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東方星剣異聞  作者: くぅすけ
2章 忘れられし者たちの楽園・幻想郷へ
25/106

25.デジャヴ




太陽がちょうど真上よりも少し西に傾き始めた頃。


レンはようやく博麗神社があるという山の麓へと差し掛かった。


「この上に登れば博麗神社があるのか。」


見た感じ結構な高さのある山だ。日が沈むまでに上り切れるだろうか。


そんな不安を覚えつつ、彼は山道を登るべく最初の一歩を踏み出した。


※※※



あちこちから小鳥の囀る音が聞こえ、時折リスなどの小動物が木々の枝を伝って走り回っているのが見える。


春は動物たちが最も活発に活動する季節である。桜の木々は薄桃色の花弁を満開に咲かせ、木々の根本からは様々な植物の芽が顔を出している。まるで山全体が生きているかのように山道は生命力で満ち溢れていた。


幻想郷(ここ)に来て気付いたのだが、冥界と顕界では桜の咲く季節が少しずれているようだった。


冥界の方が顕界よりも気温が低く感じたので、多分気温の差の問題だと思うが。


冥界の方が桜が花を咲かせるのが少し早く、顕界は今まさに桜が満開といったところだ。


何にせよ、一年に二度も満開の桜が見られるとは贅沢なものである。


「......。」


ーー美しい景色を楽しんでいたのも束の間。ここは美しくも残酷な幻想郷であることを忘れてはいけない。生命力の中に明確な殺意を持った者が一、二、三......。


途端草むらから飛びかかってきた。


最早目で追うのも不可能な程の神速の動作で鞘を払い、己の身体を貫かんとする鋭利な牙を剣で受け止める。


飛びかかってきたのは下手したらレンと同じくらいかもしれないほど体が大きい狼だった。


そのまま刀身に喰らい付いて噛み砕こうとする狼を、振り向きざまに剣ごと振るって投げ飛ばす。


子犬のような甲高い悲鳴を上げながら飛んでいく狼の下から新たな狼が飛びかかってきた。


「チッ......。」


その攻撃を敢えて剣で受けずにステップで避け、左斜め後ろーー死角から攻撃しようと目論んでいた様子のこれまた別の狼へ火魔法を叩き込む。


「ヴォルケイノッ!」


狼はたちまち火達磨になって草むらへと吹っ飛んでいく。


ただの狼にしては頭が回りすぎだ。大方この狼も何かの妖怪なのだろう。頭が切れる上に妖怪としての体力や身体能力も持ち合わせているのだからこの上なく面倒なことだ。数も多いし。


現状でここから見える頭数だけでも5、6頭。もしかしたらもっといるかもしれない。群れで殺しに来ているようだ。


だが、こちらもこんな所でむざむざ喰われてやるわけにはいかない。元より負ける気などさらさら無いが。


剣を脇に抱えるように構えて目を閉じる。


ーー感じろ、敵の気配を。草むらに潜んでいて姿は見えなくとも気を感じることはできる。


「......。」


数秒の静寂を経て、堰を切ったように妖怪狼たちが一斉に飛びかかってくる。


「フゥッ!!」


ーー一人で多数を相手するのに特化した剣術流派。


師が剣術における座学の時間にたった一度きり、この流派の名前を口にしていた気がする。


何でも、代々王家とそれに仕える者のみにしか伝わっていない由緒ある古流剣術なんだとか。


何故そんな流派を自分に教えるのか、と何度も師に聞いたが昔から無口である師匠がそれについて口を割ったことは遂に一度も無かった。


今となってはもう自分の剣術流派の名など忘れてしまった。師の他の教えは全て頭の中に入っているのに、流派の名前だけが靄がかかったように思い出せない。


己の流派の名を忘れるなどということは剣を扱う者として愚の極みだ。


だが、あの頃はそんなことなどどうでも良かった。とにかく一秒でも早く魔導学校でも通用するような強さを手に入れたかった。


だから貪欲なまでに魔導書を読み漁ったし、毎日手のひらが潰れた豆で血だらけになるまで剣の素振りを繰り返した。


それ故に師が居なくなってから流派の名前を疎かにしていたことを泣いて後悔することになったのだが。


ーー名前の無い流派。


いいじゃないか。大切な人々や友人を救うことが出来なかったのに、まだ尚一人だけ異世界へ来て生恥を晒す中途半端な自分にぴったりだ、などと自嘲気味に彼は鼻で笑った。


ともかくも、流派の名を覚えていなくても目の前の敵を斬り伏せることはできる。


左前と右後ろから同時に飛びかかってくる狼。


ーーここだッ!!


その挟撃をギリギリまで引き付けて宙返り。空中で思いっきり身体を捻りながら、標的に避けられてすぐ横を通り過ぎていく二体の狼のがら空きの背に振り向きざまに斬撃を叩き込む。


「次!!」


刀身にべったりと付着した鮮血。血払いをする暇も無くまた別の狼が彼に飛びかかるーー。


数分後。


呆気なく戦闘は終わり、彼の周りには大量の狼の死体が転がっていた。


狼たちは全て屍と化しているのに対してレンは全くの無傷。浅い傷一つ付けられていない。


服は返り血だけで真っ赤に染まっていた。


剣を手首だけで左右に振って血を払い、カチンと音を立てて鞘に納める。


「ふぅ......。」


無意識に口から漏れるため息。


一体何匹斬ったのか、数えるのも億劫だ。戦闘はものの数分で終わったが、斬った狼の数は異常なほどに多い。


殺しても殺しても遠吠えでどこからとも無く仲間を呼び寄せるので案外厄介であった。


倒した頭数は軽く二十頭は超えるだろう。


いくら自分が生きるためとはいえこれだけの数の死体を見ると罪悪感がこみ上げてくる。


彼はせめてもの弔いに、転がっている死体の方へ手を合わせてから再び山道を歩き出した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ーー何なのだろう、この奇妙な気分は。


遠い昔に何処かでこの景色を見た気がする。


延々と続く石段、木々の間から木漏れ日が差しこみ、見とれるほどに幻想的な風景。


いつ見たか思い出せずとも、自分はこの場所を知っている。


もうずいぶん長い間人が通っていないように見えるのに全く道が荒れていないこの奇妙さも。


「にしても階段長い......。」


山道の途中からは石段に変わっていた。


石段の方が山道を登るよりも圧倒的に足場がよく登りやすいのだが......


もう石段を上り初めてどれくらい経っただろうか。いまだに終わりが見えない。


石段は綺麗に整備されているが、すぐ脇には低高様々な木が密集して生えており見通しがすこぶる悪い。


いつ妖怪が襲ってくるか分からない状況ではあるものの幸いなことに石段を上り始めてからはまだ一回も遭遇はしていない。


そこから更にしばらく額に流れる汗を手の甲で拭いつつ歩を進めていると。


ようやく上の方に何か赤い建造物があるのが見えた。


ーー鳥居だ。


取り敢えず無事に到着できたことに胸を撫で下ろしながらラスト三十段ほどの階段を駆け上がる。


「ふぅ......やっと着いた。」


鳥居には何やら文字が刻んである。多分「博麗神社」と刻まれていたのだろうが、風化しすぎていて読めない。


鳥居の先には石畳の道が伸びておりその奥には本殿、両脇には石造りの灯篭が立ち並んでいる。


本殿の裏側には社務所や倉庫も建てられているようだ。


沢山の桜の木が花の重みで枝がしなるほどの花を満開に咲かせている。


だいぶ年季が入っているようだが、美しい景観の神社だな。


そう思い彼は鳥居をくぐったーー


ーーその時だった。


一陣の風が境内の桜の枝という枝から薄桃色の花弁を掻っ攫い、少年の視界一杯に“花吹雪”を作り出す。


そして。


「......ッ!?」


何者かの襲撃にレンは反射的に鞘を払い、剣で迎え撃った。


だがあまりに突然の出来事すぎるが故に、盛大に受け損ねて身体ごと大きく後ろへ弾き飛ばされる。


何という怪力だろうか。まともにくらっていたら骨の5、6本はいとも簡単に粉砕されていただろう。


そんな戰慄を覚えながら剣を石畳に突き立ててなんとか石段から転がり落ちる寸前で踏みとどまる。


ーー危ねぇ.....こんな石段後ろ向きで転げ落ちたらちょっとやそっとの怪我じゃ済まないぞ......。


攻撃してきたのは妖怪だろうか?何故神社に妖怪が......


顔を上げて襲撃者の姿を視界に入れる。


「なっ!?」


彼の目の前には......


紅白の巫女服を着込み、髪に大きなリボンを結った巫女がお祓い棒をこちらの方へ突きつけて立っていた。






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