3.導かんとする者
「.....さい。」
不意に何者かの声が聞こえてきたような気がする。
「....きなさい。」
.......また聞こえた。
「....起きなさい。」
「ッ!?」
ベッドから跳ね起きる。少し掠れた視界に見慣れた自分の寝室の景色が映る。窓の外を見ると、外はまだ真っ暗。どうやら真夜中のようだ。
「なんだ....夢か.....。」
再び瞼を閉じようとしたその刹那。
「......夢ではないわ。」
耳元から何者かの声が聞こえた。
「えっ!?」
驚いてそちらに視線を移すと。そこには青い人魂のような、球体がフワフワと漂っていた。思わずすぐ横に立て掛けてあった剣を素早く取り、柄に手をかける。
「......私はあなたの敵ではない。あなたを導かんとする者よ。付いてきなさい。」
そう言って人魂はフワフワと浮遊しながら家の外へと出て行った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
レンは慌ててマントを羽織り、剣だけを手に持って人魂を追いかける。
家の外へ出ると、真っ暗で誰も出歩いていなかった。まあ真夜中なので当たり前だが。人魂はどんどん進んでいく。サラの家の前を通り、村の広場を突っ切り......森の入り口に差し掛かった。
ここからは村の外だ。いつ魔物に襲われてもおかしくない。安全な村の中とは違う。昼間よりも真っ暗でより一層不気味な森の中を人魂とレンは更に進んでいく。
ーーもうどれくらいの距離歩いただろうか。もうすでに家を出てから1時間近く経過している。それでもなお、人魂を追いかけてレンは既に道無き道を進んでいく。
不意に、人魂とは異なる何者かの気配を感じた。人ならざる者の発する明確な殺気だ。
「.......。」
刹那。何者かがレンに飛びかかってきた。襲撃を予測していたレンは剣を抜き放ち、その攻撃を迎え撃つ。
ギィン!!、という金属同士が衝突する音が周囲の大気を揺るがす。レンは鍔迫り合いに負けないように剣を握る手に思いっきり力を込めながら、襲撃者を視認した。
レンに襲いかかったのはゴブリンのような、悪鬼の一種と思われる魔物だった。小柄だが、その醜悪な容貌はまさに魔物の姿そのものである。毛皮でできた粗雑な布切れを身にまとっており、刃が厚く、大きく反った蛮刀を持っている。チラリと人魂の方を見やったが、止まってくれる気配はない。急がなければ。
「この......邪魔をするなっ!!」
鍔迫り合いをこのまま続けていれば、腕力で劣っている自分の方が不利になることは確実。そう考えたレンは片手をゴブリンの方に向けて、至近距離で火魔法を詠唱した。
「ファイア!」
レンの手のひらから生成された火炎の玉がゴブリンの右脇腹を穿った。ゴブリンは悲鳴を上げながら数メートル先まで吹き飛んでいき、地面に衝突したが最後動かなくなる。
ーー面倒なことになった。
......ゴブリンは基本的に群れで行動する。
それはつまり、たった今火魔法で吹っ飛ばしたゴブリンの仲間がまだたくさんレンの周りに潜んでいるということを意味する。
事実、もう既に何体かゴブリンが隠れているのが見える。
状況把握を終えてから、わずかコンマ一秒後。レンの背後と左前の茂みから同時に二体の新たなゴブリンが現れ、レンの首元目掛けて蛮刀を振るった。対するレンは左前からの攻撃は首を屈めて避け、背後からの攻撃は剣で防いだ。
すぐさま足払いを繰り出して左前にいたゴブリンの体勢を崩し、その首を剣で撥ね飛ばす。そのまま流れるような動きで背後から襲ってきたゴブリンに向かって左から右へ斜めに斬撃を放つ。剣先はゴブリンの二の腕を落とし、心臓を貫いた。
ゴブリンは鮮血を振りまきながら小さく悲鳴を上げた後、反撃することも叶わず地面に倒れ込み、絶命した。他のゴブリンたちはそれを見て恐怖を覚えたのか、皆蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「......。」
魔物との実戦は初めてではないので魔物を斬ることにさしたる抵抗はないが、それでもやはりあまり気持ちの良い感覚ではない。
レンは血のついた剣を手首だけで振るって血払いをすると鞘に納め、再び人魂を追いかけた。
その後もまたしばらく歩き続けていると、開けた場所に差し掛かった。
「この森にこんな場所が......?」
そこには浅い池が広がっていた。何の成分が溶けているのかはわからないが、驚くことに水はうっすらと金色に輝いている。非常に神秘的な光景にレンは息を飲んだ。
「......この池の中心にある小島、あそこに剣が刺さっているのが見えるかしら?あの剣を貴方の手で引き抜きなさい。」
目を凝らして見ると、確かに池の中央の小さな島に何かが安置されているのが見えた。
「分かった。」
とだけ答え、池の中に足を踏み入れる。数歩歩いただけでブーツの中まで水が染み込んできた。かなり冷たいが、今は我慢して小島を目指す。池はとても浅く、レンの膝の少し下ぐらいまでの水位しかなかった。
「これは......?」
人魂の言った通り、小島に安置されていたのは一振りの長剣だった。近くで見ると、レンが今使っている剣とは比べ物にならない程にそれはそれは見事な剣だ。
紺色の柄には華美な装飾が施されており、その鍔にはセルダレン王家の紋章が刻まれている。青みがかった刀身が発しているこの世のものとは思えない程の強大な魔力にレンは圧倒された。神代に作られたものなのだろうか。
そして何よりも。
剣が刺さっている台座に刻まれた文字を見て、彼は絶句した。
“彼の偽りの神を滅せし魔剣アルテマ ここに眠る。”
この剣をレンは知っている。それどころか、ランセルグレア中のどんなに小さな子でも知っている。
魔剣アルテマといえばこの国の建国者であり、その昔ランセルグレアに平和をもたらした英雄でもあるアレス=セルダレンが偽りの神の討伐の際に神から賜ったという言わずと知れたお伽話に出てくる名剣ではないか。
確か、“ランセルグレア創世記”によればアルテマは偽りの神との戦いの後、何処かの“森”の奥深くに封印された筈だ。つまり、その“森”はリーデルの森のことだったのだろう。
そこまで思考を巡らせてから改めてレンは自分が今からしようとしていたことの意味を理解して戦慄した。
あの人魂はレンに剣を台座から引き抜け、と指示した。まだメディウム探知呪文も満足に扱えない自分なんかがこんな神話に出てくるような神器を引き抜いても良いのだろうか。
その前に。
ーー第一引き抜けるのであろうか。
レンが剣を引き抜くのを躊躇っていると。
いつの間に池を渡ったのか、人魂が近づいて来た。
「さあ、早くその剣を引き抜きなさい。その剣は正真正銘貴方のメディウムなの。貴方の呼びかけにこの剣が応えなかったのはある者によって阻まれていたから。訳あって今はそれについては詳しく言及することはできないけど......。」
「一体誰がそんなことを......?」
レンは人魂の発言に驚いて聞き返したが数秒待っても人魂が答えてくれそうな気配は無かった。仕方なく、アルテマの柄に手をかける。
「......ッ!?」
手をかけた瞬間、凄まじい大きさの電流が身体中を駆け巡るかの如く激痛が彼を襲った。
身体中の魔力が根こそぎ剣に奪われていくのを感じる。思わず柄から手を離しそうになったが、思いっきり手に力を込めて踏ん張る。
すると、少しずつ台座からその美しい刀身を露わにしていき......。
魔剣はレンの手中に収まった。
「うっ.......。」
直後。激しい疲労感に襲われてレンは重力に抗えずその場に倒れ込み、そのまま気絶してしまった。
完全に気絶して、意識がなくなる直前。レンの耳にあの人魂の声が聞こえて来た。
「いつか、また会う時が来るでしょう。その時までにもっと強くなりなさい......運命の子よ。」
次に目を覚ました時にはもう辺りは明るくなっており、レンは森の入り口に倒れていた。
ーーそしてその手にはしっかりと“魔剣”が握られていた。




