月礼祭 1
なおは自室のベットでモカと寝転がっていた。
城に戻るとすぐに自室に入り、モカと二人で、のんびりとティータイムを過ごし、お祖母ちゃんの帰りを待っていた。
最初は窓から外を見ながら、モカと色々な話をしていたけど、待ち疲れて、今はベットでだらだらとしている。
「まだかな~。」
なおは、その言葉を何度もつぶやいている。
扉を叩く音がした。
お祖母ちゃんが戻ったら、メイドのハレさんが伝えにくる事になっているから、なおは飛び起き、大きく返事を返すと、扉まで急いで駆けた。
扉を開けたハレさんに話しかけると同時に、ハレさんの後ろからお祖母ちゃんの姿が見えた。
「もう少し、落ち着きを覚えないって何度も言ってるだろう。」
私は背筋を正し、深呼吸を小さくした。
「お祖母ちゃん、お帰りなさい。」
ハレさんに照れ隠しの笑みを返し、部屋に入ってきたお祖母ちゃんに挨拶をする。
ソファに腰掛けたお祖母ちゃんの対面に私は座り、はやる気持ちを押さえていた。
扉からワゴンを押して入ってきたミレさんがお祖母ちゃんに冷たい飲み物を用意している。
お祖母ちゃんは、手に持っている風呂敷を机の上に置くと、一息つき、カップの飲み物を飲み干した。
「あの子は契約者になれたよ。」
「よかったぁー。」
私は気が抜け、安堵の言葉を出していた。
「近いうちに、会いに来るだろうね。契約した精獣がなおと、その精獣に用があるって言ってたからね。」
私とモカは、二人して、きょとんとした顔を見せ合う。
「なんだろうね? 誰なんだろうね?」
私の問いに、首を傾げるモカはどこか不安そうに見えた。
「まあ、会った時の楽しみにしてようね。」
モカの頭を撫でた私は、気になっていた風呂敷の中身を聞いた。
「ああ、これは、火竜の爪だね。」
「火竜ってエンデュ?」
「そうだよ。切った爪でも、50度の熱を帯びてるままだから、暖房器具みたいに使えたり、水に入れれば丁度いいお風呂の湯加減になるんだよ。お風呂のお湯の温度が少し下がってきてたから、新しいのに変えようと思って、貰ってきた。」
「そっ…そうなんだ。」
私はたぶん、とんでもない事なんだろうな、と思いながら話を切り上げた。
「それじゃ、わたしは、これを置いてきて、休ませてもらうね。」
早々に部屋から出て行く、お祖母ちゃんを私は見送ってソファに座り直す。
私の為に用意してくれていたお茶をゆっくりと飲み、夕刻の空を窓から眺めた。
「あとは、祭りを楽しむだけだね、モカ。」
「はいです。」
また静かになった部屋で私とモカは、だらだらとベットの上で過ごすことにした。
扉を叩く音が聞こえた。
ティオが、疲れた顔で部屋に入ってくる。
「どうしたの?」
「明日は遠征者達の帰祝会と祝杖式だけの予定だったのに、太陽の姫巫女の戴冠式をやることになって…光の塔と司祭が無くなったじゃない、あれの代わりに昔にあった姫巫女を復活させて、それの式を祝杖式の中に入れて、もうね、オルトリアス聖典祭とか…新しい行事作っちゃうし、段取り覚えるのに大変だったのよ。」
畳み掛けるように喋ったティオに私は圧された。
「そっ、そうだったのね。お疲れ様。」
ぐっすりと寝ているモカを起こさないようにベットから起きた私はソファに座った。
遅れて入ってきたハレさんとミレさんがお茶を用意するのを待って、落ち着きを戻したティオが笑顔を浮かべる。
「昼からの聖典祭だけが明日の予定だから、朝からそれまで、一緒に祭りを回ろうね。」
「もちろん、楽しみにしてるから、よろしくね。」
私はミリアとお祖母ちゃんの話をティオに聞かせた。
「ミリアさんは無事、契約者になれたのね。」
ティオの表情は落ち着いた安堵感のような笑みを浮かべる。
「まさか、お湯がエンデュ様の爪って…お祖母様って凄過ぎる。」
こっちは呆気に取られた溜め息を、こぼしながら、笑っている。
「やっぱり、とんでもない事なのね。」
私とティオは、顔を見合わせ、笑い合った。
日が落ち、暗くなり始めた外に気が付いた私は、窓から城壁の向こうに見える明かりを見る。
「そういや、前夜祭って何するの?」
ティオは私の隣に立って窓から同じように外を見る。
「オルトリアスを囲むようにある4つの都市のさらにその外側、そこには魔獣や猛獣が沢山いるのよ。
で、それを被害が出る前に討伐しているのが、遠征隊なの。その人達がみんな帰ってくるのが今日で、待っていた家族や友人が、美味しい物をご馳走したり、騒いだりするから、朝まで店を営業する口実として、前夜祭って形にしたのよ。」
日が落ちた空には、銀色に光る丸い月が、大地を明るく照らしている。
「なるほどね。」
「まあ、お酒を出す店がほとんどだし、私達が楽しむのは明日の朝からの出店やお菓子コンクールとかね。」
「お菓子コンクールって?」
私は問い詰めるほどじゃないけど、勢いのある言葉をティオに向けていた。
嬉しそうにティオが答える。
「3日間の月礼祭の間に、色々なお菓子店が新作を出すの。それを大きな広場をお店にした会場で販売。私達が食べたい物を買って美味しいと思ったらそのお菓子に一票入れる。3日後に順位を発表。そんな流れよ。ちなみに3日間やるのは、」
ティオが勿体つけるように話を一度止めた。
「100種類くらいあるお菓子を、食べ比べする為よ。お金とお腹が許す限り、食べるからね。」
ティオの意気込みが最後の言葉に詰まっていたのがよく判って、可笑しくなって私は笑ってしまった。
「なおも食べるんだからね。」
「もちろん、そのつもりよ。」
私とティオの笑い声が部屋に広がっていく。
「モカも沢山食べるよね。」
寝ているモカに小声で話しかけて、私とティオは、決り事のように自然に入浴の準備を始めた。
「じゃ、今日も背中流してあげるね。」
嬉しそうに早足で扉から廊下にでたティオが振り向く。
「ありがと。」
月礼祭の初日の朝、朝食を済ませた私は、中庭でモカと二人でティオが来るのを待っていた。
(誰だろ?)
二人並んで向かってくる人の一人がハミルさんだと私は気が付いた。
ハミルさんと並んで歩いているのがティオだと、気が付くには少し時間がかった。
ハミルさんは鎧姿じゃなく、礼装のような服だった。
ティオは髪を束ねて、すこしツバの広い可愛い帽子を被っている。
「お待たせ、なお。それじゃ、銀礼の神殿の方から街に出るわね。」
「その格好だと、ティオってばれないの?」
「身近な人なら判るかもだけど、街でばれたことはないわよ。」
ハミルさんの私服と並ぶティオは街で見かける恋人達のように見えたのを黙っている事にした。
街は賑やかで、人々の笑顔で溢れていた。
「モカ、凄いよ。」
腕の中に居るモカはキョロキョロと首を回して街や人を見ている。
「人がいっぱいです。いい匂いもするです。」
本通りに出た私達の目には、沢山の出店と、行き交う歩行者達。石畳の道路は馬車が通れないほど人で溢れている。
「私達はお菓子を食べる予定だから、食べ物の出店は我慢するのよ。」
お姫様の品を出しているティオが小声で私達と話す。
「そうね。お菓子コンクールの会場までの道にある雑貨屋を色々みていきましょ。」
ティオの隣に並んだ私は、すこし背筋を伸ばしてお嬢様ぽい仕草を見せる。
そんな私を見たティオが笑いそうになっているのが判った。
街には色々な髪色の人が居るのに私は気が付いた。
「四都市の特産品や雑貨を出店で売りに来ているからね。」
ティオが答える。
「もちろん。お菓子コンクールもね。」
私達は出店を見たり、大道芸を見たりしながら、目的地の場所に着いた。
大きな広場にはオープンテラスのカフェのようにテーブルと椅子が並べられ、それを囲むように連なって建っている建物も小さなカフェになっていた。
香ばしく、甘い匂いが広がる広場は、沢山の人達で賑わっている。
「じゃあ、今日は端から20店ほど見て、気に入った物を買ってみるわよ。」
私はティオに連れられて、一店目の店に入る。そこは2種類のケーキが陳列してあった。
「大体、どのお店もこんな感じで、1個から2個の新作を売ってるから、気に入ったら買って、広場で食べるの。数個なら大きな皿に乗せて、多くなりそうならケーキスタンドを使ってね。」
私はモカと小声で食べたいお菓子を決めてティオに伝える。ティオが3人分の注文をお店に言って、ハミルさんがお金を払う。を繰り返し次々とケーキスタンドに乗せていった。
そのケーキスタンドを持つ係りが私になったので、モカはティオの腕の中にいる。
20店目で、一人6品前後のお菓子になったケーキスタンドはちょっと凄いことになっていた。
(落としたら…)
最後のお店で支払いを済ませたハミルさんが、自然な振る舞いでスタンドを持ってくれたのが凄く嬉しかった。
私達は少し外れにある木陰になっているテーブルに座った。
ハミルさんがケーキスタンドを真ん中に置くと、合図したかのように執事風の人がティーセットを持ってきた。
「4人分でお願いします。」
ティオがそういうと、カップと皿を4つとティーポットを二つ並べて戻っていった。
私は広場を見直すと、さっきの執事さんやメイドさん達がテーブルの世話をしている事に気付く。
「それじゃ、食べるわよ。」
ティオがそれぞれの皿に、選んだお菓子を一つ載せる。最後に自分で選んだお菓子を一つハミルさんの皿に乗せた。
ティーポットからカップにお茶を注いで配っていた私はそんなティオをみて不思議に思った。
「ねえ、ティオ。それっていつ相談してるの?」
「相談?」
「ハミルさんの分もちゃんと買ってるし、選んでるし、そんな会話してなかったよな~ってね。」
「私がいつも勝手にやってるだけよ。」
「そうなんだ。でも好みとかちゃんと判ってるみたいだし、ハミルさんも自然だし、なんか凄いね。」
私は恋人みたいだと言いそうになったのを堪えた。
「街でティータイムする時は、いつもこんな感じよ。口に出さないけど、美味しいときの顔は見れば判るからね。慣れよ。」
(もう、夫婦なんじゃ…)
お茶を4人分配り、ケーキも小皿に取り分けて、私達は椅子に腰掛ける。
モカはテーブルの上に座り、いつものように私達は談笑しながらケーキを食べた。
「どれも美味しかったね。モカ。」
さすがに6個も食べれるのかと、選んでから心配していた私だったけど、なんなく食べれた事にすこしビックリしていた。
「はい。もっと食べたいです。」
「食べたいね。でも、さすがに止めておこうかな。」
ティオがすこし呆れ顔で見ているのに私は気が付いていた。
「そうしときなさい。これ以上目立つのは、さすがに疲れるわ。」
遠巻きに、視線を向ける人達を私は、気にしないように努めながら、楽しんでいたのだった。
「そろそろ聖典祭の会場に向かうわよ。」
「はい。ごちそうさまでした。モカ、また明日食べようね。」
広場を出た私はモカを抱いて、ティオとハミルさんの後ろを歩くような形で目的に向かった。
モカは当然のように腕の中で眠りに落ちていった。




