28.博麗神社と日常
翌朝。
レンは台所に立ち、朝食の準備をしていた。
「......ん、こんなもんかな。」
味噌汁を一口飲んで味を確認し、火を止める。
続いてその隣の火にくべていた釜の蓋を開けると、炊けた白米が盛んに真っ白な湯気を上げる。
上手く炊けたみたいだ。
「さてと......。」
あとはまだ自室で寝ている霊夢を起こすだけだ。
レンは鍋の蓋を閉めた。
台所を出て縁側を通り、角を右に曲がる。
「うーん、良い朝だな。」
今日は快晴だ。縁側から外の様子を見ると雲一つない真っ青な空が遥か彼方、地平線へと広がっている。
無意識のうちに伸びをしつつ、霊夢が寝ているはずの部屋へ。
「霊夢ー、起きろ。朝ご飯出来たぞー。」
反応なし。
「具合でも悪いのか?」
同じく反応なし。
「おーい。」
襖を叩いても反応なし。
痺れを切らして襖を開けると、霊夢が布団の上にだらしない寝相で寝っ転がっていた。
背中を丸めて枕を抱き抱え、枕カバーの角を甘噛みしている。
何か食べている夢でも見てるのかな?
「おーい霊夢、起きろ。気持ちの良い朝だぞ。」
返事はなく、代わりに「すぅ......」というような寝息を立て続けている。
「お・き・ろ!!」
「んぅ......」
彼女はようやく目を眠そうに擦りながら上体を起こした。
そして次の瞬間。
「ちょっ、あんたなんで私の部屋に勝手に入って来てんのよ!?」
「あ、悪い......なかなか起きないから......」
「なんか変なことしてないでしょうね!?っていうかあんたデリカシー無さすぎよ!!昨日も勝手に入るなって言ったでしょう!?死ね!!死ね死ね死ね死ねぇぇぇっ!!」
「い、いやちょっと待っt......」
ーーんぐふぅッ!?
弁解する猶予も与えられず、レンは恐ろしい速さで飛来する枕を顔面に喰らったのだった。
(この後もたんこぶでボコボコになるまで殴られました。)
※※※
「ひどいよ......ひどすぎる......」
部屋の外から声をかけても起きる気配がなかったから仕方なく部屋に入って起こしてやったのに......。あれは不可抗力だ。
「わ、悪かったわよ。でも非はそっちにもあったはずよ。女の子が寝ている部屋に部屋に勝手に入ってくるのはいくら何でもデリカシーがなさすぎるわよ。」
「化け物みたいに強い巫女さんが何を......」
「ん?何か言ったかしら?」
「な、何でもないです。以後気をつけます。」
こ、この巫女さんおっかねぇ......。
「顔洗ったら先に座っててくれ。」
「座るって何処に?」
「食卓に決まっているだろ?朝ご飯作っといたぞ。」
「ほんとに!?......こ、こほん。別に作ってくれって頼んだわけじゃ無いんだからね!!あくまでもアンタが勝手に作っただけであって......」
「んじゃ食べないのか?」
「うっ......」
返す言葉に窮する霊夢。
ははーん、どうしても借りを作りたくないんだな。
まぁ確かに、未だ警戒の解けない怪しい奴に借りを作りたくない、という気持ちも分かる気がする。
単純に昨日ドンパチやり合ったばかりの敵と、昨日の今日で同じ食卓を囲むのは気まずいしね。
......しょうがないなぁ。
「昨日の償いというか......お詫びの意味を兼ねて朝食を作ったんだ。だから、どうだ?朝食に免じて昨日の無礼を許してくれないか?」
......先に有無を言わさず攻撃してきたのは霊夢だけどね。
「そ、そういうことなら仕方が無いわね。特別に朝ごはんに免じて許してやるわ。何回も言うけど、別に頼んだわけじゃ無いんだからね?」
「......はいはい。ささ、用意したのが冷めないうちに座っててくれ。」
「ふんっ!!」
霊夢は腕組みをして鼻を鳴らしたのち、食卓のある部屋へと歩いていった。
十数秒置いて、朝ご飯なんていつぶりかしら!!、なんていう嬉しそうな声が食卓のある部屋から聞こえてくる。
「......わかりやすい奴だな。」
※※※
「わぁ......。」
食卓に並べられた朝食が湯気を上げるのを見て霊夢が嬉しそうな感嘆の声をあげる。そしてごほん、と咳払いを一つ。
「うちにはこんな食材無かったはずだけど、一体どうやって作ったの?」
「ああ......まぁ、色々とな。悪いけど台所は勝手に使わせてもらった。あと一部の調味料も.....ね。」
食材は人里を訪れた時に人々から半ば押し付けられるように貰ったものだ。結構な量があり、使い道も思い付かずに持て余していたので物体を縮小できる魔法を使って小さくして懐に入れておいたのだが、まさかここで役に立つとは。
「その色々について聞いているんだけど......まぁ良いわ。折角だから冷めないうちに......もう食べても良いかしら。」
「どうぞどうぞ。」
「頂きます。」
レンに促されて箸を取り、味噌汁を一口啜る。
「〜〜〜ッ!!」
美味しい。
丁度良い塩加減。味噌の濃さも出汁の風味がしっかりと感じられる程度に調節されており、まさに世の味噌汁の手本と称えたい程の美味しさである。
白米もしっかり粒が立つようなかための炊き加減で、漬物との相性が抜群に良い。
ありつけた食事を堪能するうちに、霊夢は自然とその薄桃色の頬を緩ませていた。
ーー美味しそうに食べるなぁ。
ここまで喜んでくれると作り甲斐がある。
「ところで霊夢。昨日、二度も同じ問いを......とか姿を変えてまた戻ってきた......とか言ってたけど、俺が来る前に一体何があったんだ?」
「ああ、あれね。あんたが来る一時間前くらいに人間が神社にやってきたのよ。久しぶりの参拝客が来たと思ってお賽銭を期待してたのに、その正体は人間の姿に化けた化け物だったワケ。退治しようとしたんだけどあと一歩のところで逃げられて......おまけにアイツ、戸棚に隠しておいた私の煎餅まで盗んで行ったの。むきーっ、思い出しただけでも腹が立つわ!!」
そう言いながら箸をレンの方にビシッと突き付ける。
ーーいや、だから俺じゃないんだけど。
「んで、その後にのこのこやってきた俺は八つ当たりの標的にされたって訳か。」
「まあそんなところね。」
煎餅の恨みは重いってか?
俺、煎餅を盗んだその化け物のせいで殺されかけたんですが。
ーーだが、その化け物の話はちょっと引っかかる。
「さっき霊夢は化け物って言ってたけど妖怪じゃ無かったのか?」
「ええ。妖怪とはちょっと違った気質だったわね。」
シアだろうか。
もう既に結界を超えて魔物が幻想郷に侵入し始めている、と昨夜紫が言っていたのを思い出す。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。ちょっと気になることがあってさ。」
「ふーん。」
霊夢は全く持って興味無さそうな返事をしながらもごもごと口を動かしている。
聞いておいてそりゃ無いぜ、霊夢さんよ。
「それにしても朝からご飯が食べられるなんて幸せだわ......。」
どんだけ長い間食べ物を食べてなかったんだよ......
「最後に食事をしたのはいつ?」
「三日前よ。」
「何を食べたんだ?」
「......境内に生えていた雑草の天ぷら。」
「そんなに貧乏なのかお前......」
「な、何よその憐むような目は!?別に同情なんか求めてないわよ!!」
食べるものがないから雑草て......なんか凄く可哀想に思えてきた。せめて山菜でも食えよ...。
「......ん。」
霊夢は箸を咥えたままこちらにお茶碗を突き出してきた。
「......?」
「おかわりっ!!」
「あぁ、はいはい。」
なんでちょっと怒ってるんだよ。
茶碗を受け取り、ご飯をよそってやった。
霊夢はお茶碗を受け取るとまた凄まじい勢いでご飯をかき込み始める。
なんだか可笑しくて笑ってしまうのを堪えつつ、レンも負けじと箸を動かした。
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「ふぅ......満腹満腹。」
久しぶりの食事を十分に堪能して上機嫌な霊夢は、縁側に座って食休みのお茶を啜っていた。
博麗神社には食べ物は無くともお茶はある。
実際、異変のない時はお茶を飲み、賽銭箱に賽銭が入ってないかどうか確認した後、昼寝をするというのを繰り返すのが彼女の日課である。
「ちーっす霊夢、遊びに来てやったぜ!!」
ーー時たま五月蝿いのが遊びにくるが。
「あら魔理沙、いらっしゃい。別に遊びに来いって頼んでないけど。」
と、素っ気無いことを言いつつも魔理沙の分の茶を入れてやる。
「別にそんなことはどうでも良いんだぜ。それより......」
ーーあ、どうでも良いんだ......。
と心の中で呟く霊夢。
魔理沙は茶を受け取って啜りながらも忙しなく周囲をキョロキョロと見回している。
「どうしたの?御賽銭箱ならあっちよ!さっさと入れなさい。」
「いや......そうじゃなくて、ここに”レン“っていう魔導師が来なかったか?頭に紺色のバンダナ付けててさ......」
あぁ、黒いののことか。レンっていう名前なのね。
「あいつなら、今台所で朝食の片付けをして......」
「おっ、魔理沙じゃないか!」
霊夢の声を遮ってレンの声が聞こえてくる。
「よう、レン。昨日ぶりだな。その様子だと道中で大事も無かったみたいで安心したぜ。」
「ああ、おかげさまで。ただ......大事が無かった訳では無いけどね。そこの巫女さんのせいで死にかけ......」
と言いかけた瞬間、凄まじく素早い動きで霊夢はレンの口を手で塞いだ。
「あんたちょっとこっち来なさい!」
「おい霊夢?どうしたん......」
「魔理沙はちょっと黙ってて!!」
「へいへい。」
魔理沙をぴしゃりと黙らせて、レンを魔理沙から少し離れたところへ引っ張っていく。
「急にどうした?」
「あんたねぇ......いい?昨日私からあんたに喧嘩を吹っかけたことは口外しないで頂戴。」
ちゃんと吹っかけたことは自覚してるのね。
「なんで?」
「えっと......その...とにかくなんでもよ!!うっかり他の奴らに言いふらしたりしたらぶっ殺すわよ!!」
「......何で脅迫されてるの、俺?」
「返事は!?」
「はっ...はい!!」
「よろしい。」
......本当にこの子怖い。
霊夢は返事を聞いて、満足した様子で魔理沙の元へと戻っていく。レンもそれに続いた。
「二人でひそひそ何やってたんだよ?」
「別にあんたには関係ないことよ。」
「へぇ......なんか怪しいなぁ。ますます気になるぜ。レン、後で何話してたのか教えてくれよ。」
「あんた分かってるでしょうね?言いふらしたりしたらただじゃ済まないわよ?」
聞かせてくれ、と迫る魔理沙。言ったらぶっ殺す、と脅迫する霊夢。
......どうするのが正解なんだ?
「勘弁してくれよ魔理沙......。霊夢に殺される......」
あの巫女なら本当に殺りかねない。
縋るような目で魔理沙を見る。
「ちぇ、分かったよ......。今日聞くのはやめておいてやる。でもいつか必ず教えてもらうからな。」
できればもう忘れてくれると助かる。
「しつこいわね。何でそこまで執着するのよ?」
「霊夢が隠し事をするなんて滅多に無いじゃないか。きっと何か凄い情報であるに違い無いぜ。それに......」
「「それに?」」
少し気恥ずかしいのか、魔理沙はとんがり帽子帽子を押さえて目元を隠した。
「......なんか私だけ仲間外れみたいで嫌なのぜ。」
魔理沙が見せた子供っぽさに、レンも霊夢も思わずふっと笑ってしまう。
「あ!!なんで笑うんだよ!?」
「別に......な、霊夢?」
「ええ。何でも無いわよ。」
と言いつつも二人とも顔を見合わせてくっくっく、と笑う。
魔理沙は腕を組みながらむむむ、と不服そうに唸っている。
「まぁ......ともかく、二人とも仲良さそうでよかったぜ。」
「は、はぁ!?別に仲良くなんか無いし。紫が博麗神社にこいつを居候させろって唐突に言い出したから仕方なく置いてやってるのよ。」
「えっ!?それホントか?レン、お前博麗神社に住むことになったのか?」
「ああ。まあ訳あって暫くの間はな。」
「お前も大変だな。この神社は貧乏だからお茶と霊夢の煎餅以外は何も無いぜ?」
「う、うっさいわね!!なけなしのお茶出してやってるんだから感謝しなさいよ!」
「......なあ霊夢。俺凄く気になってたんだけどさ。何でそこまで貧乏なんだ?神社なら賽銭とか御守りの販売とかでお金は入るはずだが?」
「あんたも失礼ね!......そもそも参拝客が来ないのよ。」
「何で?」
「人里からここまでの道中が危険なのと、よく妖怪や妖精がこの神社に遊びに来るから、だな。皆怖がって来ないんだ。ついでに巫女さんも一日中縁側に座って茶を飲むか昼寝してるかっていう怠け者と来たもんだ。」
横から魔理沙が口を挟む。
「この神社には妖怪が遊びに来るのか!?」
「勝手に遊びに来るのよ。五月蝿くて迷惑だわ。」
「またまたぁ〜霊夢だって満更じゃないくせに〜可愛いやつだな。ほれほれ。」
「ちょ!?やめろ、触るなぁっ!!鬱陶しいわね!!」
魔理沙が霊夢の頬を引っ張ってこねくり回し、霊夢はそれに抵抗してギャーギャー騒ぎ立てる。
「霊夢は博麗の巫女なのに、神社に遊びに来る妖怪を問答無用で退治したりしないのか?」
レンの問いに霊夢はきょとんとした表情になる。
「あんた私のことを何だと思っているのよ......?」
「「鬼巫女。」」
「口を揃えて言うな!!......別に悪さしているわけじゃないんだし、遊びに来るぐらいだったら良いんじゃない?異変を起こしたりその解決を邪魔する奴が居れば即座にぶっ飛ばすけど。」
「......意外に優しいなお前。」
「だろ?超意外にも慈悲の心はあるんだよなぁ。」
「あんたらねぇ......」
ーーと。
「霊夢ー!遊びにきてやったわよー!」
「よーし、“お賽銭略奪作戦”決行ね!あたいの作戦は完璧よ!」
話をしているそばから妖怪やら妖精やらが境内に遊びにやって来る。
「何でどいつもこいつも遊びにきただけで偉そうなのよ!?っていうかちょっと待ちなさい!!あっ!!賽銭箱を開けるな〜!!」
悪戯を止めるべく縁側から飛び出して走っていく霊夢。
「おぉ......確かにこんだけ妖怪やら妖精やらが集まってきているのを里の人が見たら自然と参拝客の足も途絶えるだろうな......。」
「まあな。いつもの光景だぜ。でも、あいつらは本当に人間に危害を加えるようなことはしない。どいつもこいつも博麗神社の居心地が良くて遊びに来るんだよ。まぁ、かく言う私もそんな輩のうちの一人だけどな。」
魔理沙はそう言ってけらけら笑う。
「ほら、霊夢の顔を見てみろよ。口では五月蝿いだけ、とか言ってるけどあいつらが来てとても楽しそうだろ?」
「確かに。」
言われてみれば、悪戯をしようとした妖精を追いかけ回す霊夢の表情には呆れこそあるものの、負の感情は一切感じられない。
むしろどことなく楽しそうな様子である。
「あいつな、私達に対してはあんなだけど妖精とか小さな子にはべらぼうに優しいんだぜ?」
「へぇ、あの霊夢がね......」
昨日からのレンに対する態度からはそんな姿など想像もできないが、案外温かい一面もあるんだな。
境内を妖精と共に駆け回る霊夢を遠くからじっと見つめる。
ーーあんなに可憐な容姿で、腕脚も細く、華奢な身体つきなのに。
どこにあんな怪力を秘めているのだろうか。
己の掌に視線を移し、昨日彼女の攻撃を剣で受けた時の手の痺れを思い出す。
「ん......どうした、レン?」
「いや、何でも。」
座り直し、新しく淹れた茶を啜った。
目を瞑れば、春風が木々をそよがせる音が聞こえる。
境内には散りゆく薄桃色の花びらが盛んに飛び交う。
遠く山の麓を見下ろせば森や湖に田園、その近くには人間の住む里が広がっている。
そしてそれらを囲むようにしてさらに遠くに連なる山々。
ーー幻想郷。
美しい世界だ。
壮観な景色を眺めながら、今は亡き故郷に想いを馳せる。
二の舞は踏まない。あの邪悪な神に、決してこの美しい世界を踏み躙らせはしない。
これから見違える程強くなって、今度こそ守り抜いてみせる。
少年は、そんな決意を胸に。
ーーそして。
春の暮れ、少年の決意を早々に打ち砕かんとする大事件がまさに起ころうとしていた。
Next Phantasm.....




