37.朝
ーーちゅんちゅん。
小鳥の囀る声がどこからともなく聞こえてくる。
「うっ......。」
彼がゆっくりと目を開けると、そこは博麗神社の自室だった。
部屋の真ん中に敷かれた布団に寝かされている。
ーー霊夢は無事に上手くやってくれたみたいだな。
開いてある障子から差し込んでくる眩い朝日の光に目を細め、上体を起こそうとすると......腹の辺りに僅かな重みを感じる。
「ん?」
何だろう、と思いつつ首だけ動かしてそちらを見てみると。
霊夢がレンの腹辺りのところに頭を預けて静かな寝息を立てていた。
いつも艶やかな髪はぼさぼさになっており、その綺麗な顔には所々に涙の流れた跡が見受けられる。
「......ん、ふわぁ〜」
丁度目を覚まし、伸びをした霊夢と目が合った。
「......あっ、あぁっ!!」
「おはよう霊m......」
「おはよう、じゃないわよッ!!」
「ごふっ!?」
霊夢の正拳突きがレンの腹にクリーンヒット。
続いて間髪入れずに彼女はレンの胸に飛び込んで来た。
「おわっ!?」
「ううっ......あんたばっかじゃないの......!?馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿バーカッ!!」
何度も何度もレンの胸板を叩きながら泣きじゃくる。
「あんた五日以上も意識無いまま眠ってたのよ!?自爆覚悟で相殺しに行ってんじゃ無いわよ!!......本当に死んだかと思ったじゃないの......。」
「あはは......悪い悪い。心配かけたな。」
小刻みに震える霊夢の頭上に手を置いてぽんぽん、と撫でる。
「ついこの間無茶はするなと言ったばかりなのに......。」
「でも、霊夢に囮をさせるのは嫌だったからさ。傷付くんだったら何が何でも俺がやらなきゃって思って......。」
「......馬鹿。心配したんだからね。」
多分レンには聞こえていない程小さな声で、彼女はそう呟いた。
「......り...とう。」
「えっ?」
「......ありがとう、とだけ言っておくわ。あの時、咄嗟に庇ってくれたでしょ?ほんのちょっとだけ......嬉しかったから......それだけ。それだけよ!!」
真っ赤な顔を逸らしてもじもじしながら霊夢はそう言った。
何だこいつ。急に可愛いな。
「ははは......まぁ霊夢は仮にも女の子だからな。酷い傷を受けて痕が残ったら大変だろ。傷は霊夢の代わりに俺が背負えばいい。」
「仮にもって何よ!?仮にもって!!失礼しちゃうわね!もう......」
頬を膨らませる霊夢を見てレンは声を上げて笑った。
「そういえば。ヴェルディウスはあれからどうなったんだ?」
「あぁ、あいつね。私のスペカ食らったらあの杖以外は跡形もなく消えちゃったわよ。」
「そうか......。魔族は死ぬと死体も残らないのか。」
複雑な表情になるレン。
「......どうしたのよ?まさかあんなのに対しても倒さなきゃよかった、とか思ってるわけ?」
「いいや、それは無いさ。ただ......自分は今本当にあの偽りの神と戦っているんだなって思って。」
「あっ、そうそう。その偽りの神ってなんなのか気になってたんだけど。」
レンはランセルグレアでの出来事を全て霊夢に話した。
これからも一緒に神魔軍の者達と戦うことになるのだろうからどっちにしろ彼女にもいずれ話さなければいけないことだと思ったからだ。
幻想郷が滅びるかもしれない、という話を聞いても彼女は全く動揺する素振りを見せなかった。
「......つまり、レンはその”偽りの神“ってのが怖いの?」
「うん......故郷を滅ぼされたわけだし友達や知人も沢山殺された。俺は奴が憎いし、何としても幻想郷への侵攻を食い止めたいと思ってる。でも......一度は俺もあいつに殺されたわけだし、正直なところを言うと怖いかな。」
レンはそう言って顔を伏せた。
偽りの神を相手に戦うということは、その辺の妖怪や魔物と戦うのとは訳が違う。これからも今回のように命をかけた戦いを何度も経験することになるだろうし、ヴェルディウスのような他の神魔軍将とも戦わなければならない。
今回の戦いだけでも何度死を覚悟したことやら。
これからも自分を待ち受けているのであろう厳しい戦いを想像して、レンの心には不安と恐怖が渦巻いていた。
「霊夢は......怖く無いのか?」
口を衝いて飛び出た問い。
一方的に自分の恐怖心をひけ散らかし、終いには心の何処かで相手の共感を願っている。
なんと愚かで情けの無い問いなのだろうと、彼は問うたことを後悔した。
が......霊夢は即答した。
「全っ然!!だってどんなのが出てきたって、今回みたいにぶっ飛ばせばいいじゃない?」
「えぇ......?」
「私は博麗の巫女よ?今までも幾度と無く幻想郷の危機を救って来たんだから。今更外の世界の何某が幻想郷を滅ぼすって言ったってそこまで動じないわよ。それに......」
「それに?」
少し顔を赤くしてそっぽを向く霊夢。
「......その、あんたが幻想郷も私達も守ってくれるんでしょ?」
「......うん。」
そうだった。
この地を、人々を、幻想を。全部引っくるめて守るって決めたんだった。
二度とあんな思いはしたくない。
だからこれから強くなって絶対に偽りの神を討つと誓ったんだった。
今更怖がって何になる?
こんなところで立ち止まっていてはいけない。
「紫の話では、まだ本腰を入れてそいつが侵略してくるまでは時間があるんでしょ?あんたももっと気楽に生きろっていうか......折角幻想郷に来たんだからもっと楽しみなさいよ?」
「楽しむって......ははは、まぁ確かに息抜きしてみるのもいいかもな。ところで霊夢。」
「ん?何かしら?」
「お前、俺がヴェルディウスの弾幕に突っ込んだ時に初めて俺の事“レン”って呼んだろ?」
「......それがどうしたのよ?」
「いや......なんか嬉しかったから。」
「あ、あの時は別に記憶の片隅にあった名前を咄嗟に呼んでみただけ!」
「えー!?なんでだよ!?これからもレンって呼んでくれよ!?」
「......考えといてあげる。」
などと二人がいつもの調子に戻り、他愛もない話をしていると......。
「うぉっ!!レン、気がついたか!!」
魔理沙がガラガラと襖を開けて入ってくる。
「おお、魔理沙。魔理沙は何か大きな怪我とか負ったりしなかったか?」
「へへ......私の心配より霊夢の心配してやれよ。こいつ、レンが気を失った日からずーっと寝ているお前のそばにくっついてて私のせいだ私のせいだ......って泣いてたんだぜ?もう見ちゃいられなくてさ......」
「ま、マジ?」
「魔理沙ッ!余計なこと言うとぶっ飛ばすわよ!!あんただってあの日からずーっと神社に居候してたじゃないの!しかもあんたに至っては居間に寝っ転がってお煎餅ばっか食べてるだけだし......何がしたいのかよくわかんないわ。」
霊夢が顔を真っ赤にして魔理沙に怒鳴りつける。
「けっけっけ......まぁ皆レンのことが心配だったってことだぜ。」
頭の後ろに腕を組んで楽しそうに笑う魔理沙。
「全くしょうがない奴ね......。」
「......っと、それよりレン。異変解決が終わったら、幻想郷ではあることをする決まりがあるんだぜ。何だと思う?」
「うーん......何だ?」
「宴会だぜ!今回はお前と霊夢が主役だからな!幻想のいろいろなところから面々を呼んで、パーッとやろうぜ!!」
「そうね!宴会の準備しなくちゃ!」
なんか霊夢も魔理沙もうきうきである。
あれこれ楽しそうに意見を出し合っている霊夢と魔理沙を他所に、彼は開いた障子の隙間から真っ青な空を見上げた。
ーーそうだ。
今回だってちゃんと神魔軍将を討って異変を解決することができた。
次だって、きっと勝てるさ。
いつか偽りの神を討って......ランセルグレアに帰るか幻想郷に残るかどうかはその時に決めればいい。
それよりも。
今は......今だけは勝利の余韻に浸らせてほしい。
鮮やかなまでに蒼い空を見ながら、少年はそう思うのだった。
〈壱ノ異変・完〉
Next Phantasm.....
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