4.魔導の学び舎
「ふわぁ.......」
意識とは関係無しに出る欠伸を噛み殺しながら青年がむくりと起き上がる。少し癖のある黒髪と白めの肌。彼の名はレン。アレス帝国騎士団附属デュケイオン士官学院三年生にして《天星剣》アルテマの使い手、つまり神器持ちである。
デュケイオン士官学院はアレス帝国の首都、帝都アレスに位置する。ランセルグレア最高峰と名高い名門であり、世界中から高名な魔導師の子や天才と言われる魔導師がその門を叩きにやってくる。
レンは魔導と剣の腕を磨くためにテーヴェンの村を出て憧れだったデュケイオン士官学院の入学試検、その僅か定員400名の狭き門を見事突破して血の滲むような努力の末に今では凄まじい魔導及び剣の使い手となり、この名門の上級生となった。
加えて彼は今年の南ランセルグレア統一武術大会の優勝者である。南ランセルグレア統一武術大会とはランセルグレアの中でも主に南側に位置するアレス帝国、セルン王国、ローム帝国、アトルリア同盟の四つの国々の猛者達が凌ぎを削り合う大会のことだ。
剣、槍、斧、鞭、弓、棍の六種類のどれかに当てはまる武器ならばどんな業物や曰く付きのものでも持ち込んで良いというルールなのだが彼は剣一本で予選を勝ち抜き、続く猛者達も次々と薙ぎ倒し、遂には頂点まで上り詰めてしまった。
要するに、剣の腕前においては少なくともランセルグレアの南側に位置する四つの国々には彼の右に出るものはいない。
彼の名はランセルグレア中の武人達の間に轟き、今やそれなりの有名人だ。
ここまで来れば学院卒業後の帝国騎士への道はもはや約束されているようなもの。彼が放つ素早く巧みな剣戟故に“流星の貴公子”という異名で人々に知られている。
彼がカーテンを開けると、清々しい朝日が部屋に差し込んできた。
「......なんだか不思議だ。長い夢を見ていたような気がする。」
夢の内容は覚えていないが自分は前にもこの夢を一度見たような気がする。なんだかとても奇妙な気分だ。何故朝っぱらからこんな気分なのだろうか。雑念を振り払うべく、レンは顔を洗いに洗面所へ行くことにした。
現在彼は学院の学生寮に住んでいる。デュケイオンは全寮制の学校であるため、生徒は全員学生寮で生活することになっている。二学期四学年制で、上の学年ほど良い部屋に暮らすことができる。中でも首席や次席、及び学院で行われる試験で彼のように学年で上位十位以上の成績を修めている上級生には豪華な一人部屋が与えられる。
蛇口を捻って出てきた冷たい水を両手ですくい、自身の顔にかけた。冷たい水が、レンの雑念をもさっぱりと洗い流してくれる。顔をタオルで拭く頃には奇妙な感覚は消えて夢のこともすっかり忘れてしまっていた。
今日は本来なら学院は休息日である。大抵の生徒たちは学友と談笑したり、都へ出て買い物をしたりして楽しく過ごす。だが今日、彼は学院の代表生徒として帝都の調査団と共に北の遺跡に調査に赴くことになっている。
調査の目的ーー
それは”偽りの神“がこの世に残していった穢れの産物、
”魔物“の活動が近年になって顕著かつ凶暴になってきた原因を探ることである。
古来より、魔物たちは様々な害をエルフやドワーフなどを含めた人類に与えてきた。どうにかして人と魔物が共存することは出来ないか考えてそのための研究を行った学者は今までに星の数ほどいるが、現在にいたるまでその方法は見つかっておらず共存は愚か今も人々は魔物に蹂躙され続け、それを恐れて人々は魔物を殺そうとする。
そんな魔物の凶暴さは近年更に増してきている。原因は全くもって不明。だが辺境の村や、時にはある程度の規模の街が大勢の魔物に襲われているのを放って置くわけにはいかない。
そこで、学者たちが魔物の凶暴化について調べた結果何やら帝都アレスの北にある山を越え、更に北に進むとある森の中に位置するセラ=ヴォル遺跡の最深部から近年の凶暴化した魔物たちと同質の強大な魔力の反応があった。その魔力の根源が何なのかを調べるために今回臨時で調査団が結成、派遣されることになった。
その一員として、詳しく言えばその護衛部隊の一員として名だたるデュケイオン士官学院の10人の先鋭生徒たちを加えたい、という話になったのである。
レンにとっては良い経験にもなるし、遺跡の内部にも興味があった。悪い話ではないので二つ返事で調査団に自分が加わることを快諾したのである。
洗顔を終えたレンは朝食のパン一枚を口に突っ込み、準備を始める。
学院の制服の上に鉄製の胸当てを付けてその上から更に漆黒のマントを羽織る。少年時代から変わらず身につけている紺色のバンダナを頭に巻き、魔導詠唱補助用の黒色の短い杖を剣帯に差す。
そしてーー
壁際に掛けてある己のメディウムに歩み寄る。
優美な紺色の柄を持ち、強大な魔力を宿したその長剣は窓から差す朝日の光に照らされて燦然と輝いている。
「......。」
鞘に収まった魔剣アルテマを掛け台から手に取り、その柄を一撫でしてから杖と同じく腰の剣帯に吊るす。
剣の抜き納めに問題が無いことを確認してから彼は自分の部屋を後にした。
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「あっ!レン、おはよう!」
「おはようサラ。」
笑顔で手を振ってこちらに挨拶をしてくる栗色の髪の幼馴染に、レンも同じく笑顔で挨拶を返す。
サラもレンと同じくこの士官学院に、白魔道士として入学した。二人とも入学試験に合格したと知った時は手を取り合って喜んだものだ。
「今日はちゃんと朝ごはん食べた?」
「う、うん。勿論ちゃんと食べたよ。」
......パン一枚だけだけど。
「本当に〜?どうせまたパン一枚だけ口に突っ込んできただけとかじゃない?」
「うっ......。」
おっしゃる通りです。
言葉に詰まったレンは彼女のその蒼く美しい瞳から目を逸らした。
「あっ、今目逸らした!?図星でしょ?......もう、朝ごはんはちゃんと食べなきゃダメだよっていっつも言ってるのに。」
華奢な腰に両手をあてながらやれやれ、とばかりにサラはため息を吐いた。
「どうせそんなことだろうと思って......じゃじゃ〜ん。サンドイッチ作ってきました〜。」
「おお〜!!」
サラが手に持っていた包みを開くと、そこにはレタスや肉、卵などの具がぎっしりと挟まったサンドイッチが入っていた。
「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとう。......いただきます。」
手を合わせてから、サンドイッチに思いっきり齧り付く。
「......っ!!」
肉や香味ソース、そして野菜に卵。
全部が喧嘩せずに互いの美味しさを引き立て合っている。
流石はサラだ。
彼女の作る料理はなんでも美味い。俺が保証する。
「......どう?美味しい?」
「んまいっ!!」
レンはもぐもぐしつつ右手を上に向かって突き上げながらそう答えた。
「ふふっ......良かった。よく噛んで食べてね。」
夢中でサンドイッチを頬張るレンを、サラは心底嬉しそうに眺める。
レンはあっという間に平らげると、満足そうに息を吐いた。
「ねぇ、レン?」
「......ん?」
「私がどれだけ心配して言ったって、レンは結局いつも朝ごはんちゃんと食べてくれないじゃん?」
「う、うん。否定は出来ない。」
「私考えたんだけどね、何度言ってもレンが朝ごはんちゃんと食べてくれないなら毎朝私の部屋に連れてきて食べさせればいいんじゃないかなって。」
「へ......?」
......どういうこと?
「っていうことで明日から.......は調査に出かけちゃうから調査から帰って来てから、かな。毎朝早く起きて、始業時間の前に私の部屋に来てね。私が朝ごはん作ってあげる。......ご飯作って待ってるからちゃんと来てね?」
「えぇ......?」
朝ごはんを作ってもらえるのは助かる......というか願ったり叶ったりだけど......。
「そ、そんなの悪いよ。それに朝は始業時間ぎりぎりまで寝ていたいし......。」
「......どっちかというとそれが主な理由でしょ。だーめ。ちゃんと起きて朝ごはん食べるの。」
「そんなぁ......。」
「私だって君の為を思って言ってるんだよ?レンがちゃんと朝ごはんを食べないから、いつか身体壊して倒れちゃうんじゃないかって思うと私、心配で心配で......。」
そう言って俯くサラの様子を見て、レンは何も言えなくなってしまった。
そよ風が彼女のその栗色の艶やかな髪を優しく撫でて揺らす。
「そっか......俺のこと心配してくれてたんだね。」
照れ隠しに頬をぼりぼり掻きながら”ありがとう“、と言おうとしたその時。
「あっ、おい見ろよリル。レンとサラがまたいちゃついてるぞ。」
「本当だー。ほんと仲良いよねぇ、二人とも。」
そんなことを言いつつこちらへとやって来たのは二人の生徒達。
長身で短い赤毛の髪の男子生徒の方がモルト=シトリラン。
北方のノルテンス地方の農家出身でいつも騒がしいし人をからかってばっかりだが意外と友達の真面目な相談とかには真摯に向き合って耳を傾けてくれたりする憎めない奴。
そしてショートボブほどの長さに切り揃えた黒髪の女子生徒の方がリリル=フレイデン。”リリル“という名からとって友達には“リル”と呼ばれている。
この王都の名家貴族、フレイデン家の出身で正真正銘のお嬢様......のはずだが少々お転婆であまり物事にこだわりすぎない結構さっぱりとした性格の持ち主。
人一倍努力家な面もあり、理魔法においては学年トップクラスの実力を誇る。
共にレン達と同じデュケイオン士官学院の生徒であり、気の置けない間柄のクラスメイトだ。
昼ご飯を食べる時も休日にどこかへ遊びに行く時も、いつも一緒の仲良し四人組である。
「ち、ちがわい!別にいちゃついてなんかないし!!」
「そうだよ!別に私とレンは朝ごはんの話をしていただけで......」
慌てて否定するレンとサラを見て、モルトは楽しそうに笑う。
ーーこのヤロー、ニヨニヨしやがって......。
気恥ずかしくなって二人が顔を赤らめたその時、リルが横から入ってきてパンパンと手を叩いた。
「はいはい。ほらさっさと行こう?もう割と良い時間だし、少し急ぎ足で行かないと集合時間に遅れちゃうよ?」
「そうだな......そろそろ行くか。......痛っ!?」
レンはせめてもの仕返しにモルトの腰の辺りを軽く小突いたのだった。




