只の村娘、でした。
初めまして、舟です。
作品を書いては消し、書いては消しだったのですが、この度ようやくこうして作品を投稿するに至りました。
ゆるっと呼んでいってください。
フラフラともたつきながらも歩いていく少女が一人。
行きつくであろう先には大きな断頭台があり、処刑人の持つ刃は光を反射して輝いている。
道にはゴミや石が投げられ、腐敗臭が鼻についた。
遠くから叫ぶ民衆の罵声が騒がしすぎて、遠いものの様に感じる。
声高に聞こえてくるそれを大体ではあるが纏めてみると、どうやら少女は聖人を騙った魔人の間者としてこれから処刑されるらしかった。
見せしめという事で公開処刑された後、その首は腐るまで門前に晒される手筈らしい。
(……だから私が死んだとき、あんなに焦ってたのか)
そんな少女のことをまじかで他人事のように見ているのは、その体の持ち主であったプリシラその人であった。
現在の彼女は所謂幽霊とか、恐らくそのあたりの存在になっているのだろう。
先程まで彼女にあった傷はなく、空腹感も劣悪な環境故に発症していた高熱による怠さも消えていた。
しかし、それでも自分の死体がこうして操り人形になっている様を見せつけられるというのは精神衛生上あまりよろしくないのではないかという考えもあるにはあるが、既にそれすらもプリシラにとっては他人事である。
よろけながらもその度に両端を固める兵士から容赦ない殴打を受けて立ち上がり、断頭台に差し出されたその体を、無慈悲なくらい潔く、輝く刃は切り落とした。
響く歓声に、どよめく喧騒に、閃光が奔る。
そして、少女の傷口辺りから……というよりそこから流れ出した血液の血溜まりから何かが現れた。
それは姿見ほどの、大きな鏡であった。
民衆も皆目を見開いているが、それは少女だって同じだ。
誰が自分の中にそんなものが入っていると思うであろうか。
そんな静寂の中、鏡がゆっくりと、それこそ錆びついたドアを開くときの様な緩慢さで鏡面をプリシラへと向ける。
その中には明らかにプリシラではない少女が映っていた。
まるで夜空をそのまま背負っているかのような何とも言えない色の髪と同色の瞳。髪はそこらの貴族とは比べ物にならないくらい艶やかで、瞳は虹彩に金と銀が散っている不思議なものであった。
顔立ちも他とは比べ物にならないくらい美しい。
勇者の供として様々な土地、様々な種族と交流したが人型の種族の中で一等美しいと言われたエルフにだってあんな美人は滅多にお目にかかれはしないだろう。
鏡の中の少女が微笑む。
その瞬間「あ、この人、生きてないんだな。」と直感的に、本能的に、プリシラは悟った。
勇者の旅の供(……というのは失礼なので仲間としておこう)の中に王女様がいたが彼女にもあの微笑みは出来ないだろう。あんな完璧な微笑は、下心も何の感情もなくあんな何も相手に求めない、ただ穏やかなだけの達観したソレは、人間……地上の生物が浮かべられるものではないと、そう思ったのだ。
そんな考えが読めたのか否か、途端に鏡の中の少女は消えて、代わりに何やら、懐かしい光景が映りだした。
「母ちゃんただいまー。」
懐かしい声に思わず鏡の方へと駆け寄る。
「ああ、お帰り。裏にたらい用意してあるからちゃんと手洗うんだよ。」
「お帰り兄ちゃん!聞いて聞いて!今日私やっとスープが作れるようになったんだよ。」
「お、スゲーじゃん……ちゃんと味見したよな?」
「えーと……うん、大丈夫だよ!」
(絶対大丈夫じゃない。目逸らして少し間が空いてるところを見るに多分味見してないよ。)
というかしていなかった。あの後青年……もとい兄は顔を真っ青にしながらもスープを平らげてくれたのだと思い出してクスクスと笑う。
笑う、笑う。笑って笑って、そこではたと気が付いた。
(笑ったのなんていつ以来だろう)
多分、勇者の供として同行しはじめたときはまだ笑えていたはずなのだ。
困ったように頬を擦るとまた鏡に目を戻した。
そこからすぐに場面が変わり、勇者がやってきた。
仲間が呪いを受けてしまい、この村の治癒能力の噂を聞いてきたそうだ。
仲間の呪いが癒えると勇者は熱心に君の力が必要なんだと私を勧誘してきたが村人も私も懐疑的で、多分王国の第一王女がついていなければ詐欺師扱いしていただろう。
というか何故私だったのだろうと今更ながらプリシラは思った。
何故ならあの村ならプリシラよりも優れた治癒能力の使い手はたくさんいた……否、全員が治療能力をつかえたのだから本当に謎である。
王女が王室の家紋入りの書状を持ってきたりしなければプリシラの父母は相当渋ったことに違いなかった。
「厚かましいこととはわかっておりますが二つだけ、我々と約束していただきたい。
一つは娘を決して無下にしない事。
もう一つは娘を無事にこちらに帰していただく事です。
別に勇者様方を信じていないわけじゃありませんが、こう見えてプリシラはもう結婚適齢期。相手方との縁談もうまくいって、後は式を挙げるだけなんですわ。ですから……。」
「はい。お嬢さんを不幸になんて絶対にしません。守り通してみせますっ。」
そんな勇者を熱に浮かされているかのような顔で見つめる王女と申し訳なさげな様子の呪いを受けていた仲間の騎士にプリシラは、というか恐らく村人全員が本当に大丈夫なんだろうか……と不安になった。
(というか多分お父さんの言いたかったのって金銭の事だったんだろうな)
下世話な話になるがプリシラが結婚することになっていたのは帝国と聖王国との間での貿易で成功した豪商の息子だった。話し合いの中で出された支度金もなかなかの額で、贅沢をしなければ一生暮らしていけるくらいはあった。祖母は此処は代々女性が継いできたからと渋っていたが、下にいる兄弟たちのことを考えるとこれほど経済的に助かる話もないだろうとそれ以降はとんとん拍子に話が進んでいった。
そんな、言い方は悪いが金のなる木みたいなプリシラを何処の馬の骨とも知れない輩から崇高な使命だなんだとかで連れていかれると困るのだ。
だからそう、本当に約束通りになろうがなるまいがせめて損しないくらいの保証が欲しかったのだ。
何せ、既に相手方から支度金は頂いてしまっている。
今更娘に何かあったのでこのお話は無かったことになどとなった場合とてもではないが払いきれる額ではない。
(まあ、最低の読み通りになったみたいだけど)
そもそも約束が守られた覚えもない。
一行に加わってからと言うもの庶民の生活をしたことがない王女と全くと言っていいほど野宿の危険性や町の仕組みを理解していない勇者の分の雑事をしたり、値切り交渉をしたり、ほぼすっからかんの路銀を調達しに賭場で夜な夜な稼いだりと寝る間も惜しんで働いていた。
途中でその様子に気付いた元呪われ騎士は手伝ってくれていたが苦労は終わらない。
そのうち勇者は仲間を増やし始めた。それはどこぞのエルフの国のお姫様だとか借金のカタに売られそうになっていた少女とかだ。プリシラがいたころはそれプラス三人くらいいた気がする。
増える人数、増える雑事、増える出費。増える人数、増える雑事、増える出費。
手が足りないので手伝ってくれとプリシラが言うと一応は手伝ってくれる。
が、少し経つと「思いの外つまらなかったから」「いい経験が出来た」といってその仕事をほっぽって勇者のところに行ってしまう。プリシラが注意をすると「人それぞれ向き不向きがある。」「できる人が出来ることをする。」と言われてしまい口論にすら発展しない。
因みに勇者はプリシラが仕事をしているのを見るとにこりと笑ってそのまま去っていき、夜の洗い物が終わったくらいのタイミングで「いつもお疲れ様。ハイこれ、良かったら使って。」と言って塗り薬やらなんやらと贈り物をしてくる。
プリシラ個人としては「いや口動かす前に手動かせや、つか手伝え。」とか「その贈り物は何処から……ああ、うん食費ね。これで残りは……仕方ない、明日は賭場を梯子しよう」などと思っていたりする。
別に古い本の中の勇者とお姫様みたいに苦難を乗り越えて最後には相思相愛に……などと夢見たりするようなことはないが勇者たちの中でのプリシラの立ち位置は仲間ではなく下女、良くて「お母さん」だ。
夢どころの話ではない。何が悲しくてこんな歳が同じ位の奴らの面倒をみなくてはならないのか。
村に残してきた兄弟の末っ子の方が働き者だったし、それでなくとも感謝の言葉の一つくらいは言えた。
それとも上流階級とはこういうものなのだろうか。と、プリシラの中に偏見が生まれかけたくらいには酷かった。
(多分まともだったのってあの騎士くらいなんじゃ……。)
少なくとも一緒に苦労していた仲間ではある。
更に言えば一番有難い贈り物をしてくれるのも彼だったとプリシラは振り返る。
例をあげるならそこら辺に生えてる食べられる野草とか、特売の情報とか、自生している果物とか……。
溜息が零れた。こんなの15,6の、それこそ結婚前の村娘の考え方ではない。
甘いどころかしょっぱいもので溢れかえるような思い出ばかりだった。
と、そんな心情を察してかまた映像が変わる。
ドンドンっと誰かが荒々しくプリシラの実家のドアを叩く音がする。
こんな時間になんだと迷惑そうにドアを開けたのはプリシラの父。
奥の方から目を擦りながらも兄が寝ぼけ目で父の後に続く。
「夜分遅くに申し訳ありません。至急お伝えせねばならないことがあり馳せ参じました。」
ドアの向こう側にいたのは元呪われ騎士……アルベルト・フェルセルであった。
お読みいただきありがとうございました。
多分続きは明日の夜あたりに更新すると思うので……では、これで!