40.夏はすぐそこまで
幻想郷に梅雨の季節がやって来た。
今日も空は雨模様。
先程から急に降り始めて外はどしゃ降りだ。
ジメジメと蒸し暑いのも相まって、気が滅入りそうになる季節である。
「うぅ......暇ねぇ。」
霊夢がばりぼりと音を立てながら煎餅を齧る。
机の上に頭をもたげていかにもつまらなそうだ。
「暇なのは平和の証だよ。素晴らしいことじゃないか。......まあ一日中外に出られないのは確かに精神的にきついけどな。」
今日は里守りの仕事も休み。
前回の仮面異変が起こってからは時折里の近くに魔物が現れたりするようになったが、最近は少し落ち着いているみたいだし大丈夫だろう。
「暇〜。」
脚をばたばたさせる霊夢。
直後、何を思い出したのか急に表情がぱっと明るくなった。
「ふふふ......そうだわ。私、何で忘れてたのかしら。」
「忘れてたって何を?」
「見てからのお楽しみね!ちょっと待ってなさい。」
そう言って霊夢は立ち上がり、玄関の方へ。
靴を履き、ガラガラと音を立てて戸を開け、傘を片手に外へ出て行った。
ーー数分後。
霊夢が嬉しそうに小さな樽を抱えて帰ってきた。
「えへへ......なんだと思う?」
「うーん......何だろう。なんか甘い匂いがするな。」
レンがそこまで言ったところで、霊夢は樽の蓋を開けた。
樽の中を覗き込むと、何かの果実のような爽やかな香りと酒の匂いが鼻腔をくすぐる。
酒と思われる液体には手のひら大の青い果実が沢山浮いていた。
「梅酒か......?」
「御名答。前に仕込んで置いたのを忘れてたわ。」
「お前......本当にお酒好きだな。それに、いいのか?そんなのにお金を使って。またすぐに底を尽きるぞ?」
「大丈夫よ!こないだの異変解決で貰った報奨金で今は懐があったかいんだから!」
「またそんなことを言って......後で泣き付かれても俺は知らないからな。」
「大丈夫よ。もしそうなった時は時はあんたに養ってもらうつもりだから宜しく。私を養うのもあんたの使命よ。」
「俺はいつから博麗の巫女守になったんだよ!?よくも抜け抜けとそんなことを言えるな......。」
まあかくいうレンも、里からもらった報奨金と里守りの給金で懐が暖かったりする。
......まぁ多分そのうち今目の前にいる巫女さんがお金を全て使い切ったら彼女の生活費の為に消えるんだろうけど。とほほ。
「うっさいわね......そんなこと言ってると分けてあげないわよ?ほら、下さいって言ってみ?」
「へいへい、すみませんでした。梅酒俺にもくれ。」
「もっと心を込めて!!」
うへぇ、めんどくせ......。
「......すみませんでした。霊夢様、どうか梅酒を分けていただけないでしょうか。」
「うえっへん、宜しい。」
霊夢は満足そうな顔でふんぞり返った後器を二つ机の上に置き、そこに樽から梅酒を注ぎ入れた。
「そんじゃ、特に何にもしてないけど乾杯。」
器を打ち合わせ、無色透明の液体を口に一口含む。
「かぁーっ、やっぱり梅雨はコレに限るわね!!」
「ははは......確かに美味しいな。」
思いがけずありつけた梅雨の旬の酒に舌鼓を打っていると。
「おっ、梅酒じゃないか!」
縁側から活発そうな女の子の声が聞こえて来た。
そちらへ目を向けると、白黒の魔法使いさんがびしょ濡れの帽子をパタパタ振りながら立っていた。
「あら、魔理沙じゃないの。そんなずぶ濡れになって......早く上がりなさいよ。」
「悪い、タオル貸してもらえないか?博麗神社に遊びにこようと思って箒で空を飛んでたら急に雨が降って来てさ......」
魔理沙は霊夢にタオルを渡されるなりそれでわっしゃわっしゃと髪の毛を拭いた。
「ほんっと、この季節は雨ばっかで嫌になるぜ。早く梅雨が明けて夏が来ないかなぁ......霊夢、梅酒私にもくれよ。」
「はい、どうぞ。」
「ありゃ?やけに素直にくれるじゃないか。いつもなら渋るのに。」
「人がせっかくあげるって言ってるのに失礼なやつね!やっぱりあげるのやめようかしら。」
そう言って新たに用意した器を片付けようとする霊夢。
魔理沙はその手から器をひったくるようにして取った。
「悪かったって!ほらこの通り謝るから、梅酒を私にもくれよ。」
「......全く、しょうがないわねぇ。後でほんの少しでもいいからお賽銭入れなさいよ?」
そう言って霊夢は魔理沙の器に梅酒を注いでやった。
その様子を見て内心ニヤニヤするレン。
霊夢が最初に樽を持ってくる時に三つ器を持って来ているのをレンは見ていた。
多分魔理沙がそろそろ遊びにくる頃だろうと思って霊夢はあらかじめ魔理沙の分の器も出して置いていたのだ。
霊夢は時々こういうところでさりげなく優しさを見せる。
......可愛い奴め。
「美味いな!梅酒なんて久しぶりに飲んだぜ!」
そんなことはつゆ知らず、魔理沙は久しぶりに飲んだ梅酒にはしゃいでいる。
「しっかしすごい雨だな。レンの里守の仕事も流石に今日は休みか。」
「ああ。博麗神社から里まで行くのにはどうしても飛ばなきゃいけないからな。こんな雨の中空を飛んだらびしょびしょになっちゃうし、今日は慧音先生たちに任せて来た。それに、最近はちょっと魔物達も落ち着いて来たみたいだしな。多分大丈夫だと思う。」
「そうか。確かに雨の中里へ飛んで行くのは大変だもんな。霊夢は......あっ、霊夢が神社でだらだらしてるのはいつもの話か。」
「むっ......人を暇人みたいに言って......」
いやいや、事実異変の時以外は暇人だろ......。
「まあたまには一日中家の中でだらだらするのも悪くないな。」
そう言うなり、魔理沙は肘をついて地面に寝っ転がった。
それから暫く三人で他愛もない話をしていたが酒が入ってるからかやがて霊夢も魔理沙も寝てしまった。
一人現実に取り残されたレンは縁側の外で絶えることなく降りしきる雨を眺める。
目を閉じて耳を澄ませば雨水が大地を打つ音がよく聞こえてくる。
風流だ。
雨音なんてものは一年中聴くことが出来るが、この時期の雨音だけは少し他の季節のものとは異なるように感じる。
夏の晴天、冬の降雪のようにこの時期の気候の主役は雨だ。
梅雨の雨雲は夏を呼ぶ。夏の日差しは秋を呼ぶ。それぞれの季節は生き物達に恵みを与え、次の季節へとバトンを手渡す。
そうして季節は巡っていく。
今、耳に入って来ているのは季節の変遷の音なのだ。
何だか今までずっとそばにあったのに気が付かなかった神秘を目の当たりにした気がして少ししみじみとした気分になり、彼は杯に残っていた梅酒を一息に呷った。




