剣を引き抜いて一番近くにいたゴブリンの首を撥ね飛ばす。
「ノスフェラート!!」
剣の間合いに入っていない敵は闇魔法で攻撃。
残された二匹の犬人は仲間がばたばた倒されていくのを見て尻尾を巻いて逃げていった。
「ふぅ......。」
剣を手首だけで振るって血払いをした後、カチリと音を立てて剣を鞘に納める。
里の近くで魔物が暴れているとの情報が入ったので依頼を受けて討伐しに来たのだが、竜人が結構手強かった。
ハグネも少しずつ幻想郷に送ってくる魔物を強化しているのだろう。
そのうちトロールやサイクロプスみたいなもっと手強い魔物を送ってくるようになるかもしれない。
「それにしても暑い......。」
夏の太陽がレンをじりじりと照り付ける。胸当てや籠手などの軽防具の上にさらにローブを羽織っているので狂ったように暑い。汗が止まらない。
さっさと里に帰って討伐報告を済ませて何か冷たい物でも食べよう、などと思いながらレンは人里へ向かった。
「おっ、レン!」
「どうやら無事だったみたいだな。」
里の南門を潜るなり横から声を掛けられた。
声が聞こえた方へ視線を送ると、黒色の着物を着た茶髪のやんちゃそうな青年と藍色の袴を着て眼鏡をかけている青年が立っていた。
「ああ。今回は大分苦戦したけどね。」
茶髪のやんちゃそうな感じの奴は風太。眼鏡を掛けていて頭良さげな方が幸助。
共に里の自警団の一員であり、レンにとっては同僚の間柄だ。
まあ言ってしまえば友達みたいなもんだが。
歳も近い......っていうか多分同い年。
風太は鍛冶屋の息子、幸助は庄屋の息子だ。
里の自警団は中規模であり、それなりの人数が所属しているのだがレンと特に仲が良いのがこの二人である。
「へぇ......バケモンみたいに強えレンでも苦戦するほど強い奴が里の近くに出てたのか。」
「バケモンって何だよバケモンって。失礼な奴だな。」
......まぁ俺も霊夢に対してしばしばその表現使ってるけどさ。
「へへへ......しっかしつまんねえよなぁ。俺たちだって自警団に所属してるのに任されるのは里の見回りばかり。強そうな妖怪とか魔物の討伐は全部レンに回されるんだもんなぁ。」
風太は手に持っていた木刀をぶんぶん振り回しながらそう言った。
「しょうがないだろう?俺たちとレンじゃ強さが別次元なんだから。この前の外の世界から来た奴が起こした異変だって解決したのはレンだし。阿求様もレンに絶大な信頼を置いてるんだよ、きっと。」
眼鏡の位置を直しながら幸助がそれを宥める。
「あ、あはは......でも、人里の見回りも立派な仕事じゃないか。風太達が見回りをしているおかげで里の平和も保たれているわけだし。」
「俺はもっとレンみたいにバリバリ強い妖怪やら魔物やらを倒す任務を受けたいんだよ!!そして女の子にチヤホヤされたいッ!!」
「......欲望に忠実でよろしい。」
「”変な奴“通り越してなんかもうすげえよ。お前。」
レンと幸助の軽蔑の言葉を褒め言葉として受け取ったのか、風太はなんかすごく満足気なドヤ顔。
......馬鹿だなぁ、風太は。
まぁそういう所が面白いし、それ故に隠し事とか無くて根はいい奴なので憎めないんだけど。
「レンはいいよなぁ。博麗の巫女様と一緒に住んでるんだろ?」
「今度はなんだよ......?」
「あんな可愛い子里にはいないぞ?でもって凛々しくてめちゃめちゃカッコいいし、俺ら里人にとっては”高嶺の花“どころじゃねーよもう。”高嶺のチューリップ“だよもう。」
「はぁ......?」
“高嶺のチューリップ”?ちょっと何言ってるのかわかんない。どんな造語だよそれ。もうちょっとマシなものがあろうもん......。
「レン......実のところどうなんだい?」
眼鏡の位置を直しながらちょっと頬を赤くして幸助も問うた。
「なっ......幸助、お前まで......?」
「当たり前だろ?博麗の巫女様は俺ら里人のアイドルなんだぞ!お前霊夢さんと仲良いだろ。いろんなところから情報が入って来てんだぞ......この、このっ!!」
何それ初耳学なんですけど。
ってか里人ネットワーク怖っ!?
どこから見てんの!?
風太が肘でつついてちょっかいをかけてくる。
......ちょっと色々誤解を招きそうだからスルーしたい話題だ。
別の話題にすり替えるか。
「な、なぁ......俺今稗田家に討伐報告に行く途中なんだけどさ。こんだけ暑いんだし、報告が済んだらかき氷でも食いに行かないか?」
「うおっ!!行く行く!!」
風太の馬鹿は簡単に引っ掛かった。ここまでは予想通りなのだが幸助は流石に......。
「いいな......久しぶりに食いに行くか、かき氷。」
幸助は暫くレンの顔をじーっと見つめていたが、ため息を一つ吐いてそう言った。
......おっ。
どうやら見逃してくれるようだ。幸助マジ感謝。かき氷奢ってやろ。
束の間の安堵の息を吐いたその時だった。
「「あっ......。」」
風太と幸助が揃って固まる。
「ん?どうしたん......あっ......。」
二人の視線の方へ目を向けると紅白の巫女さんが歩いているのが見えた。
あれは......間違いなく霊夢だ。
なんでこんなところに?
「噂をすれば......だな。」
幸助が腕を組んでうんうんと頷く。
「ふっふっふ......」
風太が変な笑い方をしながらレンの右腕を掴む。
「ちょっ、おい!!何すんだよ!?」
幸助もレンの左腕を掴み。
「かき氷はまた今度の機会だ。行ってこーいッ!!」
思いっきり霊夢の方へと突き飛ばされた。
「ふあっ!?」
変な声が出て思いっきりすっ転ぶ。
その音を聞いて霊夢がくるりと振り向いた。
「あっ、レン!......地べたに座り込んで何やってるのよ?」
......別に地べたに座り込んでたわけではないです。
「ほら、座り込んでないで早く立ちなさいよ。」
霊夢がすっとレンに手を差し伸べる。
何だ何だ!?霊夢の姉御がやけに優しいぞ!?
今回に限らず最近霊夢が急に優しくなってきた気がする。俺の気のせいかな。
「......ありがとう。」
手を掴み、立ち上がる。
情けねえ......俺。
風太と幸助の方を見ると二人ともこちらに親指を立ててドヤ顔している。
いや......グッ、じゃねーよ。
しかも風太に関しては左手で輪っかを作ってこちらに示している。後で金寄越せってか!?むしろ賠償金払えこのヤロー。
レンが二人の方を憎々しげな目で睨んでいると、霊夢は首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや......なんでもない。」
「こんなところで何してたのよ?」
「いや......俺は守り人の仕事で魔物の討伐を終えたから報告のために稗田家に向かう途中で......霊夢こそなんでこんなところに?霊夢が人里に来るなんて珍しくないか?」
レンの問いに霊夢は少し考える素振りを見せてから、
「......別に。珍しくはないわよ。私だってちょっとした買い物しにに人里に来たりくらいするわよ。」
「そうか。折角人里に来たんだし、なんか奢ってやろうか?」
「いいの!?丁度気になっていた甘味があったのよね!ふふ......いっぱい食べるわよ!」
「......ちょっとは遠慮しろよ?」
もう一度風太と幸助がいた方をちらりと見やると、いつの間にかもう二人はそこにいなかった。
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ちりんちりん、と庇の下に結い付けられた風鈴が涼しげな音を奏でる。
稗田家に討伐報告をして来た後。
茶屋の店先に据え付けられた傘の下の席に座ってレンは念願のかき氷を、霊夢は苺大福を頬張っていた。
氷水を入れたたらいに素足を突っ込んでいるので涼しい。
やばい。マジでかき氷美味い。やっぱり夏はこれに限る......と言っても人生の中で食べたのはこれでまだ二回目だが。
ついこの間里をふらふら歩いていた時に茶屋でかき氷を食べている魔理沙に会った。
気前の良い魔理沙はかき氷を食べたことがないというレンにかき氷を奢ってくれたのだが、暑い中食べるこれがめちゃめちゃに美味しかった。
だからそのうちまたかき氷を食べようと思っていたのだが、なかなか茶屋に来る機会がなかった。
ようやくかき氷にありつけて満足である。
「すみませーん、苺大福追加で二つ!!」
「はーい、毎度ありー。」
......霊夢、苺大福何個食うつもりなんだ?
まぁいっか。
普段から無駄遣いせずコツコツお金貯めてるから今は財布に余裕あるし。
幸せそうに苺大福をもぐもぐ頬張る霊夢。
なんだ、女の子らしい一面もあるじゃないか。
なかなか絵になってるというか......可愛い。
後に長ーい伝票を見てちょっと後悔することになったわけだが。
茶屋を出た後はぶらぶら通りを歩いて回った。
「この辺は相変わらず人通りが多いな。」
「もうすっかり異変の爪痕も無くなって......賑やかね。」
つい数月前の異変の直後は建物が倒壊しているところもあったし異変解決後もしばらくは怖がって誰も通りを出歩かなかったが、今ではこのとおり多くの人々が練り歩いていて賑わいを取り戻している。
「おっ、レンの旦那。博麗の巫女様も御一緒で......逢引きですかな?」
レンは一瞬頭の中が真っ白になったが、すぐに慌てて否定した。
「ちっ、違いますよ!変な冗談はよして下さい!!」
霊夢もレンの隣で顔を真っ赤にして俯いている。
「へへへ、分かってますよ。冗談です冗談。失礼しやした、ではあっしはお邪魔にならないようにこれにて。」
かたかた笑いながら農家のおじさんは行ってしまった。
......分かってねーじゃん。
「れ、霊夢?」
「......はっ!?べ、別に嫌だったわけじゃ......」
「え、今なんつった?」
「べ、別に......」
「余計気になるじゃないか。」
「うぅ......うるさいうるさいうるさぁーい!!ほら、さっさと行くわよ!」
「は、はい。」
なんか巫女様お怒りなんだけど。まあそりゃそうだよな。俺なんかとあんな勘違いされたら普通怒るよな。
霊夢はすたすた早歩きで歩いていく。
ーーもうやだ!!難聴系主人公死ねぇっ!!
なんなのよもう。ちょっとデレてみたらこれよ!私だけ恥ずかしい思いさせて......。
ぷりぷり怒り散らしながら歩いていると、レンがついて来ていないことに気がついた。
「あれ......レン?」
いた。何やら立ち止まって店の中を覗いている。こちらに気がつくと、レンは手招きして見せた。
「急に立ち止まるから見失っちゃったじゃないの。」
「悪い悪い。ちょっとあれが目に止まってさ。」
レンが指差す方を見ると、店先の商品棚に陳列している青いスカーフが目に入った。
「わ......綺麗な色ね。でもレンはスカーフなんか買っても付けるところなくない?バンダナの代わりに頭に巻いたりするの?」
「何言ってんだよ。付けるのは霊夢に決まってるだろ?霊夢に似合うんじゃないかって思って。」
「ああそう......って私!?に、似合うかな......?」
「ほら......試しに付けてみ?」
霊夢の胸元の黄色いスカーフを外して代わりに青いスカーフを付けてあげる。
「ど、どう......?」
「良いじゃん。似合ってる似合ってる。買ってあげるよ。すみませーん、これ下さい。」
結局霊夢は青いスカーフを付けたまま帰ることにした。
「......レン?」
「ん?」
「その......あ、ありがと。」
「どういたしまして。......なかなか似合ってるよ。」
「うん、大事にする。」
隠しているつもりなのかそっぽを向いているが嬉しそうな顔をしていたので安心した。
喜んでくれたみたいだ。
機嫌も直ったみたいだし。
......それにしてもやっぱり最近やけに霊夢素直だよな。
なんかへこむことでもあったのかな。
その後も暫くぶらぶら通りを歩いていたら、途中でものすごい大荷物を背負って更に野菜やらなんやらを大量に積んだ荷車を引いている銀髪の女の子とすれ違った。
「あれ、今のは......」
「妖夢?」
「ん?その声は......あっ、霊夢!とお師さま!!」
やっぱり妖夢だ。
「す、凄い荷物だな。」
「あはは......幽々子様の食欲が凄くて。この量でも二、三日で全部幽々子様のお腹に収まっちゃいます。」
「ま、マジか!?」
「妖夢も大変ね......。」
「本当だよ......エンゲル係数爆上がりで家計が火の車だよ......。」
ぐすん、と涙ぐむ妖夢を霊夢が慰める。
「あ、霊夢スカーフ青いのに変えたの?似合ってるね。」
「あぁ......これね、今さっきレンに買ってもらったの。」
「えっ、お師さまに!?いいなー!!」
羨ましがる妖夢の声に、霊夢はちょっと嬉しそうに笑う。
「あっ、そうそう。最近暑くなって来たから今度魔理沙達と川に遊びに行こうと思ってるんだけど、妖夢も遊びに来ない?」
「川遊び......ここ最近暑い日が続いてるし、いいかもね。妖夢も行きたい!」
......なんか分かんないけど会話が盛り上がっているようで何より。
この二人、割と仲がいいんだよな。いつもはここに魔理沙も加わって三人でよく何処かに遊びに行ったりするらしい。
そういえば宴会の時も三人で仲良く話してるのを見た気がする。
「妖夢......その荷物、大丈夫?白玉楼まで一人で持っていくのは大変だろうし途中まででも手伝おうか?」
「いえ......お師さまの手を煩わせるわけにはいきません!これも修行のうちですから!」
キリッ。
「そうか......。」
偉い、偉いぞ妖夢。
頑張り屋な性格の妖夢を見ているとなんだか応援したくなってくる。
頑張れ妖夢。幽々子の食欲に負けるな。
「ではお師さま、幽々子様がお腹を空かしてお待ちになっているので私はこれにて。霊夢もまた今度ね。」
そう言い残し、妖夢は再び荷車を引き始めた。
ーーいいな......霊夢。
妖夢もお師さまのプレゼント欲しいな。
霊夢とお師さまが仲良く並んで歩いているのを見て胸がちくりと痛んだ。
お師さま、やっぱり霊夢のことが好きなのかなぁ。
そうだよね。きっとこんな妖夢なんかよりも霊夢の方が素敵な女の子に決まってる。
......お胸も霊夢の方が大きいし。
ぐすん、幽々子様......。
妖夢、ちょっとだけ泣きそうです。




