一番幸せな時間って何?
一通り話し終えたところで結奈さんが口を開く。
「だいたいのことはわかったわ。まあ私の予想していた範囲内でよかった」
「ええ!? こうなることを予想できてたんですか?」
「それはまあ、そういう立場だからね」
なんてこった、初めからこの人に相談できてたらもっといい結果になってたかもしれないのか。
「それで私はどうすればいいんですか?」
「それは知らないよ」
「なにぃいいい!?」
どういうこった?
なんでこうなることを予想してたのに対策を知らないの!?
「未来予想ができることと、何か手を打つことは違うからね」
「そうですけど、じゃあ打つ手なしってことですか?」
「そういうわけじゃないけど」
「どっちなんですかぁ~」
さっきから結奈さんは何が言いたいんだろう。
「できることはいくつかあるんだよ、でもどれを選ぶかは苺ちゃん次第ってこと」
「私ですか?」
「そう、苺ちゃんだからできることなの。苺ちゃんならどれも実現できる」
私にならできるって、他の人にはできないの?
そういえば桃ちゃんも私とならできるって言ってたな。
でも私に何ができるって言うんだろう。
「どれも実現できるけど、全部はできない。どれかを選ばないといけないの」
「それは現実の世界かこの夢の世界かってことですか?」
「それと新しい世界を作ることもできる」
「私が? そんなバカなことが……」
結乃さんたちがやったことと同じことが私にもできるって言うの?
なんで私にそんな力があると思うんだろう。
私をこれ以上変なことに巻き込まないでほしい。
そろそろ疲れてきたよ。
もう夢のような世界でゆるゆるに幸せだけを感じて生きていきたい。
つらいのも苦しいのも痛いのも嫌だ。
誰か変わってよ。
誰か私の代わりに世界を救ってよ。
そして私を幸せにしてよ……。
「苺ちゃん!」
「あうっ!?」
突然結奈さんに頭をチョップされた。
「闇に飲まれちゃダメだよ」
「へ?」
あ、なんかさっきまで暗い感情に支配されていたような……。
何だったんだ……?
「この街に漂っている空気のようなものだよ。精神的に負荷がかかると一気に持っていかれちゃうから気を付けて」
「さっき結奈さんもなってましたもんね」
「そう、あんな風になっちゃうよ」
「怖っ、何なんですかこの街は……」
「これがやりがいの街だよ。前まではみんなもう少しきらきらしてたんだけどね」
やりがい、きらきら、そして今のこの空気。
なんとなく何が起こったかは理解してしまった。
しかしいったい何にそんなやりがいを見出していたのだろうか。
そして何を知って、何を失ったのだろうか。
それともただ頑張りすぎただけなのだろうか。
街のあちこちに転がっている名産品のエナジードリンク。
これが何かを物語っている気がした。
「この人たちを助ける方法はないんでしょうか」
「こらこら、まずは自分のことを解決しないとだめでしょう?」
「でも……」
確かに私に余裕なんてないけど、でもだからって見捨てるなんて……。
過去に同じような苦しみを味わったものとして、なんとか助けたいという気持ちが強かった。
「まあ気持ちはわかるんだけどね。でもここの人たちを助けるなら苺ちゃんの目的を達成した方がいいよ」
「え?」
「ここの人たちは少し前に夢魔によって夢を吸われてしまったの」
「夢魔が!?」
すでにこの世界に入り込めた夢魔がいたのか?
確かに芳乃ちゃんがこの世界にいられているから、できないことはないのか。
そして夢魔がいられるということは夢魔の女王がコントロールできるということだ。
いったいこんなことをして何が目的なんだ?
「自分たちが頑張れば世界がもっと良くなる。それがここの人たちの夢であり、やりがいだった」
「その夢を吸われてしまったんですね」
つらい現実を、幸せな未来や夢にすがって生きていくことは私も経験した。
その夢を失ってしまったら、それはもう立ち上がることなんてできないだろう。
私もいつか自由になれる日がくると、なんの根拠もなく夢に見て生きていた。
何度もそんな日はこないんじゃないかと思った。
そのたびに自分をだまして、なんとか信じ込んで生きていた。
未来を見ていないと、現在に押しつぶされてしまうから。
私には現実に抗うだけの勇気がなかった。
でもそれは私に限ったことではないだろう。
みんな今を変えたいと思っていながら、でも変わることを恐れている。
人は何かを得るよりも、今あるものを失うことを恐れる。
だからみんな夢を見るんだ。
いつかきっと幸せになれると。
それがたとえ叶わない現実だったとしても。
ただ今の自分がつぶれないよう支えるために夢を見るんだ。
その夢を奪っていくなんて、あまりにもひどい仕打ちだと思う。
こんなこと許してしまってはいけない。
なんとかして夢を取り戻してあげたい。
でも、そうしたところで現実は何も変わらないことも事実。
本当に幸せを手にいれたければ、夢を見るのではなく夢を現実にすることだ。
だとすれば私が夢を取り返して、再び夢を見せたところで何の意味もないのか。
ここの人たちが現実を受け入れて、自分たちの手で未来を作っていかないといけないんだ。
だからこの状況は、街の人たちにとっていいきっかけになるのかもしれない。
この街の人が何を求めてここにとどまっているのかはわからないけど、少なくともこの世界で幸せになるのは簡単だ。
前にこの世界を旅した限り、どの街も基本的に幸せにあふれていた。
だからこの街の人はこの街を出るだけでも幸せになれるはずだ。
幸せなんて人それぞれかもしれないけど、少なくともここの人たちは今の状況がつらいからこんな表情をしているんだろう。
それなら気づくべきだ。
自分たちが求めている幸せはすぐそこにあるんだと。
つまらない現実にしがみついて、いつまでもいつか来る幸せを夢見てるんじゃなく、つかんでしまえばいいんだ、本物を。
「私はこの世界を本物にすればいいんですか? それとも現実世界を救えばいいんですか?」
ここまで考えても私にとっての本物がわからない。
私はいったい何を求めているんだ。
「苺ちゃんにとって一番幸せな時間って何?」
「一番幸せな時間……」
結奈さんが微笑みながら私に問いかけてくる。
私は目を閉じて、今までの楽しかった時間や嬉しかった出来事を思い返す。
私の長いようで短い人生、いろんなことがあった。
つらいことがたくさんあったように感じた現実も、思い返すと幸せな出来事ばかり頭に浮かんでくる。
私が忘れていただけで、私の人生はかなり恵まれていたんだ。
「私にとっての幸せは、雫さんたちと一緒に何気ない時間を過ごすことです」
「そう、ならそれが答えだよ」
「これが答え……」
こんな簡単なことなのに、なぜ今まで答えにたどり着けなかったんだろう。
私にとっての幸せは、雫さんたちが一緒にいてくれることだ。
ひとりぼっちだった私に声をかけてくれた雫さん。
私とお友達になってくれた桃ちゃんと雪ちゃん。
私にとっての大切な人たち。
そしてそんなみんなと出会い、過ごした場所を、私は守りたい。
これが私の一番大切なもの。
だから私はこの大切な人たちを守り、大切な場所を取り戻す。
もしかしたらもっと幸せになれる方法があるかもしれない。
他の人たちにとっては迷惑になるかもしれない。
でも私に選択を委ねるというのなら、私はこの選択をする。
「よし! 覚悟は決まりました」
「そっか、闇落ちしてまでここで待ってた甲斐があったよ」
「私を待ってたんですか? わざわざここで?」
なんでこんな場所で私を待つ必要があったんだ?
確かにここの空気はいろいろ考えさせられるものがあったけど。
「ふふふ、なぜここが夢の世界にあるのに、こんなに負の感情が集まるような街になってると思う?」
「……さあ、Mな人たちのためですか?」
「違うよ! ここはね、守ってるんだよ。『祝福の庭園』への入り口を」
「祝福の庭園?」
なんか胡散臭いの出てきたけど大丈夫かな。
でも確かに夢の世界でわざわざこの街に来る人は少ないだろうから、何かを隠すならちょうどいいのかも。
「案内するよ、ふたりともついてきて」
私とミュウちゃんは結奈さんの後ろについて、川沿いの道を街の奥へむかって進んでいった。




