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選んだ先の現実で

煩いくらいに鳴っているスマートフォンの目覚ましの画面を押してスヌーズにする。

ぼんやりとした意識を手繰り寄せながら気持ち悪くならない程度の緩慢さで周囲を見渡した。


 鏡に映っているのは例の世界ではアホ勇者と呪われ騎士……ではなくアルベルトだけが持っていた黒目黒髪を惜しげもなく披露する少女(じぶん)だ。眉上で切り揃えられた前髪に伏し目がちそうな目が、気の弱そうな優等生の様に見える。着ている服が浴衣のこともあって現代風市松人形にも見えなくもない。

 部屋は全体的に乙女チックなというよりかは落ち着いた和室と言った風体で、我が部屋ながらどこぞの旅館を真っ先に思い浮かべた。


「鈴鹿さん、朝食が出来ましたよ。」


―――そして、この世界での私の母の声で漸く今この世界で私は私として生きていると確信する。


 一々面倒くさいと思うかもしれないが、この世界で物心ついてから十数年、この作業をしなければいまだに自分が夢を見ているだけではないかと錯覚してしまうくらいには、私にとっての「前世」は色濃く焼き付いて離れないのだ。

更に言葉を加えるのなら……そんな哀れで無惨で、それでいておかしいくらい最後まで普通の村娘(搾取される側)だった惨めな彼女(自分)の事が、私は……生まれた時から大嫌いだった。







「っ……お、俺、諦めませんからっ」


言って、鈴鹿と相対していた男子生徒が走り去る。

鈴鹿自身はそれを引き留めるどころか特にこれと言ってリアクションを取ることもせずに脳内で先程手に入れた相手のクラスとフルネームからどんな奴だったかを検索していた。


「お疲れ、鈴。お前の分の弁当持ってきたぞー。」

「うっひひひ!今日も今日とて絶好の玉砕日和ですなあ。」

「ありがとう千春……環はもう少し控えたほうがいいと思う。」


すらりとした、女子に人気がありそうな女子……久我千春から教室に置いたままだった弁当を受け取った鈴鹿は、怪しげな笑い声を発しながらお得!!と書かれたノートに何やら書き込んでいる女子……青山環の方を見て溜息を吐いた。


「えーだっていつかは役に立つときが来るかもしれないじゃん?」

「お前のあだ名知ってっか、這い寄る悪夢だぞ。いいのかそれで。」


そんな会話をしながら体育館裏の階段の様に詰まれたブロックの上に座る。


「そもそもなんで鈴はそんなに断ってんの?さっきの奴だって確か一年の人気ある奴じゃん。」

「あれ?あれれ?ちいちゃんなんで知ってんの?こういう話興味ないんじゃなかったっけ?」

「んや、こないだの部活んときに人だかりできてたから。」


アイツバレー部、ワタシ女バレ。と言ってやれやれと首を振って見せた。

そう言えばバレー部の女子と男子はネットで区切って体育館使ってたんだったと今更ながらに思い出す。


「だってさっき彼言ったのよ。一目惚れですって」

「はあ?」

「それで?」

「だからお断りしたの。」

「「は?」」


こちらの返事を待っていた二人はガクリと大袈裟に前のめりになってから揃って口を引き攣らせた。


「確かに第一印象は大切だけど、それだけでアタックされてもこう……響かないのよ。だからと言って試しに、何ていうのは相手にも失礼でしょうし……。」

「ひ、響かないって、お前なあ……。」

「まあ、気持ちわかんなくもないけどね。見てくれだけかよ!!みたいな?」

「や、でも実際に関わってみなくちゃわかんないだろ、中身なんて。」

「そう、ね。そうなんだけど……。」


 実際にそんな感じで声かけてきた奴に強制的に同行させられた挙句、馬車馬のようにこき使われてガムみたいに捨てられましたから……なんて言っても信じてもらえないのは目に見えているので奥手()ぶってみる。いや、この場合恋に恋する……違うな、恋に夢見る乙女()の方があっているだろうか。

 我ながらムカつく女だと思うが下手に理由を付けて変な方向に話を持っていかれるのも勘弁だからだ。

そんな話題が嵐の様に過ぎ去って、次の授業、テストの範囲など学生らしい話題が並べられては消えていく。


―――ああ、なんて……都合のいい世界。


 一日に数時間かけてしていた水汲みや枝拾いはしなくてよくて、むしろ帰りが遅くなったり服が汚れているくらいでも心配してくれる両親がいる。

 口先だけで外側にばかりこだわっている模範の標本みたいな勇者とか無自覚な傲慢さの滲むお姫様による路銀強奪やら強制労働もない、むしろ今一緒にいる二人は私がそんな目に合っていたら真っ先に内外ともに相手をボコボコにすることだろう。もちろん私も。


優しい世界、甘い世界。


まるで堕落していくようだと密かに思う。


あんなに惨めだったわたしが、こんなにもいい思いをしてしまっていいのだろうか。

むしろそんな前世そのものが幻想だったのだろうか。

そう思った瞬間、何か、そう、うまく表現できないが、火災報知機を鳴らしてしまったときの様な。

そんな焦りの様な、罪悪感の様なそれがぞわりと腹から胸へと駆け抜けた。


そう思った瞬間。


―――不意に、足場だったブロックが崩落した。

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