ティオ・エリシア 2
モカが私に、外の景色が変わったことを教えてくれた。
いつの間にか馬車は大きな白い城壁の横を駆け抜けている。
前方にある窓を見ると、王都オルトリアスの門が目前に見えてきた。
「なお。ここが王宮のある王都オルトリアス。このまま王宮までいくからね。」
キリっと座りなおしたティオは、さっきまでの女の子らしい雰囲気から一転、お姫さまオーラーを纏っていた。
馬車は門の手前で速度を落として、ゆっくりと門をくぐって行く。窓からハミルさんよりちょっと質素な鎧を着た、門番らしき騎士が直立しているのが見えた。
馬車は人々が行き交う大きな街道をゆっくりと進んでいった。
「人が見てるからね。」
私にちらっと笑いかけて姫様になったティオは、外から聞こえる沢山の挨拶に窓越しから笑顔で答えていた。
モカと私は窓越しに町並みを見ていた。
「モカ。すごいね~」
石畳の道に街灯がきれいに並んでいた。
すべて白い石で作られた町は、色鮮やかな布を飾ったお店が街道沿いにずらりと並び、行き交う人々も原色に近い色の服を着こなしていたので、町は華やかな雰囲気をだしていた。
進む馬車は大通りをまっすぐ進み、目前に大きな門と壁が見えてきた。
太陽に照らされた、白い城壁を抜けると四方に悠然と立つ4つの丸い塔が印象的な城が、正面に見えていた。城の左隣には教会のような小さな神殿が立っていた。
馬車は城を囲っている堀の橋を渡って中庭まで入っていく。
「着きました。私は着替えてくるので、ここからは、案内係が部屋まで連れていってくれます。」
ティオに促されて私はモカを抱きかかえ、先に馬車を降りた。
言葉なく私は周りを見渡した。
(大きすぎだって…重いよ。空気がおもいよ…)
ティオはハミルさんと一緒に奥へと消えていった。
(ずっと一緒なのね。)
ティオがいなくなって、私とモカは案内係だと紹介された女性に連れられて長い廊下を歩いてた。
大きな階段を上り、さらに奥へと歩いていく。
(どこまでいくんだー! 無駄におおきすぎ~)
数回廊下を曲がる。
少し前を行く案内係が扉の前にとまった。
「この部屋でお待ちください。」
大きく開かれている扉から中を覗くと、大きなバルコニーが外からの光を部屋一杯に受け入れている。そして、少し大きめの楕円のテーブルに8脚の椅子が整然と並んでいた。
部屋には誰も居なかった。
案内係の女性は扉を閉めて私はモカと二人きりになる。
「ねっ。モカすごいね。なんなのここ。ありえないよ。」
開かれたガラス扉を越えてバルコニーに出ると、眼下に広がる白い建造物の積み重なる景色を、真上にある太陽が美しく輝かせている。
緩やかな風が頬を流れた。
「緊張してきたよ。モカ、どうしよう…」
「僕がついてるです。」
私の肩の横に浮かんでいるモカが頼もしかった。
「そうよね。一人じゃないよね。」
少しして、案内役の女性が扉を開けて私を呼んだ。
「準備が整いました。こちらへどうぞ。」
ひときわ大きな両扉の前に、騎士が2名立っている。ハミルさんと同じ鎧を着ていた。
私は軽く会釈して、騎士が開けてくれた扉の中へと入る。
高校の体育館ぐらいある広さに、同じような壇上が奥にある。
数段のゆるい階段が壇上へとつながっている。
左右には開放されたテラスがありここもまた、光あふれる部屋だった。
私は案内役の後を追いかけるように階段の手前まできた。
壇上では私をずっと見つめている女性がいる。
「お待たせしました。あなたがなおさんですね。」
壇上の中央に立っている、すらっとした白く輝くドレスに、白銀のティアラを着けた、高貴で清楚なイメージがする女性が、微笑んでいる。
左隣にはさっきとは全く違うふわっと広がったスカートにひらひらが可愛らしい、まさにお姫様ドレスを着ているティオがいる。白銀の髪飾りがとても似合っていた。
「はっ、はい。」
微笑しているティオをちらっと見た私は、緊張した声で答えていた。
(うわ~ティオ、かわいい~。あの人がティオのお母さんで王妃さんなのね。結構若く見えるけどいくつなんだろ?)
案内役の女性は会釈して、入って来た扉から出て行った。
部屋には3人と1匹だけになった。
抱いているモカを私はぎゅっと抱きしめ小さな声で
「モカ、緊張してきたよ~。どうしよう~。」
モカからの返事を聞く前にルミナ王妃が話を始めた。
「今朝の手紙と、ティオからの話でだいたいの事は判りました。異例な事なので、こちらとしてもどう対処すればいいのか悩みましたが、なおさんとモカさんは今の状態のまま、時を重ねて契約を無効にする。と、いうのでよろしいのですね?」
「はい。」 私はすこし強く発言した。
「……」 モカは無言。
(モカ? どうしたの?)
そっとモカを上からみたけど、動きがなかったからちょっと揺すって小さく話し掛けた。
「モカ。返事は?」
それでもモカは何も答えなかった。不安になった私はモカを抱き上げて私の方に顔を向けて見た。・・・微かに聞こえる寝息・・・
(おぃ!)
「モカぁ~」 そのまま私はおでこをモカの頭に落とした。
「ふぇ?」
何事が起きたのか分からない顔で私を見てるモカを有無を言わさず壇上に向けた。
「寝てましたです。」 モカは手から離れ宙に浮いた。
「寝てました。…じゃないでしょ!」 弟を叱る姉のような気分になった。
ティオが堪えきれずに笑い声を出していた。
ルミナ王妃も少し笑っているように見えた。
「ティオ。」 ルミナ王妃は声を落とすように静かに制する。
「はい。」 息を整えているティオはわたしに微笑みかけていた。
(コントじゃなんだから…っとにもう。)
私も緊張が抜けて、笑みを浮かべていた。
私も姿勢を戻して壇上を見つめた。
ルミナさまは再度同じ質問をモカに問い、そしてモカは、はい。とテレながら答えた。
ルミナ王妃が一息ついて、
「では精獣との契約者は、本来、国を支えるそれ相応の職についていただくのですが、なおさんは魔力もなさそうですし、契約による宝力もありませんから異世界へ戻るまではティオの客人としてあなたとモカさんを護衛いたします。っという事でよろしいですか?」
私とモカは背筋を伸ばして、はい。と返事をした。
(そうか…モカを守ってくれるんだ。)
「モカ、よかったね」
「はい。」
わたしはルミナ王妃に頭を下げた。
私をずっとみているルミナ王妃はすこし寂しそうに見えた。
(ん? 気のせいかな)
「改めてよろしくね!」 今にも笑いそうな顔で階段を下りてくるティオがいた。
「ロレン夫妻にはこちらから伝えときますから、なおさんはゆっくりとしていってくださいね。私はこれから銀礼の神殿に行かなくてはならないので、夜の食事の時に色々な話を聞かせてくださいね。」
初めて会ったときの笑顔で、ルミナ王妃は壇上右奥へと歩いていった。
私の手を取ったティオが急かすように私を引っ張った。
「なお、こっちよ」
私はモカが付いて来るのを確認して、ティオに連れられてルミナ王妃が消えていった右奥の扉から部屋を出た。
また私の頭に乗っかったモカを楽しそうに見ているティオが思い出し笑いをしていた。
「お母様との謁見で寝ちゃうなんて、初めてみたよ。」
「ホント、びっくりしたよ。どうしたのかと焦ったのよ。」
頭にいるモカを問い詰めてみた。
「なんで寝たのよ。」
「なおの腕の中が暖かくて、つい…です。」
頭にいるモカが小さくなっているのが見なくても判った。
「お母様が部屋に守備兵たちを入れなかったのが、わかったような気がする。」
「あっ…いつもは、やっぱいるんだ。そうだよね。なんか足りないって思ってのよね。」
柱と屋根だけの通路に出た私たちに涼しい風と柔らかい光が迎えてくれた。
「こっちね。」
少し早足なティオが十字路を曲がったので付いていった。
「ねぇ、ティオってずっと城の中で暮らしているの?」
(お姫様って大変そう…)
「ほとんどそうね。銀礼の神殿で巫女の勉強する以外は、でもたまにハミルに頼んで街に行ったりするのよ。」
「そっか。」
私はお姫様っていう生活が私の知っている映画や物語と同じだったのでちょっと寂しくなった。
「あっ。明日は街に行きましょうか。どこか行きたい所ある? ドレス屋に帽子屋に靴屋、それに菓子屋もいかないとね。」
「えっ? うん、そうね。行きたいね!」
(ティオの事考えてたのに、なんか催促してるみたいになって気を使わしてしまった。)
「どこ、行こうかな~。モカはどこ行きたい?」
私は元気な声でモカに訊いた。
「クッキー、また食べたいです。」
嬉しそうに飛び上がったモカに私たちは笑っていた。
螺旋階段が上へと繋がっていく。
城の最上階近い場所まで来たようで長い廊下はなく階段を中心に左右に伸びる通路に扉が数箇所あり、その一番奥の扉には先ほどと同じように兵士が立っていた。
白い扉の前に止まったティオに合わして兵士が扉を押した。
(あっ…ハミルさんだ。)
扉を押したハミルさんに私は会釈した。
「さっ、私の部屋よ。入って。」
開かれた扉の奥にはフランスのどっかのお姫様そのままって感じの、カーテンのついたベットと彫刻の綺麗な家具があった。
小さな窓が3つあり薄いピンクのカーテンが風に揺られていた。
私は窓側にある二人用ソファーに腰掛ける。モカも習って私の隣に座った。
「疲れたでしょ。 ちょっとまっててね着替えてくるから」
ティオが部屋にあるもう一つのドアを軽くノックすると、扉を開けた女性がティオに頭を下げていた。ティオは奥へと入っていった。
(メイドさんかな? 隣の部屋にずっと待っているんだ。外にはハミルさんもずっといるようだし、やっぱすごいところだな~)
「ね、モカ。私たちって物凄く場違いだよね。」
「そですね。がんばります。」
「なにをがんばるのよ。」
モカの頭を指で突付いて、じゃれていたら、ティオが入っていった部屋からさっきのメイドさんがポットとカップを皿に乗せてソファーの前にあるテーブルに置いた。
「先にお飲みください。との事です。着替えがもう少しで済みますのでしばらくお待ちください。」
並べたカップにお茶を注いだメイドさんに続いて同じ服を着た別のメイドさんがお茶菓子を持ってやってきた。
「モカ、こっちへおいで」
膝の上にモカを座らせて私はメイドさんたちが戻っていったのを確認してから目の前のお菓子を口に運んだ。
「なお~。ぼくも~」
あたしの方を見て訴えるモカ。
「慌てないの。取ってあげるから。」
モカにお菓子を渡して私はお昼の時間がとうに過ぎている事に気付いた。
「モカ、お昼ご飯まだだったね。お腹空いたね~。」
「はい。おなかすいたです。」
お菓子を食べながら私とモカは笑っていた。
「これじゃ足りないね。」
「です。」
モカをテーブルに置いて、お茶を飲んだ私は窓の外を覗いて見た。
海が見えた。青く波が日の光できらきらと輝いている。大きな船や小さな船が見える。
(エーゲ海の港みたい。)
影が一瞬、光を遮った。私は太陽の方を眩しさに耐えながら見上げる。
(鳥? …あっ竜だ。)
「モカ、竜が飛んでるよ。ミリアかな?」
竜はそのまま降下してきた。
城の3階あたりにある中庭の庭園に降りたのが見えた。赤い鎧の人が迎えられた城の守衛兵についていった。
「よく判らなかったわ…」
私のところに飛んできたモカを窓の枠に立たせた。
「ほら、あっちに海がみえるわよ。」
「僕、海って初めてみました~。聞いてたとおりおっきいです。」
「じゃ、明日ちょっと寄って貰おうよ。」
窓の外を二人で眺めていると扉の音が聞こえてティオが戻ってきた。
おじさん宅に来ていた時の服とほとんど変わらない、すっきりとした白いドレスになっていた。
「何見てるの?」
「海をね。モカがまだ海に行った事ないって言ってたの。明日ちょっと見せてあげたいんだけどいい?。」
「いいわよ。」
ティオの後ろからメイドさんが3名ほど入ってきた。テーブルの片付けと新しいお茶とケーキを並べていた。
(それぞれ担当してるんだ。…いったい何人いるんだ?)
一人用の肘掛の付いたソファーに座ったティオ。
「お腹空いたね。このケーキは外のケーキ屋さんから買ってるのよ。すごく美味しいの。」
モカが私の頭を飛び越えてソファーまで飛んでいった。
「こら。」
私もあまい匂いに釣られてソファーに座る。そして、モカが当たり前のように私の膝の上に乗った。
「さっきお菓子を貰ったとき、お腹が空いてるの思い出したの。モカもね。」
色々なケーキが皿の上に並んでいた。
ティオがケーキを小皿に取り分けたのみて、ふと聞いてみた。
「お昼ご飯って食べないの?」
「え? あっ。なおの世界では昼も食事とるのね。こっちはお昼はお菓子とかケーキとかを食べるのよ。」
「そうなんだ。…あれ? 昨日おじさんのところで、お昼ご飯あったけど…そっか、私に合わしてくれたんだ。」
「なお~。ぼく赤いのが乗ってるのが食べてみたいです。」
並んでいるケーキの中で、丸い小さなケーキに苺が5個のっているのがあった。
(それ、私も欲しかったけど…)
私は仕方が無いので別のケーキを選ぶことにして、小皿に苺ケーキを取ってモカの前に置いた。
「って、それどうやって食べるの?」
「なお、切ってです。」 私を見上げるモカ。
(やっぱりかい!)
「小さいナイフってある?」
「まっててね。今、頼むね。」
お皿の真ん中に置いてある飾りのような取っ手を掴んだと思ったら、高い音色の鐘の音が聞こえた。
「それってベルだったのね。」
私はチョコムースと苺ムースが6層交互になってるケーキを取った。
メイドさんが扉を開けて、一歩部屋に入ったところで立ち止まった。
「小さいナイフとフォークを持ってきて。」
一礼をしたメイドさんがすぐにもってきてくれた。
「ありがとう。ほらモカも」
私は膝の上のモカの頭を撫でて、メイドさんにお礼をした。
ちょっとびっくりしたメイドさんが笑顔を返して部屋を後にした。
私はモカの苺やケーキを小さく切るのと、自分のケーキを食べるので忙しく無言になっていた。
モカも食べることに夢中になっていた。
「なお。その腰に付いてるのってファルトカード?」
モカがこぼしたケーキを小皿の脇に置いていた私は、顔を上げてティオに返事をした。
「うん。お祖母ちゃんから貰ったんだ。使い方しらないんだけど、ここにくれば解るっておじさんが言ってた。」
「誰かに教えてもらうってことなのかな?」
モカのケーキを切りながらティオに訊いた。
お茶を飲みながら笑みを溢すティオが、
「おじ様ったら、私を子供あつかいして。もう…」
「私が教えるって事になるのよね。ファルトカード好きなわ・た・し・がね。」
なんとなくおじさんが言いたかった事が判って私も思わず笑ってしまった。
10個ほどあったケーキが綺麗に無くなり満腹になった私とモカはゆっくりと深呼吸していた。
ティオがベルを鳴らすとメイドさんたちが来てテーブルを片付けにやってきた。
「それじゃ! 私のカード持ってくるね。」
席を立ったティオはベットの横にある花の彫刻と銀の装飾が綺麗な白いクローゼットみたいな家具からカードケースを持ってきた。
テーブルに置かれたそのケースは、いくつもの宝石が装飾されていた。
「うわ~。すごく綺麗。私もそんなケースがいいな~」
ベルトのホルダーからカードケースをテーブルに置いた私は細かな模様と装飾がされている銀製のケースとティオのケースとを見比べていた。
「なお~、なおのも綺麗です。」
「そうよ。なおのも特別製作品みたいじゃない。初めて見たわ。ここまでの銀細工ってそうそうできないのよ。」
モカとティオに言われて私はちょっと嬉しくなった。
手にとってじっくりとケースを見ているティオが不思議そうな顔と嬉しそうな顔をしながら私の胸元に差し出してきた。
「開けれるのよね? 中にどんなカード入ってるの? ねっ見せて。」
子供が買ってきたおもちゃの箱を開けてと、強請るみたいにティオに急かされた。
ケースを開けた私はすべてのカードを束のままティオに渡す。
さっきまでケーキが並んでいたテーブルに、ティオは1枚ずつ並べていった。同じ絵柄のカードは重ねて置いていく。




