転生は失敗しました。
―――寒い。
まるで身を切るかのような冷たさが全身に浴びせられる。
寒いさむい、さむい。
ぎしりとどこかで何処かの骨がきしむ音がきこえる
―――痛い。
寒さによってかじかんだ指が、緊張する筋肉が、軋む骨が
これは危ないとなにかが頭につたえてい、る?るるあああああ!?
さむいいたいいたい痛いいたいたたたたたたたたいいいいいいいいいいいいい!?
あああいたいいたいなんわたなにいたたたたたいいいたすいい痛いいいい痛い痛いたす、けいたいたいたいいあついいたいいたいあついあついいたいたいさむいいたさむい―――
「またここにきてるの?ジルネー。」
貴方も飽きないわね。と知識の女神であるトゥーレンが紫髪の中性的な神……ジルネーへと呆れたように頭の左右にわざとらしく手のひらを持ってきてやれやれと言わんばかりに揺らして見せる。
「そもそも貴方、こういうの興味ないんじゃなかったかしら?前回のアースレイの時は平気でサボってたじゃない。」
「そういう君は君のところに来た巫女に夢中だって話じゃないか。人の事言えないと思うよ、私は。」
「っな!?どこからそんな……いえ、いいわ。これ以上は墓穴かもしれないし。」
前回の神生祭の時の出来事をネタにちょっとつついてやろう位の気持ちで言ったことが予想外の方向で言い返されたことに一瞬の動揺を見せつつも、この神に言い返そうが無視しようが同じことであることを知っているトゥーレンはさっさと話題を変えようとこれ以上の詮索をやめた。
それに仮にこのまま下手にその話を聞いてしまった場合、共犯だとか首謀者といった形で巻き込まれるとかもごめんである。
芸事と冥界の神である彼に、こと悪戯で勝てる神などいはしないのだ。
それじゃあといってそのまま地上に行こうとするトゥーレンにジルネーは歌うように言った。
「君も楽しみにしているといいよ。なんせ今度産まれてくる子は……。」
私のお気に入りの子なんだからね。と魔的な笑顔で笑って見せた。
「ああ本当に楽しみだ。一体君はどんな者として産まれてくるんだろうね。まあ君には鏡のこともあるからきっとこちら側に来ることになるだろうけれど……私としてはそっちの方がうれしいなあ……あ、そうだ。君から預かっていた物、返すよ。君は知らないというかもしれないけれど、間違いなく君はこれの正当な持ち主なんだから。」
言って、何処から出したのか、おもむろに手元にあった姿見の様な大きさの鏡を、先程まで一方的に会話していたモノ……巨大な蓮の花の蕾の様なそれの隙間から無理やり押し込んだ。
すると花がまるで悲鳴を上げるかのように震え始めた。
しかし、その震えも暫くしてピタリと停止する。
瞬間、ブチリと乱暴に花びらが引き千切られた。
その花びらを毟り取った白い手はそのまま持っていた花びらを投げ捨てると手探りで近くの花びらを掴む……とその花びらから徐々に、というには余りのも急速に残りの花びらを凍らせていく。
その氷が蓮の花全体に達したとき、遂にそれは割れ砕け、中にいた人影がフラフラと立ち上がる。
ジルネーが近づいていくとそこにいた人影もとい少女は何やら口をパクパクと数回繰り返して喉を抑えていた。その様子にジルネーがああ!と納得したような自然な動作で何か水の様なモノを少女の口に流し込む。
「……んじ……。」
「うん?」
「チェンジィイイイッ。いやよっいやっ異世界とかもうこりごりなのよおぉぉぉっ」
「あの、君、落ち着いて」
「勇者の雑用なんかいや。お願いだから元の世界に返してっ」
「うーん。それは無理な相談かな。」
「なんで!?どうして?だってあの時ちゃんと転生させるって」
「うんそうだね。でも君はあちらの世界に転生してからちゃんとこの世界に召喚された。そしてもう一つは、君は既にここ……この世界の冥界の食べ物を口にしてしまった。だからもう僕の手での転生は不可能だ。」
「そん……な……。」
「それに、君はその姿で帰って本当に大丈夫なのかな?両親は?周りは?君だってわかってくれると思う?」
そんな無慈悲なまでのジルネーの言葉に鈴鹿は自分の顔を触った後、足元に転がった氷にわずかに映った自身の顔を見て、思わず言葉を失った。もしかしたら呼吸することすらも忘れていたかもしれない。
何故なら、そこに映っていた顔は……夜空のようなミッドナイトブルーの髪と同色の瞳。瞳は虹彩に金と銀が散っている。そんな鈴鹿ともぷりしらとも全く違う、プリシラがみた姿見の中の人物と全く同じ容姿の少女だったのだから。
「うそ、うそ、うそ……うそよお……。」
ボロボロと涙を溢しながら鈴鹿はその場にしゃがみ込んだ。
暫く不思議そうにその様子を見ていたジルネーであったが、何を思ったのか鈴鹿と対面するようにしゃがみ込む。
「嘘じゃない。本当だよ。」
返事は来ない。ただグズグズと鼻を鳴らす音と漏れだす嗚咽が聞こえる。
「君は正真正銘神様になったんだ。……それに、もしかしたら君のお友達もこの世界に生きて存在しているかもしれない。」
そこで嗚咽が抑え込まれる。
膝から顔が上げられた。泣きはらした顔が少々痛々しい。
「か……み?……い、きて……?」
「うん、そうだよ。生きてる。なんせ、目撃談も上がっているからね。」
そう言って、今度こそジルネーは鈴鹿に手を差し伸べた。
「久しぶりプリシラ。そして初めまして安孫子鈴鹿さん。今から君の師匠になるジルネーだよ。よろしくね。」
「じる、ねーさん……?よろしくお願いします。」
その差し出された手を鈴鹿は確かに握り返したのであった。