5.山越え
ーー暖かな春の光を湛える太陽がちょうど真上に来る頃。
レンたち十人の学院生徒含む調査団は帝都アレスの北、
リムール地方に位置する山の中腹に差し掛かっていた。
「日差しが暖かい。もうそろそろ春かな。」
山道の脇に生えている花の膨らみかけた蕾を見ながらレンは呟いた。
「昨日学院の庭園にいたら春告鳥が囀っているのが聞こえてきたよ。今年の冬は例年にも増して寒さが厳しかったから、年中暖かいテーヴェンの村が恋しかったなぁ。」
とサラが答える。
サラの言う通りテーヴェンの村はアレス帝国の南部に位置するので比較的、年中温暖な気候である。その為冬は過ごしやすい代わりに夏は死ぬ程暑かったのだが......。
「あの暑さは異常だったなぁ。」
暑くて寝苦しく、尋常でない量の汗をかいた夜を思い出してレンが苦虫を噛み潰したような顔をしていると......
「よう、どうしたよレン。そんな顔して......なんか顔色悪いぞ?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと嫌な記憶を思い出してさ。」
モルトが真剣な顔で心配してくれるので笑顔で返す。
コイツはこういうところがあるから憎めない。
「それよりも......モルト。お前、なんで腰に木剣なんか吊っているんだ?実戦なんだし、実剣を持って来ればよかったじゃないか。」
「あ、確かに。鞘に納まっているそれ、見るからに木剣だよね?」
サラも同調して首をかしげる。
「あっ!本当だ、間違えて木剣持って来ちまった!!」
「ウッソだろお前!?」
「何やってんの......。」
モルトもレンと同じく、魔法と共に剣も扱う剣術魔導師である。もっとも、その剣が刃を持たない木剣ならば相手を傷つけることは不可能なのであるが。
モルトの顔がみるみる青ざめていく。どうやら本当に実剣を持って来ていたつもりが間違えて木剣を持ってきてしまったようだ。
「なに、心配するなって。剣で攻撃できなくたって魔導師なんだから魔法は打てるだろ?魔物と遭遇しても近接は俺が剣で援護するからさ。」
あまりにも青ざめるモルトが不憫だったので、そう言って慰めてやった。
「そうそう。剣が無くてもきっとなんとかなるよ、モルト君......」
と、サラも慰めの言葉をかけたその時。
「あれッ?なんで木剣なんか腰に吊ってんの?もしかして、実剣と間違えて持って来ちゃった?馬鹿だねぇ、モルトは。前も同じようなことして無かったっけ?」
サラの慰めを後ろからてくてく歩いてきたリルが遮る。饒舌なリルの言葉がグサッと音を立ててモルトに突き刺さった。
「あはは......。」
ーーリルは容赦ないなぁ......。
「うぐ、うぐぬぬぬぬ......。」
モルトが悔しさに歯を食いしばったその時。
隊列の前の方から悲鳴が聞こえてきた。悲鳴が上がった方を見ると、前列の団員達が十数人のいかにも山賊って感じの覆面を被った男たちに襲われているのが見える。
「賊の襲撃だ!ボサッとしてないで行くぞ、モルト!」
「ああ、任しとけ!フルボッコにしてやるぜッ!!」
さっきまでとは打って変わってモルトから威勢のいい返事が返ってきた。
「いいか、お前のは実剣じゃないんだから極力近接での戦闘は避けろよ!それと相手は一応俺たちと同じ人間だ。それも恐らく格下の。身の危険を感じたら仕方ないが、気絶させるか撃退するのがベストだから極力相手を殺めないように気をつけろ。」
威勢のいい声に内心で安心しつつ、モルトが暴走しすぎないようにあらかじめ釘を刺しておく。
「わかってるって!」
抜刀しながら前列へと走っていくレンの後ろに続いてモルトも木剣を鞘から抜いて走っていった。
「えーっと.......私、完全に置き去りにされちゃったよ。」
そう言ってリルも剣帯から杖を抜き、二人の後を追う。
「はぁ......私もレンたちみたいに攻撃魔法がうまく扱えればな......。」
サラは白魔導師なので治癒系の魔法の扱いには秀でているが攻撃魔法はからっきしである。
友人たちが戦っているのに自分は離れたところから見ていることしかできなくてもどかしい。
「みんな怪我しないでね......。」
友人たちが無事に帰ってくることを祈りながらサラは走っていく三人の後ろ姿を見送った。
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「ふう......。やっぱり疲労がすごいな。」
賊の襲撃から約九時間弱。もう辺りはすっかり暗くなっていた。レンたちを含む調査団は重傷の怪我人こそ出たものの死人を出すことなく見事山賊を撃退し、その後何度か魔物の襲撃にも遭ったが無事に山を下りきって麓にテントを張りそこで一晩明かすことになった。
いざ床については見たものの疲れすぎて逆になかなか寝付くことができない。モルトは隣でグゴォォォとかいう凄まじいいびきをかいて熟睡している。どこでも寝ることができるその神経の図太さにはいつも驚かされる。というかちょっと羨ましい。
「剣の手入れでもするか......。」
剣を取ってきていびきをかいて寝ているモルトの横にあぐらをかいて座る。鞘から剣を抜き、刀身に砥石を当てて動かし、研磨する。ある程度研いで剣が本来の切れ味を取り戻してきたら今度は手入れ用の油を垂らし、油塗紙で塗り広げる。全体に塗り終わったら仕上げに拭い紙で余分な油を拭き取る。
見れば見るほどに見事な剣だ。数年前にリーデルの森の奥に安置されていたのを引き抜いたものである。鍔と柄の装飾もそうなのだがやはり目を引くのは強大な魔力を宿す、青みがかった刀身である。一度帝都の高名な鍛冶屋に見せてみたのだが、何の素材で出来ているのかさえ判明しなかった。
その際に“恐らくこの世で造られたものではないだろう”と言われた。それもそのはず。この剣はアレス=セルダレンが神より賜ったと言われるあの“魔剣アルテマ”なのだから。恐らく神の国で造られたものなのだろう。いわゆる”神器“というやつである。
剣が帯びるその強大な魔力故に昔は抜刀して手に握っただけで疲労感を感じて倒れてしまうぐらいだったが現在では一応剣として振るうぐらいはできるようになった。
だが、まだだ。まだ自分はこの魔剣が秘めている本当の力を十分に引き出せていない。この魔剣を神器として扱えていない。それは己の未熟さ故。だから、この魔剣に恥じないような使い手になるのが現時点でのレンの目標である。
レンはひとつ大きなあくびをした後、切っ先を鯉口に当ててゆっくりと剣を鞘に納めた。
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ちゅん、ちゅん、という小鳥の鳴き声が聞こえる。朝が来たのだ。どうやら色々と思案しているうちに剣を抱えたままテントの端に背中を預けて寝てしまったようだ。モルトは相変わらずレンの横でグゴォォォという凄まじいいびきを立てて熟睡している。
ーーこの大いびきを聞きながらよく寝られたな俺。
と、自分を讃えつつレンは顔を洗いに行くべく立ち上がった。
そして数時間後ーー
遂にレンたち含む調査団一行はセラ=ヴォル遺跡があるという森に少し入った所で休憩を取っていた。
「身体中が痛い......。」
ポキッポキッと音を立てながら肩や首を回してみる。まあそりゃそうか。昨日あんな体制で寝たのだから。
腕を上げて全身で伸びをした瞬間。腰のあたりからグキリ、という鈍い音が聞こえた。それに続いて腰のあたりに電流の如く耐え難い激痛が走る。
「んぎゃあァァ!!」
ーー痛ってぇぇ!!
どうやらギックリいってしまったようだ。ああ、遺跡調査前に何してんだろ、俺。
あまりの激痛に背中を丸めて悶絶する。
「だ、大丈夫?」
すぐにサラに簡易治癒魔法をかけてもらい、少し痛みが和らいだところでやっと立ち上がれるようになった。
「いてて......ありがとう、サラ。」
「どういたしまして。ふふっ......ぎっくり腰って、レンおじいさんみたいだね。」
「はは......昨日壁に寄っ掛かったまま寝ちゃったみたいでさ。今身体中バッキバキなんだ。」
「もう、ちゃんと横たわって寝なきゃ駄目だよ?」
「う、うん。明日からは気を付けます。」
レンは溜め息を吐きながら、まだ痛む自分の腰を撫でた。




