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望郷と後悔

ああああ、間に合わなかったっ

「突然の訪問をお許し頂きたい。なにぶん事態は緊急を要するもので……。」


「はあ……?」


訝しげにジロジロとアルベルトを見る父親に兄が駆け寄る。


「と、父さんっアルベルトさんだよ。ほら、プリシラを連れて行った勇者のとこのっ」

「あ?あ、ああ、貴方はあの時の……失礼した。」

「あのっ良かったら中にどうぞ、大したおもてなしも出来ませんが……。」


その誘いに無言で左右に首を振ることで拒否を示したアルベルトに今度は二人揃って首を傾げる。

その二人の反応を待たずにアルベルトは厳粛な態度で話し始めた。


「……まず、先に謝罪を……約束を、プリシラを守れず、申し訳、ありませんでした。」


言うが早いか深々と頭を下げた。一拍おいて二人の目の前に差し出された両手には何か、白い束が載っている。

そんな一連の動作に暫し唖然としていた兄と打って変わって、プリシラの父親の行動は早かった。


「なあ、アルベルトさん。ちょっと(ツラ)あげてくんねえか。」


その声にアルベルトはブンブンと頭を下げたまま左右に振る。

と、此処で漸く意識が戻ったらしい兄が父の方を見て目を見開いた後、その振り上げられた腕に縋り付いた。


「父さん!!早まった真似は止めてくれ。」

「うるせえ!止めんじゃねえ。こちとら腸煮えくり返ってんだっ、殴ってやんねえと気が済まねえっ」

「だからって、この人を殴ったところでもう何も解決はしないだろ!?」

「じゃあなんだ?冷静にこいつの話聞いて、それで無理矢理納得して、テメエはそれでいいのか!?大体世界を救う?輝かしい未来?はんっそのための増税のせいでどれだけ俺ら農民が苦しんだと思う!?もう何人飢えて死んだと思ってんだっ。元から俺はプリシラの件だって反対したかったんだっそれを……てめえらときたら王家の紋章だか何だか知らんが大層なもんで脅してきやがって……何が勇者だっ何が聖王国だっ……てめえらときたら……ただの聖人語った人殺しだろうがああああっ」


その言葉を、アルベルトはただ黙って聞いていた。

顔を真っ赤にして血管が浮き上がるほど憤慨している父親に兄が打って変わって、冷静というよりはまるで氷の様な冷ややかな声で、取り成そうと声を掛けた。


「とにかく聞くだけ聞いてみようよ。……というかさ、なんで彼一人なのか。俺はむしろそっちの方が気になるよ……肝心の勇者様はいないみたいだしさ……。ねえ、だから少し落ち着こう?」


尚も鼻息荒い父親ではあったがその言葉を聞いて幾許かの冷静さは取り戻したのか振り上げていた拳を治めると、その手でアルベルトの襟首を引っ掴んだ。


「取り敢えず、中に入んな。」



そうしてようやく扉が閉まった。




(父さんと兄さん、痩せてたなあ……)


いや、どちらかと言えばやつれたという方が適切だろうか。

あんなに大きくて頼もしいと思っていた二人の背中は思っていたよりも小さく見えた。

ジワリと涙が瞳に溜まり始めた。旅の最中では弱音を吐く暇すらなかったため涙が出たのも久しぶりである。

離れていた2,3年であそこまで変化が出るほど村は困窮していると思っていなかったプリシラは、そのままずるずるとその場にへたり込んだ。


「どうして……。」

「さあ、どうしてだろうね?」


ポツリと漏れた独り言に耳元で誰かが囁いた。

サラサラと、自分のものではない美しい紫髪が揺れ落ちる。

恐る恐るプリシラが声のした方へと顔を向けると美しい人型の何かが宙を浮いていた。

浮いている、というよりは空中に立っていると言った方がいいだろうか。

ともかく、そんな不思議な人物はプリシラに憂いを帯びた笑顔で応対する。


「やあ、君を待っていたよ。私たちの眼。」

「私たちの、眼?」


ドクリと心臓が嫌な音を立てた。

プリシラは心臓を何かに握られているような錯覚を覚えながらも慎重に言葉を模索する。


「そもそも、なんであんなに急速に治安が悪化してるの?」

「おっと、そっちからかい?私はてっきり……。」

「答えてっ」

「……ちぇっ、まあいいか、今対魔王のために聖王国が民に徐々に重税と労力を徴収しているんだけど……。」

「だけど?」

「ふふ、まあいっかあ、君も利用されただけだし教えてあげるよ。そもそも、聖王国は元から魔王たちと交戦するつもりも、まして魔王たちに勝とうなんて気もないんだよ。ただ、口実が欲しいだけさ。新たな自分たちの末席に加わる勇者作成と、増税のね。」


神から授かったとかって言ってむっかしからの血統を守るためだけに心血注いでる連中だからねーと紫の美人は笑って見せる。


「でもさ、ほら、うってつけだろう?新しい勇者を作り上げるには、魔王ってさ。」


だからさあ……奴ら、自分たちでその辺の魔物の事強化して人工的にそれっぽいのを作って野に放つんだよ。ほんと、笑っちゃうよね。とカラカラと笑いながら続けた。


「でもほら、そんなこと知らない連中はちょーっと強いだけでも魔物から怪物にランクアップさせるだろう?で、殺した数とか、壊した街の数とかで勝手に魔王が!!とか言いだす。あはははは!そんなに魔王がいて堪るかっての!」


笑い過ぎてなのかどうかわからないが顔面に手を置いて笑い転げた紫色の美人は、その手の隙間から瞳を覗かせる。背筋の凍る様な、暗くて深い、まるで深淵の様な黒が爛々と輝いている。


「でもさあ、私らも、もう飽きた。」


そこで、君の出番だ。私たちの眼。と、プリシラを指差して言う。


「私は少なくとも人間が好きだ。日々の糧に一々感謝して、日々の中で愛とやらを育み、ちょっとしたことで憎みあって、何かしらから略奪しなくては生きていけない。そんなとんでもなく臆病で、何処までも欲深で、それでも必死に善性を身に着けようとするそんな彼彼女らが大大大大大好きだ!!」


悪びれもなく、続く言葉の羅列に、プリシラは感情がついていかない。もちろん理解もついていかない。

彼女(彼)は、神とか、精霊とか、そう言ったたぐいのものなのだろうか、とすら思う。


「でもほら、最近何ていうの?停滞?マンネリ?まあ、そんな感じでつまらなかったんだけど……うちの主神も穏健派で……だからこう、ね?実はあんたが思ってるより人間たちクソつまんなくなってるよーって教えるために君には私たちに時間差なしにその瞳からの映像やら感覚やらを送ってもらっていたんだー。」


だから君にはありがとうついでに選択権をあげる。と猫の様に目の前の人物は笑って見せた。


「君には2つ選択肢がある。一つは転生。これは行先はランダムだけど、まあその代わりに私が一つだけ願い事をかなえてあげる。もう一つは此処で大人しく裁きを待つこと。……ていってもまあ、最終的には転生なんだけどね。」



さあ、どっちを選ぶ?とまるで神様みたいな笑顔で、悪魔の様な甘い声が囁いた。




「……ごめんなさい。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、それから……ありがとう、アルベルト。」


すみませんでした。

お読みいただきありがとうございます。

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