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銀の月  作者: 紅花翁草


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6/30

銀竜ナセラ 1

 守備兵に守られた門を抜けると銀礼の神殿の全貌が目に飛び込んできた。

 正面には高くそびえる教会のような建物、その左右に繋がって広がる3階建てのマンションみたいな建物、すべてが王宮とおなじ白い石でできていた。


「最初、城から見たときは小さい建物って思ってたけど、城が大きすぎだったのね。」

 ティオが私の隣をゆっくりと歩いてきた。

「オルトリアスに住む民の全ての政をここでしているのよ。」

「へぇ~」

 私は再度、神殿を観察して国会議事堂やホワイトハウスの建物を連想していた。

(…なるほど。)


 お姫様モードになったティオの後ろを、私はモカを抱きかかえてゆっくりと歩調を合わしてついていった。

 ハミルさんは相変わらすナイト様だった。


 人々がティオに向かって静かに頭を下げる中、大きな門をくぐりぬけた私達は、まっすぐと伸びる青い絨毯を進んでいく。

 100メートルくらい歩いた先には低い壇上と並んだ椅子が左右に。壇上奥の壁は上から水が滝みたいに落ちていて、薄いカーテンのようになっていた。

(ほんと、教会みたい…)

 水のカーテンの奥の壁に何か描かれているみたいだけど、ハッキリと見ることができなかった。


 壇上には少し歳を感じさせる皴が目立つふっくらとした女性が、私達を待っていた。

「遅いですよ。ティオ姫。」

 芯の通った深い声がティオに向けられた。

ティオがちょっと照れているのか、恥ずかしいのか、そんな態度を見せていた。

「はい、すみません。すぐに教室に入りますね。それと、友人の見学を許してくださいませんか?」

 視線が私に向けられた。


「はい。ルミナ様から聞いてますよ。私が案内させてもらいますね。」

 優しい顔の女性が壇上から降りて私のところに来た。

「ナムル様が案内するのですか?」

 ティオが驚いている。

「あら、私じゃ役不足かしら?」

 皮肉を言ってるのが私にも判った。

「お仕事の方は、もうよろしいのですか?」

 なんかティオがすまなそうな顔でこっちを見ていた。

「私のことよりティオ姫は早く着替えて教室に入りなさい。」


「なお。がんばってね。」

 私に何か言いたかったのだろう。ティオは部屋の右手にある扉から忙しく出て行った。

(なにをがんばれと…)

「ナムル・リンシアよ。」

 私も自己紹介してモカを紹介した。

「人の世界へようこそ、モカ様。」

 私とモカはちょっとビックリした。 

(そっか、精獣だもんね。)

「なおさん。この世界の歴史とか、興味ありませんか?」

 今、一番知りたい事を言われたのでちょっとびっくりしたけど私は即答した。

「はい。あります。」

 モカを抱いた私は、ナムルさんの後をついていく。大きな木の扉を開けて中へと入っていった。

 

 沢山の本が棚に収められている書斎室のような部屋だった。

 真ん中の広場みたいなところににテーブルがある。

 バスケットボールくらいの大きい水晶玉がテーブルの上にあるのがみえた。

「この水晶と記石を使って見ましょうか。」

 壁の模様かと思っていたら1面引き出しになっている棚だった。ナルムさんは小さな引き出しを開け緑の石を取り出して私に見せてくれた。

 台座に乗っている水晶。その水晶の真下にあるくぼみに石を置いた瞬間、水晶の中に映像が写し出された。

「なお~。すごいです。」

「だね。 これも魔法の力なんだ。」

 私とモカは映し出された映像を見ながら喜んでいた。

 ナムルさんがそんな私達にゆっくりと話を始めた。

「この映像は学業のために作ったもので、神々の時代の伝説をわかり易くしてあるのよ。それじゃ始めますよ。」

 ナムルさんが水晶に手をかざした。

 水晶の映像が動きだしたと同時に、女性の声も水晶から流れてきた。



 二つの神だけが存在する世界で創造する快楽に目覚めた太陽神ゲル・月の女神レナ。

 太陽神ゲルが大地を創ると、月の女神レナが水を創った。


 太陽神ゲルが火の精霊バルードルと大地の精霊ムーロンを創り、大地を赤く鼓動させた。

 それを見た月の女神レナが水の精霊リエムを創り、水の中を泳がして水球を作った。


 水球を見た太陽神ゲルが風の精霊ルーエを創り、大地を回して球体を作らした。

 月の女神レナが、大地の影から闇の精霊オーレンをつくった。


 闇の精霊オーレンは大地を侵略しはじめる。

 太陽神ゲルと月の女神レナは闇の精霊オーレンを抑制するために自分たちの分身を創る。

 光の精霊ルゲル・月の精霊ミレナは闇の精霊を抑えるため大地に水球をぶつけた。

 闇の精霊は水に囲まれて動けなくなり、溶けていった。


 太陽の神ゲルと月の女神レナは混ざった大地を見て、一緒に創る喜びに目覚めた。

 大地と水で木を、火と水で空を創った。

 そして火・大地・風・水の精霊の破片から生命を創った。

 破片の量で、聖獣・妖精・動物と沢山の種類が生まれていった。


 最後に二人の神は、人間を創った。


 ところが人間を創る際に闇の精霊が混ざってしまった。

 人間から闇の精霊を取り出すため二人の神は世界を分けることにした。

 まず最初に聖獣と精霊の世界を創った。今の精霊界と呼ばれるところである。

 そして人間から闇の精霊を取り出して閉じ込める世界を創った。 人は魔界と呼んだ。

 最後に力を使いすぎた太陽神ゼルと月の女神レナは天界を創り深き眠りへと入っていった。

 そして大地には人間と動物だけとなった。

 


 水晶に写し出された映像を真剣に見ていたなおとモカは大きなため息をついた。数分間の映像

に見入ってしまっていた。

「これって伝説を映像化したんですよね?」

 ナムルさんが「そうよ。」と答えながら石を取り出してもとの引き出しに戻した。

「どう? 分かりやすかったでしょ。次のを出すから待っててね。」


「はい!」

 私とモカは同時に返事をしていた。

 ナムルさんが私達を見て微笑んだから、私もモカの頭を撫でて笑ってみた。

「ナムルさん、今の映像だと、この世界に精霊や妖精がいないってことになるのですよね? 魔族も…」

 私は思った疑問をモカを見ながら聞いてみた。


「はい。そうですね。さっきのが神の時代って言われてて、そこから、四界の時代と呼ばれる人と獣だけの時代が始まるの。」

 ナムルさんが新しい石を乗せて、また手をかざした。

「四界の時代の終わりからの話です。」

 私とモカは水晶の中を無言で覗き込んだ。

 

 

 神々の存在を忘れた人間たちは大地の支配者となった。

 そして、神が与えた大地を、壊し。空を、黒く染め。海を、汚していった。

 太陽神ゼルと月の女神レナはまだ深い眠りの中にいた。


 大地に異変が起こった。

 闇の門が開いたのである。

 大地は闇に覆われた。

 魔界で生まれた獣や精霊が人間を魔族に動物を魔獣に変えていった。

 人間は、なすすべも無く、滅びようとしていた。

 精霊界の光の精霊ルゲルと月の精霊ミレナは闇に覆われた大地を見て深く悲しんだ。

 そして、天界の太陽神ゲルと月の女神レナを起して、大地を助けてほしいと願う。

 愚かな人間に愛想が尽きた神は大地を捨てた。

 しかし光の精霊ルゲルと月の精霊レナの願いは強く、神は人間に試練を与えることにした。

 それは闇を振り払う勇気と知恵、力を授け、自ら大地を取り戻せと。

 愚かな人間達に悔い改める機会を与えるため、太陽神ゼルが人間の前に降り立つ。

 光に包まれた全ての人間は神から試練を受け取った。のちに『光の啓示』と呼ばれる。

 もう一人の神、月の女神レナは光の精霊ルゲルと月の精霊ミレナに試練を与えた。


 大地の再生と人間の管理を命じられたルゲルとミレナは4つの精霊を従えて大地に降り立った。

 月の女神レナは精霊界と大地を繋げた。

 人間は精霊の助けを得るために神殿を造り、精霊の力を得て闇と戦った。

 そして人間は大地から闇を取り除き、魔族を魔界へと押し戻した。

 だけど闇の門は閉ることはなく、いまだ人間は、神の試練の中にいる。



 水晶の映像が消えて終わりを確認した私は、また大きくため息をついた。

「立って覗き込んでたから、腰がいたい~。」

「あら。椅子を出すのを忘れてたみたいね。ごめんなさいね。」

 石を棚に戻したナムルさんが棚の横にある積んであった椅子を持ってきてくれた。

「いえ。私も夢中になってて、忘れていました。」

「なお~。面白かったです。」

「そうね。」 

 私はモカをテーブルの上に置いて、持ってきてくれた椅子に腰掛けた。ナムルさんは本棚から巻物みたいなものを持ってくるところだった。

 テーブルの水晶を棚の隣の台に乗せて、持ってきた大きな紙を広げた。

「さっきのが、四界の時代の終わりから今の時代、『試練の時代』に入る話です。」

「精霊と人との関係がなんとなくわかりました。」

 私はテーブルのモカを撫でながら、そう答えた。

(モカはこの世界を守るためにいるんだ。)

「モカはえらいんだね。」


「ぼく…えらくないよ。」

 モカにとっては、重荷にしかならない事なのだと私は気付き、反省した。

「ううん。ごめんね。モカは私の友達。それだけでいいよね。」

 伝える言葉が見つからない私はモカをそっと抱きしめた。


 ナムルさんが私を見つめている。微笑みの中に真剣な面影が見えた。

「私達、人間は自然を守り、自然の中で生きていくのが大切なんです。そうすることで人間の試練も精霊達の試練もいつか、終わりを迎えることでしょう。」

 私は無言でその言葉に頷いた。


 テーブルを見るとこの世界の地図だとすぐに判った。

 ひとつの大きな大陸が真ん中にあり、あとは小さな島と海だけだった。

「この世界って大陸はひとつなのですか?」

 ナムルさんが大陸の南南東の端あたりを指さしながら答えてくれた。

「はい。そうよ。あとは無人の小さな島があるだけです。ここが今いるオルトリアスになるのよ。光の精霊ルゲル様と月の精霊ミレナ様が降り立った場所。」

 そういって、次々と絵が描いてある印を、指差していく。

「オルトリアスを中心に北に大地の精霊ムーロン、東に水の精霊リエム、南に火の精霊バルード、西に風の精霊ルーエ。それぞれが降り立ってそこに神殿が建てられたの。」

 地図には気になる図が二つあった。

 大陸のほぼ中心に大きな山が描かれてる。それと南西の大陸の端は黒く塗られていた。

「これってなんの印なんです?」

「そ。」


 ナムルさんが話を続けようとしていたのを止めてしまったみたいだった。

「はい。この真ん中のところは精霊界や天界にいける門があると言われている場所ですね。こっちのは魔界の門がある場所。どちらも、未確認ですが。」

 私は魔界の門がある場所をみていた。

「それでは、人間の変化について簡単にお教えします。」


 ナルムさんの指先は大地の神殿を指している。

「神殿の近くで生活していた人たちから、生まれてくる子供の髪の色が、変化している現象が起こりました。」

「精霊の加護の現れと知った人間は、色の濃い子供を生むため神殿の近くに住むようになり、色を受け継ぐ民として、それぞれの文化を形成していったのです。」

 私は自分の黒髪を触りながら釈然としないため息をついていた。


「魔力を受け取った民は精霊の性格まで受け取ってしまい、結果、火の民は攻撃的に水の民は保守的に、風の民は奔放的に、大地の民は、包容的な性格になってしまったのです。」

 私はさっきのティオの言葉を思い出した。


 ため息のような声で私は呟いていた。

「髪の色で全て決まってしまうのって、淋しいですね。」

 私は膝の上にいるモカを撫でていた。

「そうね。あなたの言う通りです。髪の色で人を判断し、そして競い、争う。…これもこの世界の常識なんです。」

 ナムルさんがゆっくりと優しく私を見ている。

「精霊の加護を求めた民たちは、黒髪で生まれてきた子供をどう扱ったと思う?」

「え…」


 私は、私なりのこの世界の考え方と、私の住んでいた世界の考え方と照らし合わしてみた。

「落ちこぼれとか、落胆な気持ちで子供を見るんだろうな…」

「はい。そうです。悲しい事に、生まれた子供を捨てたり、殺したりする親まででました。」

 やり場のない悲しみと怒りが涙となって溢れるのが判っていたけど、じっとナムルさんを見つめた。

 ナムルさんは変わらず暖かい笑顔で私を見ていた。

(おばあちゃんみたい…)


「もう、今はそんな事する人はいないのよ。あなたと同じ心を持った人たちが集まって子供達を保護したり、引き取ったりしてね。そして黒い髪の人たちにもすばらしい加護があることを伝え広めたのです。」


私は滲んだ涙をふき取った。

「その加護ってどんなのなんですか?」

 テーブルを挟んで立っているナルムさんは変わらずに私を見ている。

「人と人との心を繋ぐ力、自由な心と無限の想像力で物を創る才能。」

「それって…」

 私の思いを受け取ってナムルさんが会話を続けた。

「はい。本来、人として当たり前の力。助け合い、工夫と努力で繁栄してきた人間の力です。」

 私はなんだか誇らしげな気分で自分の髪を意識した。

「服のデザインやお菓子や料理の才能。公正な考え方で町の人々を繋ぐ才能。何にも縛られない人たちだから出来る才能ですね。」


「人間の変化はこれくらいで、次は精霊との関わりについて教えますね。」

 テーブルの地図に小さなカードを並べていった。竜の絵が描いてある。

「モカ達のことだね。」

 気分が晴れた私は、モカを頭に載せた。

「はいです。」 モカも興味があるらしく、テーブルのカードをじっと見ていた。

 ナムルさんが置いたカードは神殿がある場所に置かれていた。全部で6枚。

「降り立った精霊神たちはそこに住む人間たちに力を授けるため化身となる竜を置いていったのです。 そして人間は竜から力をもらっているのです。」

 地図の上のオルトリアス場所に2枚のカードが置いてあり私は気になって聞いてみた。

「ここにも竜がいるのですか?」

「はい。いますよ。この銀礼の神殿の地下に銀竜ナセラ様が居ますよ。」

「あ!」 

 置かれたカードの絵が私の持っているファルトカードの竜とよく似ているに気付いた。

「どうしたの?」

 驚いた私はファルトカードにその竜が入っている事を話した。

「そうですか。そのカードを大切にしてくださいね。」

 ナムルさんがモカを見つめて話を進めたので私は気になった事を後で聞くことにした。

「モカさん達は聖獣と呼ばれています。精霊竜が全ての人達に力を与えるのに対して,精獣は一人の人間だけに力を与えます。強大な力を。」

 頭の上でモカがじっとしているのが判った。

(緊張してるのかな?)


「契約についてはもうご存知と思いますから省略してもいいですね。聖獣になると人との関わりを極端に持たなくなり、聖獣は大地の守護者として気に入った場所にずっと住んでます。」

 ナルムさんがまたカードを地図の上に置いていった。

 見慣れた絵のカードが1枚大陸のほぼ真ん中にある山の近くに置かれていた。

「聖獣シルレンですよね。ここにいるの?」

「はい。ここに今もいると思いますが、見た人は遥か昔の事なので判りません。ただ、この辺りは強い精気で守られているので、まだいると思います。 聖獣はその土地と自然を闇から守るのです。人に代わってね。」

 数十枚のカードが大陸・海・島といろんな場所に置かれていた。

「モカは、どこに住むのかな?」

 私は遥か未来に聖獣になったモカを想像してみた。

「モカって聖獣になるとどんな姿になるんだろうね。」

 頭の上でモカがモソモソしている。

「わかんないです。契約者が創造した物に近い姿になるのです。」

「そうなんだぁ。」

(私だったら可愛いのを願うかな。)

「モカ様が気に入る場所が見つかるといいですね。」

 ナムルさんがカードを集めて地図をたたみ始めている。


「歴史とこの世界の話はこれくらいにして、ティオの授業を少し見学してみますか。」

「はい。」

 私は椅子から立ち上がり、椅子を元の場所に戻した。

大きな木の扉からまた廊下に出た私達はナムルさんの横に並んで歩いていった。モカは私の頭の上にいる。

 私は少し前を歩くナムルさんを見つめた。

 ゆったりとした空気を漂わせている。そして、人を惹きつけ、正しい道を教えてくれそうな、そんなふうに思えた。

「ナムルさんは、ここの先生をしているんですか?」

 歩くペースを少し落として私のほうに顔を向けた。

「はい。この銀礼の神殿で神官長という役職と、ティオ姫が勉学している月修院の教師をしてます。」

(学校か~。みんな元気かな~)


 ナムルさんが足を止めた場所はこの建物の一番端にあたる部屋の扉の前だった。さっきと同じ大きな木の扉があり中からは何も聞こえなかった。

 重そうなその扉をナムルさんは手を触れる動作一つで、扉は鈍い音を放ちながら奥へと開いていった。

 と同時に、中から楽しそうな女性の声が聞こえてた。

 私とモカはナムルさんに促されるまま、声のする部屋へと入っていく。

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