銀竜ナセラ 3
「幼き少女よ。我がもとにようこそ。」
声ではなく直接頭に響くその声は、深い男性の声で、渋みと威厳が伝わってくる。
モカを見て、そしてルミナさんを見た。
「モカ。聞こえてる?」
「うん。」
「ナセラ様の言葉は今、私達3人だけに聞こえていますよ。」
ルミナさんが戸惑っている私に答えてくれた。
「えっと、私は声を出してしゃべるの?」
「ええ、普通に会話するのと同じでいいですよ。」
銀竜ナセラの言葉が続く。
「精霊王からの言葉を伝えよう。我が息子を守ってくれてありがとう。そなたと我が息子の未来に祝福が訪れる事を願う。」
(えっ…精霊王? 息子? モカ?)
左手と胸の間にいる小さな友達を見た。
「モカ? の事だよね?」
モカはどこか恥ずかしそうに返事をした。
私は銀竜ナセラに向かって、
「いえ、私は何も出来なかったんです。守ってくれたのは私のおじさんとミリアっていう竜騎士さんなんです。 私はただ、空から落ちてきたモカを助けただけなの。」
あの時の悔しさがまた込み上げてきた。
「力で守るのが全てではないぞ。幼き少女よ、そなたの想いと行動で聖獣の子は守られたのだよ。恥じることはない。これからも、その子を守ってやってくれ。私からもお願いする。」
少し深呼吸して「はい。」と答えた。気持ちを強く持って頑張ろうと思った。
「ねえ。モカ? 精霊王の息子って?」
「僕達はみんな精霊王アンリエール様の下で育てられるの。」
私は家出みたいに出てきたモカを見つめて。
「ちゃんとモカのこと見てくれてるんだね。」
モカが少し照れている。
(精霊界に戻ったほうがいいのかな? やっぱり…)
モカのために…
私は答えの決まらない心の気持ちと格闘していた。
「少女よ。」
考え事でぼーっとしていた私は銀竜ナセラの呼びかけで意識を戻した。
「あ。はい。」 すこし慌てた声で返事をした。
「魔力が欲しくないか?」
「えっ…」
私はおじさんやミリアみたいな魔法が使えるようになるのかなっと期待したけど…
銀竜ナセラの言葉はさらに続いた。
「望むなら、特別に力を与えようと思うのだが、ルミナくらいの力くらいなら今すぐにでも。」
「えっ!」
私は多分この国一番の魔力があるとおもうルミナさんを見つめた。
「どうするかね。ただ髪の色が私と同じ銀色になるがの。」
私は今、もの凄い選択の場面に立っているのだと感じた。そして銀竜ナセラの目をしっかりと見つめた。
「要らないです。」 強く断った。
銀竜ナセラはすこし目を閉じて、そして言葉を続けた。
「その聖獣の子を守る力は要らないのかね。先の未来で力なく後悔する時が来ても良いのかね。」
私は腕の中のモカをぎゅっと抱きしめ、はっきりと答えた。
「はい。モカを守る力は欲しいです。力がなく悔しいと思うこともありました。でも、自分の力で守りたいの。貰った力じゃなくて、自分で頑張った力で守りたいの。じゃないと守っても守れてないっていうか…今、頑張ってるティオやみんなの努力を踏み躙ってるようで…それにそんな大きな力を貰ったら…私の心が…挫けそうで……」
語る言葉がよわよわしくなっていく。
「私に力がなくてもモカを大切に思ってくれる人が絶対守ってくれると思うし…私も頑張るし…」
言いたい事がまとまらなくて言葉が詰まった。
「人任せか。」
ナセラの言葉が胸に刺さった。
私は銀竜ナセラを見上げて強い声で答えた。
「自分の力じゃない物で得た事は、自慢にも、誇りにもならないの! 力がないから誰かを頼るの。誰かに頼られる私に成りたいから自分で頑張るの! いいでしょ!。」
勢いに乗った私の言動が場違いであるのに気付いてすこし後ずさりしていた。
(やば…)
無音になった洞窟で私はゆっくりと銀竜ナセラとルミナさんに顔を合わす。
「フォッフォッフォ」
渋い声だけど愉快な笑い声が頭に届いてきた。
ナセラとルミナさんが楽しそうに笑っているのが見えた。
私はモカに視線を移してきょとんとしているモカを持ち上げた。
「ねぇ…なんで笑うの?」
モカも困っている。
ナセラの笑い声が消えそして言葉が伝わってきた。
「少女よ。とても素晴らしい返事が聞けて嬉しかったよ。さすがはシェラの孫だ。強い心に育っていて嬉しいよ。なお、その心をいつまでも忘れないようにな。」
「…え?」
さっきの言葉使いが抜け切らないまま私はナセラの言葉に反応した。
「おばあちゃんの事知ってるの? あっ、そうよね。おばあちゃんはここで育ったんだし、知っててもいいのか。魔法使いだし…ここの学校出てるのよね…」
(お祖母ちゃんってどんな子供だったんだろう…)
「そだ。ルミナさんも私のお祖母ちゃんの事知ってる?」
銀竜ナセラの隣で、私をみつめているこの国の王妃。月の巫女。ルミナ様。
(知ってても、おかしくないのよね。なんで気付かなかったんだろう…)
青白く輝く竜の反射光のせいなのか、ルミナさんの顔がすこし淋しそうに見えた。
「はい。知ってますよ。でも、お祖母様のお話は、お迎えにいらした時にゆっくりとお話しましょうね。」
気のせいだったのか、ルミナさんは優しい笑顔で私の隣に降りてきた。
「ん~…ナセラさん。…さま。」
呼び方がいまいち判らないので戸惑った。
銀竜ナセラの渋い声がすこし変わって親しみのあるお爺ちゃんのような感じで答えくれた。
「この世界の人間は私のことをナセラ様と呼ぶがの、まあ、好きに呼んでもいいぞ。特別にの。」
私はすこし考えてナセラをじっと見つめ、ルミナさんをちらっと見て、腕の中にいるモカに小さな声で聞いてみた。
{・・・ってどうかな?」
モカが困惑しているのが面白かった。
隣にいるルミナさんに同じことを言ってみたら、すこし笑ってくれた。
(良いってことだよね?)
見上げた私の目に飛び込んできた銀竜ナセラの顔が笑っているのが見えた。
「あ!・・・聞こえてたの!小声って意味なかったのね。」
頭に響くナセラの笑い声が私を脱力していく…
「もう、ナセラおじ様って呼ぶからね。き・ま・り・ね。」
ここが岩と水に囲まれた地下の洞窟って事を忘れるくらいその場には暖かい笑い声と空気が私を包んでいた。
「ああ。久しい。こんなに楽しい会話をしたのは。なお、逢えて嬉しいよ。そなたの道に月の恵みがあらんこと願う。」
私はこの世界に降り立ってからずっとこの洞窟で暮らしているナセラの事が気になった。
「おじ様は外にはでないの? ずっとここにいないといけないの?」
水が流れる微かな音と青く光る岩に囲まれた洞窟の中は、翼を収めた大きな銀竜には似合わない風景だった。
「ありがとうよ。わしの役目はこの世界を闇から救おうと努力する人間達に力を分け与えるのが使命なんだよ。ここの岩は月からの魔力を蓄えることができるのじゃ。それをわしが吸収し大気に流すことで人間に魔力を与えているのだよ。」
そういった銀竜ナセラはゆっくりと首を持ち上げ、そして体を起した。悠々とした青白く光る竜は大きな息吹をひとつした。
洞窟の中は、空気の流れる圧力で、大きな音と、岩と向こうに見えた大きな湖の水面を、激しく動かした。
銀竜ナセラは私に目線を落として小さく微笑んだ。
「この湖を抜けると海に出るのだよ。わしもたまには動かないと翼が縮んでしまうからの。こっそりと散歩してるのだよ。」
背伸びをしたように見えたナセラはゆっくりと座り、最初みたときの格好に戻った。
静かになった洞窟で私は横たわる竜に声をかけた。
「ナセラおじ様。 お祖母ちゃんってどんな人だったの?」
優しい顔の銀竜ナセラは懐かしむように語ってくれた。
「どこから話そうかの。そうじゃな、はじめてシェラと逢った時の事から話そうか。」
「生まれて10日くらいの赤ん坊が、父親に抱かれてこの洞窟まで来たのだよ。洞窟全体に響く大きな泣き声でわしは目を覚ました。 父親と泣き止まない赤ん坊にわしは声をかけた。 何用かと。
まあ、赤ん坊を感じた時に全て分かっていたのじゃが。」
ナセラおじ様は、視線を私に向け、ゆっくりと話を続けた。
「大気にある魔力を無尽蔵に吸収していたのだよ。赤ん坊からは、怖いと苦しいの感情が流れてきていてな、可哀想じゃった。 このままだと赤ん坊は魔力に耐えられなくなり、光となって消えてしまう事を父親に告げた。 わしはそうなっても仕方がないと説明したのだよ。大きな力は災いになる恐れもある。それにこの子自身、幸せな人生を送れる事は無いだろうと。」
なにか気になったのか、私はルミナさんの方を見た。
ルミナさんの目からすこし涙が溢れていた。
(やっぱり、母親としての想いが…)
私もその赤ん坊の事考えると込み上げるものがあった。
「だけど父親は、それでも赤ん坊を助けて欲しいと、待っている妻の願いも同じだと、頭を下げてきてな、わしはその赤ん坊を助けることにしたのじゃよ。」
ナセラおじ様は首をすこし持ち上げて洞窟を見回した。
「ここの岩は魔力を蓄える性質があるって話したじゃろう。わしはこの岩を凝縮・精製を施して、赤ん坊の体内に癒合させたのだよ。大人になって魔力の制御ができるまでの、受け皿としてな。」
ナセラおじ様はそういって話を止めた。
洞窟に静けさが戻ってきた。
「…もしかして、その赤ちゃんがお祖母ちゃん?」
私の問いにナセラおじ様は嬉しそうに答えた。
「そうそう最後に、父親の願いでわしが名前を付けたのじゃよ。わしらの言葉で輝く・照らすって意味のシェラとな。」
私はまさかお祖母ちゃんの出生のそれも凄い話を聞けるなんて思いもよらなくて、びっくりした。
「ナセラおじ様がお祖母ちゃんの名付け親で命の恩人だったなんて、なんだろう…ありがとう。」
伝えきらない想いを、私は目の前の大きな竜に頭を下げるだけだった。
「なお。この話はここだけの話だからね。シェラの事を人に聞いたり話したりしないでほしいのだよ。彼女をよく思わない人もいるからね。なおがシェラの孫だと知って、危害を及ぼす可能性もあるしの。」
ナセラおじ様は心配そうな声で私に話しかけていた。
(お祖母ちゃん…この世界嫌だったのかな…)
私はお祖母ちゃんがこの世界を出た理由をなんとなく感じた。
「なおさん。そろそろ時間ですし、戻りましょうか。」
「あっ、そか。もっとお話したかったけど。」
ナセラおじ様に私は別れの挨拶をしてルミナさんの差し伸べた手を掴んだ。
「そうだ、なお。これを持って行きなさい。」
目の前に真珠のような白銀の玉が淡い光を放ちながら現れた。私は残っていた手を差し伸べてその玉を掴んだ。
「わっ。」
モカが腕から落ちてびっくりしていた。
「あっ、モカごめん。」
モカは不機嫌な素振りで飛び上がり私の頭の上にちょんと座る。
頭の上のモカに玉を握ったままの手で撫でて誤った。
戻した手の中の玉を私はナセラおじ様に差し出すように見せた。
「これって?」
「なおの力になりたいと思う、わしの願いじゃ。闇から身を守る服が入っているから危なくなったら使うんじゃよ。使い方はルミナに聞けばいいから、じゃ、また遊びにおいで、待ってるぞ。」
私は大きく手を振った。青白く光る洞窟に横たわる大きな竜に、別れを告げた。またね。と




