15.実戦の恐怖
「ふ〜んふ〜んふふ〜ん♪」
朝食の片付けを終えた妖夢は嬉しそうに鼻歌を歌いながら軽い足取りで縁側を歩いていた。
昨日までは剣について少しお話し出来たらいいな、ぐらいに思っていたのだがまさか指南まで引き受けてくれるとは思いもしなかった。
ーーまあ自分から頼んだのだが。
にこにこしながら左の腰に携えた愛刀の柄を右手で撫でる。
毎日真面目に欠かさず修練をする妖夢にとって強くなることは最高の喜び。
故に強い人に稽古をつけてもらえることは舞い上がる程嬉しい。
「おっ、妖夢。もう食器洗いとかは終わった?」
「はい、終わりました。お待たせしてすみません。稽古の方、よろしくお願いします。」
妖夢はぺこりと頭を下げた。
「早速ですが、今日はどんな稽古を?」
「幽々子曰く、妖夢には“実戦経験”が足りないらしい。」
なんか幽々子様、珍しく私に協力的じゃない?
レンに指南を引き受けてくれるように頼んでくれたり、稽古の具体的な指針まで提案してくれる。
終いには、
「妖夢。今日は家事の方はしなくていいわよ。私でも自分でご飯を作るくらいはできるわ。家事は代わりに私がやってあげるから今日だけは一日稽古に集中しなさい。」などと言ってきた。
何故幽々子がやけに協力的であるのか、妖夢は首を傾げて考えてみたが特に理由は思い当たらない。
どういう風の吹き回しだろうか。
さては何か企んでるな。
後でお団子百本とか平気な顔で要求し出すに違いない。
「実戦形式だ。主に用いるのは木刀だけど、弾幕を使ってもいいよ。俺は弾幕を使えないけど代わりに魔法を使わせてもらう。初撃決着で妖夢が俺に一撃でも入れることができたら終わり。持てる全ての技を以ってかかってこい。」
妖夢は一瞬彼の言ったことを理解できず硬直した後、かぶりを振った。
「ちょ、それ危なく無いですか?」
木刀にはないが、弾幕や魔法は殺傷能力を持つ。互いに魔法や弾幕を用いれば相手を傷付けかねない。
「ああ、そうだな。だから、俺を殺す気でかかって来い。」
「そんな無茶苦茶なぁ......。」
レンは持っていた二本の木刀のうちの一本を無言で放ってきた。
「わっ、わっ!」
それを慌てて両手で受け止める。
「いくぞッ!」
レンが地面を蹴り、ものすごい速度で迫ってくる。
残る間合い僅か三尺程。
腕の持って行き方と踏み込みの深さから察するに重心移動を伴う左上からの斬り下ろし。
斬撃が早すぎて避けることは不可能と判断し、妖夢は右足を一歩引いて受けの構えをとった。
激しい剣戟音が響き、木刀を握る手に鈍い痺れが走る。
「くっ...,..!」
手に走る痺れに耐え、妖夢が視線を正面に戻した時にはレンはもう次の攻撃動作に入っていた。
「インヴォカーレ・マギカ。マルチユニット:イグニスッ!」
彼が手のひらを掲げ、高らかにそう叫ぶと彼を中心として大量の炎の球が円状に生成された。
その光景を見て妖夢は恐怖した。
こんなのまともに当たったらちょっとした火傷どころじゃ済まないだろう。
そうか。
これが“実戦”の恐怖。
弾幕ごっこのようなお遊びじゃない。弾幕ごっこも決闘は決闘だが実戦に懸けるものは紛れもなく“命”そのもの。
美しさで競うとかそんな生半可なものではなく本来ならば相手を殺すか自分が死ぬまで決着がつかない......どこまでも、ただひたすらに冷酷な勝負。
されど博麗の巫女が”スペルカードルール“を制定するよりも前に幻想郷で行われてきた決闘は全て実戦での殺し合いなのだ。
稽古ではあるが、彼は本気である。彼は躊躇無く無数の火球を自分に向けて放ってくるだろう。
つまり全て捌き切るか避けるかしなければ、あの火球を浴びることになる。
ーー俺を殺す気でかかって来い。
稽古を始める前にレンが放った言葉が頭をよぎる。
.........やってやる。
自分がこれまでに培ってきた剣術の全てを以てあの魔法弾幕を切り抜けてみせる。
次の瞬間レンは妖夢の方へと手のひらを向け、その大量の火球を放った。
対する妖夢は火球の弾幕へと切り込むために思いっきり地面を蹴った。
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互いに斬り結び続けてどれくらいの時間が経っただろうか。もう既に辺りは薄暗くなりつつある。
レンは何度も「大丈夫か?」、「少し休憩しないか?」などと心配してくれたが妖夢は休憩の勧めを「いえ、大丈夫ですので続けてください」と言って全て断った。
彼女はその少々ストイックすぎる程に真面目な性格故に自分への妥協を許さなかった。
ーーこの人、本当に強い。
朝の模擬戦の時よりもさらに剣戟のキレが増している。恐らく本気を出してすらいなかったのだろう。
もうほぼ丸一日斬り結んでいるのに妖夢はまだ一太刀もレンに攻撃を浴びせることができていない。
こちらは本気で斬り伏せるつもりでかかっているのに、レンはそれを全て軽々と弾いてのける。魔法を除いて反撃すらして来ない。
疲労が溜まりすぎて剣を振るうだけでもきついが今のところまだ魔法攻撃はくらっていない。
延々とこちらに叩き込まれてくる無数且つ神速の斬撃を辛うじて木刀で捌いていく。
右上からの斬り下ろし、切り返し、水平斬り、逆袈裟、刺突......
互いに少し間合いが開けばすかさず弾幕と魔法弾を撃ち合い、隙があれば弾幕に自らも乗じて相手の懐に斬りこむ。
そしてまた激しい剣戟.........の繰り返しである。
一見、そんな戦いが延々と続いているように見えた。
だが、レンは剣を交える中で段々と妖夢の剣戟が変化しているのを感じていた。
剣を交えるごとにほんの少しずつではあるが妖夢の動きのキレが良くなってきている気がする。剣戟の鋭さが増してきている。
戦闘の中で成長しているのだろうか。
それ故か徐々に妖夢の木刀がレンの身体を叩くことまではできなくても、時折掠めるくらいには惜しい場面が見られるようになった。
最早この稽古が終わるのも時間の問題だろう。
そう思い、レンが少し口の端を上げてニヤリとしたまさにその時だった。
「せあッ!!」
鍔迫り合いの末にレンの木刀を押し除けた妖夢の木刀の切っ先がレンに迫る。
最小限の動作でその斬撃を避けようと、首を傾けた瞬間。
彼は妖夢の木刀を握っていない方の空いた手が淡い輝きを放っていることに気がついた。
「むっ......」
ーー弾幕だ。
たった今瞬間的に生成したのだろうか。
そうか。木刀を囮にして、本命の弾幕を当てるつもりだったのか。
機転をきかせた素晴らしい攻撃だ。
だがまだ甘い。
斬撃と共に迫ってきた弾幕を弾くべく、彼はほぼ直感的に木刀を自分の体の前に移動させて受けの構えをとっていた。
ーーそう。ほぼ直感的に。
故に彼は妖夢の足払いの予備動作に気が付かなかった。
「ッ!?」
気づいた時にはもう遅い。
斬撃を避け、弾幕も弾いたがレンは妖夢の足払いをもろに受けた。追撃を避ける余裕はない。
なんとか木刀を引き戻して受けの体制をとろうとしたが、それよりも早く妖夢の木刀が煌めいた。
人符「現世斬」ーー。
物理法則をも無視し周囲のもの全てを置き去りにする、音速を超えた斬撃がレンへ迫りーー。
体幹を崩されてよろけたレンの肩を、妖夢の木刀の切っ先がとらえた。
「.......ぐっ....よくやった、妖夢。」
肩に受ける衝撃に耐えながらレンは妖夢を労う。
緊張が解けると同時にどっと疲れが出て妖夢はその場にへたり、と座り込んでしまった。
「ふぅ........。」
安堵のため息とともに湧き上がってくる達成感を噛み締める。
「やりましたよ!レンさん!」
「ああ。今のは完全に裏をかかれたよ。」
だが、達成感を感じながらも彼女は自分の未熟さを改めて痛感していた。
丸一日切り結んでレンに浴びせることができた斬撃はたった一撃。レンなら反撃できる機会も沢山あったはずだ。
実戦ならばとっくに切り捨てられてしまっているだろう。
「それにしても、魔法や弾幕ありの稽古ってレンさんも滅茶苦茶な事言いますね.......。」
「ああ、勿論安全面への配慮は万全だったぞ?」
「何処がですかッ!?あんな無数の火球なんて、直撃したらちょっとした火傷どころでは済まないですよ!?」
「実はな......イグニス!!」
突然レンは手のひらを妖夢の方に向けてあの火球を放ってきた。
「ッ!?」
咄嗟に立ち上がって避けようとしたが、もう間に合わない。
そう直感し、妖夢は目を瞑った。
直後、火球が妖夢に直撃する。
「熱ッ!.....くない...........?」
不思議そうな顔をしてレンの方を見ると、レンはこちらの方ににかっと破顔して見せた。
「一応稽古を始める前に火魔法を弾く魔法を妖夢にかけといた。火の下級魔法くらいだったら完全に無効化されるくらいには丈夫だぞ?」
......なんだ。最初から死の危険なんて無かったのか。
そう分かると、妖夢は“実戦の恐怖”とか言ってたことが自分で恥ずかしくなってきた。
ま、まあ別に?妖夢は半人半霊だし?元から半分死んでるようなもんだし?ビビってないしぃ?
妖夢が赤面していると。
「まあでも、ほら。実戦はやっぱり自分も相手も傷つくかもしれないっていう緊張感の中で戦うんだし、妖夢にはそれを体験してもらいたかったんだ。稽古の中で妖夢の動きもどんどん良くなっていってたしやっぱり妖夢はいい剣の腕してるよ。」
とレンは笑顔で言った。
「あ、ありがとうございます!」
嬉しいのと同時に照れくさかったので、妖夢はペコリと頭を下げて目を逸らす。
「それと妖夢、ちょっとこっち来て?」
レンは縁側に腰掛け、妖夢の方へ手招きした。
「......?」
言われるがままに妖夢はレンの隣に腰掛ける。
「それじゃ、ちょっと失礼して。」
レンは妖夢の右腕に手をかざした。
「ディア。」
レンが呪文を唱えると、先程のような火球ではなく代わりにほんのり緑がかった優しい光がレンの手から生成されて妖夢の右腕から全身へと広がっていく。
すると妖夢の身体の疲労がみるみるうちに抜けていくではないか。
「わぁ、すごい。魔法ってこんなことまで出来ちゃうんですか?」
「まぁね。俺は治癒魔法は本当に初歩の初歩程度のものしか使えないけど。」
妖夢からすれば治癒できるだけで十分凄いのだが。
「なんか、その....ごめんな......。」
レンは後頭部をボリボリ掻き、少し赤面しながら妖夢から目を逸らしてそう言った。
当の妖夢は唐突に謝られて驚いていた。
「え?なんで謝るんですか?」
「怪我しないって分かっていてもさ......女の子相手に火球呪文容赦なく浴びせようとするのってなんか気が引けるじゃん?」
「は?」
妖夢はその言葉に暫し呆然とした後、盛大に吹き出した。
「くす......くすくすぷッ......あはははは!」
あんだけ火球連射しといてそれ言います?
「ちょっ、そんなに笑わなくてもいいだろ......。」
「ご、ごめんなさい......でも......ふひっ.....くくく....ああもうダメww」
よっぽどツボにハマったようです。
......なんか前にも誰かに何処かで、似たような笑い声で爆笑されたことがある気がする。
はぁ、と溜息をついて見上げると、今日は綺麗な満月。
月明かり照らす夜空に妖夢の明るい笑い声が響いていた。




