1.明晰夢
その日、悪しき御魂は星空の元に砕け散った。
英雄は剣を置いて国を興し、悪しき神は復活を目論んで永い眠りにつく。
そしてその時、交差するはずのなかった二つの世界が遠い未来で繋がった。
“君が生まれるずっと前から、幻想はそこにあったんだ。”
これは幻想に生きる少女達と、亡国の魔導師の少年が紡ぐ物語ーー。
※※※
ーーランセルグレア。
アレス帝国・セルン帝国・アルディン帝国・シンム帝国・ローム王国・レヴィン民族国家・アトルリア同盟の七つの国々から成り、人間・オーガ・エルフ・ドワーフなどの様々な種族が暮らす広大な世界である。
その昔、この世界は偽りの神......“ハグネ”が率いる悪鬼や巨人、邪竜などの魔物達によって滅亡の危機にさらされた。
人々が恐怖に怯えるか殺されるかの絶望の境地に立たされていた中、偽りの神打倒のために立ち上がった”アレス=セルダレン“という一人の若者がいた。彼こそ後にランセルグレアの始祖と呼ばれるようになった初代星王その人である。
彼は“六竜”や他種族の仲間たちと共に、魔を打ち払う力を宿すと云われる“《天星剣》アルテマ“を用いて偽りの神と戦い、長く辛い十数年間にも及ぶ戦の末に見事偽りの神を打ち倒し、ランセルグレアの世に平和をもたらした。(マクヴェリア戦役)
戦いが終わった後偽りの神の血を吸ったことにより呪われて魔剣となったアルテマはどこかの森の奥深くに封印され、偽りの神の亡骸もランセルグレアの北の果ての谷底に封印された。
その後アレス及び彼と共に偽りの神と戦った者たちは各地に国を建てる。
この時に建てられたのが現在ランセルグレアに存在する七つの国々である。
この出来事があって以降、現在までランセルグレアでは騎士の反乱や各国内の政権争いに伴う政治的要人の暗殺などはあったものの大きな国家同士の戦乱などは特に起こっていない。
偽りの神が封印されてもなお未だに各地に生息する魔物達も人を襲いはするが以前と比べて大分おとなしくなり、実質的には平和が続いていた。
この平和は未来永劫続いていく、ランセルグレアの人々はそう信じ続けた。だがそんな願いも虚しく再びゆっくり、ゆっくりと、しかし確実に、”厄災“がランセルグレアを再び蝕み始めていることをまだ人々は知る由も無い。
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......気がつくと少年は深い森の中に倒れていた。
木々の間から木漏れ日が差しこみ、見とれるほどに幻想的な風景である。
石段が木々の間を縫って山の上へと続いているようだ。全く景色に見覚えが無い。どうやって自分がこの場所にたどり着いたのかさえも分からない。
取り敢えず頬を引っ張ってみる。
「......。」
ーーあんまり痛くない。
ここは夢の中......なのかな?
彼はゆっくりと身体を起こすと、周囲を見回した。
今いる場所からは山の頂点も麓も見えない。
ただ終わりの見えない石段が上にも下にも続いているのみだった。
きっと高いところへ登ればこの山の周りの景色を見渡すことができる筈だ。
そう考えた彼は石段を一段飛ばしで登り始めた。
......端から夢の中だと分かっている夢って不思議ものだな。
登っても登っても延々と続く石段を登りながら少年は心中で独りごちた。
石段を登り続けても、景色には全く変化がない。
ただただまっすぐな一本道が、木々の間を割くようにしてずっと続いている。
未だに開けた場所にすら出ない。
まるで同じところを何回も何回もループしているかのような奇妙な感覚を覚える。
だがそんな奇妙な感覚もひたすら石段を登るうちに小鳥のさえずりや景色の美しさで気が紛れ、消えていった。
もうどのくらい石段を登りつづけただろうか。石段は更に上へ上へと続いている。
このままいくら登ってもただ延々と石段が続くだけなのでは無いか――
そう思ってげんなりしかけたその時。遙か上の方に何か赤い建造物が見えた。ようやく石段の終わりが見えて嬉しくなった少年は赤い建造物目がけて石段を駆け上がった。
※※※
下から見えた赤い建造物は、大きな鳥居だった。
「神社か......。」
鳥居には、神社の名前が刻まれていたのであろう跡があったがすっかり風化してしまっていてその跡から文字を読みとることはできなかった。
少年は鳥居をくぐって境内に入ってみた。予想通り誰も居ない。だが、思ったよりも境内は綺麗だ。
そして何よりも目をひいたのが境内を囲むようにして咲き乱れる美しい桜の木々である。
風にあおられたその淡い薄桃色の花びらは文字通り花吹雪となって少年の視界いっぱいに飛び交う。
もしかしたら誰か人が住んでいるのかもしれない。比較的広めの境内には本殿や倉庫、社務所などが建ち並んでいた。
本殿に歩み寄ってみる。
手前の賽銭箱よりも奥の方の様子は薄暗くてよく見えない。
きっと御神体が安置されているのだろう。
徐に懐手をして、桜の方へと視線を戻したその時だった。
不意に本殿の裏側から歌声が聞こえてきた。誰かが本殿の裏にいるようだ。
......綺麗な声だな。
見に行くのは少し怖い気もしたがどうせ夢の中なのだから、と割り切って足音の聞こえた方へと向かってみることにする。
自分でも気づかないうちに忍び足になりながらゆっくりと本殿の裏側に回る。
物陰から首だけを出してのぞくと、そこには――。
箒で石畳を掃いている少女の後ろ姿が見えた。魔物とかではなかったので一安心する。
その艶やかな黒髪には白の模様が入った大きな赤色のリボンを結い、袖が無く肩と腋が出るような形のこれまた赤色の巫女装束のような服を身にまとっている。
きっとこの神社の巫女なのだろう。
その黒い髪には艶があってとても美しい。
ここからじゃ後ろ姿しか見えないけど、きっと可愛い顔してるんだろうな。
向こうに気付かれる前にここを立ち去ることも出来るが、ちょっぴりその女の子と話してみたいという気持ちもある。
どうせ夢の中だから、とたかを括っているところもあっただろう。
彼はその少女の方へ一歩踏み出した。
ーーその刹那。
突然境内裏に強い風が吹き込んできたかと思うと。
巫女装束の少女は光の粒となって飛散し、風に攫われて消えてしまった。
そして、それと同時に少年の視界も光に包まれーー
やがて視界に映るものは見慣れた木目の天井に変わった。
ゆっくりと上体を起こして薄暗い自室を見渡し、深い深いため息を吐く。
夢から目覚めたのである。カーテンの端から朝日の光が僅かに漏れ、部屋の隅を照らしている。
いつも通りの朝。いつもと何も変わらない朝。だが、少年は尋常ではない量の汗をかいていた。
鼓動が早鐘を打つように早くなっている。
ドッ、ドッ、というような心臓が全身へと血液を送り出すべく拍動する音が身体中を伝わって鼓膜を揺らす。
視界が霞んでいる。
目の縁から止めどなくぬるい液体が溢れてくる。
少年、レンは――
涙を流していた。
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ここはアレス帝国の南東部、ムルーヴェル地方に位置する小さな村、テーヴェン村。この村に住む少年、レンは魔導師を志して魔導師見習いの身である。
この世界の魔導師は皆、メディウム(媒体)を用いて魔法を扱う。
メディウムを用いずとも魔法を使うことは出来るが初歩的な魔法しか扱えず、威力は半減、消費する魔力は倍増、等々デメリットばかりであるため基本的には皆魔法詠唱の際にはメディウムを用いる。
このメディウムというものは、魔導師になる運命の人間とつがいになっている。
つまりこの世に生を受けたときからその魔導師のメディウムは決まっているのである。そのため、魔導師は自分のつがいであるメディウム以外を使用することが出来ない。
メディウムは人によって様々な物があり、オーソドックスに魔導書や杖などのようなものから杖剣、指輪などのようなものがメディウムだったりもする。
自分のメディウムを見つけることが一人前の魔導師になるための、いわば昇格条件である。
魔導師は、ある程度修行を積んで魔力感知が出来るようになると自分のメディウムがおおよそ何処にあるのかが特殊な呪文を詠唱することによって把握出来るようになるので、その感覚を頼りに自分のメディウムを探す旅に出るのである。
そして、メディウムを見事見つけ出し、一人前になった魔導師の青年たちは今度は更に戦闘の腕を磨き、士官学校への入学を目指す。
中でもランセルグレア最高峰として名高い名門の士官学校が、アレス帝国騎士団附属デュケイオン士官学院だ。
アレス帝国の先鋭である、帝国騎士団所属の王宮魔導騎士になることはアレス帝国中の若い魔導師達の夢である。
レンも王宮魔導騎士になることを夢見て今日まで修行に励んできて、最近やっと自分のメディウムを朧気にではあるが感知できるようになってきた。
そして、今日まさにメディウムを探すために旅立つのである。
顔を洗いながら、レンは先程見た夢について思考を巡らせていた。
別に夢なんて今まで生きてきた中で数えきれないくらい見てきた。
だが目が覚めた時に涙が頬を伝っていた、なんて体験をしたのは初めてだった。それでもって自分でも何故自分が泣いていたのかさえわからないものだから奇妙である。
......あそこでもしも石段を下ることを選んだのならば。
一体あの夢はどのような結末を迎えたのだろう。
覚めてしまった今となっては確かめようのない事実ではあるが、気になってあの夢のことが頭から離れない。
ーーひょっとすると、なにかのお告げだったのではないか。
ふと頭に湧いて出たそんな発想を、レンは自ら鼻で笑って一蹴した。
......まさか。単なる夢に決まってる。
ちょっぴり不思議な夢だったってだけだ。
そんなに気にするべきことでもない。今はそんなことよりもメディウム探しの旅について考えなければならない。
そう自分に言い聞かせて、レンは今朝見た夢に関する思考を切り上げることにした。
顔を洗い終えて、朝食も食べ終わり、着替える頃にはもう夢のことなどすっかり忘れてしまっていた。
灰色のシャツの上に鉄の胸当てを付け、更にその上から漆黒のマントを羽織り、いつも付けている紺色のバンダナを頭に巻く。
そして、壁に立て掛けてあった簡素な革の鞘に納められている剣を腰の剣帯に吊るす。
剣はダマスコ鋼製だ。ダマスコ鋼は南方のラガル地方原産の金属で、とにかく硬いのが売りである。
固すぎるが故に加工が困難であり、当然すこぶる研磨しにくいのでこの金属が使われている剣の切れ味はそこまで良くない。
ただ先も言ったように硬度だけはピカイチであるため、安価な剣の材料としてよく用いられる。
レンは魔力が枯渇してしまった時にも戦えるように、小さい頃から剣の修行にも励んできた。といっても、彼に剣術を叩き込んだ剣の師匠はもう既に行方が分からなくなって久しいが。
13歳となった今では結構な剣の使い手である。実は魔導師を目指している身でありながら、現時点では魔法よりも剣の扱いの方が秀でていたりする。
初級魔法の詠唱補助用魔導書と、長旅になることを予想してこの日の為に溜めておいた路銀が入った小袋、その他諸々の荷物を持って家を出る。
しばらく帰ってこないであろう我が家に、惜別の感情を抱きつつも別れを告げてレンはひとまず村の入り口の方向へと向かった。
レン君が幻想入りするのはまだ結構先のことになります。
所々おかしい文章がありますが、温かい目で見守ってくださると嬉しい限りです。




