12.犯人は誰?
日もすっかり落ちて辺りが暗くなった頃。彼らは広間で食卓を囲んでいた。
「いやぁ〜見事なお湯加減だったわ。レン、貴方風呂沸かしのセンスあるわよ?」
「風呂を沸かしたことなんて無かったけど、気に入ってもらえたなら良かった。」
「レンさんお風呂沸かすのそんなに上手いんですか。妖夢も後で沸かしてもらおうかな.....お願いできますか、レンさん?」
「......。」
「れ、レンさん?」
「......ん?あっ、ああ、うんいいよ。」
「えへへ、じゃあお願いしますね♪」
正直あれ結構心臓に悪いからなぁ......。
壁一枚隔てた先で女の子が湯浴みしていると思うとなんか落ち着かないというか、実際に見えるわけじゃ無いけど目のやり場に困るというか。
レンの心境に気がついていたのか、幽々子がわざとらしいにやにや笑いを浮かべてこちらを見ている。
うっ......恥ずかしい。
レンは顔を真っ赤にして目を逸らした。
「......ところで幽々子様、何で皿の端に茄子寄せてるんですか?」
じとり、とした視線を妖夢が幽々子へ向ける。
「あら?そう言う妖夢こそピーマンだけ避けてるじゃないの。好き嫌いしないで食べなきゃダメよ?」
すすす、と幽々子が妖夢に素早く近づいて耳打ちする。
「......何が、とは言わないけど大きくなれないわよ?」
「んなッ!?」
妖夢はちらりと幽々子の豊かな胸の膨らみに目をやり、その後自分の胸に目を落とす。
ーー......幽々子様、大きいなぁ。それに比べて私は......。
「......。」
途端妖夢の瞳から光が失せ、項垂れる。
ーー私だって希望はまだある......はず...
妖夢が項垂れている間に幽々子が素早い動きで自分の皿の茄子を妖夢の皿へと移す。
あっ......、という小さな声が妖夢の口から漏れるが時既に遅し。
妖夢の皿にはこんもりとした野菜の山がそびえ立っていた。
「......ありがとうございます。」
遠い目をしながら妖夢はその野菜の山を箸で口に運び、もそもそと咀嚼する。
ーーおい......幽々子は妖夢に何を言ったんだ?
今二人の間でどんなやりとりをしていたのか知らないが、なんか妖夢が幽々子にうまくちょろまかされていたことはレンにも分かる。
妖夢はちょっと素直すぎるというか単純過ぎだよ......。
「そういえばレンさん。今日一日ここで生活してみてどうでした?新しい身体には慣れましたか?」
「うん。あれから目眩とかにはなってないよ。身体に異常は無い.......ていうか幽々子はあんなに食べて大丈夫なのか?俺はそっちの方が心配なんだが.......。」
ちらりと幽々子の方へ目をやると、もうこれで十五杯目のご飯を勢いよく掻き込んでいる。
「まあ妖夢のご飯が美味しいから、ってのは分かるけど。」
「あ、ありがとうございます。......幽々子様はいつもこんな感じですよ。これが平常運転です。今日も団子を.......ってそういえば!」
ご飯を掻き込んでいた幽々子の肩がピクリと動いた。
「また隠しておいたお団子が大量に消えてたんですけど.......幽々子様、まさかまた盗み食いしてたりとか.....」
「わ、私は何も知らないわよ〜?」
嘘つくの下手クソかッ!!そっぽ向いて口笛まで吹いて.......白々しすぎる。
「幽々子様......嘘ついてますね!?」
「えーっとえーっと.......それはその......そうよ!レンが食べろって言ったのよ!レンが何処からか分かんないけどいっぱいお団子持ってきたから仕方なく食べたのよ!まさか妖夢が隠している団子だったとは思わなかったわ!」
ええーーーッ!?何口走ってんだこの人ッ!!
危うく口から心臓が飛び出すところだった。
飛び出さないけど。
「ちょっ.....ちが、俺は関係ないよ!一本たりとも食べてないよ!」
そっちがその気ならこちらもとことんしらばっくれてやろう。
「むむむ......どっちが嘘ついてるんですか??」
妖夢がレンと幽々子を交互にジト目で睨む。
「まあでも普段の行いからして幽々子様の方が信憑性が低いですね.....。」
「ちょ、妖夢ちゃん酷いわぁ!私が今までに何したって言うのよ?」
「「盗み食いしまくってるじゃん。」」
二人のぴったり重なった完璧なユニゾンツッコミが幽々子にグサリと突き刺さる。
その時だった。
レンの学院制服のポケットから何かが音を立てて机の上に落ちた。
ーー団子の串だ。
「「「あっ.......。」」」
やっちまった。そういえば団子の串をポケットに入れたままだった。
幽々子と妖夢の視線がレンに集中する。
「レンさんが犯人なんですか......?」
妖夢がじりじりと詰め寄ってくる。ちょちょちょ、怖いよ妖夢ちゃん......。ホントに主犯は俺じゃないんだってば。まあ、俺も一本だけ団子食べたけど。
「まあ幽々子様ではなく客人であるレンさんが召し上がったのであれば私もとやかく言うつもりはありません。ただ......次からはお団子が食べたければ私に申し付けて下さいね?お茶と一緒にお部屋までお持ちしますので。」
「お、俺は本当に犯人じゃないんだ!確かに一本は食べたけど......」
慌てて自らが主犯であることを否定するレン。
見れば、幽々子はによによしながらこちらへ片手を立てて謝るようなジェスチャーを取っていた。
ーーレンが全部食べたことにすれば丸くおさまるわ。悪いけどそういうことにしておいてくれないかしら。
ーーオイオイオイちょっと待て!冤罪もいいとこなんだが!!
「.......っていう茶番は置いといて。」
レンと幽々子の間でアイコンタクトが交わされる中、妖夢がぽんと手を叩いた。
「「え?」」
「私、さっき幽々子様のお部屋掃除してたらゴミ箱にたくさん捨ててあるのを見ちゃったんですよね〜。」
幽々子の顔がみるみるうちに青ざめていく。
ほれ見ろ!悪は必ず誅されるのだ!!
「......すみませんでした。私が食べました。」
幽々子は妖夢の方へ向かってぺこりと頭を下げた。
あっけないな、おい。
「やっぱり幽々子様だったんですか!?」
「「え?」」
「私、ゴミ箱に大量に入っていたものが“団子の串”だったとは一言も言ってませんよ。そもそも部屋を掃除したっていうのも嘘です。幽々子の部屋のゴミ箱なんか見てません。」
妖夢.....末恐ろしい子。
「え、えーっと......私、今日は疲れてて眠くなってきちゃったから今日はもう寝るわねー。」
あっ、幽々子が逃げた。
「それじゃレン、妖夢ちゃん、おやすm......」
「何処へ行かれるのですか、幽々子様?......逃がしませんよ?」
そそくさと部屋を出ていこうとする幽々子の手を妖夢が捕まえた。
「ふふっ......幽々子様、向こうの部屋で妖夢とゆっくりお話しましょうね♡」
「きょ、拒否権は?」
「無いです。」
妖夢は食い気味に即答。
幽々子はひぇぇ......という悲鳴を上げながら妖夢に引っ張られていく。
「レンさん、幽々子様とお話をしてくるのでお風呂の方、少しばかり待っててもらっても大丈夫ですか?」
「う、うん。なんなら今のうちに沸かしておくよ。」
「あ、そうしていただけるとありがたいです。なんか......お客様なのにお風呂沸かしみたいな雑用なんかさせて申し訳ないです。」
「い、いえいえ滅相もない。妖夢さんの為なら風呂なんか何回でも沸かしますよ!!」
「レンー!助けてぇぇ!!」
幽々子の嘆願も虚しく、レンは露骨に目を逸らした。
妖夢はふふっ、と可愛く微笑むと幽々子を引きずりながら部屋を後にした。
よ、妖夢さん怖ぇぇ......。
きっと長い長いお説教が始まるんだろうな。
レンは南無南無、と手を合わせてから、外へ出て風呂を沸かすべく立ち上がった。
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「レンさーん?お風呂、もう入っても大丈夫ですか?」
格子越しに浴室から妖夢の声が響いて来た。
レンはそれを聞いて火吹き竹で火に空気を送る手を止める。
「うん。多分大丈夫......だと思う。ちょっと湯加減これで良いか手入れてみて。」
中からはーい、という返事。
「どれどれ......ん、丁度良さそうです。それじゃあ失礼して......。」
ちゃぽん。
「ふぇ〜。」
湯船に身体を沈める音と共に弛緩し切った声が聞こえてくる。
「本当にレンさんお風呂沸かすのお上手ですね!」
「そ、そうかな。」
......やっぱりこの壁の向こうに一糸纏わぬ女の子がいると思うと恥ずかしい。
「レンさん、先程はお見苦しいところをお見せしてしまってすみませんでした......。」
「い、いやいや。俺も団子食べちゃったし、こっちこそごめんね。」
「いえ......幽々子様から話を聞けば、レンさんはほぼ巻き込まれたようなものじゃないですか。悪いのは幽々子様ですよ。」
幽々子が完全悪、というような感じの妖夢の口振りに、思わずレンは笑ってしまった。
「そういえば、昼間にレンさんにお手伝いしていただいたお礼をまだしてませんでした。私、人にあんな風に手伝おうか、なんて言われたの初めてで......とても嬉しかったんです。何かして欲しいことがあれば何でも申し付けて下さいね!この後もしお時間よろしければ肩揉みでもして差し上げましょうか?」
「い、いや......大丈夫だよ。特にして欲しいこともまだ思い付かないし。」
「そうですか......。」
「別にお礼なんかしなくても良いんだよ?別に見返りを求めて手伝ったわけじゃないんだし。」
「いいえ駄目です!約束ですから、必ず何かお礼をさせてもらいます。して欲しいお礼、考えておいて下さいね。」
「......分かった、考えとくよ。それじゃあ、おやすみ。」
「はい。おやすみなさい。」
......健気な子だなぁ。
レンは小さく笑うと、自分の部屋へと戻って行った。
ーーレンが眠りについた頃。
「妖夢ちゃ〜ん?お茶のお代わり頂戴?」
「......。」
妖夢はスタスタと歩いてきて無言で幽々子の湯呑みに茶を注いだ。
「妖夢、まだ怒ってるの〜?」
「別にもう怒ってなどいません。」
ぷいっとそっぽを向きながら素っ気なく答える。
「ちょ....ごめんってば.....当分の間は盗み食いしないからぁ........。」
「それが当たり前ですよ!?っていうか今当分の間って言いました?しばらくしたらまた盗み食いするつもりなんじゃないでしょうね......。」
口が滑った、とでもいうように幽々子は手で口を抑えた。
「あっ、なんで目を逸らすんですか......?」
「そ、そんなつもりは更々ないわよ.......。それよりも妖夢、貴方に聞きたいことがあるんだけど。」
「.......何でしょうか?」
「貴方、レンのことどう思う?」
「え!?そうですね......見た感じ華奢ですが、お身体を結構鍛えてらっしゃる感じでしたし、ちょっとした所作も......なんて言ったらいいんでしょうか。流麗な感じというか。あれは相当な剣の腕の持ち主ですね。是非そのうち剣について心ゆくまで語り合いたいですね。もしできることなら手合わせもお願いs......」
「違うわよ!そういう意味じゃなくて.......」
「じゃあどういう意味ですかッ!!」
妖夢は赤面した。
ああ、ノリで身体を鍛えている様に見えるとか言っちゃったよ!それじゃあまるで私が舐め回すように身体を見ているみたいじゃないか!違うんです!誤解です幽々子様!この魂魄妖夢、そのようなはしたないことは決して......
「何か.....あの子からあまり死の気が感じられないのよね。」
「それは一体どういう......」
「普通、死を経験した魂って死の気を纏っているものなんだけど、死んだばかりのはずなのに彼からはその気が感じられないのよ。かといって生の気も感じられないの。」
「えぇ.......?なんか頭がこんがらがってきました......。」
「えーっとね、お馬鹿さんな妖夢にも分かりやすく説明すると......私の直感では、彼は生きてるわけでもなければ死んでるわけでもないような感じだと思うのよ。」
「一言余計ですよっ!.......で、結局のところ何が言いたいんですか?」
「........やっぱりいいわ。何でもない。」
「えぇーーーッ!?何でそこまで言って切るんですか!?」
「妖夢ちゃ〜ん、お茶〜。」
「ちょ、誤魔化さないで下さい!」
ーー白玉楼は今日も平和です。




