第二話 二人で見てみる
いつものように、パジャマから制服に着替え、朝食にトーストと目玉焼きを作り、食べながら家を出る。
少し伸びてきた髪が風で目に入りそうになるのもいつも通りだ。
いつもと同じじゃないのは、朝何故か自分の部屋ではなく、1階のリビングにあるソファーの上で起きたこと。それから、制服に着替えようと自分の部屋に入ったら、ベット、床、机、プリント類全部がびちゃびちゃに濡れていた事くらいだ。
いつもの通学路を歩きながら、昨日の夕方のことを思い出す。
昨日は押入れの中に、一面雪景色の銀世界があることを見つけたのだが、怖くなってすぐに戸を閉めて、現実から逃げ出すようにソファーで寝てしまったのだった。
「夢じゃなかったんだなぁ...」
改めて部屋の惨状を見て、複雑な心境で朝から頭を抱えた圭だったが、とりあえずサボるわけには行かないと学校に向かっている。
いつもと変わらない通学路と、いつもと変わらない教室をみて、少し安心した俺は隣に座る短髪のイケメンに話しかける。
「シン、おはよ!」
「...?あぁ圭か、おはよ、どうかした?」
このキラキラしたムカつくイケメン青年は、10年以上の仲になる俺の幼馴染の浅賀真太郎だ。
物心ついた頃から一緒にいることが多く、その頃からコイツのことはシンと呼んでいる。
何やらサッカーがうまいらしく表彰されているのもよく見る。俺と違って友達も多い。
俺に対して、時々馬鹿にしたような態度をとっていることを除けば概ね良い奴だ。
シンの返事が疑問形だったのは、俺達が普段一々挨拶をするような、面倒臭い関係ではないからだろう。
「いや、ちょっと困ってて」
「ふーん、珍しいね。聞くよ」
コイツのモテるところはこういうところなんだろうな...。
ついつい妬みが頭をよぎったが切り替えて話を進める。
「そうか、信じられないだろうけど、とりあえず聞いてほしい...」
俺が急に真面目な顔をしたせいで、ふざけていると判断したのか、それとも真面目な話だと理解したのか、シンも急に真面目な顔になった。まあ、コイツのことだ、前者だろう。
「実は、俺の部屋の押入れが雪国に繋がってたんだよ」
「...いや、今日のボケは一段とつまらないな...」
「いや本当なんだって!押入れの扉が開いてたせいで、俺の部屋が雪まみれになってたんだよ!」
「無茶苦茶だな...。せめて写真とかないわけ?」
「あっ...」
言われてなるほどと思った。確かにスマホかなんかで写真を撮ってくれば口で説明するより100倍は信用できるだろう。
うーん不覚である。
「なるほど、写真か...忘れてた...」
「まあ、そんなことは置いといて、この前借りた漫画返すの今日でいいか?」
...コイツ、”そんなこと”で済ましやがった!!
まあいいか。コイツにもあのビックリを味わってもらおう。
「じゃあ、放課後うちまで来いよ。ついでに雪見せてやるから!」
「フンっ、どうだか」
シンは馬鹿にしたような顔を浮かべて、席を立つと他の男子グループの中に混ざっていった。
放課後、シンは制服のまま俺の家に来ていた。
「さっそく雪国に通じる押し入れとやらをみせてもらおうかな!」
さっさと漫画を渡したシンが、ニヤニヤとバカにした顔で言う。
「見て驚くなよ!」
そういって俺は俺の部屋のドアを開ける。
朝見たときは濡れていた床やベットもほとんど渇き、室温も外と変わらないほどに上がっていた。
そこでふと、やっぱり夢だったんじゃないだろうかという考えが頭をよぎる。
「ここか?その押し入れってのは」
「あ、あぁ」
シンが躊躇なく戸を開ける。
ブワッ―――。
冷たい風と共に、一瞬頭をよぎった不安をかき消すような真っ白い世界が姿を現す。
昨日は気が付いて直ぐに戸を閉めてしまったので、よく見ていなかったが、雪国との間にモヤのようなものがかかっていて、向こうの世界をはっきりと見ることはできないようだ。
「えぇ!マジか...」
「な!?すごいだろ?」
シンは見たことないような驚きと興奮の顔をしている。
案外こういうのが好きなタイプなのかもしれない。
「これは...どういう原理だ?」
「俺もわからないんだ。昨日気が付いたらこんなことになってて...」
シンは目の前の不可思議な出来事が信じきれないようで、頬をつねったり、戸を開いたり閉じたりしている。
「...それにしても寒いな。この戸一枚でこんなに温度差があるのは変な感じがするね」
「そうなんだよな」
シンの言うことは理解できる。
戸を開ける前まで、いつもの俺の部屋の温度なのだが、少し戸を引いて隙間ができた瞬間ヒヤっとした空気が部屋になだれ込んで来て部屋全体が冬のようになる。
まるで戸を開けた瞬間にこの雪の世界と繋がるような感覚だ。
ふと気がついたようにシンが質問をかけてくる。
「なあ、元の押し入れの中身はどこ行ったんだ?」
「あ!ない!中身がない!」
俺の押し入れの中に隠していたポスター、DVD、お気に入りの文庫本、エ〇本、その他小物は跡形もなく綺麗さっぱり消え去っていた。




