炎竜姫 1
私とモカは、ミリアとお祖母ちゃんを見送るために城の中庭に来ていた。
朝の、まだ涼しい風と、鳥の囀りが聞こえる中庭には、お母さんとティオ、護衛のハミルさんがいる。
少し遅れて、お祖母ちゃんとメイド長のファルリアさんが来た。
「夕刻には戻ってくるよ。」
手荷物をまったく持っていないお祖母ちゃんは、まるで散歩にでも出かけるような口調だった。
少し待った頃、赤い竜の背に乗ったミリアとお兄さんが城壁の上から、中庭に舞い降りる。
「お待たせしてすみません。」
「遅れたわけじゃないから問題ないよ。」
竜の背から降りた二人にお祖母ちゃんが答えた。
お母さん、ティオと順番に挨拶をしたミリアは私の前に来る。添うようにお兄さんが隣に並んでいた。
私はお兄さんに初めましての挨拶を交わす。ミリアは少し硬い表情になっているように見えた。
「ミリア、ちょっと緊張してる?」
「まあ、色々と。両親、火竜『エンデュ』様、精獣…全部に認めてもらうのが条件だしね。」
私はミリアの耳元で内緒話をするように、
「自分の進む道が決まってるなら、胸を張って歩きなさい。あなたを大切に思っている人は、その背中を支え、見守るから。これも、お祖母ちゃんから教わった言葉。」
照れ笑いをミリアに見せながら、元の位置に戻る私。
「私もここから応援してるから。」
「ありがと、なお。頑張ってくるわね。」
笑顔になったミリアはモカに視線を移す。
「んーとっ。私に精獣が来てくれたら、仲良くしてあげてね。」
少し考え込むモカだったけど、「はいです。」と、力強く答えていた。
ミリアとお兄さんは、お祖母ちゃんに挨拶を済ませると、赤い鎧を纏って、竜の背に戻った。
飛び上がった竜を追うようにお祖母ちゃんが空に浮かぶ。
空に向かって手を振る私に、竜はぐるっと1周回り、太陽が昇り始めた東の空に飛んでいった。
私はお母さん達と分かれて、朝食の時に許可を貰っていた、銀竜ナセラへの訪問に向かった。
「静かだね。」
「すごく気持ち良いです。」
ふわふわと飛んでいるモカは、嬉しそうだった。
「久しぶりの外だしね。」
庭園の散歩を楽しんだ私達は小さな城門を抜けて神殿に向かった。
まだ早い時間の銀礼の神殿は、静寂の中にあり、凛とした空気に包まれていた。
守備兵が立っている門を抜け、神殿の開かれていた正門に入ると職務中の巫女達とすれ違った。
私はお母さんに言われた通り、ナムルさんのいる部屋に向かう。
叩いた扉の向こうから女性の声がする。
私とモカは扉を開けて部屋に入った。
「おはようございます。」
書類の整理をしていたナムルさんに挨拶をした私は、銀竜ナセラに会いに行きたい事を告げる。
「少し待ってください。これが終わったら、行けますので。」
「はい。ありがとうございます。」
私とモカは、ナムルさんと並んで、廊下を歩く。
「一昨日は、大変でしたね。」
「はい。」
私は、最初来た時と変わらない神殿を見渡した。
「ここも沢山の人達が避難していたのですよね。あの出来事が夢だったのかと思えるほど、変わってなくてびっくりです。」
「そうですね。ここもそうですが、避難場所でみんな頑張ってくれましたから、巫女や兵士だけじゃなく、ここの卒業生達や町の人達も、みんなで守ってくれました。」
すれ違う、巫女達に会釈を返しながら、ナムルさんは話を続けた。
「なおさんが教室で出会った学生達も、それはもう、合格点をあげたいほど素晴らしい活躍でした。」
「そっか…そうですよね。みんなで守ったんですよね。町も人も。」
私の言葉を包み込むような優しい笑顔を、ナムルさんが返してくれた。
教会の裏の通路に入った、私達は螺旋階段の扉までやってきた。
「ここからは、一人でも大丈夫ですね。私は仕事に戻りますので、帰りの時に、また声を掛けてください。」
「ここの扉って帰りは、どう閉めればいいのですか?」
「入る時は、鍵を開けなければ入れませんが、出る時は軽く触るだけで開きますよ。外から扉を閉めたら鍵がかかりますので。」
「はい、判りました。」
私とモカはナムルさんに頭を下げる。
「いってきます。」
冷たい風がすこし寒く感じる中、石の螺旋階段をゆっくりと下りていく。
(リナ…リナ。)
[なに?]
意識が繋がったリナの存在を隣に感じた。
(ナセラおじ様に会いに来てるの。あとで入れ替わってね。)
階段が終わり、青白く輝く洞窟に足を進めた。
[入れ替わらなくても、大丈夫よ、なお。]
銀竜ナセラは私達の来訪を知っていたのか、岩場の台座から私達を見ていた。
「これは、予期せぬ再会だ。元気だったか、と聞くには、可笑しな挨拶になるの。」
[そうね。300年くらいぶりかしら、ナセラは変わらず元気そうね。]
私は頭の中でナセラとリナの会話を聞いていた。
「あれ? ナセラおじ様は、リナの事、見えてるの?」
「リナ? あぁ、もちろんじゃとも。精神がそこにあれば、居るのと同じじゃからな。」
「そっか。だから入れ替わらなくても良いって事だったのね。」
[そういうこと。私がなおの中に居たなんて、ナセラでも気付かなかったでしょ。]
「まったくの。なおの運命はほんとに驚かされるの。」
私は、腕の中に居るモカを見つめ、目の前のナセラおじ様を見て、今日までの出来事を想い出して、隣のリナの存在を感じる。
「もう、普通になっちゃった。」
リナとナセラが笑っている。
私は、貰った宝印石の事や、ナセラおじ様とリナの昔話を聞いたりと、話に夢中になっていた。
[なお。そろそろ、戻らなくていいの?]
リナの言葉で私はナムルさんの言葉が浮かんでいた。
「あっ。時間、どれくらい経ったのかな。戻ったほうがいいよね。」
名残惜しい気持ちを抑えて、ナセラおじ様に手を振って、私とモカは地上に戻る事にした。
教会に戻ると、綺麗な音楽と歌が流れている。
沢山の人達が祈りを捧げているのが見えた。私は一番奥の壇上にお母さんが居るのに気付いて、ルミナ王妃としての姿に見入ってしまう。
「なおさん。」
突然、後ろから声が聞こえ振り向くと、教師のソリアルさんが私を呼んでいた。
「こんにちわ。えっとソリアルさんですよね。」
「はい。なおさんもモカ様も無事でなによりでした。」
「ルミナさんって、いつもここに来ているのですか?」
「いえ、今日は特別に来て頂いてます。街は、ほとんど修復できましたが、人々の不安は、やはり、すぐに消えることは難しいので。普段はナムル様があの場所に立っています。」
私は、お母さんの歌声を、参列している人達と同じように目を閉じて聞いてみた。
「いい歌だね、モカ。」
「はいです。」
私は、歌の響く教会から、ソリアルさんに連れられて、目的の部屋に入る。
ティオとマールさんが椅子に座って談話しているのが見えた。
私達に気が付いたティオ達に挨拶を返し、ソリアルさんに勧められるように空いている椅子に座る。
ソリアルさんは引き返すように部屋から出ていった。
「ティオはこれから、なにかするの?」
「これから、明日の月礼祭の段取りとかの話をナムル様とね。マールさんの祝杖式とか色々ね。」
少し緊張している様子のマールさんに視線を移す。
「おめでとうございます。」
「ありがとう。」
マールさんは笑顔を見せてくれた。
私は二人に祝杖式の事や、巫女の事を色々聞いていると、ナムルさんが部屋に入ってきた。
「おまたせしました。」
席を立って私達はナムルさんに挨拶を交わす。
私はお邪魔になりそうだったので、ティオ達に別れの挨拶をして、早々に部屋から出ることにした。
「ナムルさん、さっきはありがとうございました。とても楽しい時間を過ごせました。」
「そうですか。それはよかったです。」
私は、振り返り、今一度、ティオ達に頭を下げて扉を閉めた。
廊下をモカと二人で歩いていると、一礼をする巫女達が忙しそうにすれ違っていった。
「それじゃ、城にもどろっか、モカ。」
普段どおりの静けさに戻っていた教会を抜けて神殿の外に出ると、暖かい日差しが眩しく感じていた。
「今何時くらいなのかな。ミリア達は着いたのかなぁ~。」
眩しさに慣れた目で青空を見上げ、私はミリアの想いが叶うことを願った。
「私は…」
「なお~?」
「ううん。なんでもない。戻ろう、モカ。」
モカの頭を撫でて、私は城の庭園に入る門に向かって歩き出した。
空も、街も、人も、全てが眩しく映るこの景色に、負けないように私は前を向いて歩いた。
ミリア達は3時間ほどの飛行で火の都市『バレン』に到着していた。
竜は街の空を抜け、大きな火山に続く丘に降りる。大小の橙赤色の建物が周囲を囲むように建ち、その丘の中心に大きな宮殿が建っている。
「それじゃ、あたしは『エンデュ』に会いに行くから、後で来るんだよ。」
空で分かれたミリアは、丘の東にある建物の前に下りる。ミリアの実家だった。
「ただいま帰りました。」
ミリアは扉を開けて家に入る。そのあとを無言でロイ兄さんが付いてきていた。
玄関になっている大きな部屋から、畳に似た床になってる部屋に靴を外して上がる。
奥に人の気配を感じたミリアは、普段と変わらない仕草で扉を開け、一礼をする。
父と母が座って待っていた。
ミリアとロイは無言でその前に座る。
「事は聞いている。」
父の威厳ある声が静かに響いた。
「ロイ、お前達の竜騎隊が無念な最後になったこと、『バレン』の民、皆が悲しんでいる。騎士としての誇りある死を選べなかった者達、わしはなんと詫びたらいいのか。」
父の不機嫌な視線がミリアに向けられた。
「ミリア、お前のしたことは、騎士として褒められる行いじゃないのは、判るな。」
「はい。」
ミリアは小さく、だけどはっきりと答えた。
「ロイ、お前の言いたい事は、判る。」
ミリアの前に出たロイを父は静かに制する。
「お前達の今後の事は、皆の示しもある。竜騎士としての職を諦めてもらう。いいな。」
「ロイ、ミリア、お帰り。私も少し話しに入らせてもらうよ。」
「お婆ちゃん。」
部屋に音も無く入って来たのは、小柄で背中が曲がっている、だけどしっかりとした足取りで歩く祖母だった。
父の隣に座った祖母がミリアとロイに笑顔を向ける。
「どんな形であれ、戻ってきてくれてありがとうよ。」
「お婆ちゃん、ただいま。」
ミリアは大好きな祖母の言葉で気持ちを締めることが出来た。
「お父様。お願いがあります。」
ミリアは顔を上げ父親を見る。
「竜騎士としては諦めます。だけど、騎士としての道を諦めたくありません。」
父は静かに問う。
「ロイに魔力のほとんどを使っているその体で、なにが出来るというのだ。ロイを土に返すと言うなら、撤回しよう。」
「それは出来ません。ロイ兄さんにしたこと事は間違いじゃないと思っています。」
父は落胆する眼差しをミリアに向ける。
「ミリア、ロイよ。これ以上、母親に心配させることは無しに、できないのか?」
竜騎士になりたいと母に懇願して家を出たミリアは女性で初めて竜騎士となったのが1年前の17歳の時だった。最初は遠征隊として、経験を積むのが普通だったが、女性を隊に入れる事の難しさから、都市の守備兵としての日々を送っていた。
竜騎士の総隊長である父と宮殿の巫女だった母の想いもあり、ミリアの職務は安全な場所を優先させたのは必然だといえた。
騒がしい足音が部屋の外から聞こえた。ほどなく部屋の入り口に男の神官が入ってくる。
「ビラン様、『エンデュ』様が何者かと戦って? いや、争っている? よく分からないのですが、
笑いながら、暴れているのです。」
ミリアの前で、父は目を丸くしていた。
「な? 何を言っているのだおぬしは。」
「ミリア、ロイ、話は後だ。」
父は慌てる神官を連れて家の外に出て行った。
「ロイ兄さん、今のって、シェラ様の事だよね。」
ミリアは急いで『火竜エンデュ』の所に向かうべきだと判断してロイに伝えていた。
「ミリア、今、シェラって言ったのかい?」
祖母の問いにミリアは、答える。
「うん。一緒にオルトリアスから来たの。」
祖母の優しい笑顔がさらに笑っていた。
「うふふ。相変わらずな人ですね。じゃあ、またあの時と同じようにエンデュ様の爪を貰いにきているのだね。」
「爪?!」
ミリアと兄と母は、ほぼ同時に叫んでいた。
祖母は動じる事なく、昔話をミリア達に話す。
「いまから、50年くらい前かね、シェラ様は独りで、魔物の討伐に世界中を飛び回っていた頃、ふらっと訪れたと思ったら、エンデュ様に挑んで、散散二人で神殿を壊したあげく、爪を貰って、なにも無かったように飛んでいったのだよ。」
「なんで?」
ミリアは開いたままの口でさらに聞く。
「エンデュ様に聞いたら、爪が欲しいと言ったから、勝負で勝ったらって事になって、シェラ様の勝利で終わったんだよ。あとで知ったんだけどね、城の水をお湯に変えるために使ったらしい。」
ミリアと兄のロイ、母は返す言葉も無かった。
「お母様、私は今からエンデュ様に精獣との契約をお願いしに行って来ます。」
ミリアの強い意志を感じた母は、ただ一言だけ、ミリアに伝える。
「それがあなたの選んだ道なのですね。」
母の短い言葉にミリアは、これまでの人生を思い出し、瞳に涙が溢れる。
「はい。…お母さん、ごめんなさい。」
ミリアは涙を拭って母をしっかりと見つめた。
「ありがとう、お母さん。」
「精獣に認められると信じていますよ。それと、ロイ、今まで以上の苦難があると思いますが、いつまでもあなたは私の息子です。」
母はゆっくりと兄を抱きしめた。
「おかえり。」
「ただいま、母さん。」
母と祖母に見送られながら、ミリアとロイは竜に跨って『火竜エンデュ』がいる火山の神殿に向かって飛び立った。
火竜エンデュは楽しくてしようがなかった。
テレパシーでの会話をしながら、エンデュはシェラと火山の上空にいた。
「久しぶりに来たと思ったら、また爪をくれとは、お前はほんとに馬鹿者だ。」
シェラの攻撃を避け、叩き返し、はじき飛ばしながらその顔は嬉しそうに笑っていた。
「今日は、追加で精獣を一匹紹介して欲しくてね。そっちはまあ、火の民の娘の願いなんだけどね。」
止まることなく、攻撃を繰り返すシェラは、勝利条件の『額に触れる』の隙を窺っている。
「珍しいな。お前が人の頼みを聞くとは。」
「孫の魔法のせいでもあるからね。」
「孫だと? その話は勝負が付いてから、聴こうとするか。」
エンデュからの攻撃も激しさを増し、爆音が響き渡っていた。
始めてから、15分くらいは経っていただろうか。シェラにも疲労の色が見え始めていた。
「歳のせいにしたくはないね。」
ずっと高速で飛び回り、魔法を撃ち続けたシェラは動きを止め、騒がしくなっている神殿の方を見下ろした。
「安心しろ。10分ですら、まともに渡り合える人間など、数えるくらいしかいないわ。」
エンデュはゆっくりと下降を始める。
「楽しかったぞ、シェラ。戻るとするか。」
エンデュの頭に、シェラは腰を下ろして額に触れる、そのままエンデュが寝ている火口の岩場まで降りていった。




