私はなぜかあの世界に帰りたいと思っている
私たちは一度その場で解散して、結乃さんがくれたこの世界での自分の家にむかっていた。
いったいどんなところなんだろう。
そんなに大きくないって言ってたし、これから増設できるらしいから、最初は何もない部屋だったりするのだろうか。
さすがにそうだときついかな。
ある程度最初から生活できるようにしておいてほしい。
そして聞かされていた場所まで行くと、辺りにはなんの建物のないところにポツンときれいな家が建っていた。
間違いようもなくその家しかなかった。
これ、めちゃくちゃ不便な場所じゃないかな。
増設余地を残すためなのかもしれないが、そんなのいいから街中にしてほしかったよ。
ずっと都会で暮らしてきたものとして、この環境はなかなかきついものがあるぞ。
とりあえず中に入ってみるか……。
マイホームに足を踏み入れると、驚くべきことにそこは私の現実世界の部屋そのものだった。
あれ? いつの間にか戻ってきた?
もう一度家から出てみると、目の前に広がるのは夢の世界。
振り返ると私の部屋。
はっはっは。
そうきましたか。
これは再現しているのか、それとも直接つなげているのか。
いったいどっちなんだろう。
とりあえず私はマイベッドに飛び込んでいって、それからあおむけに寝転び直す。
落ち着くなぁ。
なんだかんだ私は自分の家が結構好きだったんだな。
これからこの世界での生活が始まるのか。
そういえば増設ができるってことはやっぱりお金とかかかるよね。
どうやってお金を稼ぐんだろう。
桃ちゃんが言ってたみたいにゲームのような要素があるんだろうか。
まさかこっちの世界で職を探すなんてことはないよね?
それはちょっとやだなぁ。
まあ現実世界で生きていったって、いつかはまた働かないといけないんだけどね。
いろいろあってうやむやになっていたけど、仕事を辞めてからは貯まりまくってたお金を使って生活をしてた。
でもそれだって永遠じゃない。
どのみち仕事を探す羽目になってたんだし、まあいつまでも嫌々言ってても仕方ないか……。
今度はやりたいことをして、ちゃんと納得のできる人生を送れるように努力しよう。
というわけで、人生一発逆転目指して、全財産を仮想通貨にぶっこみますか。
そう思いスマホをいじっていたところにメッセージの通知が入る。
送信してきたのは桃ちゃんだった。
『苺さん、すごいですよ! 私の家、私の部屋なんです!』
どうやら現実の家をそのまま再現されているのは私だけではないらしい。
『いまから遊びに来ませんか? 地図送っておきますから』
元気だなぁ桃ちゃん。
そういえば桃ちゃんと雫さんは家が別になってるのか。
もしかしたら雫さんや雪ちゃんも来るかもしれないな。
結局また集まることになりそうだ。
『それじゃあ今からそっちに行きますね』
私もメッセージを送り、さっと家を出た。
出たところで、なぜか海底の街の神社で私を導いてくれた鷲さんがいた。
あれ?
この子は結奈さんだったんじゃなかったのか?
まあ私に鷲の見分けなんてつけられないし、鷲違いかもしれないな。
「どうしたんですか鷲さん、もしかして案内してくれるんですか?」
私がかがんで話しかけると、鷲さんは私の頭の上に飛び乗った。
まさかこれって……。
思った通り、私は頭をがっちりホールドされて連れ去られてしまった。
この世界の動物たちっていろんなところに連れて行ってくれるよね。
そういえばクッシーは元気かな。
過去に行ってたせいでかなり昔に感じてしまう。
せっかくこの世界に戻ってきたんだし、今度会いに行ってみるか。
でも今はどこにいるんだろう。
自由の街に戻ってるのかな?
だとしたらミュウちゃんにも会いたいなぁ。
でもあのまま始まりの街にいる可能性もあるか。
それとも愛の街にいるなんてことも。
ああ、思い出すと懐かしいなぁ。
なんで私は空を飛びながら、こんなことを考えているんだろう。
まるで走馬燈のようじゃないか。
別に死なないからね私。
そんなこんなで無事に鷲さんは私をある一軒の建物の前で降ろしてくれた。
「鷲さん、ありがとうございました」
私がお礼を言うと、鷲さんはさっと敬礼をして飛び去って行った。
なんだよ、かっこいいじゃないか。
というか結奈さんじゃないなら、いったいどこの鷲さんだったんだろう。
まあいいか。
さてここが桃ちゃんの家で間違いないのかな?
『今、桃ちゃんの家の前に着いたと思う』
一応メッセージを送り反応を待つと、すぐに家の中から桃ちゃんが出てきた。
「苺さん早かったね」
「空を飛んできたので」
「あはは、またまた~」
「本当なんですよ? 今度桃ちゃんにも体験させてあげます」
「いや~、遠慮しときますね」
桃ちゃんは私を家の中に入れると、背中を押しながらさらに中へと押し込んでいく。
「じゃあ適当に座っててください、ジュースでも持ってきますから」
「ありがとうございます、ちょっとその間に洗面所お借りしますね」
「は~い」
家の構造が現実世界の桃ちゃんの家と同じなので、迷うことなく洗面所にむかう。
ちゃんと手洗いうがいはしとかないとね。
私が部屋に戻ると同時に、桃ちゃんもピーチジュースを持って部屋に入ってきた。
桃ちゃんだから桃のジュースなのか。
「ありがとうございます桃ちゃん」
「いえいえ、呼んだのは私ですから」
「あ、そうだ、おやつにこれどうぞ」
「わあ、苺大福だ。苺さんだけに」
お互いに何をやってるのかと思うが、私たちは甘い苺大福を堪能し、爽やかな桃のジュースでのどを潤した。
幸せな時間である。
「そう言えば雫さんと雪ちゃんは来てないんですね?」
「ああ、今は呼んでないですよ」
「そうなんですか」
「たまにはふたりきりになりたかったから……」
そう言って桃ちゃんは私の隣にすり寄ってくる。
いったいどうしたんだろう、こんなに甘えてくるなんて。
「なんだか懐かしいですね、こんな風に桃ちゃんが甘えてくるのは」
「それはまあ、年齢的にいつまでもベタベタしてるわけにはいかないですから」
「私は別に構いませんよ」
むしろ私はうれしい。
「世間の目があるんですよ~」
桃ちゃんがむ~っと膨れてかわいい。
その表情に私は頬を緩めていると、急に桃ちゃんが真面目な顔をして話を変える。
「ところで苺さん、この世界って元の世界が救えないからこっちに移動しようってことですよね」
「え、ああ、そうですね」
「じゃあもしもですよ? もし元の世界を完全に救う方法があるとしたら、苺さんは元の世界で生きていくことを選びますか?」
「えっと……、どうでしょう……」
改めて考えてみると、やっぱり桃ちゃんや雫さんとの思い出の詰まった場所たちを失うのは嫌だ。
でもきっとその場所はこっちの世界でも再現できてしまうだろう。
本物ではないけど、でも写真で見るのだって本物じゃないと思えば、実際に触れられる偽物の方が本物に近い。
写真で振り返る思い出だって十分に素敵なものだ。
それよりもさらによくできた偽物なら、もっと思い出に浸ることもできるだろう。
こっちの世界にいて悪いことなんてない。
それに現実の世界だったら生活のために働く必要がある。
今はまだお金があるからいい。
でもいつまでもそんな生活は続けられない。
いつかは働くことになってしまう。
私にとって労働というものは自由と幸せを奪っていくものだ。
その引き換えにお金を得るのだ。
それに比べてこの世界は自由で幸せだ。
生きていくのに必要なことも私にとっては楽しいことだらけ。
食べ物は簡単に何でも木に実ってくれるし、お金もあるけど稼ぐのは簡単で、しかもそれほど生きていくのに必要としない。
そういう部分だけを見れば、私が元の世界に戻る理由なんてない。
未来だけを見て生きていけば、きっと幸せな日々を過ごせる自信がある。
でも何だろう、この過去に何か大切なものを置いてきてしまったような感覚は。
過去に引きずられて未来を失うなんて愚か者のすることだと思う。
それでも私は、あの世界に戻りたいと思ってしまっている。
そうだ。
隠しても、誤魔化しても仕方ない。
私はなぜかあの世界に帰りたいと思っている。
それは初めにここに来て旅をしていた時からずっと心の中にあった気持ちだ。
きっとそれは合理的でない選択だ。
バカのする選択だ。
でも私はみんなと過ごしたあの世界に帰りたい。
「桃ちゃん、あの世界を救う方法があるんですか?」
「……あると言ったらどうします?」
「だったら私は救いたい……、あの世界でもう一度みんなで幸せな未来をつかみたい」
「そっか……」
桃ちゃんは私から離れて立ち上がる。
そして私の方を振り返って言った。
「じゃあ私たちで救っちゃいましょう、あの世界を」
ニコッと笑う桃ちゃんを見て、私は少しぼ~っと固まってしまった。
そんな簡単に言われても、簡単にはできないからこんなことになってるんじゃないのかな。
「桃ちゃんにはその力があるというんですか?」
「はい」
はっきりと桃ちゃんは言った。
いったいどういうことなのか。
結乃さんたちですら逃げることしかできなかった状況を、桃ちゃんならひっくり返せるというのか。
「でも私じゃないです、私たちの力です」
「私たち?」
「はい、私の力と苺さんの力を合わせれば、世界を修正することだってできるんです」
私なんかにそんな力があるはずがない。
心の底からそう思うけど、でも実際に私には自分でもわからないような何かがある。
桃ちゃんもどこからか不思議な感覚を放っているときがある。
桃ちゃんはきっと私たちの知らない何かを知っているんだ。
「この未来は、今まで苺さんが頑張ってきたから見えた光なんですよ」
「え?」
「雪は声と力を失わずに済んだ、お姉ちゃんと苺さんも記憶を失わずに済んだ」
「いったい何の話を……」
桃ちゃんは全部知っていたのか。
雪ちゃんのことも、そして私も知らなかった雫さんと私のことも。
「私にはできなかった。でも苺さんが道をつないでくれた。だから私もまた頑張ることができる」
桃ちゃんが目を閉じて胸に手を置いた。
そして桃ちゃんの背中が光り出す。
その背中に突然天使の羽根のようなものが現れた。
これは前に結乃さんも使っていたものだ。
桃ちゃんはすぐに羽根をしまうと、私に手を伸ばしてきた。
「私と一緒に世界を救ってくれますか?」
一度に多くのことが起きすぎて頭が追いつかずにぼ~っとしてしまう。
その状態でも私は何とか手を伸ばし、桃ちゃんの手を握った。
「私にできることがあるのなら……」
「苺さんにしかできないことがあるんですよ」
桃ちゃんはまたニコッと笑いかけてくれる。
私も今度は何とか笑顔を作って返すことができた。
何かとんでもない話になってきたけど、でもやっと自分の気持ちを整理することができた。
私は救おう、あの世界を、私たちの世界を。
その先に幸せな未来があると信じて。




