11.暇つぶし
「ふわぁ.....」
もう今日何度目かも分からない欠伸を噛み殺す。
ーー暇だ。
レンは与えられた部屋の布団に寝転がりながら庭を眺めていた。
与えられたのは白玉楼の東側の方に位置する客間。広さは八畳ほどだが、一人で過ごす分には特に不自由は無い。
部屋の中から満開の桜の木々が立ち並ぶ綺麗な庭を眺めることができるし、涼しくてなかなかに快適だ。
......が。
とてつもなく暇だ。
物事に追われて忙しすぎても疲弊してしまうが、こうも何もすべきことが無くて退屈すぎてもやはり人間虚しく感じてしまうものである。
暇をこじらせて、一時間ほど前から部屋の畳の繊維を端から端までで何本あるのか数える遊びをしていたのだがついさっきくしゃみをしてしまったせいでどこまで数えていたのか分からなくなってしまった。
もうやーめた、この遊び。
していて虚しくなるだけだ。
......といっても他にやることもない。
剣の手入れももうとっくに終わらせてしまったしなぁ。
ーー何かすることはないか。
畳の上に大の字になって寝っ転がってぼーっとしているうちに、ふとせっせと忙しそうに仕事に勤しんでいた妖夢の姿が頭の中に浮かんだ。
「妖夢の仕事の手伝いでもするか。」
淀みかけていた思考を振り払って立ち上がる。障子を開けて中庭へ出て、外の空気で肺を満たしたら少し気分が良くなった。
そのまま縁側を歩いて妖夢がいるであろう台所へと向かう。
綺麗に整えられた庭に見入っていたらちょうど角を曲がろうとした所で誰かと衝突してしまった。
「いてて....ごめん....。」
「あっ.......」
ぶつかったのは幽々子だった。何処から持って来たのか両手に沢山の団子を抱え、口にも団子の串を咥えている。
「おい....幽々子、それ。」
「もぐもぐ 妖夢には もぐもぐ 内緒ね〜? もぐもぐ 」
「食べるのか喋るのかどっちかにしなよ....。」
そんなレンの言葉も知らん顔で幽々子はせっせと団子を頬張っては口を動かしている。
団子376本ももしかしたら聞き間違いではなかったのかもしれない。
「はい、コレ。口止め料〜。」
「......。」
幽々子はレンに口止め料として団子を一本押し付けてまた別の曲がり角へと消えていった。
「これ食べたら俺も共犯になるんじゃ......まあ別にいいか。」
せっかくもらったんだし、一応幽々子のためにもこのまま妖夢の元へ団子を持っていくわけにはいかない。
欄干にもたれかかって中庭の見事な桜を眺めながら団子を齧る。
......おいしい。
串に刺さっていた団子を全て食べ終え、満足の一息を吐いたレンは残った串をポケットに突っ込み、再び縁側を歩き出した。
※※※
予想通り、妖夢は台所に立って夕食の準備をしていた。
白い割烹着姿でせっせと包丁で野菜を刻んだり鍋の様子を見たりしている。
「あっ、レンさん。何か御入用ですか?」
「部屋で呆けているのがあまりに虚しいからさ.....何か手伝えることない?」
「お、お気持ちは有り難いですが.....お客様にお手伝いなんてさせられませんよ!」
「どうせ暇なんだし、居候させてもらっているのに何もしないのはなんだか気が引けるからさ......頼むよ。ほら、妖夢だって一人でご飯作ったり掃除したり庭のお手入れしたりするのは大変でしょ?」
「そうは言われましても......」
「じゃあ......俺が今妖夢を手伝うから、俺もいつか妖夢に何かお礼をしてもらおう。交換....というと語弊があるけどそれなら別にただ仕事を俺に手伝わせているだけじゃないからいいよね?」
「うーん、まあそれなら.......」
「よし決まりだな。何を手伝えばいい?」
「じゃあ.....幽々子様がもうじきお風呂に入るって言い出すと思うのでお風呂を沸かしてもらってもいいですか?」
「どうやって沸かすんだ?」
「そこの戸から出て右にしばらく進むと焚き口があるので薪を割ってそこにくべ、燃やして湯加減を調節してあげて下さい。」
「心得た。」
返事をするや否やレンは妖夢が指差した勝手口から外へ出て、言われた通り右へ進んでいった。
「お客様なのに仕事を手伝うって.......妖夢が忙しそうにしているのを見てああいう風に言ってくれたのかな。」
野菜を包丁で刻みながら独り言を呟く。
「幽々子様にもお手伝いまではしなくてもこういう姿勢を見習ってほしい.....せめて盗み食いをやめてもらえれば.....」
そこまで言ったところで妖夢は自分の発言にくすっ、と笑ってしまった。
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しばらく進むと、妖夢の言った通り風呂の焚き口が外壁に同化するような形で設置されていた。焚き口のすぐそばに普段薪割り台として使われているのであろう大きな切り株と山積みになったまばらな大きさの木材が置いてある。
「薪割りからしないといけないのか.....。」
火起こしとかしたことないのでどんな木材が薪に適しているのか分からない。取り敢えず山積みの木材の中から適当に何本か引っ張り出して切り株の上に並べる。
「これで良し。」
こんなこともあろうかと部屋から持って来た愛剣の柄をすかさず握り、静かに鞘から抜く。そして腰を落として剣を構えーー。
「せあッ!!」
複数の青白い閃光が走り、切り株の上に並べられた木材が薪として使うのにちょうど良いくらいの手頃な大きさに一瞬にして分裂する。
英雄が神より賜った由緒ある剣を薪割りに使うのは罰当たりもいいところだが......まあこれくらいは目を瞑って欲しい。
「よいしょっと。」
割った薪を焚き口に適当に突っ込んでみる。
「本当は空気の通り道とか作ったほうがいいんだろうけど.....まあいっか。ってあれ?」
周囲を見回してみたが肝心の火種を作るための道具らしきものが見当たらない。
「着火に使う道具は無いのか......」
手のひらを焚き口に突っ込まれた薪の方へ向け、呪文を詠唱する。
「ファイアッ!」
彼の指先から生成された小さな火の玉はくべられた薪を燃やし、やがて赤熱させるほどに熱を帯びるようになった。
そのままパチパチと爆ぜる薪を木の棒で突っつき回しながら火力を調節していく。
暫くすると、風呂場の格子から盛んな湯気がでるようになっていた。
「レンー、お風呂沸いたかしら?」
ちょうどその時幽々子の声が中から聞こえてきた。
「ああ、多分大丈夫だと思うよ。これで湯加減大丈夫か確認して見てくれ。」
はーい、という返事と共にガラガラと更衣室と浴室を隔てる戸を開ける音。
続いてちゃぽん、という身体を湯船に沈めるような音が聞こえてきた。
......この壁の向こう側で一糸纏わぬ女性が湯浴みしていると思うとなんだか気恥ずかしいな。
「お湯加減バッチリよ〜。ありがとう。」
「お、おう。そりゃ良かった。」
落ち着け、俺の心臓。
「それじゃあ俺は戻るから......」
「......ねえ、レン?」
「は......はい。」
踵を返してさっさと自分の部屋の方へと戻ろうとしたが、幽々子に呼び掛けられて足を止める。
「どうして妖夢ちゃんのお仕事を手伝ってくれたの?」
「そ、そりゃ妖夢が忙しそうにしてたから少しでも負担を減らしてあげたいなって思って。それに暇を持て余してたしさ。」
「ふーん、優しいのね。」
ふふっ、という少し嬉しそうな笑い声が聞こえて来た。
レンは幽々子の問いの真意が汲み取れず、首を傾げる。
「......お団子のこと、妖夢ちゃんには内緒ね?」
「えぇ......?」
「もし妖夢ちゃんにバラしたらレンもお団子食べてたって言っちゃうわよ?」
「い、一本だけじゃん!!」
しかも押し付けられるような形だったし。
「一本でも食べたことには変わりはないでしょ?とにかくレンは黙っててくれれば良いのよ。」
「わ......わかったよ。」
流石にあれだけの量盗み食いしたらすぐにバレると思うけどなぁ。
レンはそそくさと自分の部屋へと戻っていった。




