23.森を抜けて
ちゅんちゅん、という小鳥の囀り声が聞こえる。まだ眠い目を擦りながら頭を起こすと窓から漏れてくる太陽の光が目を焼いた。
ーー朝だ。
ざっと部屋を見回すと散らかりようは昨日のままだが、魔理沙が部屋にいない。
「魔理沙?」
耳を澄ますと何やら鼻歌が部屋の外から聞こえてくる。
「........。」
魔理沙の研究部屋を出て長い廊下を歩き、昨日夕食を食べた部屋へと向かう。
「ふんふふ〜ん♪」
台所に立って鼻歌を歌いながら料理している魔理沙を発見。
「魔理沙、おはよう。」
「うわっ!?レン、いつの間に!?」
鼻歌を歌っているところを見られて恥ずかしかったのか、少し頬を赤く染めている。
「あ、朝飯作っといたぜ。」
「ありがとう。ほんと何から何まで悪いな......。」
「気にすんなって。それより今日出発だろ?まだ出来るまで時間があるから準備して来いよ。ここから博麗神社まで徒歩だと結構遠いぜ。」
「ああ。」
返事を返し、彼は出発の準備をするために部屋を出ていった。
※※※
朝食に出てきたのは五穀粥に味噌汁、漬物というシンプルな献立だった。
一人暮らしで慣れているからか、やっぱり魔理沙は料理が上手い。
「ん?あはは、レン目の下にクマ出来てるぜ。」
「そういう魔理沙も目の下真っ黒だぞ?」
「げっ、マジかよ......。今日出かけるのに......」
「昨日夜更かしし過ぎたな。」
朝食を食べ終えるや否やレンは食卓の上の空になった食器を流し台へと運び、洗い始めた。
「おいおいレン、食器下げるだけでいいぜ?洗うまでしなくても......」
「これだけ世話になっているんだから最後に皿洗いぐらいさせてくれ。」
「でも......」
「いいからいいから。」
止めようとする魔理沙をなだめて彼は食器を洗った。今の彼には何も返せるものがないから、せめて一宿一飯の感謝を込めて入念に。
スポンジを持つ手に力を込めた。
ーーそして皿洗いが終わり。
「じゃあな、魔理沙。そろそろ出発するよ。本当に世話になった。」
レンは魔理沙に向かって深々と頭を下げた。
「そんな大したことはしてないぜ。」
「いやいや、あのまま魔理沙の家に泊めてもらえなかったら服がびしょ濡れのまま野宿していたかもしれない。本当に助かったよ。この恩はいつか必ず。」
「はは、まあお礼楽しみにしてるぜ。それと.....ほれ。」
何か紙幣のようなものを魔理沙が差し出してくるので、取り敢えず受け取る。
「何だこれ?」
「“お金”、だな。幻想郷の通貨だぜ。皿洗いの駄賃にやるよ。人里に着いたらそれで茶でも飲んで休憩するといい。」
説明を聞いたレンは慌てて紙幣を魔理沙に返そうとする。
「待て待て待て、俺は駄賃もらう為に皿洗いしたんじゃないぞ?魔理沙へのせめてもの感謝のために.....」
「いいから受け取っとけって。こういうのは素直に受け取らないと逆に失礼だぜ?」
魔理沙がにかっ、と悪戯っぽい笑みを見せる。
「そんなこと言われてもなぁ......。ずるいぞ魔理沙?」
そんなことを言われては受け取らざるを得ない。
ーー本当に、どこまでも気持ちの良い奴だ。
「......さてと。ここから東の方へ進んでいくと森を抜けてそこら中に田んぼが広がっているような平地脇の道に出る。そしてさらにそのまま道なりに進むと人里に着くはずだ。」
魔理沙が指差しながら説明する。見てみると確かに魔理沙が指差す方には道があるようだ。
「ほうほう。」
「んで、人里を出て東に進んでいくと山があって、その麓から上の方へ伸びる長い石段を登れば博麗神社が見えてくるはずだぜ。」
「だいぶ遠いな......。」
「気をつけて行ってこいよ。」
「ああ、大丈夫。これでもそんじょそこらの妖怪には遅れは取らないつもりだ。」
「ヘっヘっヘ、そりゃ頼もしいことで。だが博麗神社の巫女さんは怒らせるとおっかねえぞ〜?そこらへんの妖怪とか比べもんにならないほど強いし。怒らせたりしないようにな。」
「おっかないのは魔理沙が怒らせるようなことをするからだろう?」
「へへっ、そうかもな。」
片目を瞑り、ちろっと舌を出して見せる魔理沙。
「まあ、私もほぼ毎日博麗神社に遊びに行くからどうせ明日くらいにまた会うんだろうけど。神社までの徒歩の道のりは割と危険だからさ......無事に辿り着いてくれよ?」
「ああ。んじゃ魔理沙、また博麗神社で会おう。」
「おう。神社でな。」
少しずつ遠く、小さくなっていく魔理沙の方へ手を振りながら、レンは魔理沙が指し示した道を歩いて行った。
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魔理沙の家を出発してから半刻ほどの時間を経て、レンはようやく魔法の森の出口へと差し掛かった。
途中二回ほど妖怪が草むらの中から襲いかかってきたが和解以前に意思の疎通も難しそうだったので首を跳ね飛ばして無力化した。
無駄な殺生はあまりしたくないのだが、殺さなければこちらが殺されるのだから致し方ない。
妖怪は生きる為にレンを喰らおうとするし、レンも生きる為に妖怪の首を跳ねる。
命が惜しいのはお互い様なのである。
さて、森の出口に差し掛かった彼は感嘆の声を漏らした。
「おぉ......。」
彼の口から感嘆の声が漏れた理由は二つ。
一つ目の理由は、鬱蒼とした森を抜けられたことへの喜び。
そして二つ目の理由はーー
眼前に広がる美しい風景に感動したからである。
見渡す限り広がる広大な田園風景。春風が田を撫で、水面に波紋を作る。
人々は苗を手に忙しそうに手を動かし、その頭上には所々に春雲の浮かぶ広い広い青空が。
とても長閑な所だ。
つい一瞬前までいつ妖怪に襲われるかもわからない森の中を、感覚を研ぎ澄ませながら進んでいたのが嘘のようだ。
魔理沙の話では人里の近辺ではあまり人間を襲うような妖怪が出没することはないので人々が農業に勤しんでいると聞いた。
きっとこの辺りは比較的安全な地帯なのだろう、と少し緊張が解けた。それにこの辺りに田が広がっているということは人里が近いということと同義である。
ジメジメしていて足場の悪い道を歩いてきたので結構疲れた。里に着いたら魔理沙にもらったお金で茶屋にでも入って少し休憩しよう、などと思いながら再び歩き出そうとして一歩踏み出しかけたその時。
背後から凄まじい霊力を感じて反射的にその場から飛び退り、身構えた。
ーーが。
「春ですよ〜!」
「へ?」
「は〜るですよ〜!」
妖精......だろうか?
白いゆったりとしたワンピースを着ており、頭にはワンピースと同じ赤いラインの柄が入ったとんがり帽子をかぶっている。
髪は明るい茶色。そして何よりも目を引くのは背中から生えている透明の羽だ。見た目からしてまんま妖精って感じである。
「はっるでっすよ〜春でっすよ〜!」
こちらへ飛んでくるのを見て剣の柄に手を伸ばしかけたが、妖精が顔に浮かべている満面の笑みからは害意は微塵も感じられない。
すっかり毒気を抜かれて脱力したレンの頭上を白い妖精はひたすら“春ですよ”と連呼しながら飛び越えて行った。
「何だったんだ?」
凄まじい霊力を放っていたり飛んでいるところからして明らかに人間ではなかったが魑魅魍魎の類のような“邪”の気は微塵も感じられなかった。
むしろ“無邪気”という言葉が最もしっくりくるあの笑顔。
「まあ、別に人間を襲うわけでは無いみたいだしいっか。」
一言そう呟き、レンは再び人里へと続いているはずの道を歩き始めた。




