39.〈幕間②〉仮面異変解決の宴
日も沈みかける頃。
今宵、異変解決を祝う宴会が博麗神社にて行われると聞いて境内にはもう結構な数の人間やら妖怪やらが集まって来ている。
レンは霊夢達の宴会の準備を手伝っていた。
「おーい霊夢、これ何処におけば良いんだ?」
「えーっと....そこの右っ側に置いといて頂戴。」
「おいしょっと......」
持って来た樽を言われた通りの場所に置く。
「しっかし重いなぁコレ。何が入ってるんだ?」
「お酒よ、お酒。宴会なんだからお酒が無いと始まらないでしょ?それに多めに準備しないとそこの呑んだくれの鬼がすぐ呑み切っちゃうんだから。」
「れ、霊夢〜。流石に呑んだくれ呼ばわりはないだろう!?」
霊夢に指差された鬼の子は口を尖らせて反論した。
この鬼の子の名前は伊吹萃香。見た目は可愛らしい小さな女の子だが頭には二本の角が生えており、これでもれっきとした鬼である。
結構前に、異常なまでの頻度で宴会が起こる(?)異変を起こしたらしい。無類の酒好きで、肌身離さず持っている瓢箪から無間に湧く酒を飲んで常に酔っ払っているのだとか。
「事実呑んだくれでしょ!?あんたも酒樽運びなさいよ!」
「んぇ〜!?全くしょうがないなぁ。」
萃香はそう言って面倒臭そうに立ち上がった。
「お、おい霊夢?酒樽はもう俺が運んできたので十分じゃ......」
「何言ってんのよ?こんなんじゃ全然足りないわ。あと二十樽くらいは運んできてもらうわよ。」
「え......!?」
「何よ?なんか文句あんの?」
「......ないです。」
はぁ......と深いため息を一つ吐き、他の酒樽を取りに行こうと方向転換した時だった。
「霊夢久しぶり〜。元気にしてた?」
「あら、妖夢じゃないの!!久しぶり......最近一緒にお茶飲みに行ったりしてないわね。金欠で......。」
「あ、あはは......そんな落ち込まないでよ。今度なんか奢ってあげるからさ、一緒に行こうよ。」
「ほんと!?」
楽しそうに会話しているのが耳に入る。何だか聞き覚えのある声......。
ん、妖夢?
「あっ!!お師さまっ!!」
振り向くと、白銀髪の少女が立っていた。
「妖夢じゃないか!!久しぶりだな!」
レンがぽんぽん、と頭を撫でてやると妖夢は嬉しそうに微笑んだ。
「あれ?妖夢ちょっと髪型変わった?」
「は......はい!ちょっと伸ばしてみたんですけど......似合ってますか?」
「うん。似合ってるし可愛いと思うよ。」
「えへへ......そうですか。ありがとうございます。」
ーー良かった。気付いて貰えた......!
「......お師さま?あんた達、どういう関係なのよ......?」
「うーん......まぁ一言で言うと師弟関係だな。」
「へ、へぇ〜......。妖夢、今日は幽々子は一緒じゃないの?」
「あぁ、幽々子様ならあっちの方にいるよ。何か手伝えることがあればと思ってここに来たんだけど......なんかある?」
「それなら私と一緒に宴会料理の準備の方手伝ってくれるかしら?」
「うん、分かった!」
「な、なあ霊夢。樽運びもそろそろ疲れてきたし、少し休憩がてら俺も料理の方を手伝うっていうのは......」
「あんたは男の子なんだから力仕事してれば良いの!さ、妖夢いきましょ。」
「うん。では......お師さままた後ほど。」
妖夢の手を引いてつかつか歩いていく霊夢。
後には萃香とレンが残された。
「......霊夢のやつ、なんかちょっと怒ってなかったか?」
「だね。なんでだろ......っていうか霊夢酷いよぉ〜。霊夢の理屈で言うと、私男の子じゃ無いんだから別に力仕事しなくても良いはずなんだけど......。」
「あ、あはは......。まあ任されちゃったものは仕方がないさ。鬼の怪力ってやつを見せてくれよ。」
「おっ?鬼の怪力、見たい?」
そう言って萃香は腕まくりをするような仕草をした。
流石は鬼。
凄まじい怪力で大きな酒樽を一気に大量に持ち上げて見せて、まだ始まってすらいない宴会の場も大いに盛り上がったりしたのだった。
※※※
宴会が始まってから暫く経ち、やがて宵も深まる頃には皆に酔いが回って宴はより乱れ華やかなものになった。
レンは一人で石段に腰掛けて酒を飲んでいた。
「......。」
「取り敢えず、初めての異変解決お疲れ様。どう?幻想郷での生活にはもう慣れたかしら?」
いつの間にか隣に座っていた紫が話しかけてくる。
「まあね。初っ端の異変から結構きつかったけど。」
「結果的に解決出来たから良かったじゃないの。貴方、今人里では英雄扱いよ?ふふっ、天狗の新聞にも“流星の貴公子”とか書かれて......くくく。」
「ちょ、お前何処でその名を!?」
あんな自分で恥ずかしくて嫌だった異名を今になってまた聞くことになるとは。
「天狗の新聞の見出しにそう書かれてるのよ。天狗に教えたのは......誰かしらね?」
そう言って紫はわざとらしくとぼけて見せた。
絶対紫だろ......。
でも何で紫が俺の学院時代のあだ名を知っているんだ?
と、そこまで思ったところでピンと来た。
そういえば昔アルテマが安置されている場所まで連れて行ってくれた人魂の声も幽明結界をくぐったときに聞こえた声も、紫の声とそっくり......
「なっ......まさか紫はランセルグレアにいた時からずっと俺のことを見張ってたのか!?」
「やっと気づいたわね。ずっとではないけど......貴方の向こうの世界での動向は定期的に監視させてもらってたわ。結構昔にその剣の元へ貴方を導いた人魂も私よ。」
おいおい本当かよ!?
ランセルグレアでの動向を見られてたってことは広められると俺にとって色々まずい出来事とかも把握されてるってことだよな......紫に対して下手に強く出られなくなったぞ......。
「ゆ、紫さん。お酒お酌しますよ?」
「ふふ、立場が分かってるじゃないの。じゃあ一杯頂こうかしら。」
したり顔でにやにやしている紫の杯に一升瓶からお酒を注ぐ。
ぐぬぬ......一生の不覚。
「レン!お前、宴会の主役がこんなところで何ちびちび飲んでるんだよぉ!?こっち来いって!」
酔い故か頬を紅潮させた魔理沙が呼んでいる。
魔理沙にぐいっと腕を引かれ、半ば引きずられるようにしてそちらへ歩いていくとたちまちレンの周りには様々な人間やら妖怪やらが集まって来た。
「私の名はレミリア・スカーレット。貴方......レンだっけ?聞けば今回の異変を解決したのは貴方だそうじゃないの。見た目はヒョロくて弱そうなのに......。興味が湧いたわ。今度紅魔館へ遊びに来ない?」
「レンさん......ですよね?私は鴉天狗の新聞記者、射命丸文と申します。是非とも今回の異変について取材させていただきたいのですが......。」
「わ、私は東風谷早苗という者で、守矢神社で風祝を務めています!私もレンさんと同じく外の世界から来たのですが......少しお、お話ししませんか?」
皆は外の世界から来た今回の異変の解決者に興味津々。
「うぅ......お師さまとお話ししたいのに人だかりに阻まれて近づけない......。」
その様子を輪の外から見てしょんぼりと項垂れる妖夢。
「おっ!妖夢じゃないか!なんでこんなところで項垂れてるんだ?やけ酒の話し相手が欲しいんだったら私が付き合ってやるぜ!」
「魔理沙!えへへ......じゃあお願いしよっかな。聞いてよ......この間幽々子様がさ......」
一方人だかりの輪の方では四方八方から話しかけられて困惑するレンの姿があった。
ーーおいおい魔理沙......自分からこっち来いって言っといて人だかりができたらふらふらどっか行っちゃうのかよ!?
「あっ!レンじゃないのよぉー!?楽しんでるぅ?」
もう頬が赤くなって完全に出来上がった様子の霊夢がよろよろとレンの元へやって来た。
「お、霊夢ちょうど良いところに......って、お前飲み過ぎだろ!?目が据わってるぞ!?」
「呑まなきゃやってらんないわ!レンももっと呑みなさいよぉ〜!!」
そう言って霊夢が一升瓶から升に酒を注いで突き出す。
うわ......やべぇ奴に絡まれたな......。
「い、いや俺はもうやめとk......」
「あぁん!?私の酒が呑めないっての!?」
「い、いや......マジ勘弁して下さい......がはっ!?」
一瞬開けた口に枡の角を突っ込まれて強引に呑まされる。
ーーア、アルハラだ......。
「お、いい呑みっぷりだねぇ!!」
「呑め呑めぇ〜!!」
周りから歓声が聞こえて来る。
ーー誰か見てないで助けてくれ......。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「う......うぷっ、もう無理......。」
数十分後ようやく人だかりは散り、霊夢も
「情けないわね......まあこれくらいで勘弁してやるわ。」
とか言って解放してくれた。
視界に映るあらゆるものが二重に見える。
霊夢にはひっきりなしに強引に酒を呑まされ、周囲の人達からは質問攻めに遭い......地獄を見た。
「ヨッパライ、コワイ......。」
霊夢はいくらなんでも呑み過ぎだ。レンもランセルグレアにいた頃から度々酒は飲んでたし別に酒に弱いわけではないが、あんなに呑まされたら流石にきつい。
見れば、霊夢たちはまだ楽しそうに騒ぎながら酒を呑んでいる。
「何であんなに呑めるんだよ......!?幻想郷の人達ほんとすごいな......。」
ーー俺もこれから異変解決の度に宴会で酒を飲んでたらあんな風に酒に強くなるのかな......。
などと思っていると。
「うい......お師さまじゃないれすかー。」
ここにもいた、酔っ払い。
べろんべろんになった妖夢が一升瓶片手に近付いて来た。
その様子を見たレンは一瞬戦慄する。
「まさかお前も“ 私の酒が呑めないっての!?”とか言って強引に酒飲ませたりしないよな......?」
「そんなことしませんよ!霊夢じゃないんですから。妖夢も前に宴会の時に霊夢に絡まれて大変な思いしましたし。それに、妖夢は酔っ払いすぎると自制が効かなくなるのであんまりたくさんは呑みません。」
そう言って遠い目になる妖夢。
ーーあ、妖夢も悪酔いした霊夢に絡まれたことあるんだ......。
っていうか今自制が効かなくなるとか言ったよね!?具体的にはどうなっちゃうんだろうか?
「そ、そうか......助かった。」
露骨に安堵した様子を見せるレンを見て妖夢はくすくす笑った。
「霊夢から聞きましたよ。お師さま、今は博麗神社に住んでいるんですね。」
「うん。ここにいれば必ず異変解決に関われるからな。」
「少し残念です......てっきり用が終わったら白玉楼に戻って来られるものと思ってましたので......。」
「ははは......実を言うと俺もそのつもりだったんだけどさ......異変解決に必ず関われるっていうのは結構魅力的な条件だからな。」
「そうですか......。でもお師さま、約束は守ってくださいよ?」
「ん?俺なんか約束したっけ......?」
きょとんとした顔になるレン。
その様子を見た妖夢は頬を膨らませた。
「落ち着いたら白玉楼に遊びに来る、って約束したじゃないですか!もう忘れちゃったんですか?」
ああ、確かにそんなこと言ったな。
「ごめんごめん、すっかり忘れてた。そういえばそうだったな。」
「むぅ......妖夢はずっと楽しみにしてたのにお師さまは忘れてたんですか?妖夢、拗ねちゃいますよ!」
「本当悪かった。そのうち気が向いたらお邪魔するよ。」
「気が向いたら、じゃなくて必ず来てください!!」
「お、おう......。」
なんか酒が入ってるからかいつになく強気だな......妖夢。
「......本当に、反省してくれてますか?」
「う、うん。反省してるよ。」
首をぶんぶん縦に振るレンを見て、妖夢はくすりと笑う。
「お師さまに剣の稽古をつけてもらいたいんです!やっぱり毎日素振りや型の練習だけじゃなんか物足りなくて......打ち込み稽古とか恋しくなるんですよ。」
「ああ......確かに俺もそういう時あるな。分かった。近いうちに必ずお邪魔するよ。」
「はい!是非是非いらして下さい!」
にぱっと微笑む妖夢。
いや、天使かって......。
恥ずかしくて直視できない。
「俺も白玉楼に遊びに行こうとは思ってるけど......逆に妖夢も宴会じゃない日に博麗神社遊びに来たらどうだ?何日間か泊まり込みで稽古しに来たりとか......そしたら毎日稽古に付き合ってあげられるし。」
「それも良いですね!毎日お師さまに稽古をつけてもらえるなんて夢のようです!!」
「決まりだな。今度霊夢に交渉しとくよ。」
ーーと、レンと妖夢が楽しそうに談笑していたその時。
「あらあら、楽しそうねぇ。何をお話ししてるの?」
ひょこっと桃髪の着物を着た女性がレン達の前に現れた。
「幽々子様ッ!?」
「おお、幽々子じゃないか。」
「久しぶりね、レン。この間は助かったわ。お礼を言わせて頂戴。」
「いやいや、妖夢が先に駆けつけていなかったらどうなっていたことやら。お礼なら妖夢に言ってやってくれ。それに、あんな状況だったら助けるのは当たり前だろ?」
「ふふ......貴方達、似たようなことを言うのね。」
「ん?どういうことだ?」
「どういうことですか幽々子様?」
首を傾げる動作も二人でシンクロしていて、思わず幽々子は吹き出してしまった。
「な、なんで笑ってるんですか!?」
「いや、なんでもないわよ。それよりも......レン、貴方早く白玉楼に遊びに来なさいな。妖夢ちゃんなんか毎日毎日貴方が来ないかな、ってそわそわして......」
「ストーップッ!!」
ニヤニヤ顔の幽々子がそこまで言ったところで妖夢は幽々子に飛びついて口を塞いだ。
ーーやっぱり引っ掻き回しに来ただけかッ!!
「ゆ、幽々子様ッ!見てください、あっちに美味しそうなお団子がいっぱいありますよ!!すみませんレンさん、ちょっと夜風に当たって来ます!!」
妖夢は早口でそういうなり未だ口を塞がれたまままだ何がもごもご言っている幽々子の手を引っ張って行ってしまった。
「......?どうしたんだろう?」
夜風に当たって来るって......ここ、境内だしここでも当たれると思うんだけど......。
「そこで私はばったばったと敵の大軍を薙ぎ倒してだな......おっ、あそこに丁度主役が。おーい、レン!今こいつらに今回の異変のあらましを語ってやってるんだ。こっちに来てお前の口からも話してやってくれ!!」
後ろから声が掛かる。
振り向くと魔理沙が小さな箱の台の上に立って手招きしている。どうやら今回の異変についての話を自慢げに皆に語って聞かせていたようだ。その横には一升瓶を掲げる霊夢の姿も。
「うぇーい、まだ酒もあるわよぉー!!」
「......お酒はもう勘弁してくれよ!?」
と言いつつも、レンもその興に混ざることにする。
その日は深夜になっても博麗神社の境内は人妖で賑わっていた。
晩春に外来人によって起こされた異変は同じく外来人と博麗の巫女の手によって解決された。
幻想郷には束の間の平和が訪れ、再び人々にとってのいつも通りの日常が始まる。
そして幻想郷の季節は今、春から夏へ移り変わろうとしていた......。




