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楽しい職場体験in冥界

「失礼します。頼まれていた資料をお持ちしました。」

「ありがとう。丁度いいところに来たね。」


嬉しそうに手招きする師匠に首を傾げつつ、言われた通りに頼まれていた資料を所定の位置に置いて傍へと歩いていく。

そのまま指差された方向を見ると、一人の人間がおどおどした様子で鈴鹿……というよりその隣にいるジルネーへと視線を向けていた。

そこで、クルクルと回る文字が作り出した文章を読んで何をさせたいのかを理解した鈴鹿は首を左右に振って否定の意を示した。


「ダメですね。全然駄目です。少し世界が狭いです。というか、夢見過ぎてます。……仮に、お師匠様が扱う者としてスカウトしたとしても耐えられないでしょう。」


勿論先輩も、と付け加えると何故か感慨深げにうんうんと師匠が頷く。

一方の人間……中年くらいの男性は、いきなり現れた鈴鹿から酷評されたことに憤っているからなのか顔面を紅潮させて口をパクパクと忙しなく開閉させている。

此処は怒鳴るところだと思うのだけれど、この人は頭に血が上ると何も考えられなくなるタイプか、それともこういう時は長考になるタイプなのか?と観察していたのだが、男の首筋を見た時にそれが誤りであったことを鈴鹿は知った。

男の首には、首輪がついていた。

正確には先輩特製の身に着けた者の権限を一時的に持ち主に移譲するという効果のある首輪である。


「喋るな、って言ったよね?」


にこりと師匠は笑った。この道具を使ったという事は相当腹に据えかねているのだろうと思ってはいたがやはり予想は当たっていたらしい。

尚も男は口をパクパクと開閉しているが、鈴鹿には聞こえていないので何を言っているのかわからない。


「うんうん、でもそれは君の見ている世界の話で、真実ではあっても事実ではないから。それじゃあね。」


そんな軽い調子で言い放つとともに、男の居た部分を中心に床の一部が崩壊した。

男はそのまま暗い底の見えない闇の中へと姿を消していった。


―――所謂「地獄逝き」である。


抜けた床を一瞬で元通りにした師匠は最近口癖になりつつある言葉を鈴鹿へと投げ掛けた。


「ねー。そろそろ私の代理として裁判官やってくれない?」

「お断りします。」


即答した鈴鹿に「頼むよー。もう疲れたー。なんなら冥界そのものを支配下にしたっていいんだよ?どう?素敵な案じゃないかな?」と尚もジルネーは縋る様に話を続ける。

対する鈴鹿は溜息を吐いてジルネーに向き直った。


「支配って、どうせその実権とやらを僕に譲ったらトンズラするつもりでしょう?貴方。先輩も言ってましたよ。お師匠様が何か些細なことでも案を出して来たらまず疑ってかかれって。」

「チクショウ。アースレイの奴余計なことを……。」

「僕にとってはありがたい情報でしたのでむしろ感謝ですね。」

「ぐぬぬ……あの神様なり立ての頃の初々しかった浄玻璃鏡はいったいどこに……。」

「貴方がいないというなら幻想だったんでしょうね。さ、次の資料は既に用意していますのでさっさと終わらせましょう。大丈夫です。僕もお手伝いしますから。」

「じょ、浄玻璃鏡……君ってやつは……。」


最初の言葉に泣きそうになっていたジルネーも最後の言葉に思わずきらきらと潤んだ瞳を鈴鹿へと向ける。


「最もこの後いらっしゃる先輩から仕事が終わらなくて小言を言われてもいいというのならこのまま放置もありですが。」

「浄玻璃鏡……君ってやつは……。」


が、次の言葉にジルネーは遂に顔を覆ってしまう。

同じ言葉でも絶望具合は段違いであった。




神生会議から早くも数か月が経過し、(とは言ってもジルネーからちょくちょく時間経過を聞いただけなので正確かどうかはわからないが)現在、鈴鹿は女神・浄玻璃鏡としてジルネーの補佐として働いている。

ゆくゆくは自分の代わりに裁定を行ってほしいというジルネーからこうして時折裁判にも出席させられるのだが……。


(そもそも私じゃなく先輩が後釜として納まるのが筋じゃないの?)


そう、さっきから話に時折出てくる通り、鈴鹿にとっては兄弟子にあたる存在がいるという事もこの数カ月の間に知ったことの一つではあった。

何故素直にその兄弟子にその座を譲らないのかの直接の要因を鈴鹿は知らないが、できることなら面倒事には極力関わりたくない鈴鹿からしてみれば何らかの形で決着をつけて欲しいと思う。

主に兄弟子が継ぐとか、先輩が継ぐとか、兄弟子が継ぐとかいう方向で。

そんなことを考えていると天井から何かがざらざらと溢れ出してきた。

その黒い何かはまるで水滴を零すかのような動きで三枚羽の、向こうの世界で言う鷲に近い鳥が複数羽繋げられた戦車が現れる。

そのまま床に着くと同時に戦車に乗っていた男性……先程まで話題に上がっていた先輩、アースレイがこちらに向かって目にも止まらぬ速さで移動していた。


「お久しぶりです。先輩。」

「ああ、浄玻璃鏡か、久しぶりだな……あの方はどうした。」

「……今必死で予算の確認作業してます。」

「……相変わらずか。」

「はい。相変わらずです……。」

「「はあ……。」」


流石に予算の最終チェックは鈴鹿がするわけにはいくまいとジルネーがしているのだが、書類を探すだけで3時間ほどかかってしまいまだチェック中である。

現補佐官と元補佐官は顔を見合わせて溜息を吐いた。

そこではたと何かを思い出したらしきアースレイがごそごそと胸元から何か、羊皮紙の様なモノを取り出した。


「これを君に、あとあの方にもと、ノゼヴィル様が。」

「はあ?ありがとうございます?」


この後しばらくして仕事が片付いた師匠がアースレイとアースレイの持ってきた書状……とある女神の捜索と保護の内容を見て泣き叫ぶことになった。


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