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東方星剣異聞  作者: くぅすけ
1章 白玉楼での日々
13/106

13.勝負



今までに。


今までに、自分はこれほどまでに強い剣の使い手と刃を交えたことがあっただろうか。


凄まじい剣戟の嵐の中でレンは思った。


純粋に剣の腕だけならば生前最後に戦ったあの黒騎士と互角、或いはそれ以上だろう。


学院にいれば剣だけなら確実にトップクラスに入ることの出来るぐらいの実力だ。そう確信できる程に眼前の小柄な銀髪の少女ーーー妖夢は剣の道において熟達していた。


その華奢な体格とは裏腹に彼女の繰り出す剣戟は凄まじい。軌道を目で追うのが困難なほどに速く、その上一撃一撃がとてつもなく重い。


上手く剣で受けてもそのまま押し切られて崩されてしまうので、どうにかして軌道を先読みして相手の攻撃を外側に受け流すしかないのだがこれがどうも難しい技で、先程から何度危ない場面があったことか。


時折隙をついて反撃してみるが、こちらの攻撃もものすごい反応速度で全て弾かれてしまう。


だが、これまでの相手の攻撃を全て弾いているのはレンも同じ。


戦局は互いに一進一退、勝負は未だにつかない。


そもそも何故今この瞬間、こうしてレンと妖夢が剣を交えているのかを説明するためには今から30分程遡る必要がある。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーー約30分前



ちゅん、ちゅん、とどこからか小鳥のさえずりが聞こえてくる。寝返りをうって体の向きを変え、外を見ると桜が日の光を受けて燦然と輝いていた。


ーー朝だ。


「うーーん......。」


体を起こし、両手を上げて伸びをする。


「清々しい朝だな。」


時刻はざっと5時半過ぎくらいだろうか。学院にいた頃は朝は始業ギリギリまで自分の部屋で寝ていたものだが、昨日は妖夢の説教で疲れて早く寝たためか、もう目が覚めた。


二度寝をしようにも目がもうぱっちり開いてしまって全く眠くない。


「.....素振りでもするか。」


彼は布団から出て立ち上がった。


「あっ、やべぇ.......。」


着たまま寝てしまったので、制服のいたるところに皺が生じている。すっげえだらしない。なんかモルトみたい。


「洗濯とかってしてもらえないかな.......後で妖夢に頼んでみるか。」


頭を左手でボリボリ掻きながら右手で壁に立てかけておいた愛剣を取り、縁側から庭へ降りた。


「ふう......。」


久しぶりの素振りだ。柄に手をかけて静かに抜刀、息を吐きながらゆっくりと腰を落とす。


学院に入るまでは毎日朝起きて素振りをしていたが、入った後からはずっとサボりっぱなしだった。


「........。」


呼吸を深くして、余分な思考をシャットアウトする。周囲の気を極限まで遮断し、己とその手に握る剣のみに精神を集中させ......。


「ぜぁッ!!」


一気に剣を振り下ろす。


スヒュッ、という剣が空を切る小気味良い音が彼の耳小骨を振動させた。


ーーこれだ。


剣の刃が空気を切り裂く音を聞き、少し気分が高揚する。


振り下ろす、剣先を持ち上げる、刀身を体の正面に据える、振りかぶる、振り下ろす......この一連の動作をただひたすらに繰り返した。


大体800本程振った所で彼は剣を止めた。


「そこにいるのは......」


「あっ!.....すみません、自分の部屋の前で素振りしてたら庭の方からも素振りをするような音が聞こえてきたので気になって。おはようございます、レンさん......ってうわっ!」


妖夢は柱の横から慌てた様子でひょこっと出てきた拍子に足を踏み外した。


「ちょっ......」


レンは妖夢の方に手を伸ばしかけたが、最早時既に遅し。妖夢はそのまま庭に落ちて尻餅をついた。


「っつ〜......。」


「だ、大丈夫?」


「.....大丈夫...です。」


人前で綺麗に尻餅をついたのがよっぽど恥ずかしかったのか、頰を赤らめている。


「......今のは痛かったでしょ。綺麗に尻餅を......。」


「痛くない!大丈夫ですからッ!」


「プッ........。」


「あっ!今笑いましたね!?」


妖夢がぷくっと頰を膨らませる。


真っ赤になって必死に恥ずかしさに耐えている様子が面白くてついついからかいたくなってしまうが、これ以上は可哀想なのでからかうのをぐっと堪える。


「あのさ、妖夢。」


「......はい、何でしょうか?」


「.........。俺が素振りを始める前からずっとそこにいたでしょ?縁側から庭に降りる時に妖夢の気配を感じたし。」


「えっと.......決して隠れて見るつもりじゃなかったんです!実は妖夢も剣士の端くれでして。まだまだ半人前の実力なのですが、レンさんの剣を昨日見た時から気になって仕方がなくて.......その、もしよろしければお近づきになりたいなぁなんて.....。」


そこまで言ったところで人差し指同士を合わせてもじもじし始めた。.......なんだこの仕草は。


可愛い。


「よ、宜しければ妖夢と一本手合わせ願いたいのです!」


「......妖夢のその剣の銘はなんて言うの?」


少女が抱えている二本の刀のうち、少女の身の丈に合わない程長い方の刀を指差して問う。


「あっ、この刀は楼観剣と言います。で、こっちの短い方が白楼剣です。」


「楼観剣の方だけでいいからちょっと見せてもらってもいい?」


「はいどうぞ。」


妖夢から楼観剣を受け取り、鞘から三寸ほど刀身を抜き出してまじまじと見つめる。


漆塗りの柄には桜の紋様があしらわれており、柄頭(ポメル)に相当する物が無く代わりにふさふさした白い毛が付いている。


刀身の方には緩やかな反りがあり、美しい波紋が刻まれている。


“刀”ってやつだろう。東の国(オリエンス)出身の生徒が携えているのを見たことがある。


刀身の精巧な造りには目を見張るものがあり、見ただけで相当な業物であることが分かる。


また、目には見えないが、何か特別な力が宿っているようだ。一見魔力に似ているが、アルテマの刀身が纏っている“それ”とは少し質が違うように思える。


「......いい剣だな。」


「はい!妖怪が鍛えた剣なんです。一振りで幽霊十匹を葬れる程の殺傷力をもっているんですよ!切れぬものなどあんまり無い!......です!」


むふー、と鼻息を荒くしながら両手を腰に当てて自慢げに語る妖夢。


「よし、別に剣の勝負だったらいくらでも相手になるよ。.......まあ俺なんかが妖夢の相手になれるか分かんないけどね。」


妖夢の手を見たところ、あちこちにマメができている。相当な量の修練を積んでいる証拠だ。


「い、いえいえ!そんな.......。幽々子様がレンさんのことを剣の腕が立つに違いない、って仰ってたので是非一度手合わせ願いたいと昨日から思ってたんです。」


幽々子は何を根拠にそんなことを言ったのだろうか。


少し引っかかるが何にせよ剣の腕が立つ、と言われるのは大変嬉しいことである。


「取り敢えず、寸止めにするにしても実剣でやり合うのは流石に危ないから.......どこかに木剣みたいなの無い?」


「木刀なら沢山ありますよ!」


「じゃあそれを使おう。」


「はい!待っててください、すぐに持ってきます!」


そう言うや否や、妖夢はとても嬉しそうに縁側を走っていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


というわけで現在の木刀での模擬戦に至る。


正々堂々の立ち会い勝負、ルールは一本先取制。どちらかが木刀で相手に一太刀入れればその時点で勝敗が決まる、というこれ以上無い程に単純な勝負なのだが。


開始から既に相当な時間が経っているのにもかかわらず未だに決着が付かない。


一進一退の攻防を繰り広げている。ただひたすらに相手の攻撃を避け、剣で捌き、隙あらば反撃する。目にも留まらぬ速さでそれをやってのける二人の周囲は剣戟の嵐と化し、木刀と木刀が幾千もの弧を描き、火花を散らしそうな勢いでぶつかり合うごとに激しく大気が揺れる。


袈裟斬り、左からの攻撃を回避、すかさず手首を返して逆袈裟の反撃、続く右からの攻撃を剣で弾いて、再び反撃。


いつしか二人は、剣を交えることに互いに喜びを感じるようになっていた。ただ純粋に、強者と鎬を削り合い、自分の持てる剣力を相手にぶつけることのできる喜びを爆発させる。


互いに二人ともこれ程までに剣技に精通している相手と剣を交える機会は今までほとんどなかったのだ。弾幕や魔法に邪魔されることの無い、ただひたすらに己の剣力だけを相手にぶつけ、競い合う勝負。だから楽しくて仕方がなかった。


「はっ!!」


「ぜあっ!!」


木刀と木刀がぶつかり合い、ひときわ大きな衝撃が大気を震わせた。両者共に衝撃に耐え切れずに大きく後退する。


手に伝わる痺れるような感覚が、今は実に心地よく感じられた。


「......やるな。」


「そちらこそ。」


互いに最小限に短く、されど相手の剣の腕に対する最大限の敬意を込めた言葉を素早く剣を構え直しながら交わす。


ーー次の一合で決まる。


彼の直感がそう囁いた。


対峙する妖夢も同じことを思ったのか、構えの腰を更に低く落とした。


暫しの間、互いに静止して対峙する相手と睨み合う。


この瞬間、二人は自分達の周囲の時だけが止まっているような錯覚を覚えた。周りの景色はおろか、音すらもう聞こえない。そこにあるのはただ己と己の眼中に映る相手のみ。


その間合い僅か数間。互いに数歩踏み出せば斬り伏せることのできる距離。


「「いざ、尋常に勝負ッ!!」」


瞬間。


彼らは風になった。地面を蹴り、凄まじい速さの、文字通り全身全霊をかけた一撃を振るう。


互いの握る剣が轟と唸り。


二つの剣戟が交差し。


両者切り抜けた姿勢のまま静止する。


「.........。」


ーー手応えがない。


妖夢は思った。


だが、こちらも相手の攻撃を受けた衝撃は無い。


つまり。


まだ勝負は終わっていない。すぐに振り返って追撃を加えるか、それとも受けに回るか。


次の行動に移るべく、振り返ろうとした妖夢は気づいた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


反射的に周囲を見渡すが、何処にも刀身の半分から先は見当たらない。


嫌な予感を覚えた刹那。


木刀の半身がひゅんひゅん、と音を立てながら上空から落下してきて。


妖夢の頭に直撃した。


ごんっ、と鈍い音。


「み“ょん!?」


頭を抑えて転げ回る。


かくして。


少女は己の敗北を悟ったのだった。



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