ミレナの加護 1
地上に戻る岩の螺旋階段を、私はルミナさん、ナムルさんと一緒に上っていった。
モカは私の頭に上にいる。
なぜか私は、ルミナさんの手を握ったままだった。放すタイミングがなかったのと、別に嫌じゃなかったのもあり、ずっと手を繋いでいた。
「ティオはもう勉強のほう、終わったのかな?」
ルミナさんに聞くのでもなく、ナムルさんに聞くのでもなく、独り言のように私は聞いた。
私の後ろにいるナムルさんが答えてくれた。
「はい。もう教室でまっていると思いますよ。」
手に握ったままの500円玉くらいある大きな淡く光る宝石を見た。
よく見ると濁りのない透明な石だった。
(水晶かな? でも光ってるし。 服ってなんだろ…あっ。)
「ルミナさん、この石ってハミルさんの鎧とかと一緒のやつですか? 鎧を脱ぐときに光って消えるやつ。」
私の手を握ったまま視線を石に落としたルミナさんはすこし楽しそうに答えてくれた。
「ええ、そうですね。宝印石といって宝石の中に防具や武器を魔力によって閉じ込める物なんだけど、そのままだと持ちにくいので指輪にしたり首飾りにしたり髪留めにしたりするの。使い方は簡単です。着たいと念じるだけでいいのよ。戻すときは逆に脱ぐって思えばいいだけ。」
便利な物なんだと、感心して、ふと着てみたくなった。
「今、着けてみてもいいかな?」
「着れないことはないけど、今着ている服に似合うかどうか。普通は選んだ宝石に、鎧やローブを封印するから、問題ないのだけれど。」
今着ている服は、ティオに借りた純白のすこし刺繍とレースが入ったドレス。上下分かれていて腰にはおじさんに貰った皮のカードホルダーが場違いな雰囲気を出していた。
「最初の試着は部屋に戻ってから服を脱いでしたほうがよさそうですね。そして似合う服を仕立てましょうか。」
私はどんな服が入っているのが早く知りたくて仕方がなかった。
「その宝印石もペンダントに施してもらいましょうね。それと、宝印石を貰った事は、内緒にしておいてね。」
「ティオにも?」
「ティオはいいのよ。ティオ以外の人には内緒にね。」
私は落とさないようにしっかりと宝印石を握り直し、スカートに付いていたポケットに入れた。
ルミナさんと手を繋いで登っている螺旋階段が終わり、私は入り口最初の扉のところでルミナさんとナムルさんと別れる。
手に残った温もりがすこし淋しい気持ちになった私は、モカを頭から降ろして胸に抱きしめた。そして、ティオが待っている教室に歩いていく。
廊下の一番奥にある大きな扉の前に来た私は、扉を目前にあることに気付いた。
「ねえ…モカ。」
「はいです? 」 腕の中にいるモカが小さく返事した。
「この扉ってどうやって開くの?」
私は取りあえず、ナムルさんがやったように手を出して扉を押してみた。
冷たい木の感触が手のひらに感じるだけで、何も起きなかった。
「開かないね…」
すこし考えてみる。
(中にティオは居ると思うから、叩いて呼んでみるか…)
「なおさん。お帰りなさい。」
廊下の奥からソリアルさんが歩いてきたのが見えた。
(よかった、ソリアルさんに開けてもらえそうね。)
挨拶をした私はソリアルさんと一緒に、ティオが待っている教室へと入っていった。
大きな円卓を挟んで窓側の椅子にティオが座って寛いでいた。
「おかえり、なお。」
「おまたせ、ティオ。」
挨拶を交わして私はティオの隣にいる背の高い女性に軽い会釈をした。
部屋には制服からドレスに着替えたティオと、薄い黄色のドレスを着た彼女だけが残っている。
彼女は私に自己紹介をした。
名前はマール・カルト。 ティオより5歳年上で遠い血縁関係になるらしい。ルミナさんのお祖父様の妹さんがマールさんのお祖母さんと教えて貰うが・・・私は聞き流していた。
ソリアルさんが彼女の紹介の補足をするように私に話してくれた。
「今の生徒の中で一番安定した魔力と技術を持っているのよ。今度の月礼祭で卒業して巫女になるの。」
「マールさん、本当におめでとう。あと少しだけど、みなさんといい思い出作ってくださいね。巫女として忙しい日々に追われると思いますが、あなたなら、大丈夫。期待していますよ。」
ティオも彼女を称えていた。
「そうよね。マールさんならすぐに王宮巫女にも銀礼の巫女にもなれますね。私もマールさんに負けないように頑張らないと。」
ソリアルさんが「そうしてください。」と言葉を挟むと。
3人の笑い声が教室に響いていた。
私も小さく微笑んだ。
仕事に戻ると言ってソリアルさんが教室を出ていった。
静かになった教室でティオが私に聞いてきた。
「ねえ。ナセラ様にあってきたの?」
(えっ。 言っていいのかな? マールさんいるけど…)
私はちょっと戸惑ったけど、答えた。
「うん。会って来た。ちょっと怖かったけど、ルミナさんが居てくれたので大丈夫だったよ。」
「やっぱり、お母様いたのね。で、何か話したの?」
マールさんの視線が気になったが言える事だけ話してみることにした。
「えっと。モカの話だけ、モカとなにか話してたみたいだけど、声で会話してなかったから。」
「ねっ。モカ。」
ティオに嘘を言うのが辛くなって私はモカに話を移した。
「ん? あ、はい。精霊界の話とか色々な話をしましたです。」
モカは私の気持ちを受け止めて上手に会話を終わらせてくれた。
「そっか~。でも会えるだけでも凄いよね。私はまだ会ったことないのよ。」
「ほんとうに、羨ましいですね。ナセラ様と謁見できるのって数少ない人だけだから。」
ティオとマールさんの言葉で私は稀な体験をしたのだと今頃、感じた。
(そんなナセラ様をおじ様呼ばわりした事は言えない…)
「そうなんだぁ。モカが一緒だから会えたんだね。」
私はこの話題を早く終わらせたい思いで、つくろった言葉を発していた。
不自然な会話だとティオが察したらしく、私の顔を覗き込む感じで見つめているのが見えた。
だけど、初対面なマールさんはモカを見つめて私の会話に合わした。
「モカ様はこの国の宝ですからね。 とてもお優しい方だと感じます。なおさんのお祖母様の頼み事とはいえ、契約者の側を離れるなんて凄いことですし、それに私達に接するお心が暖かいですし。」
モカも私もすこし驚いてマールさんを見た。
「あ、ありがとう。」
私は意味もない返事をしていた。
モカは照れているらしく腕の中でもそもそしていた。
「私もモカ様みたいな精獣と契約したいです。」
今度はティオがすこし驚いたようだった。
「え? マールさん宝力ほしいの?」
「宝力というより、ルミナ様やいずれはティオを守ってあげれる力が欲しいかな。この町もみんなも。」
「マールさんなら宝力なんてなくても出来ますって。私が保証します。」
「あなたに言われないでも、そのつもりよ。」
そういったマールさんの口元から笑い声が漏れ、ティオもマールさんの会話の口調が可笑しかったらしく、大きな笑い声を出していた。
私達は教室を出て、教会になっている広場を抜けて、青い絨毯を並んで歩いていく。
いつの間にかハミルさんが後ろを歩いている。
「ねえ、ティオ。ハミルさんっていっつもあんな感じなの?」
「私が話しかけない限り、あんな感じよ。」
後ろのハミルさんをちらっと覗いた私はティオとマールさんよりすこし前に出て、日が傾きオレンジ色になった空の見える門の外に飛び出した。
振り向いた私は、マールさんに別れの挨拶をして、追い着いたティオの腕を取って庭園へと続く道をすこし駆け足で歩いていった。
ハミルさんが離れないように駆け足で付いて来てくる。
夕日に照らされた庭園に入った私とティオは、立ち止まり振り返った。
「一緒に歩かないとね。」
ティオに促して私は掴んでいた腕を放した。
「子供ね。」
ティオが皮肉めいた言葉を私にかけてきたけど、照れた顔を隠す笑顔が可愛かった。
鳥の囀りがなくなった静かな庭園を、私はすこし早足で駆け抜け、後ろを並んで歩くティオとハミルさんを中庭で待っていた。
「やっぱりお姫様と騎士様ってむりなのかな?」
モカと私は庭園から出てくる二人を眺めていた。
「わかんないです。」
「そりゃそうだよね。」
私は小さく深呼吸した。
「お腹すいたね。」 何気に出た言葉だった。
「すいたです。」 モカは普通に返答した。
小さく笑っている私とモカを不思議そうに見ながら歩いてくるお姫様とナイト様が見えた。
「ティオー! ごめん、お腹すいた。」
近づく二人も小さく笑って私達4人は並んで歩いた。
城に戻り、長い通路から階段を上がって、ティオの部屋の手前でティオとハミルさんがとまった。
「ん? なに?」
「ここが、なおの部屋よ。食事があと少しで準備できるとおもうから、それまで、ここで待っててね。」
ティオの部屋から3部屋くらい手前の扉をハミルさんが開けてくれた。
暗くなった窓にはカーテンが閉められ、部屋には電球みたいに光る照明が天井や壁で灯かっていて、まぶしいくらいだった。
おおきなベットと小さなソファとテーブルがあり、西洋の高級ホテルの部屋のイメージがした。
「すぐに使いの者を呼ぶから、言い付けてね。」
「あっそうね。ありがとう。」
私はティオの言われるまま、部屋に入ってモカと二人、待つことにした。
することもないので、私は銀竜のナセラおじ様から貰った宝印石を見ながらふかふかのベットに寝転んだ。
モカもつられてベットでゴロゴロしていた。
「色んな事があって疲れたね。」
モカも「はいです。」と返事をして私達はまたゴロゴロしている。
扉を叩く音がしたので私はベットから起き上がって扉を開けにいく。
ぐっと、木の扉を押し開けると、メイドさんが二人立っている。
二人とも、艶のある綺麗な黒髪をしていた。
(あっ、なんか落ち着くかも。)
私の変な視線にどう思ったのか、メイドの一人が小さな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「お着替えの用意とお茶の用意をお持ちしました。」
私は「ありがとう。」と返事をして、扉の取っ手をメイドさんに渡した。
部屋へとワゴンを運んでいるメイドさん達を私はベットの横で立ちながら眺めていた。
(こういうときは…椅子に座ってるべきなのだろうか?)
慣れない緊張が私の体を少し堅くしている。
ほどよく、テーブルにお茶とクッキーが置かれ、入り口近くに移動型のクローゼットが設置される。
「なお様。温かいお茶を入れましたのでどうぞ。」
そう言って、二人のメイドさんはクローゼットの横で待機状態になった。
私は軽く会釈してソファに腰掛け、お茶とクッキーを頂いた。もちろん、モカもベットから飛んできて私の膝の上に座っている。
「ありがとう。美味しかったです。」
私が、待機しているメイドさん達に声をかけると合図したかのようにクローゼットの扉を開ける。
「着替えの衣装です。ごゆるりとお選びください」
10着くらいあるドレスが目に入ってくる。
(これまた…凄いドレスがありそうね…)
モカにクッキーを渡しながらソファから覗いてみた。
ほどなく、モカを膝から下ろして、私はクローゼットに移動した。
「この着替えは食事用なの?」
メイドさんにドレスを選びながら私は聞いてみた。
「いえ。そういうわけではないです。お城内の部屋着としてお使い下さい。」
そう言われてドレスをよく見ると、薄いシンプルなドレスと刺繍が施された厚めの上着。それにフリルや宝飾が付いている。腰から下に付けるスカートの3点セットな服が並んでいた。
薄い黄色がベースになっているドレス。濃いオレンジの刺繍と、花を模ったアクセントの付いた白い上着に、ドレスと同じ色でオレンジの宝石が銀細工と一緒に飾られているスカートのセットを選んで、メイドさんに渡した。
「これを、お願いします。」
メイドさんがドレスを広げて着替えの仕度を始めたので、私はポケットにある宝印石をテーブルでまだクッキーを食べていたモカに渡す事にした。
「モカ。これちょっと持っててね。」
モカはクッキーを食べるのをやめて、ソファに座り私はそのモカとソファの間に隠す用に石を入れた。
カードが入っている腰ベルトもソファの上に置く。
待っているメイドさんの所にもどって私は着替えを済ませた。
「モカ。お待たせ。」 私はソファに戻ってモカを膝の上に乗せ、宝印石を手に取った。
着替えた服にはポケットらしい物が無かったので、私は胸の下着の中にとりあえず押し込んでみる。
(ちょっと痛いけどまあ…いっか)
クローゼットを片付け始めたメイドさんの一人がテーブルの横のワゴンのところにきた。
「のちほど、姫様がお迎えに来られますのでしばらくお待ち下さい。」
「こちら、お下げしますか?」
私はまだクッキーを食べようとしているモカを見て。
「はい。お願いします。」
モカはまだ食べたそうだったけど、私はメイドさんに片づけをお願いした。
「これから、食事って言ってたし、お腹一杯にしちゃだめでしょ。」
小さく笑いながら私は、モカの頭を撫でた。
片づけを終えたメイドさんたちが扉から出て行くのを見送って、私はカーテンが架かっている窓から外を眺めてみた。
もう暗闇が空を覆い尽くしていたけど、大きな銀色の丸い月が白い城壁を淡く照らしている。
「いまさらだけど、凄いところに来たんだな~。」
見慣れない月を眺めながら私は一人、呟いていた。
モカが私の横に来て窓の縁に座った。
「ボクも人界って初めてです。」
私はモカの言葉を聞いて
「そうよね。モカも初めてなんだよね。色々行って見たいけど、怖い気持ちも一杯あるよね。あと、9日なのか~。」
モカを抱きかかえて、私は城壁の上に拡がる、町の灯火に目線を移す。
声は聞こえないけど、人々の活気が伝わってくる感じがした。
扉を叩く音がしたので、私は返事をした。
開けられた扉の隙間からティオが笑顔とともに飛び込んでくる。
「なお~いくよ~。」
私はそんなティオを見て、元気になっていくのが判った。
ティオは濃いピンクのドレスに白い上着とスカートのセットを着ていた。上着とスカートには薄いピンクの花の装飾が施されている。
「なお。やっぱりドレス似合ってるね。」
ティオに「ありがとう。」と返事をして、
「こういう服って今まで着た事なかったのよね。」
「なおはいつもどんな服着てるの?」
私はいつもの風景を思い出していた。
「色々よ。学校の制服とか、暖かい日はシャツと、ジーンズっていうズボンで、寒い日にはセーターとか色々。」
ティオがよく分からないって顔をしながら考えていた。
私は、ティオが制服を来ている格好を想像しながら答えた。
「絵にして今度見せてあげるね。」
「お願いね。」 ティオの顔が笑顔に変わっていた。
私はモカを抱いてティオと共に部屋を出た。外には一人のメイドさんが待っていた。さっき扉を開けたのは彼女だったようです。
「あれ? ハミルさんは?」
私はいつも一緒にいると思っていた護衛のナイト様が居ないのが気になった。
「今日は、もう外出もしないし来客も来ないので宿舎に戻ってるの。ずっと一緒だと、彼の時間が無いでしょ。」
私は「そういや、そうね。」と答えてメイドさんの後をティオと一緒に歩き出した。
ティオがそのまま言葉を続けた。
「それに、なおは身内扱いだし、食事も家族の部屋で行なうから。この階を守備兵の方々が守ってくれるから。」
「そっか。」 私は身内扱いと言われて、緊張が解けた声で答えていた。
そんな私を見て、ティオは嬉しそうな笑顔をしている。
階段近くの扉が開かれていて、私はティオと一緒にその部屋に入っていった。
バスケットコートくらいの大きさがある部屋の真ん中に、長細いテーブルが置かれていた。
対面で食事するのに丁度いい幅で、片面5名ほどがゆったりと座れそうな長いテーブルに白いテーブルクロスがかけられている。
テーブルの真ん中に片方1名、対面に2名の椅子と食器がすでに並んでいた。
部屋に居たのは、結構年輩のおじ様風の黒髪の執事だった。
ティオと私を2つ並んだ椅子に招いたのでモカを抱いたまま、私は席に着く。




