31.御阿礼の子
決着がつくまでに五分もかからなかった。
凄まじい数の妖怪の屍と、気絶した人々が地面に横たわっている。
「ふん、こんなの準備体操にもならないわね。」
討伐数はレン四割、霊夢六割と言ったところだろうか。レン自身、結構ハイペースで倒していったつもりだったのだが......なんなんだこの巫女さん。
半端なく強い......本当に人間か?いや人間じゃないなこれ。
「誰が人間じゃないって?」
「あっ......。」
しまった。
心の中で思っていたことが無意識のうちに声に出ていたようだ。
ばちーん。
にっこり満面の笑みをたたえた霊夢のピンタを頬に受け、清々しいほどの音が鳴り響く。
「んぎゃーっ!?」
その場で飛び上がり、情け無い悲鳴を上げるレン。
電撃が走るが如く衝撃に貫かれ、頬には見事なもみじが一つ。
「......さ、取り敢えずこの人達をどうするかを考えなくちゃね。」
気絶して地面に伸びている人たちを指差す霊夢。
「一応医者に見てもらったほうがいいかもな。」
この人達に仮面を付けて傀儡に仕立て上げたのは異変の主犯の仕業であることはほぼ間違いないだろう。ならば見た感じ目立った外傷はないが、一応医者に見せておいた方が安心だ。
「それもそうね。でも里には医者は居ないし......これだけの人数を永遠亭に連れて行くのもなぁ......。取り敢えず、ここにこのまま寝かせとくのもあれだし稗田家に運び込むわよ。」
「稗田家?」
「いいから早く担いで来なさいよ。」
「ええっ!?俺が全員運ぶのかよ!?」
「当たり前でしょ?私はか弱い女の子よ?力仕事は男の子がやるもの、これ常識。」
「霊夢の方が俺より力あるだろ......。」
「ん?何か言った?」
「い、いや別に。」
「こっちよ、ついて来なさい。」
レンの力じゃ一度に一人背負うのが限界だ。何十回も往復することになるのを覚悟しつつ彼はため息を吐いた。
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「うへぇ......疲れた。」
疲弊し切った腕を労うように自分で叩く。
霊夢に指示されて傀儡になっていた人たちを全員この大きなお屋敷、“稗田邸”にやっと運び込み終わったところだった。
人々を寝かせている大広間を後にして、縁側に腰掛けてぼーっと庭を眺めていると。
「ご苦労様です。お茶でもいかがですか?」
と彼に後ろから声がかかった。
振り返るとそこには、昨日騒動の時に出会った藤色の髪の着物を着た少女が立っていた。
「いえ、結構です......あっ、昨日の......」
「はい。昨日は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。」
ぺこり、と少女は頭を下げる。
「私は稗田阿求。九代目御阿礼の子で、一応この屋敷の主人です。」
「御阿礼の子......ああ。」
霊夢からちらっと聞いたことがある。
幻想郷で起こった異変や妖怪達、地理に至るまでを纏めた“幻想郷縁起”という書物を何代にもわたって編纂している一族だとか。
御阿礼の一族は物事を一度見たら決して忘れない、という歴史書を書くのにはぴったりな能力を持っているが総じて寿命が短い。その為、何代も何代も幻想郷縁起の編纂のために転生を繰り返している。
人里の中では非常に由緒ある名家であり、その堅実な性格ゆえに人々の信頼も厚い。その為、現在病臥中である里長の代理も務めているらしい。
「貴方のお名前は......レンさん、ですよね?レンさんのご活躍は私も伺っております。昨日の一件のみならず先刻の妖怪による騒動までも鎮圧してくださったとか。操られていた者達を一人も殺さずに無力化し、その上この家まで運んで来てくださったり......本当になんとお礼を言えば良いものか......」
阿求が何度も何度もペコペコと頭を下げるので、レンは困惑してしまった。
「べ、別にそんなに大したことはしてないです。先刻の騒動はほとんど霊夢が鎮圧したようなものだし、昨日のだって魔理沙が加勢してくれなければ......」
「そんなご謙遜なさらないで下さい。事実、里の者達は皆騒動を鎮圧して下さったレンさんに対してとても感謝していますよ。レンさんが戦っているのを目撃した里人曰く、獅子奮迅の如き戦いっぷりだったとか。かくいう私も目の前で戦うところを見たっていうか、助けてもらいましたけどね。」
にこっ、と笑みを向けられてレンは顔を真っ赤にして俯くことしかできなくなる。
「そこでですね、そんなレンさんの腕を見込んで一つお願いをしたいと思っているんですが......聞いてくれますか?」
「何でしょうか?」
「私は現在、病気を患って床に着いている里長の代理をしているのですが......里人を妖怪達から守るのも里長の役目です。今回の騒動は里の人々の安全を脅かすものであり、既に犠牲者が出ている所からしても私はこの事態を放っては置けないのです。そこで、レンさんを傭兵として雇わせてはいただけないでしょうか?」
「えっ!?俺を......雇う?」
「ええ。普段なら慧音先生という方が里の護衛などをして下さるのですが、ここ最近は度重なる騒動で出る負傷者達の手当てに付きっきりで人手が足りないんです。勿論相当のご給金もお出しします。是非とも今回の騒動の間だけと言わず、騒動が解決した後も里の安全のためににご協力頂きたいのですが......。」
「やります!いや、むしろ雇って下さい!今丁度博麗神社が財政難で、職を探していたんです。俺、あまり商売とか得意じゃなさそうなんで何をすれば良いか露頭に迷っていて......」
実はランセルグレアでの学生時代の頃も月末になると割と金銭的にピンチ、みたいなこともあったので傭兵業で少しお金を稼いだりはしていた。少なくとも客の呼び込みや接客などの仕事よりは断然自分にはこっちの方が似合っていると思う。
「良かった......!引き受けてくれるんですね?レンさんが加勢してくれるのなら百人力です!おまけに一連の騒動が収束するまでは霊夢さんも異変解決ついでに里の護衛をしてくださるみたいですし。」
心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべる阿求。
きっと、本気で里の人々を守りたいと思っているからこそ浮かべることのできる笑顔なのだろう。
あの時に見た妖夢の透き通るような笑みと同じくらい美しいと、レンは思った。
「傀儡になっていた人達の容態はどうですか?」
「運ぶ時に全員調べましたが、誰一人目立った外傷は見当たりませんでした。じきに目を覚ますかと。」
「そうですか......一体誰がこんな酷いことをしているのでしょうね。妖怪達だって本来なら里に入ってこなければひっそりと里の外で暮らしていたはずなのに......」
「......現状ではまだ分かりません。ですが、必ずや霊夢と共にこの異変を終わらせて見せます。」
未だ主犯への手掛かりすら掴めていないのに無責任なことを言うものだ、とレンは自分で思った。
でも、異変を終わらせると言って阿求を安心させてあげたいとも思っていた。
或いは自分を安心させたかったのかもしれない。
「あっ、いた!こんなところで何してんのよ?」
不意に後ろから霊夢の声がかかる。
「何してんのよって......やっと運び終えたから一息ついてたんだよ。」
人遣いの荒い巫女さんをジロリと睨む。
「まぁいいわ。話があるからちょっとこっち来なさい。阿求、奥の部屋借りるわよ。あと、二人分お茶持ってきて頂戴?」
「お、おい霊夢。お前少しは遠慮というものを......」
「はい、分かりました。少々お待ちください。すぐに使いの者にお茶を淹れて持っていかせます。」
仮にも里の有力人物の家に上がり込んでいるというのに、まるで自分の家にいるかのように振る舞う霊夢。
そんな図々しい態度にも眉をひそめることもなく、阿求は微笑みながら素直に了承した。
......阿求さん寛大というか、良い人すぎやろ。
「本当申し訳ないです......。」
「いえいえ、別に良いんですよ。私もお二人には頭が上がらない身ですから。」
何度も何度も振り返って阿求の方へとペコペコ頭を下げながら、レンは何故かふんぞりかえって歩いていく霊夢の背中を追った。




